244:トンポーローって美味しいよね。
ギルドから早々に立ち去ると、ギルドから徒歩五分の中華屋へ向かう。文月さんは空腹を堪えつつとてもご機嫌だ。午後一時。飯を食うには良い時間だ。俺は二日ぶりになるのだが、今日はまた違った飯を出してくれるのかと期待をしている。
中華屋に着くと暖簾をくぐり文月さんの第一声が「お腹空いた! お爺さんご飯! 」だったのは言うまでもない。
「おう嬢ちゃん久しぶりだな。オーク肉の料理を食いに来たか。兄ちゃんは二日ぶりだな」
「オーク肉の在庫在る? 無いなら今渡すけど」
「とりあえず一つ貰おうかな。今日の代金から引いとくよ。何が食いたい? 」
「んーと……んーと……美味しい奴! 」
「今ならたっぷり煮込んだ角煮ができるがそれはどうだ? 」
「それで! あと餃子! ご飯! それ以外はお任せで! 」
「俺は野菜炒め的なものとご飯以外はお任せでいいかな。細かいのは任せるよ」
「あいよ、ちょっと待っててくれ。餃子から順番に出すからな」
いつも通り勝手に水を汲んで適当な席に座る。席に座ると急に空腹が俺の腹を支配しだした。俺もかなり腹が減っているらしい。水をちびちび飲みながら、来るであろう料理に期待せざるを得ない。
「前は何食べたんですか? 」
「米粉の皮の餃子と唐揚げ、それからチャーシュー麺と普通の餃子、全部オーク肉だった。飯代で万払ったのは初めてかもしんない」
「唐揚げは是非食べたいですね。あぁでも肉っ気だけだと栄養バランスが悪いので野菜系来てくれると嬉しいですね」
「美味しい食べ物は何故か知らないがカロリーが高い法則ってのがあるらしい」
「度し難い法則ですね。例外は無いんですか」
「たけのこご飯美味しいよ。後うま味成分の多くてカロリーの低いものはそこそこあるので、カロリーを抑えたかったらうま味を追加しろと以前減量に関するニュースで見た覚えがある」
何せこちらは減量のプロだからな。何回も減量に立ち向かってはボコボコにされている。
十五分ほどで餃子が運ばれてきた。やはり餃子は鉄板メニューなのか。
「前も出した奴で悪いが米粉の皮の餃子だ。オーク肉を細かくせずにブロック状にしておいた。食感をしっかり楽しめると思う。後濃いめの煮汁もちょっと足しておいたので味わい深い一品になったはずだ。それとご飯」
猪腸粉だったか。俺も結構お気に入りの奴だ。餃子ほど形の決まった物ではなく、肉と肉汁を無理やり包み込んだ感じのビジュアルがまたいい。二人分用意してくれたようで、俺が前回うまそうに食ってたのを思い出していたみたいだ。
「んー! んんー!! んんんーー! 」
机をバシバシ叩いて壊しそうにしながら熱い肉汁と肉の食感とうまさを体現している様子だ。ここまで我慢した甲斐があった! という感じがひしひしと伝わってくる。煮汁を追加したと言っていたな。つまりたっぷりの煮汁に浸かった何かがこの後出てくると考えていいな。
俺も食べる。プルプルの生地が舌触りよく口の中に滑り込んではかみ砕かれ、口の中で弾けると肉の旨味と煮汁の濃い味付けが脳にまで回って俺を汚染していく。出来立てなのでちょっと熱いが、その熱さもアクセントと言えるだろう。
米はあんまりワシワシ行かないようにしておこう。米はゆっくりで猪肉腸粉を早めに消化させていく。一品目から濃い味付けと来たな。二品目は何が出てくるだろうか。
二品目は八宝菜が出てきた。野菜がたっぷりと乗って、こちらもオーク肉らしきものが混ぜ合わせられている。とろみが光を照り返すのがさらに食欲をそそる。小皿も用意してくれたので、文月さんと分けながら食べる。
これも美味い。オーク肉の脂が全体に絡まって甘いラードにも似た香りを漂わせる。野菜はしっかり噛み応えがあり、それそのものの風味を損なってはいない。ウズラの卵も程よい柔らかさと味わいを演出してくれる。
米に少しかけて一緒に掻きこめば米の甘さと相まって更に格が上がる。さては米も一緒に食う事を考えてこの順番で来たか、と思わなくもない。
「ふぅ、これも美味しい……次は何が出てくるんですかねえ」
「期待して待ってる間も幸せの内ってな」
「期待してる間にまたお腹が空いてきますね」
「げんりょ」
「今日はしっかり動いたのでどれだけ食べてもゼロカロリーなんです」
「じゃあ割り勘で良いな」
「……大丈夫です、手持ちはあります」
財布を確認した文月さんが割り勘を許容した。さっき振り込みにしたから手持ちがないのかと思ったらそうでもないらしい。俺も今日はそう多く持ち合わせてるわけじゃないからちょうどよかった。
三品目として生姜焼きが届いた。添えてあるキャベツでまず舌と胃袋を綺麗にして、その後で肉にありつく。生姜焼きは中華風になっていてみりんと酢とオイスターソースが効いている気がする。
普段自分で作るものとちょっと違うが、しっかりと生姜が効いてるのに肉の風味が負けていない。肉は柔らかくて噛むだけでほどけていく。
あっという間に掻きこんだ後、最後に残ったキャベツを胃に収めて再び舌をリセットだ。そうしないと味の渋滞が始まってせっかくの味わいが台無しになってしまうからな。
