278:田中と九層
九層を四十分ほどゆっくりとした、それでいて手を抜かないペースで戦い続けた。疲れといったものはお互い見せず、それでいて浮かれてもおらず、時々軽口を話しながらも粛々と戦いを続ける。
初めての連携になるのでお互いこういう場面ではこうしよう、敵まで同じ距離だったらどっちが担当するか等、細々とした詰め作業を行いつつの戦闘だったので戦果は時間の割には少ない。
九層の階段とは反対側の、ちょうど十層への階段へ当たる地点までやってきた。ちょうどいいので一息つく。お互い水分を補給し、体のいろんなところをほぐす。
「そろそろ肩慣らしも御仕舞いかな。このおニューの武器にも慣れてきた」
「そういえばいつものと違いますね。おいくらでしたか? 」
「十八万円。なんでもダンジョン素材を利用した武器の量産シリーズの第一号らしいよ」
「値段……安村さん結構稼いでそうですから、その分の働きはしそうですね」
「多分こいつならオークも一発で仕留められる。そんな気がする」
「十層もソロで突破出来そうですか」
田中君は新しい武器が手に入るならソロで十層突破して、十一層でオークを狩れるのかどうかを確認したいのだろう、率直な質問をぶつけてくる。
「それはちょっと無理かなー。十層で求められるのは手数だし、いくら武器が新しくても八匹や十匹同時にジャイアントアントが襲ってくることを考えると集団攻撃できるような武器じゃないととてもじゃないけど持たないよ」
「数は力、ですか。Cランク試験受けるときもパーティーで受けられるんですよね。つまり僕はソロで受験するという事になりますか」
「Cランク以上の探索者が付いてきてくれるから不利な状態には陥りにくいとは思うけど、ソロは……何があればソロで十層を突破できるんだろうな? 」
「それは僕に聞かれても」
「だよね」
Cランクでも上位に入る探索者やBランクの探索者ならソロで十層を突破するだけの実力があるんだろうか、それとも小西ダンジョンはそもそも難易度が高いと言っていたし、小西だから突破できないのか。
「いずれにせよCランクになりたいなら田中君はいいパートナーを見つけられるといいね」
「そうなりますよね……どっかに居ないかなぁ」
「小寺さん達みたいにスライムが縁でパーティーを組む人たちだっているんだし、きっかけかぁ……会社の同業者と組んでCランク試験に挑むのも手だとは思うよ。ただ、結局ソロで突破できない以上仕事としてオーク肉を卸す仕事は難しいんじゃないかな」
「う~ん、そうですね。しばらくは諦める事にしましょう。せめてここで数をそろえて納品できるように頑張りますか」
「じゃ、一時間ひたすらモンスター狩りに集中しようか。いつも文月さんとやってるタイムアタックなんだけど」
「良いですね。荷物は任せても? 」
「こちとらポーターだからな。どんとこい」
邪魔になってきたら最悪保管庫に入れたり出したりするから安心せえ。荷物は地上に運び出せる分までならいくらでも持つぞ。
「じゃ、一時間経ったらアラーム鳴らすから……いこう」
田中君とのコンビ狩り一時間耐久レースの始まりだ。連携は十分取れていると思う。さすがに文月さんとペアでやる時ほどの効率は出ないだろうが、それでも一時間みっちり戦うのは体には負担をかけるが財布にとてもやさしい設計になっている。
親指、五、二。さっきまでより少し森側の、平均して四~六匹ほどの集団が出てくる場所で戦う。田中君は率先して二匹三匹の相手を引き受けてくれるのでこっちは少し楽をしすぎている気がする。
普段はこっちが多めに相手を引き付けているから解らないが、今は対等に分け合っているためその分田中君の動きを余裕を持ってみることが出来る。後ろから酸を吐こうとしているジャイアントアントを雷撃で牽制する等カバーリングに力を入れることが出来るのは良い。
人さし指、六、三。癒しタイムの始まりだ。とは言ってもタイムアタック、トコトコと歩いてくる様を見守っている時間はロスだ。こっちから率先して殴りに行く。ジャイアントアントを真っ二つに出来る切れ味はここでも存分に活躍し、頭から尻まで一直線に切り抜けて次のワイルドボアへ。これを繰り返す。
切れ味のいい刃物とはこうも気持ち良いものか。サクサク狩れてサクサクドロップが溜まる。良いことだ。この調子で一時間頑張っていこう。
