267:未来の先行き不透明
シェルターから二十分歩いてそのまま六層に上がる。六層は何時もの暴走エリアだ。六層の感想はいつも同じだ。ワイルドボアがあっちへこっちへ駆け巡っている。両手がふさがっているが【雷魔法】で腕を動かす必要は無く、体のどこかからバチバチと流すことが出来るし、なんなら雷を纏う事も出来る。防御も攻撃も問題なしだ。
露払いは文月さんがやってくれているが、俺も仕事をしないわけには行くまい。適度に近寄ってきた奴に雷撃をお見舞いして黒い粒子へ還す。
いつも通りの六層だ。九層十層を巡ってきた帰りとしては何とも物足りない。もっと二十匹ぐらいが一斉に走り込んでくるとかそういうイベントもたまには欲しくなる。
帰り道の肉の量がずいぶん増えることになるが、そのまま収入として得られるので悪くはない。走り込んでかき集めて一気に殲滅するのも今の俺なら可能だと思う。
かといってトレイン行為は薦められる行動ではないからな。大人しく寄ってきた順番にワイルドボアを雷撃で落としてはドロップを拾いに行く。単純だがこれの繰り返しで探索業は成っている。
これと言ってイベントに会う事は無く、単純な仕事だが俺は単純作業が嫌いではない。十匹ほどのワイルドボアを片付けると、少し早足で茂らない君に向かっていく。あまり急ぐ理由はこれといってないが、歩くだけの時間というのは出来るだけ短縮したいところだ。
「ここはイベントも無いので暇ですねえ」
「五層はもっと暇だからな、その分急いで上の層に行くことが出来る。その分狩りに使う時間が増えてドロップも増える。悪い事ではないと思うぞ」
「そうなんですが九層の密度に慣れてしまうと物足りないですね」
「いっそのことどこかの階層に一気に転送するシステムとか無いのかな」
「あったらダンジョン探索はもっと奥深くまで進んでいると思いますよ」
「そういう施設が有ったりしないかな。あったらもっと下層のドロップ品が巷にあふれている事になるから現状を見る限りそういう訳でも無さそうだ。残念ながらな」
仮に転送されるとして何処に転送されるんだろう。それっぽい場所は……思いつかないな。考え事をしながら茂らない君から茂君へ歩みを進める。道中にはまたワイルドボアの群れ。同じように雷撃で仕留めながらドロップをエコバッグに詰めていく。
「いっそのこと、覚えのある場所へ転移するスキルでも存在しないだろうか」
「そんなスキルあったらいろんなパーティーから引っ張りだこでしょうね。転移と保管庫両方持っていたら一躍有名人ですが、安村さんあまりそう言うのは好きじゃないでしょう? 」
「確かに。地道に稼いでいくか」
「それが良いと思います。私も地道に稼いで卒業までにお金を貯めておくことにします」
まだ時間はあるはずだ。探索で大金を稼ぐことも良いが、この先を考えると色々進路はあるだろう。どんな道を選ぶかは解らないが、その道を尊重しようと思う。たとえパーティー解散という道を選んだとしても、それが文月さんの希望ならそれも仕方ない事だな。
茂君にたどり着いた。相変わらずの茂り具合だ。早速サンダーウェブで一網打尽にすると範囲収納で根元から魔結晶と羽根をかきあつめ、魔結晶は魔結晶が入っている袋に詰め直す。
「羽根、だいぶ溜まってきましたね。今どのくらいぐらいあるんですか」
「八千七百グラムある事になってるな。ここからだと羽毛布団が三枚は作れる計算になると思う」
「という事は……二十万ぐらいですか。私の取り分は六万円ちょいぐらいになりますね」
「調べ物をしたら布団屋に連絡入れて必要なら納品に行くか。ついてくるかは任せる」
「午後から講義なので受け取るのはまた今度ですねー。六万円は大きいですから」
税金にこだわるな。やはり払いたくないものは払いたくないらしい。
「その点感謝してますよー。私の仕事がほとんどないのに手に入るのは不労所得みたいなもんですから」
