242:帰りはこわい
さて、これで都合二周したことになる。それなりの数のオークを倒した。
「次回はもっと早く回れるように頑張るか。オーク肉を集めるのが当初目的だったが今のところ二十個ほど確保できてるぞ」
「二個は自分向けにストックしておきましょう。中華屋さんにその場で渡して何か作ってもらいましょう。そういう目的なら問題ないはずです」
「なるほど、そういう目的なら少し足を速めてもう一周いくか」
「と、その前に小休止ですね。さすがに気を張りっぱなしは疲れます」
三周目に入る前に小休止を取ることにした。ゆっくり回っていたとはいえ休憩するのとゆっくり休憩しながら回るのでは緊張度が違う。水を飲み、カロリーを補給し、疲労を取ることに集中する。
「十一層は九層よりも密度が薄い感じですかね」
「戦ってる時間はそんなに変わらないはずなんだけどな。十層越えた後だとやっぱり感覚が違ってくるな」
「その分オークに耐久力があるから九層より厄介ではありますが。報酬的な効率はどうなんです? とりあえず手持ちでざっくりと」
「んーと……一周十六万ぐらいか。九層フル回転のほうが効率は上だが十一層は伸びしろがある」
「ちなみに十層だとどのくらいに? 」
手持ちのジャイアントアントの魔結晶を基に、逆算して狩った数を考えてみる。この階層で三十個ほど手に入れたから……
「十層に一時間いれば他の階層の四時間分に匹敵する」
「それは凄いですね。でも一時間もあの環境に耐えれると思えないんですけど」
「四層と六層を通る時に感じた関門的なアレだな。実際九層と十層の間の壁をファン層の壁と呼ぶらしい」
「じゃあ、本格的な探索者はCランクからって事ですか。解りやすくていいですね」
「一応自力で壁を越えた我々はいっぱしの探索者を名乗れるわけだな」
と、休憩中に近寄ってくるオークが居る。二匹来たので一匹ずつ担当だ。オークはこちらを見つけるとドスドスと足音を鳴らしながら走って近寄ってくる。
相手がこちらを殴るつもりの場所から一気に加速し肉薄する。その勢いを殺すことなく一直線に心臓に向けてグラディウスを差し向けると雷撃一閃。オークを一番手早く倒すことが出来た。本当は雷撃抜きで倒していきたいところだが、グラディウスだと若干刃の長さが足りないのかもしれないな。
文月さんもオークのどてっぱらに風穴を三つ開け、そのうち一つが心臓に当たったのか、オークは致命傷を受けて黒い粒子に還った。三段突きか、ああいう小技俺も欲しいな。
「さて、そろそろゆるりと一周行きますか。一周すればオーク肉が十ほど増える計算だ」
「もうちょっと欲しいところですね」
「減量はいいのか」
「今から動くからいいのです。さぁ気合いれて動きましょう」
休憩を終了して三度、十一層を周回する。三分に一回ジャイアントアントかオークと出会う。三周目ともなると慣れたもので、お互いカバーリングし合いながら問題なくグルグルと十一層を回る。
ヒールポーションランク2も手に入れる事が出来ているので、今日の稼ぎは期待できる額になるだろう。十二層の階段の位置は地図にはっきり書いてあるので探す必要は無い。つまり狩りに集中できる。実質的な最下層であるこの場所で集中できる時間は貴重だ。
そうしてこれという会話もせずひたすら一周する事に集中し、あっという間の三周目が終わった。ざっくり計算して、オークの狩り分だけで五十万を超えそうな勢いだ。いつもよりも狩りの時間が長いのもあるが、今日の稼ぎは相当多いぞ。
「どうです? 収入のほどは。頑張った甲斐はありそうですか」
「過去最高になるのは間違いないかな。十層に戻る前にもう一回、ちゃんとカロリーも取って休もう。いくらここで稼いだって十層突破できなきゃくたびれ儲けどころかお家にすら帰れないからな」
「ちょっとハイになってるかもしれないですね。落ち着いてゆっくりしますか」
ちゃんとした休憩は大事、徒然草にもそう書いてある。水分を口に含み、カロリーを取り、一時的にステータスブーストを解除。周りの景色が早く過ぎるように感じ、視力も元に戻る。ちゃんと遠くはぼやけて見える。
念のため肉眼で観測できる範囲でモンスターが近寄ってこないかどうかを監視する。休憩中でも油断は禁物だ。二人しかいないんだしどちらかが確認していないとな。
十分ほどゆっくりとした休憩を挟み、帰り道の十層を乗り越える事になる。さて、行きはうまく行ったが帰りはどうなるか。休憩の充分さと覚悟を確認しあうと、十層の階段を上がる。
十層に入った瞬間から聞こえるジャイアントアントの足音。さすがに四時間も時間を空けるとリポップしきってしまうらしい。早速八匹ほどこちらに寄ってくるのが探知出来た。
親指、八、五。保管庫からゴブリンソードを射出し、手前から三匹を確実に数を減らす。残り二。文月さんも【水魔法】で二匹減らし、一対一に持ち込んだ。とりあえず初手は大丈夫そうだな。二匹を順番に近接戦で仕留める。
難なく八匹とも退け、この調子で行くか、と視線で確認。文月さん頷く。地図の方向を間違えると一時間弱の長丁場になってしまう。そうなると多分持たないだろう。ちゃんと地図を確認して帰り道を定めると、そちらへ向かって歩き出す。
やはり一分ほど進むごとに出てくるジャイアントアントかワイルドボア。なんなんだこの密度は。スポーンブロックでも用意されているのか。いろいろな考えを抑えて今は戦闘に集中する。
