228:これからどうすっぺや
三時間の仮眠が終わり、アラームの音と共にバッチリ目が覚めた二人。今日も快適な眠りをありがとうダーククロウ。車の中だけどしっかりと疲れが取れたよ。
「何ですかこの、何ですか。最高じゃないですかこの枕。売ってくださいおいくらですか。十万までなら払いますよ」
「落ち着け、寝起きのテンションが変なことになっとる」
快眠過ぎていきなり血圧の高そうな文月さんをなだめながら、運転席のシートを起こす。
「とりあえず朝ごはん食べに行くか。どこ行く? 」
「ん~、この時間で空いてるとしたら喫茶店がいいかなぁ。モーニングの時間だし」
「よし、それで行こう。時間は今日は大丈夫? 」
「今日は午後からだからそれまでは大丈夫~」
スッキリと目覚めてはいるが腹は減っている。モーニングなら卵とサラダとコーヒーとトーストと……量は足りないかもしれないがいつもの朝食と何ら変わらんな。足りなかったら追加で頼めばいいや。
一番近い喫茶店は多分探索者で混んでる。一つ飛ばして隣の喫茶店にしよう。この近辺なら駐車場もあるだろうし、下手なチェーン店よりしっかりしてるだろうからな。
というわけで早速清州ダンジョンの駐車場を出て、最寄りの適当な、古ぼけた印象の強い喫茶店を選んだ。モーニングと自分用のあんバタートーストを別途で注文すると、文月さんも同じものを選んだ。やはり疲れた体と頭には糖分が必要だな。
「さて、今後どうしていくか、だが」
「その前におさらいでしょう。安村さん的にどうでしたか十一層は」
「オークは今までで一番硬かったな。これまではどうすれば急所に一発入れられるかを考えて行動していたが、急所に入れてもまだ動く、というイメージだ。毎回苦戦するわけでは無さそうだが、数が出てくると同時に相手しないといけなくなる。そうなった時にどうするかをちょっと考えておくべきかもしれん」
「小西の十層はどうですかね? 今日の感じだと行けそうですかね」
「行ける……と思う。【雷魔法】の出力は大体掴んだし、複数匹一気に来られても対応は出来る。そっちは? 」
今回は試験をクリアする事に意識を割いていたのであまりゆっくり観察する暇が無かった。文月さんの戦闘の癖とか【水魔法】の出力が足りてるかどうかとか、課題は色々ある。
「そうですね~、一匹プラス遠距離二匹までなら対応できる感じですかね。同時に四匹来られるとちょっと厳しいところです」
「似たようなものか。つまり同時六匹までなら十分対応できると。一度向かってみても良い感じだな。是非小西でもオーク肉を狩れるようになりたい。そうすれば毎日でも美味しい中華が食える。中華屋の親父の腕の許す限りで」
「毎食五千円以上使っての夕食ですか。豪華にもほどがありますね」
「とりあえず手元にはまだ十パックのオーク肉が有る。自分で調理する用でいくつかは残しておくとしてだ」
「六つまでは中華屋に卸せるわけですね。ちなみに残りの四つは失敗してもいい用のオーク肉とその予備が二人分ですか」
中々贅沢な話をしていると思う。オーク肉一パックにしても、この二人分の朝食代金より高いのだ。
「しかし、ボア肉からオーク肉、一気に値段が上がるなぁ。一パック五千円って」
「そこはアレですよ、Cランク以上じゃないと潜れないのと、持ち帰ってくる手段・主に質量の話ですね。それをどうするかとかにかかってくるんじゃないですかね」
「やはり道中のジャイアントアントがネックになってるわけか。ワイルドボアの革もそうだが」
「その点こっちにはほぼ無限のインベントリという圧倒的なアドバンテージがありますから」
十四層では生のオーク肉と焼いたオーク肉で栄養バランスとってるんだろうか。現地で野菜売ったら儲かるんだろうか。オーク肉だけの食事というのも味気ないだろう。
「実際の所、十四層まで潜っている人はどのくらいの滞在日数なんだろう……あぁ、そういうことか」
「急にどうしたんです? 一人納得して」
「なんで十一層以下の情報がこんなに少ないのかやっとわかった。貰った冊子の中身に情報漏洩に関する条項があっただろう? 迂闊に喋って漏洩扱いになると困るから」
「なるほど、だから十一層より下の情報が入らなかったと」
「うっかり漏らしてDランクに返り咲くことになることを考えたら黙るよなぁ」
モーニングとあんバタートーストが運ばれてきた。コーヒーにゆで卵にバターの塗ってあるトーストにあんバタートースト。バターが被っている気がするがそこはご愛敬。朝の炭水化物と脂質は脳を働かせるための大事な栄養源だ。
「でも今後は情報を共有できる仲間が増えたことになりませんか」
「新浜パーティーの口も多少は軽くなるのかな。しっかり先輩方には戦訓を伝えてもらわないとな」
文月さんがはむはむとあんバタートーストを齧りながら頷いている。俺もあんバタートーストを一口齧る。餡子の甘さが体にじんわりと響く。糖分が血液を通して脳に運ばれて行く音が聞こえるようだ。
