279:田中と山分け
七層のテントへ戻ってきた。とりあえず田中君のテントより俺のテントのほうが若干広いので、テントの中身の設備を整えたあと田中君をテントの中へ案内する。
「そこそこ広いところですがどうぞお入り」
「広くていいっすね。俺もこのぐらいの広さのテントを買ってしまおうかな」
「今日の収入を考えたら買うって選択肢もあると思うよ。特にここに住んでるなら広くて困る事は無いし、このテントそんなに高くないし」
「安村さんも七層に住むようになるんですか」
「俺の場合食道楽もあるから、ちゃんと家に帰ってたまには……いや、最近はたまにじゃないな、結構外食もしてるから食の満足を得たいし、あくまで拠点扱いかなぁ。一応二人分みたいなところもあるし」
七層から十二層ぐらいまで攻略する事を考えれば拠点としてはこの広さで十分だと思っている。もしこの後十三層、十四層に潜っていく必要があるなら、同じ大きさのテントをもう一つ用意して十四層の駐留場所にすることは十分考えられる。
「そういえば、十四層まで行く気ですか? ならそっちにもテントが欲しいところですね」
「十四層か……チャレンジするのはそう遠くないかもしれないな。誰も居ないだろうからテントも無くても良いかもしれないが、やはりプライベートスペースを主張するためには欲しいところかな」
「誰も居ない階層にテントがポツンと一つ。ホラーだったら中からゾンビでも出てきそうですが」
「それこそ解りやすい表札が必要だろうな。既に俺来てますよって主張にはなる」
「風とか天気の都合が無いのでペグ使った本格的なテントを持ってこなくて良いのはここの利点ですかねー」
「そもそも地面がほれないからペグも打てないけどね」
ササっと二人分のコーヒーを淹れると田中君にも渡すと素直に受け取った。彼は猫舌じゃないらしく、熱いのを一気に啜っていく。いいなぁ、熱いの飲めるの。
「で、今日の狩りの成果だが……ボア肉が五十個、魔結晶が全部で百二十個、ボア革が十六、ジャイアントアントの牙が二十六個、キュアポーションが八個ってとこだ」
「おー、二時間にしてはいい狩り具合になりましたね」
「で、分配なんだが……どうやって分けよう? 身軽なほうが良いだろうから、ボア肉全部とキュアポーションで精算ってことでいいかい? 」
「安村さんがそれでいいなら僕は構いませんけど、金額的にはそれで分割されてるんですか? 」
流石に出したモンスターの種類の魔結晶が何個ずつで……とは説明できないからな。ここは何となくそんな感じ~でお茶を濁しておこう。
「体感だけれど、全部で四十万円分ぐらいのドロップ品なんだよね。なのでちょっと田中君が多めになる感じだけど」
「でもポーターやっててくれた分のありがたさがあるんで、キュアポーション一本お返しします。肉とキュアポーション七つで納得しようと思います」
「そう言ってくれるならわかった。そこで妥結点にしよう」
ドロップの分配でギスギスするのは嫌だからな。お互いいい落としどころを見つけられたのは幸運だろう。ボア肉五十個とキュアポーションをエコバッグに渡す。
「エコバッグはそれだけ手持ちの中で色合いが違ってちょっと気になってた奴なんだ。良かったら袋ごと貰っておいて」
「ありがとうございます、お言葉に甘えます……あれ、そっちの袋は何が? 」
ここまで潜ってくる間のドロップ品が入った袋を指さす。
「七層来るまでのドロップ品が入ってる。こっちからも肉持ってくかい?ギルド買い取り価格で良いよ」
「肉に執着が無ければ是非とも」
「解った、ちょいまっててね」
五層六層で狩った分のボア肉も田中君に渡してしまう。もうこれでお互い一旦上に上がったほうが良いのではないだろうかという量になった。
「一杯になりましたね。予想外の儲けでホクホクです」
とてもいい笑顔で肉を受け取り、その分を現金で支払ってきた。こっちも荷物が減って楽だよ……といいたいところだがあまり荷物に差は無いんだよな。とりあえずドロップ品の仕分けをして、それから仮眠するか。
……と、時間を見て気づく、午後九時半。まだ半日ある。実質九時間眠れるという事はこの間は無駄になるな。六層行って帰ってダーククロウの羽根を補充してくるか。
「もう一狩り行ってこようかな。時間がだだ余りになってしまった」