ワイルドボアが六匹出てくる。こいつらは癒しだ。後ろからトコトコ出てくるのをチェインライトニング一発で消し飛ばせる分負担が小さい。負担が小さいという事はその分前に進みやすいという事でこのキツイ三十分間を短縮することが出来る。
ドロップをさっさと回収すると前へ進む。ジャイアントアントが出る。保管庫も併用しつつ何とか頑張って退治する。ドロップを拾う、前へ進む、またジャイアントアントが出る、頑張って退治する、ドロップを拾う。
ひたすら二人無言で、というより喋る暇すらないほどキツイ。出来れば【保管庫】を使わずにやりくりしたいところだが今はそうも言ってられない。見ている人は居ない訳だし使えるスキルは確実に使って被弾する可能性を下げる方向に重点を置く。
八匹以上来たら五匹になるまで確実にゴブリンソードの射出で潰してその後を半分ずつ担当する。そういう形で今回は対応する事になった。次回はできるだけ射出を使わずに戦えるように成長しないといけないな。
近寄ってくるジャイアントアントも六匹から九匹と数はバラバラなので必ず使う訳ではないが、一対三ぐらいまでなら何とか出来る。それ以上はお互い手が足りないだろう。
こうモンスター密度が高いとドロップを拾うのも一苦労だ。範囲収納があるとはいえやはり一手間かかる。もっと離れた位置の物を収納できるように特訓してみるか。
密度の高すぎる戦闘をこなし、そろそろきついか? と思われる辺りで階段にたどり着き、二人して急いで階段を上がる。あっという間の三十分だった。その代わりに得た物もそれなりに多い。
九層に上がると、二人して一息つく。
「あー生きた心地がしないわー。なんなんでしょうねあの密度は」
「同感。毎回あれを通る必要があると思うと七層と十四層の往復も迂闊にできないな」
「ほほう、もう十四層まで行く事を考えていますか」
「その内なー。とりあえず今は十層往復して無事に帰ってこれた事を祝おうや」
「そうですね、やっと壁を越えたって感じがしますね」
「さて、もう一回休憩してから七層に帰ろう。それともこのまま突き進む? 」
「休憩は挟みましょう。ただ短めでいいと思います」
また休憩する事になった。十分休憩した後十層に突入し、三十分のインターバルでまた休憩するという休憩だらけのここ一時間だが、それだけ十層での三十分間が濃密だったという事だ。
ゆっくり体のあちこちをほぐしながら、それでも周りには警戒しつつ休みを取る。さっきほど警戒する必要が無いのが九層のいい所か。九層なら一人でも何とか対処できる。オーク三体相手にするのは少々辛いが、ジャイアントアントやワイルドボアなら雷撃で瞬殺できる。
疲れが若干取れたところでまた九層を三十分巡る旅だ。あえてモンスターを狩りに行くのではなく、七層へ戻る事を優先した。見えない疲れがたまっていて突然眩暈が始まっても困るからだ。
その辺は文月さんも心得ているのかそれとも若干疲れを感じ始めているのか、素直に最外周部を回る事に異論はなかったようだ。たまに来るジャイアントアントとワイルドボアを蹴散らし、何事もなく八層への階段に着いた。
ここまでくれば後はほぼ歩くだけだ。階段を上り八層に着く。ワイルドボアが点々と居て、木の上にはダーククロウが止まっている。
お互い疲れがたまってきたのを自覚してか、少し速足気味に過ぎ去ろうとしている。近寄ってくるワイルドボアにハグ会を開く小ネタを挟むのすらちょっと面倒になってきたのでこっちはダーククロウに集中し【雷魔法】で順番に焼いていく。
文月さんも同様に【水魔法】でワイルドボアを真っ二つにしては、もうちょっと手前でやるべきだったと言いながらドロップを拾いに走る。
木に止まっているダーククロウも綺麗に片づけ、階段手前に居るワイルドボアも処理すると、そのまま黙って七層へ上がった。
自転車が二台止まっているのを確認すると、二人して自転車でシェルターへ戻ってくる。シェルターには一台止まっていたので三台ともシェルターに揃う事になった。現在時刻は午前七時。
「思ったより長く戦ってたな。やはり三周目回ったのが大きかったな」
「その分収穫もありましたし、メインイベントは無事クリアできましたし、肩慣らし以上の成果はあったと言って良いんじゃないですか」
「そうだな。お祝いにオーク肉のタタキでも作るか」
「いや、それは止めましょう。中華屋でまとめて楽しむほうが経済的です」
なるほど、言われてみればそうである。俺が作るより爺さんが作ったほうが旨いものが出てくる可能性は極めて高いし、それまで胃袋を空にしておくのも戦略として有りだな。
「じゃ、仮眠だけ取ってさっさと上に引き上げますか。二時間ぐらいでいい? 」
「そうですね、どうせ今日は終わった後講義も無いですし、家に帰ってからまとめて睡眠を取れれば十分なので」
「んじゃ九時になったら起こすわ。逆に俺が寝てたら起こして」
「了解。じゃあおやすみなさい」
テントに戻って寝っ転がると、なるほど疲れていたんだなという感覚が押し寄せてくる。本当に二時間仮眠で済むのかな。出来れば中華屋の昼飯の時間帯に間に合うように起きたいところだ。枕を取り出すとそのまま寝る。やはり疲れていたんだろう。ものの数秒で意識が遠のいていく事を自覚出来た。
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