248:帰り道はダッシュで。
しっかり休憩をとった。自転車で消耗した体力もほぼ回復した。これなら一気に一層まで駆け抜けられそうだ。そうと決まれば時間との勝負だ。一層までたどり着いて間に合いませんでしたはちょっと悲しい。宿泊すればその分スライムを存分に狩れる時間が増える事になるが、それはまた次の機会にしよう。
そうと決まれば即行動、早速地上まで戻ろう。自転車で六層への階段まで戻ると、ダッシュで六層を駆け抜ける準備をする。帰りのハグ会は時間が押してるので【雷魔法】で一気に殲滅していこう。
六層はやはりワイルドボアで埋め尽くされていた。いつもの量だが、今に限ってはちょっと面倒くさい。【雷魔法】をハグではなく中距離から雷撃を撃ちだし、駆け抜けた体勢のまま範囲収納で拾っていく。今はドロップ品を拾う作業は出来るだけ手短に済ませたい。
何時もの半分ぐらいの時間で六層を駆けると茂君に着いた。茂君は帰り道の俺を出迎えてくれるように大量に繁っている。いつもよりサンダーウェブの練り込みを手早くやり、ダーククロウを一挙に殲滅する。
茂君を相手にする短時間高収入を逃すのは勿体ない。その分五層や四層で時間を稼ごう。これで布団屋に納品する分も増えたぞ。六キロ超の羽根があるので、十四万ぐらいにはなるだろう。
暴走しているワイルドボアを来た順番に黒焦げにしていき、ドロップも確実に回収する。六層を通り抜ける際にはおよそ四十匹ほどのワイルドボアを倒さなければ抜けられないのが困る所でもあり、食料的には嬉しいところでもある。
普段五十分ぐらいかかる六層を三十分で通り抜け、そのままの勢いで五層へ上がる、今は時間との戦いだが、ドロップはきちんと拾っていく。大事な収入だからな。時間との勝負とはいえドロップをそのまま捨て置くことはできない。
ペースを上げたまま五層のワイルドボアを倒していく。ダーククロウは数が少ないので無視。五層を駆け抜けると、二十分ほどでたどり着くことが出来た。これでもうちょっと時間に余裕が出来た。四層三層でどれだけ手間取るかが勝負だな。
閉場まで後二時間。果たして間に合うことが出来るか。ステータスブーストで自分の移動速度を強化しながら四層に上がってからもペースは落とさずそのまま駆け抜ける、このペースなら間に合うぞ。
すれ違うゴブリンを肩ポン爆破せず、一方的に中距離から攻撃を仕掛け、通り道にドロップが出たらそれを拾う。こっちを確認できないゴブリンは動きに気づかない。
気が付かないゴブリンは残念だがここで置いていく。純粋に進路をふさぐゴブリンだけを殲滅し続け、四層を二十分で走りおわると三層へ。スピードを落とさず三層もゴブリンとグレイウルフを文字通り轢き逃げしていく。
二層へ入ったところで残り時間は一時間二十分。十分間に合いそうだ。ついさっきまで人が居たからなのだろうか、通り道は空いている。スピードを緩めて速足で歩く。
道中に居たグレイウルフを倒すと肉が出た。お前は今夜の夕飯だ、美味しく調理してやるから安心すると良い。レシピを考えながら一層へ向かう。唐揚げ・生姜焼き・ウルフカツあたりは体験済みだ。それ以外を模索してみるか。
薄切りに敷いて軽く焼いてパンに挟む。強く焼かずに軽めに焼いて生ハムサンドイッチみたいにするのが良いか。それで行ってみよう。飯の事を考えると早く食いたくなってきた。早く出たいな。
二層を抜け一層へ着いた。スライムが徐々に増えつつある。みんなもう撤収していったんだろうか。階段上がった先にもぽよぽよと歩いている。本当ならここで一狩り熱中するところだが時間的に余裕がない。今日はオアズケだな。
何を気にすることも無い、人の気配がしない一層で一旦ドロップ品を整理。査定に出しやすいようにエコバッグに詰めるだけ詰めてから帰り道を急ぐ。背中のバッグは紙皿とワイルドボアの革で結構な体積を有してしまっている。