親指、五、三。今度はこっちで三匹相手にする。最初の一匹は雷撃で処理し、二匹に向かって全力で駆け寄る。そのまま手前のぶった切るとサイドステップで酸が飛んできてもいいように対応する。酸が来ていた。喰らったらヒールポーションだからな。
ここで稼ぎを失うのは美味しくない。避けるべきは避け、殴るべきは殴る。そのまま突進し三匹目のジャイアントアントを切り刻む。ドロップを拾うと更に前へ。田中君も拾ったドロップをこっちに渡してくる。ドロップを受け取るとバッグに仕舞い、更に前へ進む。
親指、三、二。負けてなるものかと雷撃で一匹を吹き飛ばしもう一匹へダッシュ。首を跳ね飛ばして十秒かからずに一エンカウントを終える。
「安村さんも速いですね。ステータスブーストをなんか十全に使ってそう」
「連続して使いすぎると感覚が狂うらしいから適度にON/OFFしたほうが良いらしいよ」
「そうですね……なるほど、この感覚は確かにちょっとおかしくなるかもしれません」
試しに切ってもう一度つけなおしてでもしてみたのか、田中君の目が一瞬虚ろになる。二時間ぶっ続けで使ってみて判断力が低下したようになったのはいつの話だったか。
親指、五、三。手前の一匹を切り刻み二匹同時にかかられるところ、一匹を雷撃で撃破しもう一匹を直刀で頭から真っ二つにする。雷撃も出力が高くても安定して回数をこなせるようになってきた。これも四層肩ポン爆破の訓練の賜物か。
三十分ほどそれを続けたところで八層への階段へ戻ってきていた。ここまでのドロップは全部で九十匹分。効率はまぁまぁ良い感じだ。一歩間違えたらこっちがダメージを喰らうほどの密度で戦ってはいないが、割と良い感じにドロップは溜まってきている。もう三十分でどれだけ倒せるかだな。ちょっと水を飲み一息。
「結構狩りましたね。後どのくらいです? 」
「あと半分。このペースなら中々の収入になりそうだ」
「それは後が楽しみですね。いくらになるんでしょう」
「まあ、後三十分終わったら計算かな。さあ残り時間も稼ごう」
文月さんはカラクリを知っているので直接の金額を言い合うことが出来るが、今回の相手は田中君だ。そういう訳にも行かない。背中の重みで判断していると見せかけなければいけない。だから具体的な金額や量はぼかして伝えるが、ざっくり言って十万ぐらいは稼いでるはずだ。
親指、四、二。また無言の三十分の戦闘タイムを始める。田中君も動きに慣れてきた。この調子なら今日はそこそこ良い稼ぎが期待できそうだ。最高記録を目指すという意味では難しいが、そもそも今日の目的は新しい武器を体に馴染ませること。そこで更に収入を得られるならこれ以上言う事は無い。目標は高すぎず低すぎずだ。
人さし指、五、二。ワイルドボアはお肉については全て田中君の稼ぎになるので彼はとても張り切っている。八層や六層とは違った密度で狩りが出来るので、彼にとっては魅力的な狩場なのだろう。ここまででカウントしてる分で言うと二十五個ほど肉を手に入れている。
これが彼にとってどのくらいの収入になるかは解らないが、五層から八層をうろつくよりはよほどいい収入になるだろうことは予想できる。偶にはこういう狩りも良いだろうな。
人さし指、四、二。連続でワイルドボアが出てきた。田中君はとてもうれしそうな笑顔でワイルドボアを突き刺しては黒い粒子に還していく。ドロップがそこそこ溜まってきた。後一時間ぐらいは持つだろう。そこで一旦七層に戻る事になりそうかな。背中にドロップを背負っての狩りは久しぶりな気がする。
他の探索者はこういうデメリットを背負って戦っているのだから、たまには楽をせずに苦労をするのもいいな。他の探索者に気取られないように重さを演出する手間も必要だ。こう考えると保管庫持ってるメリットを最大限享受するためには文月さんが必要不可欠なんだな。やはり相棒は大事だ。
親指、五、三。ジャイアントアントが接近してくる。後ろでは酸を飛ばす準備を始めているのが見える。射線に入らないようにしつつ、一番近いジャイアントアントを壁にする様に肉薄してジャイアントアントを一閃し、切れ味のよさにちょっとうっとりする。
射線を切られたジャイアントアントはその一瞬射撃モードを解除してこちらへ寄ってくる。そのほうが戦うに都合がいい。もっと寄ってこい。次に来た二匹目を難なく処理し、最初に射撃モードに入っていたジャイアントアントに接近しようとすると、再び酸を吐こうとしてくるが、こっちが近づいて行くほうが早い。
