247:荒野の果てへ
誤字修正報告、いつも助かってます。
前日に確認してるはずなのに……
七層に大きな変化は無かった。というか七層に変化をもたらしたりした奴の顔を思い浮かべてみるが何故だろう、自分の顔しか思い浮かばない。自転車以来特に何もやってないはずだ。
七層に降り立ってすぐに設置されている謎の自転車台には自転車が二台置いてあった。これは有り難いと早速自転車に乗り込みシェルターへ向かい走り出す。今日の主役は君に決めた。しっかりとこの不思議な大地を噛み締めながら走り回ってもらいたい。
シェルターに着くとそこには一台の自転車。これでシェルターには二台。この時前回の我々が使った状況から鑑みてどういう組み合わせの団体が七層を通過していったのか所見を述べよ。とかいう論理問題にできそうだな。
とりあえずノートのほうを見ると、紙皿が三種類に分けられていた。主に布団の使い心地や自転車がある不思議等の主観的な感想を書いた紙皿が一山。そして業務連絡的なものを記したものが一山。もう一山は……色々混じっている。これはおそらくまだ記入されていない仕分け前の物だろうか。
ノートを見ると、一生懸命時系列っぽくノートに色々と記入されている。田中君頑張ってるんだな。合間合間に「これからノート解りました。正直紙皿の在庫が心配でした」等の了解連絡が挟まれている。
とりあえず感想分の山は処理しておいても良いようだ。ノートに「感想山処分しておきます 安村」と書いておく。
問題は、これをどうやって処分するかだが、保管庫に入れるとおそらくだが……大変な事になる。紙皿一枚一枚違う事が書いてある。これをそれぞれ別々のものとして俺自身が認識してしまっている以上、別のものとして扱われる可能性が高い。
保管庫にためしに五枚ほど入れてみる。
紙皿 x 一 (自転車は共用資材って事でいいんですよね? よね? 田中)
紙皿 x 一 (自転車ありがとうございます。パンク修理キットがあるとなお良いと思いますので今度持ってきます)
紙皿 x 一 (求)自転車搬入方法 出)要相談)
紙皿 x 一 (自転車もう一台欲しいです。俺が毎回徒歩にされます…… 大木)
紙皿 x 一 (便利な机で捗ります)
……うん、予想は付いてた。五枚だけ放り込んで正解だった。全部放り込んだときリストがどうなっているか考えるのも嫌になる。
紙皿を保管庫から取り出すと、処分する紙皿を全部自分のバッグに放り込んでおく。これはバッグに入れて持ち帰って燃えるゴミに出そう。今日がまじめに探索をしない日で本当に良かったと思うが、もう一回これをやらねばならんのかと思うと苦労するな。
もっと早めに気付くべきだった。というか周りの探索者も気づかなかったのだろうか。それとも七層到達記念皿みたいなものだったりするのだろうか。そう思うと内容が気になるな。後でゆっくり眺めてみるのも楽しいかもしれない。
一つ荷物が増えた所で、昼食の準備をしよう。今日の昼食は事前に温めて置いたレトルトのカレーとパックライスに、ウルフ肉を細切れにして焼いてウルフカレーと行こう。そういえばここでカレーを食べるのは久しぶりではないか?
