246:そうだ小西、行こう。
何時もの気持ちの良い朝だ。昨日の疲労はすっかり取れ、今日も晴れやかな空気が俺を出迎えてくれている。ありがとうダーククロウ。しかし今日は昼までには曇るらしい。もしかしたら降るかも?という感じだ。
毎度毎度同じ朝食を美味しく食べ片づけをし、とりあえずカジュアルな服装に着替えてパジャマを洗濯機にポイ。
さて、今日はなにしようかな。調べ物の続きをする事も出来るし朝から小西に潜ってもいい。自由に選べるということはとても精神の健康に良いが、それほど優先する目的が無い時に最善手を選ぼうとすると逆に足を引っ張る事だってある。今そんな感じである。
とりあえず小西ダンジョンへ行くなら七層へ行きたい。後回しにしていた自転車で七層を漕ぎ回るというミッションをやるにはちょうどいい。
調べ物をするなら、【水魔法】や【雷魔法】のアレンジレシピを探してより自分に合った探索スタイルやスキルの使い方について学ぶのも良さそうだし、他のダンジョンの進捗どうですかとかそういうのも調べたい。
しばらく悩んだ後、下着姿になる。小西ダンジョンへ行く事に決めた。そうと決まれば探索準備だ。いつも通りツナギに着替えてヘルメットをかぶって、装備をそろえる。
保管庫の中にレトルトカレーとパックライスをアチアチに温めてから入れる。今日の昼飯はレトルトのカレーだ。スキレットとバーナーさえあれば大体なんでも温められるので温めなおすにしても先に温めておけばとりあえず温める時間もガスも節約できるだろう。ついでにウルフ肉でも放り込んでおけば完璧だ。
何するか悩んだり準備などをなんやかんやしているうちにパジャマの洗濯が終わったので干しておく。屋外でなく部屋干しだが、許容範囲ということで仕方ないだろう。出来るだけ日の当たりそうな屋内に干しておけばそれなりに乾くんじゃないかな。
万能熊手二つ、ヨシ!
マチェット、ヨシ!
グラディウス、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
防刃ツナギ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
枕……今日は使うかどうか解らないけどヨシ!
食料水、色々種類あって、ヨシ!
保管庫の中身……ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。食いかけの食べ物も無かったし、飲みかけの水は道中飲めばヨシ。昼食の準備もヨシ。さぁ朝一から出かけるぞ。
家を出てダンジョンへ向かう。そろそろ定期が切れそうだ。次の定期を買うとするか。
しかし、Dランクになって以降、正確には九層に入るようになってから収入の急激な増加に伴い割とどうでもよくなってしまっている。たしか定期代とかも経費にできるんだったな。定期で買っておいたほうが色々面倒が無さそうだ。
電車に乗り、ちょうどいいタイミングで来たバスに乗り、いつもの小西ダンジョン前のバス停で降りると見慣れた殺風景なプレハブ仕立ての建屋が目に入る。
時刻は九時ちょっとすぎ。いつもなら深夜に一泊してそれから出てくるタイミングだが、今日は朝一からだ。ちょっと急ぎ気味に一気に駆け下りて、七層をじっくり自転車で探索する事にしよう。うまく行けば今日中に帰れる。
文月さんには「七層の地図作ってみる」と伝言しておく。返事はまあ要らないだろう。
ギルド庁の建物のほうへ新規書き込み用に七層の地図をもう一枚買いに行く。
「あれ、安村さん七層の地図ってもう持ってますよね。なぜ今更? 」
「七層の地図をもうちょっと更新してみようかと思いまして。書き込む専用のが一枚欲しいんですよ」
「なるほど。お気をつけて」
建物を出るとさっそく入ダン手続きを取る。受付では順番に二、三人が探索者証のチェックを受けている。今日も賑わっているな。
