256:文月対茂
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四層に降りた。いつも四層で狩りをしてる人がこの時間なら居るが、今は居ないらしい。つまり夜間誰かが狩りをしたのでなければ今はフルメンバーでお出迎えをしてくれることになる。
「誰も居ないっぽいですね。これはちょっと真面目モードですか」
「最近、ゴブリンに素早く近づいて肩をポンと叩いて「君、クビね」って言いながら雷撃で爆破する遊びを思いついたんだ」
「楽しいんですか? それ」
「俺の首を切った上司の気分を味わえる。自分に被害が無いと人はああも残酷になれるんだなぁとしみじみ思ったね」
ふと、前の職場を思い返す。あの人事部長よりも今俺は稼げているはずだ。首を切ってくれてありがとうと今は礼を言っておこう。
「それを速度を落とさずやり続けて二十分ぐらいは連続で【雷魔法】を放出し続けることはできるようになった」
「なるほど、暇なマラソン作業の心休めだったんですね」
「こう、単純作業を繰り返して意識と胴体が別で動かせるようになると、大体意識は遠い宇宙へ泳ぎ出して何か途方もない事を考えることはままあるんだよ」
今実際目の前で会話の片手間で黒い粒子に還されているソードゴブリンとゴブリンの団体さんが居るわけだが、戦闘以外の事も考えながら会話できる辺りお互い様のような気もする。
「大分余裕のある話ですが、九層十層でそこまで出来ますか」
「まだ無理かな。相手の動き読むのと雷撃を落とす先を読んで発射するのに割と必死」
「ソロでやってると私も居ませんし? 話し相手が居ないと寂しいですか」
「とっても寂しいな。出来れば毎回一緒に狩りしたい」
いまいち集中できないときは特にそう思う。途中で帰りたくても開場時間まで間が有ったりすると更に精神的な厳しさが襲い来る。
「いまちょっとキュンときましたね。安村さんでなければ心が動いたかもしれません」
「実際のところは学業のほうを優先してほしいのでそういう訳にも行かない訳だが」
「そうですね。卒業したらどうしましょう。パーティー解散ですか」
「そこまで先は今のところ考えてないな。それまでに生涯年収稼いでしまうことも念頭に入れるか」
一般男性の平均生涯収入が三億円だと言われているから……後二億円強か。びみょうに稼げそうなラインではあるな。
「それはそれで勿体ないですね。せっかくのレアスキル持ちなのに」
「まー、その頃にはソロでももっと頑張れるようになってるだろうし保管庫持ちも増えるから俺も公に出来るようになるさ」
「そうなるといいですねぇ。今世の中に保管庫持ちが何人いるんでしょう? 」
「確認されてるだけで世界に数人らしいぞ。三年で数人ならもう二年経てば十数人に増えるさ」
「あんまり事態の改善になってない気がしますが……」
「公になってないだけで俺みたいに隠してる奴はそれなりに居るさ。それが捕捉されるなりバレるなりしてもっと増えるってきっと」
「それ、自分がその中に入る可能性を考慮してますか? 」
……はい、考慮してませんでした。俺が先に捕捉されたら意味が無いな確かに。
「もう暫く隠遁生活かなあ」
「潮干狩りおじさんで名前を売っておいて隠遁生活も何もないと思いますが」
「でもまあ、一応保管庫スキル持ってる人居たらできるだけそれについて言及しないようにってガイドラインあるし、考えてるほど厳しい状況にはならないさ」
「とりあえず、卒業までは維持できるように頑張ってくださいね」
「努力します」
漫才をしつつ五層の階段に着いた。会話の間に倒れて行ったゴブリン達八パーティーには供養の祈りを捧げておこう。
五層はまだ誰も来てない事が湧き具合からわかる。木から木の間に三匹から四匹のワイルドボアが湧いていればそれが合図だ。文月さんと頷きあい、ランニングの姿勢に入る。走りながらワイルドボアを走っていく途中で処理できるように動きながら戦い、ドロップを拾っては受け取る。
