268:トリオで帰り道
五層から四層に上がると再び両手にエコバッグを抱えての移動となる。戦闘音が聞こえるからだ。最近は俺の真似をする様に明け方にダンジョンの上層へ上がってきて開場まで狩りを楽しんで帰るスタイル、という人が居るらしい。そのほうがモンスターの湧きが早くて多くて懐も温まると俄かに人気だ。
道中すれ違って上で鉢合わせになって、荷物の軽重について目を付けられないようにという俺の慎重すぎる判断のせいだが、悪くは無いと思っている。その間の露払いをほとんど文月さんに任せているのはちょっと申し訳ないが、そうすることで収入が倍ぐらいになるのでお互いさまという所だろう。
四層の少しだけ騒がしいその空間を急ぎ過ぎず遅すぎず、ちょうどいい具合の速度で進む。あまり速いと俺も腕が疲れてくるし、文月さんも背中の荷物があるのであまりペースは上げられないのでちょうど良いのだが。
足音が近づいてくる。普段人と会う事のない四層でしかもこんな時間に人と接触するのは非常に珍しい。知ってる人だと気楽だが知らない人だった場合、お互いこんな時間にこんなところで何をしているんだろう? という事を考えながら会釈をして通り過ぎることになるんだろうか。
「あれ、安村さんと文月さん。朝帰りですか」
田中君だった。田中君が四層に居るという事は小遣い稼ぎか暇つぶしだろうな。
「やあ、おはよう。小遣い稼ぎ? 暇つぶし? 」
「暇つぶしのほうですね。ちょっと上に戻るのでそれまで空いた時間で稼ごうと思いまして」
「その様子だと本業は調子いいみたいだね」
「まぁ、お陰様で。徐々に人が増えて来たんでゆっくり肉取り放題という訳にもいかなくなってきましたけどね」
「やっぱり増えて来てるかぁ。七層のノートにもちらほら見慣れない書き込みとかあったからなぁ」
「さすがに取り合いって訳ではないんですが、こうして時間をずらしたりしておけば取り放題なのは間違いないんですけどね」
肉以外もそれなりに稼いで行こうというつもりなんだろう。田中君のバッグにはそれなりの量の戦利品が入っているようだ。
「同業者同士でパーティー組んで九層に行くとかはどうかな。あそこはワイルドボアも数だけは居るし、難易度も低いしお薦めではあるよ」
「たまに清州でやってますよ。四人ぐらいメンバー集めて七層で休憩した後、九層でゆっくりと狩るのは実入りも多くて会社にも納品できて美味しくやってます」
「そこで継続してやっていこうとは考えないの? 」
「う~ん、それも悪くないとは思うんですが気楽にやっていきたいんですよね。パーティー組んじゃうと日程すり合わせたりノルマ達成後も付き合わなきゃいけないのかとか、後個々人の都合もありますし、あくまで会社と僕個人の契約なのでそれ以外は出来るだけ縛りなくやっていきたいかなって」
なるほど。田中君は何より自由を愛しながらダンジョン探索をしたいんだな。気持ちはわかる。自由に行動できるか日程が決まっているかどうかは割と心に来ることがあるからな。予定は未定のほうが行動しやすいことは往々にしてある。
「で、田中さんはこのまま開場で地上へ上がるんですか? そろそろいい時間だと思うんですけど」
文月さんが時間を確認しながら田中君に告げる。
「お、そうですね。良ければご一緒しませんか」
「荷物が多いから助かるよ。ここから出た分は半々という所でどう? 」
「いいですよ、行きましょうか」
田中君と共に地上まで戻る事になった。そういえば田中君が戦っているところを見たことは今までないな。彼はどういうスタイルなんだろう。じっくり観察させてもらいながら行くか。
四層から三層までの道を三人で歩く。三人でというのはなんだか新鮮だ。左右を田中君と文月さんに守られながら堂々と真ん中を荷物を持って歩く。脇道から時々ゴブリンやソードゴブリンが顔をのぞかせては、二人にそれぞれ処理されて行く。