「二日連続でご苦労様です」
「おはようございます。最悪宿泊することになりますが、一応今日中の帰還の予定です」
「では念のため宿泊のほうで受け付けておきますね。ご安全に」
一層から駆け足で真っ直ぐ四層までは下りる予定だ。すまんなスライム達。今日は先約があって時間が足りないんだ。また今度遊ぼうな。
自分より先に入ってきていた探索者を横目にしながら急いで二層への道を駆け抜ける。そんなに急ぐことでもないだろうが、今日の収入は三層と四層で出会った分と五層六層で羽根と肉を仕入れるぐらいだろう。つまり実質ゼロ円だ。
稼ぎもしないのにダンジョンに何しに来てるんだろうこの人、と言われると立つ瀬がないところだ。実際自分でもそう思うが、埋まってない地図を埋めるというのは中々に探索心理をそそられるものがある。しかもこんな浅い層でだ。
これは今小西ダンジョンでしか体験できない事なのだから、味わわずにおくのは損だ。しっかり楽しんでしまおう。しかし、何もない荒野を自転車で走り抜けるのが本当に楽しいかどうかは解らない。もしかしたらものすごい苦痛かもしれない。
それならそれで、他人に味わわせる事なく済ませることが出来ると逆に考えよう。こういうのは楽しいと思ううちに楽しむのがコツだ。面倒くさいと思い始める前に終わらせてしまおう。
一層を駆け抜け二層をそのままのスピードで駆けて行く。道中グレイウルフに出会うが、【雷魔法】で間接攻撃しながらペースをできるだけ落とすことなく最短で倒して走り込む姿勢のままでドロップを拾いながら進んでいく。
二層をほぼロス無しの走り込みだけの時間で三層へ降りた。二層でのドロップはウルフ肉一つだけ。三層からはもっとペースを上げる。いつもの【雷魔法】チキチキ耐久レースをするつもりで四層への道を真っ直ぐ駆けてゆく。ゴブリンの団体さんだ。おはよう、死ね。
六回ほど戦ったが消耗は無し。ドロップはゴブリン魔結晶が四つ、ウルフ肉が更に一つ。今日は収入を気にしない事にしているがそれでもあると無いとでは気分的な問題だが大分変わってくる。
四層へ降りてもペースは変わらず。いつもの狩りと同じスピードでどんどん出会うゴブリンを駆逐していく。どうやら四層へ一番早くたどり着いたらしく密度もそれなりに高い。ヒールポーションでも出たらいいね。
ちょっと気に入っている肩ポン爆破ダッシュは四層の名物戦闘方法となりそうで、どんどん奥に進みながら出会うゴブリンを爆破。ドロップは出たら拾って次へ。途中で眩暈も起こしたがそこからは肉弾戦にシフトし、四層も三十分ほどで駆け抜けた。これでかなり時間が節約できたな。
ここでちょっと小休止だ。道中で起こした眩暈を抑えるためにも少し休憩を取ろう。そのぐらいの時間はある。
五層もこのペースで進めば予定より合計で一時間ほど早く七層へたどり着けそうである。一時間あれば自転車で十キロ以上の距離を稼ぐことが出来るだろう。
七層を一周するのに何キロメートル走り込むことになるかまでは解らないが、東西一周……そもそもどっちが東でどっちが西かは解らないが、一ループぐらいはできるだろう。
上下左右にループしているはずのこのサバンナエリアだが、本当にセーフエリア化しているかどうか、ループしているかどうかを確かめる意味でもやりがいはあるんじゃないか。
よし、休憩終わり。五層に降りよう。五層もランニングエリアだ。出てくるワイルドボアの数も少ないし、今日は茂君以外相手をするつもりはない。近づいてきたら狩ってドロップが出たら拾う。このペースをひたすら上げて行く。
ダーククロウを相手にしないとなればここで相手にするワイルドボアはいつもならざっと十二匹前後。肉が三つほど落ちる計算だ。今日はそもそも昼食を持ってきているし、へそくりの肉もあるから七層で食べる飯がなくなる事は無い。