詰め直しの作業で二分ぐらい手間取ったのでその分走る。道中スライムを踏んづけそうになったりもしたが、ギリギリ門限に間に合うことが出来た。
受付で退ダン手続きを取る。
「あら、間に合ったんですね、お疲れ様です」
「七層から走って何とか間に合いましたよ」
探索者証を返してもらうとそのまま査定カウンターへドロップ品を届ける。ウルフ肉は一個はへそくり行きだ。それ以外は全て査定に出す。五分ほどで結果が出る、七万六千五百九十円。少ない。
しかし今日の目的は半分ぐらいは達成できた。実質的にループしている事が確認できただけでも成果だし、他の場所にオブジェクトがあった。ただ、そのオブジェクトに意味があるかどうかは定かではない。
とりあえず受付に今日の成果物として提出しておくか。
「遅いところすいません、七層の地図更新なんですが」
「はい、また何か変わりましたか? 」
「えっとまず……自転車が置かれています」
寝耳に水の職員がぎょっとする。ってことは、七層利用者はギルドが用意したと思っているか、揃ってこの事態を受け入れて違和感のない状態だと思っているのか。どちらにせよギルドへの報告を怠っている事は確かだな。
「自転車が持ち込まれたという情報は初めて聞きましたが……」
「一か月前ぐらいからですかね、三台持ち込まれています。ご丁寧に自転車台付きで」
「……私を混乱させて面白がっている訳ではないんですよね? 」
「えっと、そんなことをして私が得する要素が思い浮かばないんですが」
「……解りました。それで、その自転車がどうかしましたか? 」
「ええとですね、その自転車を使って実地調査してきました。いわゆる地図の外側の部分がどうなっているか、ですね」
書き加えた地図を見せて、大まかに巡った範囲を示して説明する。
「……というわけで、実質的には今の地図の外側には何もないと考えてもらったほうが早いと思います」
「解りました。範囲外には行かないように、という感じの報告のほうが良いですかね? 」
「そうですね。あまりにも何もないサバンナなので精神的にきつい事も確かですし、モンスターも居ませんし。遭難するという意味で危険と言えば危険ですので」
「回ってない範囲についてはどう考えてます? 」
「個人的な視点になりますが、見ての通り何のオブジェクトもない範囲が多すぎて目印になるようなものがあったとしてもこれ以上の調査は不必要だと思います。多人数を導入しての探索なら大丈夫でしょうが、遭難する危険を考えますと……あれ、もしかして地図の更新すら不要なのでは? 」
「……そうかもしれませんね、地図を更新するかどうかの判断はギルマスがするので、そのままの情報を渡しておくことにします。もしかしたら更新せずにそのまま……という可能性もありますね」
あえて更新しない事で本当に何もない、という事にしておくのか。これは一日かけて自転車を漕いで運動しただけになってしまったのかな。
「とりあえず出来る事はした。見るべき点は無い。行かせないためにもあえて更新しない事もあり。私の考えとしてはこのあたりになるのでしょうか」
「解りました、そう書き添えておくことにします」
「あ、これ皆さんで良かったら食べてください。オーク肉です」
前におすそ分けしようと言っていたオーク肉のパックを渡す。
「あ~、お気持ちは有り難いんですがそういうのは受け取っちゃいけないことになってるんですよ。お気持ちだけ頂いておきます」
「やっぱりそうですか……ではお気持ちだけお送りしておきます」
「はい、お気持ち受け取りました。本日はお疲れ様でした」
う~ん、暇つぶしにはなったからいいか。これでもし宝箱的なものが埋まっていたとかそういうのなら巡った甲斐はあったという物だが。