ダーククロウが止まっている木には俺と文月さんが交互にスキルで処理をし、ドロップを回収。三十分ほどで走りきると六層の階段へ着く。
「しかし、この広さとこのモンスターの少なさでよく【火魔法】ドロップ出来ましたね」
「それこそ個人の持ってる運って奴じゃないかな。もしくはここは外れくじが少ない」
「モンスターのポップ数に応じてくじの枚数も変わる、ですか」
「五層と一層で同じ数のくじが用意されてるなら、五層で出る事も無い、もしくは一層でもっと出てると考えることが出来るよね」
「一層でいっぱい出るなら苦労はしない……からの仮説ですか。たしかに一万匹ぐらい倒してそうな人が言うと説得力があります」
実際は九千かそこらしか倒してないんじゃないかな……まぁほぼ一万で良いだろう。スライム一万匹倒したらボーナスでもう一個スキルオーブをプレゼントとかそんなキャンペーンやってないかな。
六層に降りていつもの暴走族にハグ会を行いながらまだ会話は続く。六層も余裕になったな。
「だろう? それに外れくじにも種類があるじゃん。スライムから出るヒールポーション」
「そういえば前にそんなことを話していた気がします。だとしたら他の階層でも外れくじに該当するものはあるんでしょうか」
「そういえばお目にかかったことは無いな。ボア肉にオーク肉が紛れ込んで……いや、明らかにそれは怪しいドロップだな。もしかしたら魔結晶に混じって高品位の物を落として行っているのかもしれない。確証はないが」
「それはどういう根拠で……あぁ、種類が違う魔結晶を落としたら保管庫の中では別で表示されると? 」
「あり得るとしたら同じ魔結晶でも質というか密度というか、そういうものの違いがあったのかもしれない。保管庫のリスト上にはワイルドボアならワイルドボアの魔結晶としか表示されないから。もし低品位のものと高品位のものがあったとして、違いが俺にわかるようになってからじゃないと別枠表示されるようにならないんじゃないかな」
ダーククロウの止まっている木の前に来た。ザブンという感じでサンダーウェブを仕掛けるとボトンと魔結晶が落ちる。これも手早くできるようにはなりつつあるが、もっと早く、もっと正確に出来るようになりたい。
「まだ伸びしろはあるな。目で見て確認して数を見繕うところまではいい。イメージを作る時間がまだ短くできそうだ」
「十層をもう少し気を楽にして回りたいですしね。日々の研鑽ご苦労様です」
「そう言われる文月さんこそその辺はいかがなものですか? 」
「じゃあ、ちょっと自分茂君試させてもらっていいですか」
「大丈夫? また木ごとゴリッと逝ったりしない? 」
「失敗したと思う時点でサンダーウェブ放つことにしといてください。何羽まで対応できるか自分を試すタイミングはいずれ必要でしょうし」
確かにわかりやすい目標としてはそうだな。試してみてもらうのも必要だろう。ドロップを拾いつつ、そういえば……と思い出したことを口にする。
「水魔法と言えば前に調べた時に出てきてた、水の球を作って相手の顔に張り付かせて窒息死させるという戦い方があるらしい」
「えぐいですね。早速暴走族で実験してみましょう」
言葉の前後が繋がっていないがまぁ良いだろう。早速観察してみる。
文月さんがササっとイメージを作り上げたのか、まず目の前に水球が現れた。その後水球を移動させると、こっちへ向かってくる先頭のワイルドボアの顔へ叩きつける。すると、水球は割れてしまった。どうやらただのウォーターボールになってしまったらしい。
舌打ちをした後、次の水球を時間差無く作り上げるともう一度ワイルドボアにぶつけにいく。すると今度はワイルドボアと並走するように水球が移動しはじめ、少しずつワイルドボアの顔を覆っていく。
ワイルドボアの顔全体を覆ったところでワイルドボアは突然苦しみはじめ、そのままその場へ倒れ込んだ。勢いがあったため足元までずざざざ……と滑り込んできたところで黒い粒子に還った。水球が割れ足元が少し濡れる。濡れたところにドロップがベチャッと落ちた。
