263:十一層に戻ったら
赤ちゃんが足崩してペタっとお尻つけて座る姿、おっちゃんするって最近はあんまり言わないんですねえ
休憩を終え、十一層へ戻った。一時間半ぶりの十一層だ。かといって何か変化があるわけでもなく。しいて言えば階段を上ったところで見覚えのあるパーティーと再会した事だろうか。
「やあ安村さん。十二層はもう巡ったんですか」
「どうも、Cランク昇級おめでとうございます。初めて潜ってきました」
小寺さん達だった。どうやら無事にCランクに昇級していたらしい。久しぶりの再会にがっしりと握手する。
「そこはお互い様です。私たちも初めて十二層へ潜ろうと思ってたところです。十三層への階段は見つかりましたか? 」
「地図って程のものではないですが記録はしておきました。写します? 」
「できれば。ちなみに十二層も同じマップでしたか? 」
「でしたよ。ちなみに階段はここの角とここの角です。大体四十分ぐらいでたどり着けると思います」
小寺さんと打ち合わせし、作り立ての地図を書き写してもらう。他のメンバーはその間に周りの警戒に当たってもらった。
「相変わらず中央部には寄り付かない感じですか」
「本当に真ん中に何もないのか探るには五パーティーぐらい欲しいところです」
「確かに。平面上だけで戦えるならやりようは何とかありそうなんですが、木の上から襲ってくる可能性もありますからね」
そうだ、小寺さんなら経験があるかもしれない。オークの行動について念のため聞いておこう。
「頭の上から酸は御免被りたいところです。ところで質問なんですが、オークが棍棒を投げてきた経験、あります? 」
「無いですね。……ということは、十二層でそれをしてくるオークが居るという事ですか」
「今のところ五体連れのオークでその体験をしました。もしかしたら五体以上のオークのグループはそういう動きをしてくるのかもしれません。十一層では経験しなかったけど十二層では経験したので、階層ごとの変化かもしれません」
「階層ごとの変化なんて過去に例が……あぁ、六層のワイルドボアもやたら遠くから走り込んできますよね。そう考えると変化はあるかもしれませんね」
小寺さんがふむ……といった感じで考え込む。
「何にせよいい情報をありがとうございます。十二層は注意していこうと思います」
「十一層よりジャイアントアントが少ない分楽に感じる所があるかもしれませんが、ステータスブーストの上からでも青あざが出来るぐらいのダメージはあるようなので、素で受けたら意識ごと持っていかれていたかもしれません」
「それはかなり危険ですね。一応服の上からならオークのダメージは軽減させてはいるんですが……ちなみに安村さん、ヒールポーションの在庫あったりしません? 」
「あるにはありますが、人数分ほどは無いですよ? 」
「構いません。お守りとして一本売ってもらえせんか 」
「わかりました。ここで取れたてほやほやのがありますのでそれをどうぞ」
「ありがとうございます。予備が有ると無いとでは心の落ち着きようが変わってきますから」
四万円でヒールポーションランク2をお買い上げいただいた。ありがとうございます。
「そうだ、たまには大木さんも自転車に乗せてあげてください」
「あの紙皿しっかり読んでくれてたんですね。あれはちゃんと公正にじゃんけんで決めた結果ですから。文句は三台しか自転車を用意してくれなかった何処かの誰かにツケておくことにしましょう」
俺じゃないか。と言いたいところだがぐっとこらえて小寺さんたちを見送る。財布が重くなったところで文月さんを見ると手が出ている。お手。
「お手じゃないです。半分は私のですよね? 」
文月さんが営業スマイルでこっちを見てくる。あぁそういうことか。ちゃんと受け取った四万円の内二万円を文月さんに渡す。
「非課税の二万円ほどうれしい事は無いですよね」
「申告したら課税されそうだが……まぁ、このぐらいのやり取りは誰も見てないからセーフセーフ」
「とりあえず今手元にあるヒールポーションは一本だけですか。どっちかが負傷しても挽回は出来ますね」
「販売用はね。使用目的のものとしては保管庫に四本入れてある。大金だが怪我するよりはマシだと思って。ちなみにランク1のものは六本あるから酸を六発までは受けても大丈夫だ」
「被弾すればするだけ儲けが大幅に減りますから、慎重に行きましょう慎重に、かつ大胆に」
やる気に満ち溢れている。とりあえずここまで稼いだ金額を伝えてそこから頑張りどころを見つけようかとしていたがその心配は無いようだ。とりあえずお肉が五十個溜まるまではそっとしておこう。却ってやる気を削ぐかもしれない。