田中君はソロ探索者である以上、装備で重荷を背負っていくのはハンデになるのだろう。装備をガチガチに固めて戦わず、避けて戦うというスタイルになっているようだ。俺より少し刀身の長く細い剣を己の前でフラフラとさせては、斬るのではなく突く事で適確に相手の急所を狙っている。
九層まで潜れるだけの実力はあるんだからここで後れを取るような事は無いだろう。安心して先へ歩みを進められるな。
歩きながら田中君が疑問を投げかける。
「そういえばお二人が他の人とパーティー的なものを組んでるのは初めて見ますね」
「んー、私はそうかも。安村さん基本的に私の都合に合わせてくれてるし、私一人で潜る事は無い……無いなぁ、最近は特に」
「俺は小寺さん達と一緒になったり清州でお世話になったり色々かな。清州行くときは大体目的があっていくからだろうけど」
「じゃあソロで九層潜ったことは無い感じですか」
「俺は清州で一時間ほど。あそこの密度ならソロでも充分なんとかなるから」
四層を抜け三層に上った。あの後新浜さんが合流してきて結局ペア狩りになったんだったか。
「小西は清州に比べて密度高いですからねぇ。十層の通り抜け具合なんか特に」
「僕はソロだと小西の九層で活動し続けるの三十分が限界ですね。なので六層で肉集めしてるのが大体です」
「ジャイアントアントが複数来るとかなりつらい感じか」
「そうですね、二匹までなら何とかなるんですが四匹になると酸が飛んでこないかどうかひやひやしながら戦う事になるのでそこが限界ですかね」
会話をしながらも三層を通り抜けて行く。自分達以外には誰も居ないので会話を聞きつけてくるのか、横道からゴブリンとグレイウルフがしょっちゅう出てはなますにされていく。そして荷物が増える。
新しくバッグから出したエコバッグにパーティ狩り分のドロップ品を入れて行く。この時間はそこそこモンスターが多い……いや、かなり多いのでこれもちょっとずつ重さが加算されて行く。
今はまだいいが、地上に出たらステータスブーストの恩恵を得られない分、査定カウンターに持っていくまでの間、重量が一気にこの俺の指にかかることになる。そうなったら支えていられないかもしれない。
やはり、魔結晶が一番数が多くて重い。魔結晶は重さで値段が決まるので、収入が多い事と魔結晶が多い事はイコールである。次にオーク肉、ボア肉だ。肉であるだけでその重さと幸せさを感じ取れる。
一応間違えないためにボア肉とオーク肉を別の袋に入れてあるが、ちゃんと査定で区別が……うん、今出たウルフ肉とボア肉とオーク肉を比べて見てみたが、明らかに差異がある。
ウルフ肉はほとんどが赤身で構成されていて、魚で言えばカツオみたいな感じだ。
ボア肉はいかにも豚肉の塊でございますという感じで脂が層になってほどよく乗っている。
オーク肉はサシの入った豚肉といった感じだ。ピンク色の肉の所々に点々と脂が入り込んでいる。
「お腹空いたんですか? さすがにここでそのまま食べるのはちょっと……」
文月さんに今喰うのか? と苦情を入れられた。さすがにそれは無い。
「いや、こうマジマジと肉を見比べる機会が無かったなと。査定のオーク肉にコッソリボア肉混ぜこんだりする奴いないんだろうかとか思ったが、見ればわかるなと」
「そもそも査定するほうもプロなんですから引っかかるようでは務まらないと思いますが」
「あー、会社でも居ましたね。ウルフ肉とボア肉まとめて出して数誤魔化そうとしてた奴。バレてしっかり怒られてました」
やっぱりそういう奴も居る所には居るらしい。でも俺で見分けがつくんだから査定の専門家なら見間違えることは無いだろう。一安心して肉を元に戻すと二人に追いつく。
二人に連れられる形で二層へ上がった。グレイウルフに後れを取ることは物理的にないが、開場まで一時間。ちょうど開場時間に外に出られる理想的な時間で到着することが出来た。後は異様に増殖してない限りは大丈夫だろう。
いや~二人の先導が有ると暇で仕方がないな。ちょっと雷魔法でも出しながら遊ぶか。頭の中で雷で出来た玉をイメージする。十センチぐらいの雷玉を現出させると、ぽわぽわと空中に浮かせて見せた。
