272:カレーぶとん
何処かでゆっくりと昼食を楽しむことも考えたが、食パンの賞味期限が近い事を思い出すと家に帰る事にした。朝食用のトーストもこの際保管庫に放り込んだままにしておくか? と考え始める。
そうすれば七層で突然トーストが食べたい欲に駆られても対応できるし、なんならスキレットに残った脂を食パンに吸わせて最後まで味わう事も出来るだろう。柔らかく水分と脂分を吸いとって綺麗にしてくれる食パンは割と優秀だ。ダンジョンに持ち込む際の注意点は潰れないようにすることかな。
家に帰ったらカレーで使った容器を洗ったりエアマットを干したりツナギを洗濯したりとやる事が結構溜まっている。ここは真っ直ぐ帰って最寄りのコンビニ飯で済ませてしまおう。
そうと決めたら家まで帰り、途中のコンビニでまたカレーをチョイスする。昨日の昼もカレーだったが毎日カレーでも問題ない俺にとっては、コンビニカレーの最近の実力もないがしろには出来ないなと思い始めている。
やはり複数人が時間とコストをかけて作り上げた食事というのは俺一人が下手に試行錯誤で作ったカレーよりも一味二味優秀だと思う。そういう時に手軽に楽しめるのは有り難い事だ。
カレーと肉まんを片手に家に着き、一通りの帰宅作業……つまり着替えて洗濯して保管庫の中の食器を洗ったりいろいろだ、それを済ませて食事を取る。うん、やはり大衆向けとはいえ、コンビニカレーも日々美味しくなっているな。その為だけに研究して味を確かめて成分を変えて材料を変えて。それで給料をもらっている人が居るのだ、その熱心さに頭が下がる思いだ。
昼食を終えて午後二時。ダンジョンの疲れは……多少残ってはいるな。でも動くのには問題なさそうだ。ひとまず台所の食パンを保管庫に放り込んでおく。残り一日の賞味期限が百日に延長された。だからといって百日間そのまま放っておくわけではなく、明日の朝食になるわけだが。
さて、一服したところで今から取り急ぎやる事というものはない。なので予定を前倒しして布団屋の山本さんに連絡をして素材のほうの在庫は大丈夫ですか? とお伺いを立てることにしよう。名刺の連絡先に電話を掛ける。
「はい、お電話ありがとうございます。布団の山本でございます」
「お世話になっております。安村です」
「これはこれは安村様。本日はいかがされましたか」
元気そうな山本店長の声がスマホ越しに聞こえてくる。
「ここの所ダーククロウの素材を納品しに行ってないものですから、在庫のほうは大丈夫かと思いましてご連絡させていただきました」
「これはご丁寧にありがとうございます。最近枕をご購入されるお客様が俄かに増えておりまして、在庫のほうが……あと枕二個分ぐらいというところでしょうか。布団のほうは材料の都合上製作を待っていただいている状況でして……こちらから安村様にご連絡させていただいても良いものかどうか悩んでいるところでした」
「それはお互い都合が良かったかもしれません。そちらの都合がよろしければ今から納品に向かおうと思いますがいかがでしょうか。時間的には……四十分ほどあれば到着すると思います」
「解りました。お待ち申し上げております」
約束はした、後は行動だ。保管庫からダーククロウの羽根が八千七百グラムある事を確認すると、エコバッグに分けて詰め始める。素材の鮮度の良さが俺の納品の持ち味だ。無理やり詰め込まずに丁寧に詰めていく。どんどんエコバッグが羽根の山で埋まり始める。
もっと早く納品するべきだったか……羽根だけで手持ちのエコバッグを全部使う事になった。これは追加でエコバッグを持っておくべきだな。メモっておこう。
車にダーククロウの羽根の山を積み込むと、後部座席がほぼ羽根で埋まる事になった。これだけあればしばらく布団屋さんも商売を続けることが出来るんじゃないかな。さて、早速納品に出かけるとするか。
しかし、三万もする枕をほいほい買いに訪れる客がそんなにいるとは驚いた。みんながみんな不眠症を患ってるわけでもないだろうが、やはり快適な眠りを金銭で買えるなら買ってしまおうという話なのか。
枕に三万……いつ効果が切れるか解らない枕に三万……でも俺も買ったし、実際快眠で体調もいい。これで探索により励んだ結果今があるのだとしたら、三万は安い買い物なのかもしれない。
人間ドック受けるのだって一回そのぐらいするのだから……あぁ、これからは体調管理も自分で全部やらなきゃいけないんだな。つくづく会社というもののありがたみを知る。最近はバリウムも美味しいし会社持ちの費用で健康診断を受けるのがいかに丁重に扱われていたかを物語る。
んー、自己管理……ということはこれからはこの運転中の車も仕事用車という事になるのか。小西ダンジョンへ通う都合上、車ではなく電車・バスを使う事になるが、そのほうが経費計上が楽なのではないかと気づき始めた。定期代を年間で計算すればいいだけならこれほど楽なことは無い。
車を使用するうち何割が仕事で何割が私用か、等と線引きをするのはなかなか難しい。走行距離と走行位置を記録するタコグラフでもついていれば別だろうが、そういう機能は今のところつけていないし、仮に小西に駐車場が出来たとしてもバスと電車で通いなれてしまった自分が居る。もう車で来ることを半ばあきらめている。
つまり車を使うのはほぼ私用……いや、今運転してるこの状況は仕事用なのでは? どっちにせよ買い物に行く時に使う事のほうが大半なのだから細かい事を気にしても無駄だな。節税に努めて脱税を意識するより、ほんの数百円税金払いすぎてました、のほうが扱いが良い気がする。