「左様か。まぁいいや。共同戦果であることは間違いないからな。茂君の相手している間にワイルドボア処理してくれてるし」
「さぁ、次の木に行きましょう。また数羽止まっているのが見えています」
次の木までのワイルドボアは文月さんがあらかじめ処理してくれている。とても助かる。その分移動時間が短くなるからな。
拾ったアイテムを整理すると再び一本目の木まで小走りで駆け抜けていく。両手はふさがっているが、ステータスブーストのおかげであまり重さは感じない。これはダンジョンを出た時にズシッて来る奴だ、ズシッて。
一本目の木には五羽のダーククロウが止まっていた。苦労のわりに実入りは少ないと思うが、塵も積もれば何とやらだ。きっちり処理していく。
最後の暴走ワイルドボアを処理すると階段まで急ぐ。どんどんボア肉と革が溜まっていくが、革は文月さんに持ってもらっているのでそれほど重さは感じないが、これが続くと流石に両手がしびれてくるだろう。
やはり狩りすぎたか。それとも保管庫をフル活用して……いやダメだな。帰り道なのにドロップの量が少ないと九層十層に潜っていたのに道中誰かとすれ違ってその戦果の少なさは何なんだと気づかれる可能性がある。
この辺は保管庫のメリットに隠れたデメリットなので甘んじて受けるしかないだろう。あーはやく保管庫所持者が増えてくれないかな。保管庫はスライムからしか出ないんだろうか。よほどの低確率を引いたという実感はあるが、その分メリットを生かしきれない厄介さも増えている気がする。
五層への階段にたどり着き、休憩を挟むことなく五層へ上る。ここからはマラソンだ。両手がふさがって走りづらいことこの上ないので、周りに誰も居ない事を確認してエコバッグを保管庫に仕舞ってしまう。
両手がフリーになったことで走るために腕を動かす余裕が出来た。今まではえっほ、えっほという感じで駆け抜けてはいたが、アスリートスタイルで駆け抜けることが出来る。
文月さんも走り抜けることを理解したらしく、二人してマラソンを始める。ワイルドボアと接触すると足を止めて倒す。倒したらまた走り出す。五層はマラソン会場として活用したほうが良さそうだ。
清州みたいに階段から階段が見えて居る所ならより楽であったろうが、そこはダンジョンの違いという奴だ。清州は難易度が低い。小西は難易度が高い。それが解っているだけでも多少の心の落ち着きを得ることが出来る。
難易度が高いなら移動に難があるとかそういう所に負荷がかかっても仕方ない。ただ、階段と階段が近すぎても、道中に何もないところをマラソンするのは大変だ。走るだけの行為は探索というものを考えればストレスしかない。もっと狩りをしたい、もっとドロップが欲しい。それが本音だ。
探索者としてそれでいいのか? 果たして最先端を目指さなくても良いのか? という問いは自分に何度でも問いかけてきた。答えとしては現状でそこまでの事を為すことは考えていない。二人でそれを行うのは大変が過ぎるというのも理由だ。どこかのパーティーに二人そろって加入する事も考えた。
しかし、ほぼ専業探索者となっている俺とは違って文月さんにはまだ色々未来を選択する自由がある。ここで文月さんが大学を辞めて探索者になると言い出したら俺としてはそれは止めてほしいと思う所だ。
選択肢は多いほうが良い。たしかに専業探索者として探索を行うには十分な実力を持っていると思うが、探索者はまだ職業として認められていない事もあるし、何時まで続けられるかもわからない先行き不透明な仕事だ。
そんな博打に挑むのは時期尚早だと思う。本人には聞かれたら話すべきだろうけど、俺個人としては余裕がある時にお互い付き合う。このぐらい緩い関係で良いと思う。それに探索者として稼ぐ現状、おおよその大学生としては破格の収入を得ていると思う。それで身持ちを崩すことだってある。