前回は焼きカレーにチャレンジしていた様な気がする。スキレットの洗浄が大変だった。温めるのはパックライスとウルフ肉だけにしよう。まだ暖かいパックライスをさらに加熱し、おいしそうなところまで焼き上げると、ウルフ肉をサイコロ状にして調理する。
程よく焼けたウルフ肉をパックライスに盛ると、カレーと合わせて完了だ。さぁいただこう。
ウルフ肉の脂身少なめの食感が舌を喜ばせる。一緒に煮込んだわけではないのでホロホロの肉にはなっていないが、カレーに多めに肉が入っているだけでなんだかテンションが上がるのはやはり体が肉を欲しているのだろう。
カレーの香りが周りに与える影響はかなり大きいだろうが、俺は今日はカレーを食いたかったのだ。仕方が無いのだ。たとえレトルトのカレーでも漂う香りを抑えきれるものでもないが、田中君が居たら真っ先にこっちへロックオンしてくるだろう。
出てこないという事は田中君は外出しているのか、それとも仮眠の最中なんだろう。大人しく一人でカレーを味わう。アウトドア感が出ててとても良い。ワイルドに串焼き肉を味わうというのも悪くないが、カレーの魅力には勝てない。
鍋を持ち込んでいるパーティーなんかは頻繁にカレーを作っていたりするんだろうか。余所のキャンプ事情も知りたいところではあるが、小西ダンジョンでは母数が少なすぎるな。
清州にたまに通ってどんな食事をしているかを調べてみるのも良いな。帰ってネットで調べてみたら結果が有ったりするのかな。例のCランク以降だけ使えるネットワークの情報に食事に関するアンケートが有ったりするかもしれない。メモっておいて調べるか。
色々考え事をしつつ食べ終える。質はともかく、量としては満足した。コーヒーを淹れて口の中をカレーからコーヒーに変える。一人キャンプ飯って感じが程よく出ていて俺も満足だ。このまま少しだけ休憩しておこう。
十五分ほどゆっくりと椅子に座り、七層の風も何もない、まだカレーとコーヒーの匂いが漂うこの空間を満喫する。そういえば空気缶作れば売れるのかなとか前に考えたな。
実際にはここの空気は美味しいカレーとコーヒーの匂いに満ち溢れている訳で、仮にここが清州ダンジョンだったとしても串焼き屋の屋台の匂いに覆われる事になるわけなんだが、その匂いを七層の空気として売り出したら怒られそうではある。
あれは開けて使用するものではないというのは知ってるんだ。開けてクレームがきても「ちょうどその時カレー食ってたんス」とかでなんとかスルーしてもらえないだろうか。そもそもに缶詰する機械を持ち込めないか。
とりあえず、この空気を大事にしたいと思い深呼吸する。特に美味しいとかそういう感想は浮かんでこない。十四層やボス部屋にたどり着くことがあるならそれはそれで有りかもしれない。
さて、そろそろゆっくり七層自転車の旅に出かけるか。シェルターから自転車を引っ張り出し、まずは距離計の数字をゼロリセットする。書き込みの無い七層の地図を取り出すと、中心点であるシェルターを確認し……まずどっちへ行こうかな。清州の七層の地図を参考にしてみるか。
清州ダンジョンの七層では縦横の比率が六対四ぐらいの比率で、やや横長な地形になっているらしい。それを参考にして、まずは縦に短いであろうほうへ走る。
東西南北がどの向きなのかサッパリ解らないがコンパスを信用するものとして扱うと、どうやら南西から北東に向けて階段とポール・シェルターが一列に並んでいるものと推測される。
そしてドーナツ型のマップであることが確認されている以上、どこかのタイミングで針がぐるっと回る事になり、その境目がループの端っこということになる。もしくは針が固定されたまま永遠に動かない事になる。どちらにせよ、方向感覚を失わないためには必要だ。
つまりシェルターから北にまっすぐ向かって進んでいけば、視認できる範囲でもう一度目前からシェルターが現れるだろうという簡単な推測をしておく。
それ以上の細かい、たとえば地面の曲率や自転車の上から見れる距離なんかは考慮にいれない物としよう。ここはダンジョンだ。多々不思議はあるし、考え出したらキリがない。まずは一歩目、いや一漕ぎ目を始める事に意味があるはずだ。
真っ直ぐ北方向に向かって自転車を漕ぎだして十五分が経過した。もう視界には何の影もなくただひたすらにサバンナが広がる。木を一本見つけた。とりあえず目印として記入し、距離を計測しておく。視界内にはこの木一本しかない。目印にするには心許ない。やはりコンパスに頼るしかないか。
しかし、セーフエリアを名乗るだけあって本当にスライムの一匹も見当たらない。これだけの広大な土地なのに人類が使っているのはほんの一部分だけだ。結構贅沢だな。もし水とゴミの問題を解決できるなら本当にここに居住する人は居るかもしれないな。
音楽プレイヤーでも持ってくればよかった。そうすれば気がまぎれるし、ここで自転車イヤホンしてても注意される事は無いのに。
漕ぎ始めから二十分が経過、距離にして五キロメートルほど進んだところで、コンパスがクルッと逆回転をしてまた元に戻った。どうやら、ループの端っこに到達したらしい。