今のところ探索に不満は無い。しいて言えば七層まで降りるのにエレベーターみたいなものが欲しいというぐらいか。一層から五層までを飛ばしてこれるような便利な施設はないものか。セーフエリア同士をつなぐゲート的なものでもいい。探索者証で何層まで潜ってるかが判断できるなら、潜ったことのある層まで飛ばしてくれてもいいはずだ。現実はそうはなってくれてはいないが。
……もし、スキルを取り込むことでダンジョンとの接続みたいなものを得られるのだとしたら、移動に関するスキルがあってもいいんだよな。帰ったらその手のスキルがないかどうか調べてみるか。前回真面目に調べた際は【保管庫】があるかどうかに焦点を置いていたからな。
そういえば【保管庫】スキルの保管庫とは、具体的にどこに収納されているんだろう。やはりダンジョンと同じ空間だったりするんだろうか。それとも俺の頭の中にインストールされたんだろうか。もっと【保管庫】について知る必要があるな。
少なくともダンジョン外でも使えるスキルなのだからダンジョンの中にその保管庫が固定されているとは考えにくい。やはりダンジョンとの接続……みたいなものが行われているんだろうか。そうするとスキルとはインタフェース手段である、という事になるのか。
考え事をしながら安全運転で四十分、予告通りの時間に布団の山本に到着。まず、挨拶に行く。
「ごめんください、安村と申しますが山本店長は在席されてますでしょうか」
「少々お待ちください、只今呼んでまいりますので」
少し待つ。ほんの一分もしない間に山本さんは現れた。笑顔だ。
「毎度ありがとうございます安村様。正直助かりました。複数のお客様に素材がいつ入荷するか解らないとお断り申し上げている状態でして」
「最近ちょっとダンジョンにご無沙汰な時期がありまして。燃え尽き症候群って言うんですかね。それで潜ってない間は素材も取ってなくて。それで連絡が途切れてたと言いますか。どうも申し訳ない」
前回の納品から期間が空いたことを素直に説明して詫びる。
「いえいえ、元々こちらからご無理を申し上げて素材を提供して頂いている訳ですからその辺りは安村様のご都合で結構ですよ。本日はありがとうございます」
「では、いつも通り車のほうにあるので……ただ前回に比べて量が多いので少し人手をお借りしても? 」
「解りました……ちょっと二人ぐらい来てくれ」
山本さんが声をかけると従業員らしき人が二人、奥から出てくる。前も見たことがある、たしか布団製作のほうを手伝っていた人だな。
車に案内し、後部座席に積み込んであったダーククロウの羽根を渡していく。素材を一目見て、ちょっと笑顔になる職人さん。どうやら質のほうにあまり問題は無いようだ。
全部渡し終わると、早速重さを量りに行く。重さは解っているが、うっかり口にするとなんで重量まで解るんですか? という疑問にたどり着きそうなので黙っておこう。
お茶が届いた。飲んで待っててくれという事だろう。有り難くいただいておく。前回と同じ、美味しいお茶だ。お茶菓子も届いた。重さによって店舗内アメニティにも差がつくのだろうか。今度は十キログラムぐらいまとめてから持って……いや、そういう人を試すようなことは止めよう。
素直にゆっくりお茶を飲む。結構待たせる気なのだろう、アッツアツで中々飲みにかかれそうにない。飲み頃の温度になった頃に計量が終わるかもしれないな。そう思いつつ、羊羹の甘さとひんやりさで口の中を染めつつ、少しずつ飲めるようになってきたお茶を頂く。
十分ほどして結果が出たのか、みんな戻ってきた。おかえり。
「お待たせいたしました。品質に関しては前回と同様とても素晴らしい状態での買取……具体的に言えば、市場から流れてくる素材よりもさらに品質が良い状態でのご納品をしてくださいました……何かコツとかあるんですか? 」
どうやら、俺が訪れなかった間に別ルートで入手したことがあるらしい。品質は……保管庫直行して新品同様の状態の羽根と、探索者の手やバッグにごちゃごちゃとこねくり回されたものとでは、綺麗さがやはり違うんだろう。
「そこは企業秘密という事で……個人ですが」
「なるほど、では今の質問は無かったことにしていただきたい。その話を踏まえてなのですが、こちらといたしましては買い取り価格を少し上げさせていただこうかと思います。これだけの品質のものが市場に出回らな……コホン、我々で手にする機会はおそらく安村様以外ではご縁が無さそうですので、是非とも……このぐらいでの金額にさせて頂こうかと思いますが、いかがでしょうか? 」
提示された金額は二十二万六千円。百グラム単価二千六百円というところか。前回より八パーセントほど値上げしてくれたみたいだ。ここは素直に言い値で売ろう。更に吹っ掛ける事も場合によってはできるだろうが、そんな事で築いた販路と信頼を裏切りたくない。文月さんの取り分は六万七千八百円かな。
「解りました。こちらとしても大変助かるご提案に感謝します」
「ご納得いただけて幸いです」
お互いの合意が得られたところで握手をする。こういうスマートな取引がいろんな方面で出来るようになれば探索者も苦労が報われるんじゃないだろうか。尤も、今はいわばズルをして稼いでいる状態だから探索者にみんなやれとは言えない所ではあるが。
無事に取引を交わすと従業員複数人に見送られながら布団の山本を後にする。よほど素材が手に入らない事が問題だったのか、それとも市場経由で手に入れた羽根の質がよほど悪かったのだろうか、みんな笑顔だった。
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