五層をゆっくり走りながらワイルドボアを寄せ集め、集まったところでまとめて狩る。いわゆるトレインという行為だ。他人に擦り付けたりする行為は固く禁じられているが、視界内には俺だけだ。つまり擦り付ける可能性はゼロだ。よってコッソリとならやっても良いと自分に納得させる。
五分走ってワイルドボアを狩り、また五分走ってはワイルドボアを狩り……で、二十分で五層を抜けきった。これでまた時間を空ける事ができたな。少し水を飲んで六層へ行こう。消耗はしていない。ちょっと肉体的に疲れはしたものの、疲労というまでではない。
水分補給をした後六層へ降りる。六層ソロとはいえもう手慣れたもの、体に無理があるなら【雷魔法】で、茂君以外で集中力を必要とする場面は無いだろう。
早速ワラワラオラオラとワイルドボアがこっちを向いて走り込んでくる。いいね、良い走りっぷりだよ君達、プレゼントのハグをあげよう。これをキメると一発で昇天できるんだ。是非この【雷魔法】を受け取ってほしい。
はいはい並んで、一匹ずつだぞ~? そこ、横入りしない。一人一発ずつだからな~。貰った子は黒い粒子に還りましょうね~。
順番に全員【雷魔法】をキメさせると、一本目の木に急ぎ気味に駆け寄っていく。いつものように一本目の木には九匹ほどのダーククロウが止まっている。たまには使うか、射出。腕が鈍って外してしまうといけないからな。九匹全部に狙いをつけるとバードショット弾を射出する。
バードショット弾は見事全てのダーククロウに命中し、ハラハラボトボトとドロップと黒い粒子をまき散らしながら木の掃除が終わった。綺麗な光景だ。木の根元に範囲収納を行う。
収納が終わると変なものを拾ってないかどうかを確認し終えると次の茂君へ向かう。茂君元気かなー……どうやら今日も元気らしい。目一杯茂った姿が俺を受け入れてようとしている。後足元をうろつくワイルドボアも一緒に。
早速ワイルドボアのハグ会場に突撃して一匹一匹丁寧にかつ念入りにハグを決め込むと、サンダーウェブ一発で茂君を茂らない君に変える事に成功した。
木の焦げ跡が気になりつつあるが、これもそのうちリポップ作用で焦げ目の無い新しい木に生まれ変わりなおすのだろう。そうならなかったときは……またその時言い訳を考えよう。
三回目のハグ会場を過ぎ六層三本目の木、通称茂らない君にたどり着くと、珍しく二匹のダーククロウが止まっている。なんだろう、カップルかな? 俺に対して彼女の羽根の色は素敵だろう? こんな素敵な彼女を俺は独り占めできるんだ、どうだ羨ましかろう? という見せつけを行っているかのようだ。
なんだか腹が立ってきた。片方に強めに一発雷撃を入れる。何もドロップを落とさなかったが、もう片方は空に飛び去ることなく真っ直ぐこっちに向かって突撃してきた。よくも彼女を? 彼氏を? まぁどっちでもいいや。突っ込んできた速さに対して軌道を読み片翼だけを斬り落としてその場に叩き落とす。
そして止めを刺さずにそのまま立ち去る。斃す事まかりならぬ、伊達にして帰すべし。その場でパタパタと飛び上がろうともがくダーククロウ。だが片翼を落とされたダーククロウにもはや空を飛ぶ力は無く、反撃を加える事すらできず、ひたすらにもがき続け……
やがて、力尽きて黒い粒子に還った。感情に任せて無駄な時間を使ってしまったな。これからもう一度ハグ会をせねばならんのだ、もうちょっとで休憩兼本日のメインミッションを行わなければならぬ。許せ、これも天命である。
俺とワイルドボアのハグ会は大盛況のうちに終わり、七層への階段へたどり着いた。ハグ会計四回のおかげで十分な肉と魔結晶と二枚の革を入手することが出来、これで今日の成果が少なくても問題ないな、ぐらいまではドロップに満足した。
さぁ、今日のメインミッションの七層へ着いたぞ。ここからが今日のお仕事だ。
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