239:肩慣らし
おはようございます、安村です。バッチリ四時間半仮眠をとりました。良い仮眠をありがとうダーククロウ。おかげでここまで来た疲れは残ってないよ。
二度寝しないよう真っ先に枕を保管庫にしまい込む。その後で身支度を始める。とりあえず寝てかいた汗の分だけ水分を補給し、上半身だけ脱いで体を軽く拭く。拭き終わると服を元に戻し外へ出る。
隣のテントは動く様子はない。とりあえずテントをガサガサして文月さんを起こす。中からふやけた声が聞こえた。どうやら目が覚めたらしい。二度寝はしないと信じて、寝起きのストレッチを始めながら湯を沸かす。
湯が沸いたら二杯分のコーヒーを淹れて飲む。飲んでいる間に文月さんは準備が出来たらしく、テントから這い出てきてポプリを俺に渡す。
「割とどうでも良い事なんですが、ポプリじゃなくてサシェって言うらしいですよ、これ」
「そうなのか。オッサンには違いが判らないから今後もポプリで押し通そうと思う」
「さいですか。とりあえずコーヒー頂きます」
コーヒーを一気に飲むと、二人でストレッチの続きを始める。体の柔らかさではやはり女性には勝てんか。明らかに伸びの具合が違う。ちょっとだけくやしい。
適度に運動をし終えるとテントの外に出してあったものを全てテント内に移し探索の準備だ。一通り片づけるといつもの格好になる。
文月さんも準備が出来たらしく、何時でも行けるぞという顔をしている。よし、行くか。頷きあってシェルターへ立ち寄る。一応ノートを見ておくか。
「暇なときに感想文以外は書き写しておきます 田中」
田中君がノート整理を請け負ってくれるらしい。なら田中君がコピーをぺーした後で紙皿を処分すればいいかな。一つ懸念事項が減った。またしばらく放置しておけばその内進捗が解るだろう。
しかし、田中君もこんな作業を手伝ってくれなくてもいいのにとは思わなくもないが、せっかく本人がやる気になっているのだから邪魔するのも悪いな。
自転車は三台ある。とすると八層から帰ってきたパーティーが居るらしい、誰だろう。自転車の速度を文月さんに合わせて漕いでいく。先に行ったところで待ってる時間は変わらないからな。
サックリ五分ほどで八層側階段に着くときちんと駐輪して置く。多分帰りにまた乗るからな、みんなで使うものはちゃんとしておかないと。
八層に降りたが、誰かがさっきまでいた、という様子はない。いつものワイルドボアの数とダーククロウの茂り具合だ。
準備運動の続きとばかりにサクサクとワイルドボアの数を減らしていく。六層ほどの緊張感も無ければ五層ほど少なくもないが、密度的にはやはり物足りない。九層との違いが鮮明だ。
木までの間に五匹のワイルドボアと三羽のダーククロウを葬り、木に止まっていた九羽のダーククロウをサンダーウェブでサックリと撃ち落とす。主にワイルドボアを倒しているのは文月さんだ。こっちはダーククロウ。分担がちゃんとできている。
「そういえば八層はまだスキルオーブのドロップ確認ないですね」
「二、三層もだな。ただ通り道に出てくる量の問題だと思うが」
「だとすると、五層で落とした【火魔法】はかなり運が良かったことになりますね」
たしかに、五層は六層と比べてもワイルドボアが出現する密度が低い。そもそもスキルオーブがドロップできる時点で相当な幸運だと言えるが。あれかな、【保管庫】もってるとドロップ率が上がるとかそんな副次効果があったりするのかね。
「狙います? 八層でスキルオーブ」
「そんな暇あったら九層ぐるぐる回ってるほうが利益になるし、何より暇じゃなくていいしカロリーも使う」
「ですよねー」
階段に向けて歩く。ワイルドボアは元気にこちらに寄ってくる。こちらも元気に対応する。肩慣らしにもならないぐらいだが、【雷魔法】を時々使ったりして戦闘のバランスを取る。【雷魔法】は便利だが、肩慣らしに来てるんだ、スキルに頼る戦闘はあまり好ましくないだろう。
十五分ほど歩き続けて階段に着く。
「さぁ、肩慣らし本番に行きますか。準備は大丈夫? 」
「大丈夫。多分なんとかなります」
九層への階段を降り、久しぶりの森の香りを嗅ぐ。そういえば生えている木の種類は何なんだろうな。今度一本手折ってみて保管庫に入れて何と表示されるか試してみるのも良いな。
早速ジャイアントアントが近づいてくる足音を感じる。親指、四、二。確認する。
ステータスブーストを使いつつ素早くジャイアントアントに近づくとグラディウスを脳天に叩き込む。頭部を潰されたジャイアントアントは早々に黒い粒子に還る。その後ろから迫ってくるジャイアントアントに更に接敵し、横に回って首を落とす。