もしかしたら熱唱してる間に見逃していたかもしれない。いや仮にその場合でも七層には時々宝箱が現れる、みたいな噂が流れてしょっちゅう七層で遭難者が出ててもおかしくない。そうなってないという事は、可能性としてはゼロに近いんだろう。
何時もの収入の四分の一程度にしかならなかったが、前の職場からしたら十分すぎる収入という事を思い出し、何もないという事を確認するという仕事をして収入を得た、ということで自分を褒めておこう。
さて、帰ったら夕食の準備と買い出しだ。今日の夕飯はウルフ肉の薄切りサンドイッチだ。焼いてタタキみたいにしてから薄切りにしてパンに挟んで食べるのだ。今日はトーストを四枚消費する事になりそうだ。付け合わせの野菜とドレッシングを頭の中で見繕いつつ家路につく。
バスに乗り電車に乗り、家に着いたのが二十時半。かなり遅めの夕食になってしまったが、コンビニでおつまみ代わりの冷凍唐揚げも買ってきて栄養バランスは完璧に近い。焼いた肉と揚げた肉とパンと野菜。うん、完璧だな。
パンをトーストするというアメリカで最高の料理をしながらウルフ肉に塩胡椒を振って表面を焼く。焼き目が付いたところで火からおろし、しばらく熱をなじませる。その後で薄切りにしてパンに挟めるようにした。トーストし終わったパンに野菜と共に挟んで完成だ。
どっちかというとウルフ肉のサンドイッチみたいになってしまったが、それでも焼いたパンの香ばしさとウルフ肉にごまだれが合わさって最高に美味い。野菜のシャキシャキ感も良い。
食べる合間に唐揚げをつまみ、ちょっと物足りないが朝までは持つ、といった具合のところで夕食を済ませる。風呂を沸かし服を脱いで洗濯機へGO。風呂から上がると、今日持って帰ってきた紙皿の整理兼下読みを始める。みんながどんな感想を書いていたのか。さすがに整理して入れていたわけではないので時系列はバラバラになってしまっている。
「なにこれ布団。試しに借りて行きます」
「布団最高でした。ありがとう」
「七層初到達記念。でも何もないね」
「あのダーククロウの羽根をかき集めたというのか」
「本当に布団あったよ」
「布団どこですか、見当たらない」
「そろそろ洗濯したほうがいい、なんか妙な匂いが」
「布団洗濯しておきました」 あ、これは俺が書いた奴だな。
「布団洗濯ありがとう、有り難く使わせてもらう」
「布団……洗濯……どうやって? 」
「噂の七層を見に来ました。初めて来た時より設備が豪華になってる」
「布団もう一枚欲しい」 これは結構新しい奴かもしれない。見覚えが無いからな。
「自転車は共用資材って事でいいんですよね? よね? 田中」
「自転車ナニコレ! ギルドからのおさがり? でも新品っぽい」
「自転車あってびっくりした 」
「求)自転車搬入方法 出)要相談」
ざっくり抜粋すると布団と自転車についての言及が多い。多分七層に残ってる紙皿にはもっと自転車についての記述があるだろう。自転車をもう一台増やしてみるのは有りかもしれないな。
自転車を増やすなら今度は同じ型式のものではなく、折りたたみ自転車の小さい奴を一台用意しておこうか。そのほうがコッソリ持ってきた感が出やすいだろう。こっそりバッグに詰め込んで持ち込んでも違和感が無いような奴を。
とりあえず燃えるゴミに全て放り込んでゴミの日は……明日か。明日ゴミに出してそれでおしまいだ。わざわざ記念に書き込んで持ち込んだ人には悪い気がするが、これも仕方がない事として受け入れてほしい。紙皿タワーを七層に永遠に残しておくわけにはいかない。
一つ仕事を終えたことで満足したのか、少し眠気が出てきた。後、尻も少し痛い。長時間自転車に乗ったせいかもしれない。今日はもう寝てしまおう。明日は何しようかな。
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