「元気ですね。僕は荷物的にこれ以上は厳しそうなので大人しく眠ってそれから上を目指すことにしますよ」
「そうか、じゃあまた機会があったらやろう」
「はい、今夜はお疲れ様でした」
テントを出て行く田中君。さて、ドロップの仕分けでもするか。居ない間に誰かに見られても良いように魔結晶・革・牙ポーションと種類ごとにエコバッグに分けて行く。分け終わったらそのまま放置し、自転車に乗って六層へレッツゴーだ。
六層は俺と田中君以外周りには誰も居ないぜと主張するようにモンスターが好き勝手に走り回っている。さっきほどの密度は期待できないが、目的はダーククロウなので茂君に行って帰ってくるだけの簡単な行程だ。
そういえばこの直刀、ダンジョン素材で出来ているんだよな……試してみるか。イメージするのはライ〇セーバーだ。雷魔法を武器に纏わせ、武器の長さまでで帯電させてみる。
雷を纏った直刀は紫色に光った。上手く纏わせることが出来たらしい。ダンジョン素材故の効果かどうかは解らないが、前にグラディウスでやった時よりは綺麗に纏わせることが出来ている気がする。さすがに振り回してもブォンとかブゥンとかいう効果音は出なかった。
これでワイルドボアを叩いてみよう。どういう切れ味・切り口になるのか実戦テストをしよう。早速ワイルドボアのほうへ近づくと、いつも通り複数匹同時にまとめて突っ込んでくる。
手前から順番にやってくるワイルドボアを斬る。纏わせずに斬るよりも更に力が要らなくなった。当てるだけでバターのように斬れて行く。斬った感じがしないから手ごたえが無くて狩りをしている感じはしないが、結果は出てくれている。
これは耐久時間テストも兼ねて行くべきだな。纏わせたまま次へ次へとワイルドボアを黒い粒子に還しながら進む。攻撃力がどれだけマシマシになってるかはオークで試さないと解らないな。そもそも直刀自身の切れ味がかなりのものなのでワイルドボアでは実感が薄いな。
茂らない君を通り越し、……よし、茂君はちゃんと茂っているな。これを綺麗に狩り取った後七層に帰って仮眠して、それから上に上がっても時間が余る。つまりスライムと戯れることが出来る。これは絶好の機会だ。潮干がって今日の成果を思い返しつつ心を鍛えよう。
茂君までのワイルドボアも雷を纏った直刀でスルスルと斬りにかかる。真っ直ぐ脳天から貫いても手ごたえが薄い。それだけ切れ味が増しているという事だ。スキルとダンジョン素材には相乗効果でもあるんだろうか。
九層で思いつくべきだったな。そうすれば今日の成果がもっと上がったかもしれない。惜しい事をしたな。次回に活かそう。
茂君に来るといつものサンダーウェブでダーククロウをまとめ狩りし、後ろと前を確認するとまとめて範囲収納。らくちんで良い。さて、いつもならこの先まで行くところだが今日はUターンして七層へ帰る。戻ったら仮眠してそれから上に戻るのだ。
すぐUターンしたおかげで帰り道にはまだ何も湧いていない。茂らない君を通り越すと三匹だけワイルドボアがリポップしていた。肉が落ちればラッキーぐらいだな。
三匹をサクッと狩ると肉でなく魔結晶が落ちた。確率的には魔結晶のほうが出にくいんだが、儲けは肉のほうが多い。あたりを引いたのかはずれを引いたのか。六層では革が一枚落ちた。革も重さはそこまで無いものの嵩張るのがにくいところだ。ここにも革だけ買い取りしていくような御仁が現れないだろうか。
七層に戻った。さすがに自転車はまだある。誰ともすれ違っていないのだから当たり前か。自転車に乗ってシェルターに戻るとノートを確認し、特記事項が無いことを確認する。
さて、今度こそ仮眠に入ろう。仮眠に入る前にもう一杯コーヒーを飲むか。水を温めている間に寝床を整える。沸いたらインスタント……コーヒーもそろそろ補充だな、メモに書いておこう。
インスタントコーヒーも高くなってきたな……八十杯分いくらだったのが気が付けば五十杯分いくらになってしまった。お値段据え置きで。しかしダンジョンのQOLを維持するためにも買わないという選択肢はない。今後はメーカーも考えながら買わないといけないな。
さて寝るか。今日もちゃんと働いた。後は寝て起きてスライム潮干狩りして家に帰ろう。帰ったら何するかな……
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