このサバンナマップでは、一面の地図に対して上端と下端にそれぞれN極とS極が存在し、ループした瞬間にそれが入れ替わるらしい。地図におおよその距離を書き込んでおく。
不思議だがダンジョンだししょうが無いよな、と前向きな考えでそのまま走り続ける。何処までも空は青く、そして太陽は見当たらない。光源設定はどうなっているんだろう。
マップのど真ん中にセーフエリアが存在するのかは解らないが、とりあえず見える範囲に何らかのオブジェクトはまだ見当たらない。時刻は大体午後一時半。あと一時間ぐらいで何らかのオブジェクトを見つけられない場合、遭難である可能性を考える必要もあるな。七層で遭難か。
宿泊申請はしてあるし、一日自転車に乗ってケツの痛みをお供にしながら必死に階段かシェルターを探し続けるだけで済むだろう。多少の方向のズレは覚悟の上だ。
N極とS極が反転してから十分。暇つぶしの俺の一人カラオケも興が乗り始めた。あと何曲ぐらい歌えばオブジェクトが見えてくるかは解らない。しかし、行く先に木の一本も生えていないというのは精神的にやはりクるものがある。
このまま無限の荒野をひたすら漕ぎ続けるのではないかという不安が頭をよぎっては振りほどく。これ、かなりのストレスだな。これは再就職先を探すときの返答を待つ時以来のストレスかもしれん。
更に五分ほど経ったとき、大岩のオブジェクトが遠くに見えた。六層か八層かは解らないが階段のついた大岩らしき物体が徐々に迫ってくる。希望は繋がった。どうやらシェルターから若干東西の位置がずれたらしいが、視界内に入ってくれただけでも満足である。
やがて大岩に着いた。どうやら六層側の階段だったらしい。中間ポールの色分けをしておいて良かった。ここまでの距離をメモ帳に書き込むといったんリセットし、再びシェルターまでの距離を測る。
シェルターまで戻るとメモ帳を基に簡単に計算する。結果、この七層のシェルターを基準に東西幅およそ二キロメートルについては、南北五キロメートルずつほぼ余白と言っていいほどの無限の荒野が存在し、ループしていたという結果を得ることが出来た。
完全な荒野であることを立証しうるに必要な量ではなかったが、とりあえずループしている事は確認できた。それで良しとしよう。
とりあえず自転車の漕ぎ通しで疲れたので休憩だ。いやー、何もないところを走るのってすげえ不安なんだな。一つ教訓を得られたので良しとしよう。
休憩を三十分ほど取ったところで今度は東西方向だ。これもシェルターを基準にして東西方向へ向かって進む。もし正方形なら、四十分から五十分で一周、どんなに長くても一時間半もあれば戻ってこれるだろう。
距離計をリセットして早速漕ぎだす。誰も居ない事は確認済みなので、のっけからアカペラで歌ったり他の事を考えながら自転車を漕ぐ。
平地は走りやすくていいな。山岳地帯ならそれはそれで楽しみがあるだろうが、ヒルダウンやヒルクライムにかかるカロリーや体力を考えるとちょっと辛い。だが、マップが入り組んでいる事が目に楽しさを教えてくれるはずだ。
この何もない大地について感想は無い。しいて言うならもっとマップを作り込め、だろうか。人が寄り付かなさそうな場所だからと言って作ってある以上もっとダンジョンには頑張ってほしい。
逆に、この辺にテントなんかがあった場合それはそれで大事件だ。誰かの忘れ物なのか、それとも中で遭難しているのか。小西にとっては大事件になりうる。今のところそういうものが見当たらないあたり安心して良いのかどうか。
後ろを向いても何も見えなくなった。ここからが精神力を試される時間だ。前から何かのオブジェクトが見えてこない限り俺は迷子という事になる。ここでハンドルを誤って気が付いたら南北に動いてた、なんてことになると大変なことになる。GPSって偉大な発明なんだな。有ると無いとでは大きな差だ。使えないここでは不安要素が募る。
東西に走り始めて四十分が経過する。段々歌のレパートリーが無くなってきた。そして今度は二本の木が並んで立っているのが見えてきた。とりあえず東西に走ってはいるらしいな。ここまでの距離を書き込んでおこう。
このままコンパスを信用してまっすぐ走る。どうせオブジェクトを置いてくれるなら、それぞれが視界内に入る範囲で設置してほしかったというのが正直な所である。
更に二十分が経過した。全体距離で十五キロほど走った頃、前方ではなくやや斜めに見えるところにまた大岩が見え始めた。とりあえずこれで一安心だな。真っ直ぐ大岩に向かう。どうやらまた六層の大岩にたどり着いたらしい。
ここまでの距離を地図に書き込む。七層全てを探索したわけではないが、特に何もないぞという証明にはなる。これで今日のミッションは完了だな。
長い自転車の道のりだった。精神的に疲れた。体力的にはまだ問題ないが、ちょっと休憩が欲しい。自分のテントに戻って、地図をまとめつつコーヒーを淹れて休憩する。時刻は午後三時。ちょっと休憩して急いで戻れば閉場に間に合うな。
今日はもう精神的に疲れた。休憩したらダッシュで帰ろう。そうしよう。今日は帰りの茂君だけ狩って帰ろう。
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