十層側の階段とは反対方向に回って歩く。十層側はおそらく小寺さんたちが通ってきた後だ、モンスターが少なすぎる可能性がある。そっちに向かうのは時間的にも金銭的にも美味しくない。可能性として美味しそうなほうへ歩こう。
歩きはじめると早速親指、五、三。落ち着いて雷撃を落として確実に数を減らしながら戦う。一対二は出来るだけ避ける。酸が来そうなら避ける。避けきれないときは俺は収納で酸をしまい込むことが出来るが文月さんにその手は使えない。
隔離されてるとは言え酸が保管庫に入っているというのもあまり考えたくないので、これを投げ返して倒す、という手は緊急時以外には使わない事に決めた。使うとして十層ぐらいにしようと思う。
酸を無限収納して次々に打ち出して……という戦法も取ろうと思えば取れる、程度に留めておこう。グロいのはあまり好きじゃない。
小指、四、二。四体グループでも棍棒を投げないかどうか観察するために全速力で二匹を片付けると文月さんの動向を見守る。文月さんはきっちりオークの両腕を飛ばしてから奥のオークへ向かっていた。さすがに二発目は食らいたくないらしい。
両腕を無くしたオークもその場でジタバタし、立ち上がって噛みつきに行くような根性は持ち合わせていないらしい。少し悲しそうな目をしている気がする。両腕をすっ飛ばされた痛みと何もできない悲しみと放っておかれる寂しさが同居しているんだろうか。
文月さんはオークを倒して戻ってくるときっちり止めを刺して黒い粒子に還していた。今回は肉が二個出た。
「さすがに心配が過剰じゃないですかね」
「十二層じゃないと投げてこないかどうかを観察するのにちょうどよかったのもある」
「四体セットまでなら投げたりその他の戦闘パターンは無い、でいいんじゃないですかね」
「う~ん……現状それで納得するしかないな」
心配性が過ぎると怒られてしまった。うむぅ……よし、相棒をちゃんと信じよう。お互いがお互いの仕事をちゃんとこなせる。そこを信じて背中を任せ合うのも信頼の内だ。いざとなったらポーションもある。後は俺がいつもの調子で接すればいいだけか。
一呼吸すると、前を向いて歩く。文月さんはこっちをチラッと見た後いつもの調子に戻る。親指、四、二。了解。文月さんの分は文月さんの分。俺の分は俺の分。自分の仕事をこなす。こなしたらドロップを拾って元のルートに戻る。
これをひたすら繰り返す。繰り返す間に体と脳が剥離し始める。そうすると体と目と聴覚はそのまま適切な形で動き回りながら、精神は宇宙へと飛んでいく。
ジャイアントアントにも酸を飛ばしてくる条件というものがある。味方と接触していない、噛みつきに行くよりも距離が遠い場合、酸が飛んでくる確率が高い。小指、四、二。
オークが棍棒を投げてくるのはそれと同じという事だろうか。しいて言うならオークが棍棒を投げるのは味方オークと接触しているかどうかという判定が関係無いんじゃないか。フレンドリファイアよりも攻撃してきた相手に対するヘイト反応のほうが高いという事か。
つまり周りの状況さえ監視できていればその状態で相手がどんな行動を取ってくるかを見極めて最善手を打てるという事か。小指、三、二。試しに手前のオークを放置して奥側のオークを殴りに行ってみる。
手前のオークは俺に向かって棍棒を振りかざして走ってくるがその棍棒を回避して脇を抜けて走り去り、奥側にいるオークに狙いをつけるとこっちに来ると思ってなかったのか、油断していたオークの首筋に一閃。そのまま雷撃を加えて焼き切り、ドロップを確認すると振り向く。
手前で放置されていたオークはこちらに向かってくれている。どうやら近いほうを攻撃しようと考えているらしい。足だけに一撃入れていたらどうなったかを調べたいところだな、次やろう。
残っていたオークを素早く【雷魔法】で焼きオークにするとドロップを確認し、魔結晶を拾うと文月さんと合流。また歩き始める。
「ちょっと色々やって見て、相手の戦闘パターンみたいなものを分析するのも必要だと思う」
「それもそうですね。事前に知ってたら負傷もしなかったですし」
「Cランク以上専用の情報交換ネットワークがあるので帰ったらそこで情報収集だな」
「それ私も見てみたいですね。帰りにどこかのネカフェで調べませんか」
「そうするか。共有しておいた方が良い情報も多いだろうしな」
仕事上がりの予定も立ったところでお肉集めの続きだ。グルグルと十一層を周りながら戦闘をこなし、お肉を集めて行く。七層に戻った後のメインディッシュにするかどうかはともかく、予定数まで頑張ろう。
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