立ち上がって腹を見せたジャイアントアントを縦に上から下まで斬り下げる。酸がちょろっとだけ出たジャイアントアントはそのまま黒い粒子へ還る。酸は地面を濡らし、草を枯れさせる。
そのまま二人無言でハンドサインだけで狩りを続ける。九層でスキルオーブが落ちることはしばらくないだろうという予測は立てているが、ここでスキルオーブを出してしまったら色々と困るな。休み無しで地上まで配達して、ギルド経由で売買を成立させる必要がある、真っ直ぐ走り抜けて五時間という所か。
ジャイアントアントからドロップしたのだからワイルドボアがドロップする可能性も無い訳じゃない。ここまで結構な数を狩っているので、もしあの仮説が正しいならそろそろ出ていてもおかしくは無いし、他のパーティーが出しているかもしれない。こっちに回ってくる可能性は低いな。
親指、五、二。ジャイアントアントはほぼ二分の一の確率で魔結晶をくれるので貴重な収入源になっているし、キュアポーションを落としてくれればそれだけで結構な儲けになる。もうちょっとサービスしてくれても良いのよ。
アラームが鳴る。一時間がたっていた。田中君に撤収サインを出して、十層側の階段へちょうど来た感じだ。ここで小休止する。
「どうっすか、今日の儲けのほうは」
「ざっくりとこんな感じかな」
バッグの中を見せる。バッグの中にはカロリーバーと水と細々としたものをあえて放り込んであるので、生活感は出ているはずだ。バッグの中では魔結晶とボア肉とボア革とジャイアントアントの牙とキュアポーションが乱雑に詰め込まれている。ここまでごちゃごちゃのバッグを背中に背負っているのは珍しい事だとは思う。
「結構な数手に入りましたね。二日分ぐらいの収入にはなりそうです」
「それは何よりだ、手伝った甲斐もあった。八層側の階段にゆっくり戻って、七層で分配と行こうか」
「うっす、何なら肉だけでもこっちに寄越してくれるとお互い負担が減って良いと思いますが」
「じゃ、肉は任せるよ。また八層側の階段までゆっくり外側を回ろう」
肉は四十個ほど溜まっている。普段田中君がどのくらい肉を貯めてから納品しに行くのかは解らないが、いつもより多いようで笑顔で肉を眺めている。肉以外は自分の個人収入らしいので、後で山分けする時にこっちで嵩張る物を持って、魔結晶と肉で上手い事分けるようにするかな。
その後はまた外周側をゆっくりと散策し、出てくるモンスターはシバキ倒し、疲れの溜まらない間に八層側の階段にたどり着いた。一時間みっちりやったことに比べれば収入は下がるが、それでもそこそこの肉と魔結晶を手に入れることは出来た。
八層はいつも通りワイルドボア少なめ、ダーククロウはそこそこ、といった感じだ。多分この時間で八層九層に潜っている人は他に居ないのだろう。
焦る時間じゃないのでゆっくり八層を抜け、道中のワイルドボアから更に少しばかりのドロップを回収すると七層へ何事もなく戻った。自転車は無かったので歩く。他愛もない話をしながら歩く七層は体感時間をとても少なくしてくれた。
その間に田中君と色々話をする。肉はやはり探索者にとってメイン収穫物らしく、最も消費されやすい食材として、それをさらに加工する業者にとっても安定した供給を行うために清州なんかではいくつかのグループに分かれて六層、九層でパーティー狩りをしている同業者は居るらしい。
専属探索者か……その道を選ぶのもありなのかもしれないな。ただ俺一人が専属探索者になるのは文月さんの都合に合わせられない事も多くなるだろうから、今考える話題ではないな。
厚生年金の誘惑が俺を専属探索者になる方向に向かせようとするが、結局のところノルマが課せられるドロップ品以外は雑収入として計上するのだから、わざわざ企業に入る必要性は今のところ低いんじゃないかと思っている。今はまだ焦る時間じゃない。もうちょっとダンジョンに飽きてきたら、もしそんなことがあれば応募していく可能性は出てくるかもしれないな。
社会人として復帰するには良い選択肢ではあるな。失業保険が切れてから考えることにするか。まだ失業保険を受け取る機会はある。それを使い切ってからでも遅くは無いだろう。なんせ失業給付金は非課税だ。非課税のお金が入ってくるのは嬉しい。稼げるものは稼いでおく。それが老後の幸せにつながるなら使えるものは全力で使っていこう。
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