一般企業に入ってその給料の格差に愕然とする経験も必要かもしれないし、もしかしたら前から言っていた探索者のための会社を設立するなんて方向でも仕事をすることが出来る。可能性を狭める事を俺は手伝ってはいけないと思っている。
俺自身、前の仕事以外に仕事経験があるわけではない。長く仕事を続けることで学ぶこともあったが、俺が参考にさせられる意見なんてそんなものだ。もっと広い目を持っていく事も大事だと思う。
考え事をしていたら階段に着いた。あっという間だったな。やはり五層はマラソン会場にちょうどいい。
「何か考え事をしてたみたいですが何考えてたんです? 」
休憩がてら文月さんに考え事の内容を聞かれた。なんて答えるべきかな。
「ん~……今は話さなくていいかな。大分未来の事を考えていた」
「何層まで潜れるかとか、そういう話ですか? 」
「もっと先。多分二年ぐらい先。文月さんが大学を卒業して、その後どうするのかなって。専業探索者になる道もあるけど、他にもっと目を広げても良いよなぁって」
「あ~……お金だけを考えたら探索者もありですけど、他の道を模索するのも大事かなって思ってはいます。ぶっちゃけ生活費としては十分過ぎる成果を得られてますし、何かしら探索者としての経験を生かした仕事をしてみようかとも思いますし、それとは全く関係ない仕事についても面白いかなあとか色々考えてはいます。最初の頃は社会人になって過ごしていけたらいいと思ってたんですが、探索が楽しくてこのまま探索者を続けるのも良いと思い始めてきました。これも安村さんのせいですね」
「専属探索者という道もあるしな。まあ俺が口を出すことじゃない、じっくり考えるこった」
ふむふむ……一応色々考えてはいるんだな。探索ばっかりに頭がいっぱいで進路について考えてない訳ではないようだ。
「自分の進路を決めるのは大事だ、俺の事を気にかける必要は無いからね。自分の進路は自分で決めるべきだし、パーティーメンバーとして一緒に活動しているけど、片方が抜けたので解散するにしても今の俺なら一人で十分稼ぐことだってできてる。元々ダンジョン探索の最先端に向かいたいという意思は無いんだ」
「……参考意見として受け取っておきます。もしかしたら探索者に厚生年金と社会保険を供給するための会社を興すことだってできるかもしれませんし」
「そして社長自らダンジョンに潜ると? 」
「だったら事務経理担当を雇う必要がありますね。会社を興すなら書類手続きに明るい人が必要になってくるでしょうし、そうなると人脈を広げる事も大事ですか」
「俺はどっちかというと人付き合いというか距離感というか、コミュニケーションが苦手だからな。実際、俺がもっと人付き合いに気を使える人だったらそもそも会社をクビにはなってなかっただろう。だからそういう部分で俺は参考にならない」
「そうでしょうね」
断言されてしまった。それはそれで凹むぞ俺は。
「今のところ、私を良い具合に導いてくれている事については感謝してます。この後何年の付き合いになるかは解りませんが、その間はしばらくお願いします。保管庫の事は墓まで持っていくつもりなので」
「もっと保管庫を持つ人が増えたらそこまで持ち続ける必要もないと思うけどね」
「そうなった未来のことまでは解りませんが、お互いの利害が一致しているという事でもうしばらくはお願いします。と言っても私がまだぶら下がってる感は強いですが」
「そこはいざという時の保険という事で。文月さん曰く俺は時々無茶なことをするらしいし」
「確かにそうですね。わざと攻撃受けたりギリギリの戦闘したり割とハラハラします」
「なのでブレーキの役割としてもとても助かってるよ」
もうしばらくは相棒のお世話になるんだ。その間は甘え甘やかしつついつも通りにやっていこう。その先は……文月さん次第かな。
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