「トンポーロウお待ち。歯が要らないぐらいにトロトロのモチモチのホロホロにしておいたぜ」
四品目、ここから更にグッと味の密度が上がりそうだ。限界まで煮汁を吸い込んだ肉は、箸を突き入れてみると肉と脂の層をあっという間に貫通し箸の通りに割れていく。これは相当なもんだぞ。
恐る恐る口の中に入れていく。口に入れると甘い煮汁の香りが口いっぱいに広がり、舌と上あごの間で肉が潰され細かくなっていく。本当に歯が要らないなこれは。脂と肉を奥歯の奥まで布教し終えた後、蕩けて無くなっていく。
文月さんのほうを見るとだんだんデッサンが崩れたようにトロトロと溶けだしていく。自分も必死に己の形を保とうとするが、この味わいの前では難しい。
目線は宙を見つめたままグネグネと形を失っていく。そのまま二人無言であっという間にトンポーロウを食べ終える。
「最高ですねこれは」
「あぁ」
それ以上感想が出しようがなかった。もうこれではそんじょそこらのトンポーロウでは満足できない体になってしまっただろう。くやしい、ビクンビクン。
机に突っ伏して最高の余韻を味わっていると、お代わりの米の代わりにチャーハンが来た。お決まりのメニューのチャーハンだ。しっかりと肉入りのはずだが、肉は……いつもなら賽の目状の肉が入っているのがこの店のチャーハンだが、肉が見当たらない……いや、肉は確かに居た。
カリッと焼かれる代わりに米全体に脂を撒き尽くしたオーク肉はかなり細い形になってしまっていた。これはつまり、肉の脂が全体に行きわたっているという事でよろしいか。よろしい。
今日の〆はこれか。早速二人で分けて食べる。やはり甘い脂の香りが口から鼻へ抜け、トンポーロウで肥え切った舌を徐々に現実へ戻してくれている。
ネギと卵の風味を失わず、それでいてオーク肉を結構ふんだんに使ったぞという余韻を感じさせるいい一品に仕上がっているが、ダシの味もきちんと残っている。
出てきたときはオーク肉! 後チャーハン! みたいなイメージをしていたが、ちゃんとチャーハンがチャーハンしている。それでいて肉がしっかりと自己主張をしている。
胃袋の中でわっしょいしているオーク肉たちを静かにもう食事は終わりなんだよと収めさせるためにはちょうどいいのかもしれない。
「やっぱり自分で作るよりプロに作ってもらったもののほうが良いな。とくにオーク肉は味を決める腕前で勝てない」
「そりゃあおめえ、何年やってると思ってるんだ。年季が違うわな」
他の客の相手が終わり残り客が俺達だけになったからか、爺さんもこっちへ来て談笑を始める。
「やっぱり脂を無駄にせず、かつどう活かすか、というあたりにコツがあると思うんだよ」
「確かに、普段ラード使ってる分を肉の脂で抑えて、そして肉の脂を主張させすぎないための味付けは考えどころだった」
「肉は何処を切っても柔らかいし、ベーコンみたいにカリカリにするには脂が多すぎるし、かといって米に吸わせすぎるとただのギトギトになっちゃうし」
「つまり安村さん、私に内緒で一回味見しましたね? 」
しまった、つい白状してしまった。
「それはほら、新浜さんがお土産にくれた奴を試しにだな。中で夜食作る時の参考として……厚切りでも薄切りでも柔らかさを損なわず、厚切りのステーキは食い応えあったぞ」
「今んとこお前さんら以外でオーク肉持ってくる客は居なかったからな。少々攻めすぎた気はしたが満足してくれたなら結構だ。後は支払いさえちゃんとしてくれたら」
「大丈夫です、今日も立派に稼いできたので! 」
「割り勘でお願いします」
「さすがにこの値段になると兄ちゃんも割り勘で済ませるのか」
「そういう訳ではないですが、今日は割り勘という話で決めたので」
値段は一万八千円。爺さんの技術料が入っているとしても三パック分ぐらいの肉は食ったという事だろうか。よかよか。
「値段は適当に今つけたから高いとみるか安いとみるかはそっち次第だ。ただ、ちゃんと儲けさせては貰ったからな」
「正直こっちもいくら払えばいいか悩んでたところなのでそれは問題ないよ。むしろきっちり二万でもいいぐらいだ」
「そう言い切れるあたり、今日は相当稼いだみたいだな。また来てくれよ」
中華屋を出る。満足した。中華以外でこの肉を扱っている店があるなら一度食いに行ってみるのも良いかもしれないな。気が向いたら調べて味の調査に行こう。
「さて、今日は解散ですかね」
「そうだな、もう予定も無いし買い出しに行く予定もない」
「じゃ、ゆっくり帰りますか」
二人バス停へ着くと、ちょうどいいタイミングでバスが来た。バスに乗り込み後ろの座席へ座る。今日は疲れてはいるものの眠さはそれほどない。十分腹が満たされたら眠くなるのが普段だが、今日はおめめぱっちりだ。いつもと何が違うんだろう。
文月さんはお腹も満たされ完全におねむの体勢に入っている。なんならもう少しでよだれまで垂らしそうである。
「よだれ出そうだぞ」
「う~ん、大分疲れた……」
どうやら我慢していた空腹が満たされたことで一気に限界を迎えたようだ。ここは駅に着くまで寝かせておくか。
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