何か思いついたのか、水球を再び作らず物理攻撃でワイルドボアに対処し始めた。とりあえず水球チャレンジは満足したのだろうと判断し、こちらも向かってくるワイルドボアを処理しにかかる。
周りのワイルドボアを処理した後、ドロップを拾いながら文月さんが告げる。
「この濡れたドロップ品を見てください。茂君を水球でやったらですね」
「……あぁなるほど。羽根が濡れて重くなってしまう。そして乾燥させてから保管庫に入れるのは手間だという事か」
「です。スキルにも使いどころがそれぞれあるってところですかね。ボア肉や魔結晶なら問題ないんでしょうが」
ドロップが濡れる問題は考えてなかったな。ボア革でも濡れたら面倒くさいことになりそうだ。
「ウォーターカッターなら問題あるまい?何枚打ち出せるか試そう」
「眩暈起こしたらお願いしますね」
「その時は樽みたいに担いで七層まで運ぼうかな」
「お姫様抱っこじゃないんですか? 」
「お姫様抱っこは意識の無い人を運ぶための姿勢じゃないんだぞ。あれはお姫様の腕力と体を預けきる信頼性が無いとなかなか難しいんだぞ。それにオッサンにお姫様抱っこされてうれしいか? 」
「……」
「なんか言えや」
とにもかくにも茂君にたどり着いた。さて、成長した文月さんの本気を見せてもらおう。茂君の警戒範囲に入る。文月さんは二呼吸程深呼吸をした後、茂君をじっと睨みつける。
しばらく考えた後、木の形に添って大きなウォーターカッターを作り出し、木に当たらない範囲でシュバッと射出する。上手く木の輪郭を添うように形作られたウォーターカッターは木に止まっているダーククロウ達を上下真っ二つにしていく。
その場に膝をついて浅い呼吸を繰り返す文月さん。どうやら眩暈が来ているらしい。あれだけ派手にぶちかませばそらそうなるよな、という感想と共に肩を貸して木の根元まで歩いていく。
狙いを外したのは四羽。飛び去ったダーククロウはこっちで処理しておく。貫通していったウォーターカッターはそのまま遠くへ行った後只の水になってどこかへ行ってしまったんだろう。落ちてる箇所が見当たらない。
「ちょっと威力が強すぎたな。もっと弱くても良かったと思う」
「はぁ……はぁ……そうですね、木の形に合わせるほうに集中してて威力を下げるのを忘れてましたね」
「ともあれ、これでボス退治は成功だな。四羽外れてたけど始末しといた」
「ありがとうございます。……ふぅ、もう大丈夫」
自分で立ち上がるぐらいは問題なく回復したらしい。スキルを使わなければ問題は無いだろう。とりあえず掃除機みたいに木の根元を範囲収納で収納していく。手に入れた羽根の量からして、四十羽ほど倒せていたらしい。
空中から雷撃で叩き落した分も含めると四十四羽か。今日は少なめだったな。すると噂をすれば影なのか、保管庫のリスト情報の新しく更新された部分に普段は見慣れないアイテムが見つかった。
「なんか、キュアポーション拾ったっぽい」
「初めてですよねこんなところで拾うの。あれですか、スキルオーブの外れって奴ですか」
「その可能性は高いな。何にせよ思わぬ小遣いとしてもらっておこう」
「スキルだったらまた【水魔法】だったんでしょうか」
「そういえば、出るスキルと階層やモンスターの関係は調べたことなかったな。帰ったら確認してみようかね」
スライムと保管庫……ワイルドボアと火……ダーククロウと水……蟻と雷……だめだ関連性が思い浮かばないな。
六層の残りのワイルドボアを二セット、思い思いの手段で討伐してドロップをかき集める。さすがにホイホイと外れくじの中の当たりくじドロップしてくれるわけでもなく、いつも通りの数といつもの品ぞろえでもって七層の階段を下りた。
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