そのまま二つめの玉をイメージし続け、二つの玉を出すとそれを維持し続ける。体の周りをグルグル回し始める。三つ目を作り出したところで文月さんがこちらを見た。
「……暇そうで良いですね」
「よろしければ一袋お持ちになりますか? 」
「いえ、遠慮しておきます」
そのまま三つ目をコントロールし続けながら前へ進んでいく。四つ目は厳しそうだな。つまり同時に三つの敵を狙う事は出来そうだ。三つの雷玉を顔の前でジャグリングしながら後ろをついていく。
「それ、何かの練習ですか? 」
田中君が雷玉を三つお手玉している様を見て疑問に思っているようだ。
「少なくとも同時に三つの対象に【雷魔法】を使えそうなことは解った。これでまた十層通り抜けるのが楽になりそうだ」
「十層ってそんな厳しいんですか。数が多いって事は知ってますが」
「多い時は十匹ぐらいまとめて襲ってくるかな。数減らすのが大変で十一層の階段潜り込むまでずっと戦い続けることになる。あ、玉に触るなよ。多分結構ビビビってくるから」
回っている玉をつつこうとした田中君がビクッとなって手を引っ込める。
「……うっかりつつかないようにしようと努めようと思います」
「ワイルドボアが少なめでジャイアントアントが多めだから本業としてのうま味はそんなにないかもね」
「じゃあ大人しく五層六層八層あたりで肉集めに奔走する事にします」
とりあえずソロで出来る範囲で探索をすることに決めたようだ。無理はいけないからな。帰り道のほうは順調に進んでいて、ウルフ肉と魔結晶が徐々に溜まってきている。
流石にステータスブーストを使っていてもほのかな重さが感じられるようになってきた。これ荷物全部で何キログラムぐらいあるんだろうな。
二層を抜け一層にでる。普通の探索者ならここで戦闘をすることはまずない。スライムだらけで俺にとっては最高の狩場だが、今日は田中君が居る。田中君の目の前で堂々と荷物を保管庫に放り込んでスライムを潮干狩り始めるほど我を忘れてはいない……いないぞ。
「スライム一杯いますけど狩らなくていいんですか? 日課では? 」
「開場待ってスライム狩りしたい人も居るだろうし……さすがにスライムをスキルで倒していくのは燃費が悪すぎる。一応こう言う事も出来るんだけどね」
と、チェインライトニングを発動させて数匹のスライムの間を雷撃がつないで行く様に打ち込み、まとめて倒す。ドロップがいくつかぽろぽろと落ちるので拾っていく。
「便利ですねえスキル。ただ値段と競争率考えたらとてもじゃないけど手に入れられる代物じゃないです。お二人は凄いですね二人ともスキル持ちで」
「あー、うん。頑張ってたらなんかポロっと出たんだよ。肩ひじ張らずに八層あたりで頑張ったらそのうち出るんじゃないかな」
「八層に何か関係あるんですか? 」
「六層と九層で拾ったから、八層でも出るかもしれないじゃん? ただそれだけ」
「なるほど……確かに八層って九層への通り道ってだけであんまり人気無い感じですもんね。言われてみれば穴場かもしれません。頑張って見ます」
これで田中君が八層から出したら面白い事になるな。そっと見守ろう。
開場時間が過ぎ、出入り口から人が入りこんでくる音が聞こえる。今日も皆張り切って稼ぎに来たのだろう。こっちも出入口までもう少しという距離だ。スライムを狩るのは止めにしよう。
「さ、そろそろ出口だ。今日はいくら稼げたかな」
一応保管庫に入っている間にざっくり計算はしておいたが、今日は過去最高の出来高になりそうだ。期待に胸を躍らせながら出口を出て、いつものつぷんという感覚を超える。その瞬間、指に過剰な重力がかかる。
「ぐ……重い……」
指先だけで二リットル飲料のケースを持っているような感覚に襲われる。両手ともだ、これはきつい。しかしあと数分耐えれば問題は解決する。それまで持ってくれ、俺の指。
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