うん、近接戦闘の感覚は忘れてないな。文月さんのほうも問題なく対処できているらしい。まずは時計回りに崖沿いに移動し、少ない数を相手にしていって、徐々に戦いのボルテージを上げていく。
二人無言でハンドサインのみで戦いに没頭する。どうやら俺も文月さんも戦いのやり方は忘れてないようで、遠くから酸を飛ばそうとするジャイアントアントに対しては早めにスキルで対処し、近接はそれぞれ物理対処。
以前の狩りの動きが出来ている……と思う。これはもう少し数が増えても大丈夫だな。崖沿いに移動していたのを一歩森側へ進む事にする。
「これならもう少し多くても大丈夫かな」
「そうですね、徐々に濃いほうへ行きましょう」
森側を歩いていくとさっきよりも多い、ワイルドボアとジャイアントアントという複数の種類が同時に出てくるようになった。モンスターが二パーティー同時に襲い掛かってくる形だ。
ワイルドボアは突進力を生かせないマップなので、まずジャイアントアントを優先的に狙い、目前まで来たワイルドボアは近接で対処せずにあえてスキルで対処する。近寄られたらピカッと光ってそれで黒い粒子に還る。遠距離戦闘は文月さんに任せる。
そういえば小西でお互いスキルをフルに使いながら戦うのは初めてじゃないか? 前の時は俺が【雷魔法】を覚えたてだったこともあり、きっちり戦闘に組み込んだのは清州でのCランク試験が初だ。
どれだけ戦闘スタイルが変わるかを試す事にする。グラディウスに【雷魔法】を纏わせてジャイアントアントを切る。刺さったところから雷撃がジャイアントアントの体内を駆け巡り、黒焦げになる形で黒い粒子に還るが、元々黒いジャイアントアントなので本当に黒焦げになっているかは微妙なラインだ。
文月さんのほうはジャイアントアントをウォーターカッターで真っ二つにしている。ずいぶん威力が上がったな、という感想だ。ダンジョンに潜らない間もイメージを固めていたのだろう。俺が受けても真っ二つになりそうな気がする。
常に四匹から六匹のモンスターとの戦いになるが、見た感じお互い余裕そうだ。これは肩慣らしとしては十分イケていると思う。これなら十層のあの大量のジャイアントアントも【保管庫】を利用しつつ【雷魔法】と併用すれば第一陣は抑えきれる気がする。
「どう? 十層行けそう? 」
「う~ん、まだ余裕はある感じ。試しにまた行ってみて、手に余るようなら戻るのでいいかも」
「じゃあ階段まで行ったら小休止して十層に行こうか。地図も更新されてるし階段の位置はばっちりわかる」
「あれ、って事は誰か十層通り越して十一層行ったって事ですか? 」
「ほら、新浜さんがお土産ってオーク肉置いてくれたから、多分小西ダンジョン産のオーク肉だと思うんだよね」
わざわざ清州ダンジョン産のオーク肉を背負って小西ダンジョンまで来ることは無いだろう。なのでおそらくあのオーク肉は小西ダンジョン産のものだ。
「なるほど。じゃあ十層と十一層の地図を更新したのは新浜さん達でほぼ確定ですね」
「可能性としては小寺さん達って事も有るかもしれないけど、Cランクになったかどうかは解らないんだよね。だからきっと新浜さん達だろう。十二層への階段の位置も明記されてるし」
「さすがに五人パーティーだと進捗も違いますねー」
「あの五人はどういういきさつで出会ったんだろうな。今度会う事があったら聞いてみるか」
何はともあれ三十分ほどそれなりの密度の敵と戦い続けて、十層への階段へたどり着いた。ここまでのモンスター討伐数はおそらくワイルドボアが三十匹、ジャイアントアントが三十二匹という所だろう。
これで帰りの分は十分に確保された。仮に十一層に到達できなくても十分な食事はとれるだろう。さて、十層へ行くかどうかここで決める事になる。
「どうする? 行っちゃう? 」
「行くだけ行きましょう。また入口で戦ってみて余裕が出そうならちょっと進んでみるというのも有りだと思います。もし行き詰まったらその時は後退する感じで」
「地図が更新されてたから次への階段はわかってるし、そっちへ最短で行くような感じでいいかな」
「良いと思いますよ?十層で狩りをするのが目的ではないですから」
十層へ行く事になった。さて、どうなるかな。果たして二人の手数であれだけの相手を出来るようになっているのか。まずは行ってみて、ドーンと当たって後は流れでなんとかなるかもしれない。非常用のポーションもある事だし、多少の負傷は回復できる。尽きるようならまた考えればいいや。
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