「ひとまず次の目標は小西ダンジョンで十一層到達、あたりですかね」
「まずそこだな。それからは……あぁ、七層の地図を完成させたいな」
「そうですね、人の為になるという意味ではそのほうが良さそうですね。結構前に設定した目標のわりに後々になってますが」
「自転車に距離計も付けたし、自転車が二台空いてれば何とでもなる。そっちを選ぼう」
「その後は……その後はどうします? 」
「その後は……そうだなぁ。例のスキルオーブのドロップテーブルの仮説を立証するためにダンジョンへ潜って、できるなら新浜パーティーと一緒により深くへ潜って……それから……」
コーヒーを啜り一息ついて答える。
「また潮干狩りでもするかな。最近やってない」
「ダーククロウでは力不足だと? 配置上ダーククロウのほうが強そうですが」
「やっぱりスライムに一度立ち返ってゆっくり考える時間も必要だと思うんだよ」
「それは安村さんが一人の時にゆっくりやればいいでしょう。私は何かやることないんですか」
「一緒に潮干狩ろう? 心が落ち着くよ」
「まぁ……たまにはいいかもしれませんが」
卵をそのまま半分齧り、コーヒーで流し込む。塩振るのを忘れていたがまぁそのままでも卵は卵だ。塩分過多になるよりはいいだろう。バタートーストとあんバタートーストを交互に齧れば口の中ですべてがあんバタートーストになる。なんか得した気分だ。
「とりあえず、ご飯食べたら解散にする? それとも枕が欲しいなら付いてくる? 布団屋紹介するけど」
「近くなら行きたいですね。どうせ保管庫の中に羽根、溜まってるんでしょう? それで新しくあつらえてくれればそれでいいです」
「片道二十分ってところかな。今から行って戻っても昼までには充分間に合うからそっちへ向かってみるか」
今日はもうしばらく一緒に付いてくるらしい。俺も急ぎの用事があるわけではないので文月さんの言うとおりに車を回そう。面が割れてる俺が行くほうが物事もスムーズに進むだろうしな。
お互いよほど腹が減っていたのか、会議をしつつあっという間に食べ終わり、満足すると席を立って会計に向かう。俺のおごりで問題ないだろう。
車に戻ると、布団屋に連絡をする。品物を届けるのと、一つ枕を誂えてもらいたい件を伝える。電話口ではとりあえず在庫からでも対応可能であることを伝えてもらった。また、こちらからも納品分があることを伝え、その材料があれば作れることを確認する。
「素材持っていけば作れるってさ」
「やった、何日かかるんだろう」
「素材加工してから乾燥して詰め込み作業だから……まぁ二日はかかるんじゃないかな」
「これで楽しみが増えました。マイ枕~♪」
文月さんはご機嫌なようだ。そのままご機嫌で居てもらおう。保管庫には三キログラム分ほどの羽根が溜まっている。前の通りなら七万二千円になるはずだ。保管庫からエコバッグに詰め直す。
途中のコンビニで印紙を買っていく。前回は店で扱っている印紙を売ってもらったからな。今回はこちらで用意しておかなければならない。手続きは文月さんに任せつつ、俺はお茶をもらってのんびりしようかな。
布団屋に着くと丁寧な応対が俺を待っていた。VIP客とはいかないものの、重要な素材の入手先、というあたりには思っていただいているようだ。
「お待ち申しておりました安村様。まず先に、納品素材の確認からさせて頂いてよろしいですか?」
「解りました。車に用意してありますのでお願いします」
車に誘導し、羽根を全て店に持ち込むと素材の確認をしてもらう。担当の人と職人が奥で話してる間にお茶が運ばれてきたので有り難くいただく。結構いい茶葉使ってるかもしれないなぁ。やがて話が終わったのか、見積書を手に還ってくる。
「前回同様素晴らしく良い状態での納品になりますので、前回と金額は同じ、という事でいかがでしょうか」
「それでお願いします。後続けざまで申し訳ないのですが、彼女がマイ枕を作るのを希望してまして。今納品した素材で作れるかどうか相談に参りました。いかがでしょう? 」
「そういう話でしたらこちらも全力で対応させていただきます。では、まず素材の買い取りに関してこちらからお支払いする金額になります。書類のほうは前回の書式のものをそのままお使いになるというのでいかがでしょうか? 」
「前回は大変お世話になりありがとうございます。今回は急な訪問でして、印紙と判子だけは持ってきたんですが書類のほうは……ちょっと作成をお願いしてもいいでしょうか? 」
「そのぐらいでしたらお任せください。三分ほど頂ければ書面のほう整えさせていただきます」
前回の情報を基に金額と日時だけ書き替えた書類をその場で作って印刷してもらい、印紙を貼る。後の細かい部分は文月さんに任せてしまう。その為の文月さんだ。
「では、枕のほうの説明をさせていただきますのでこちらへ来ていただいてもよろしいですか? 」
「解りました。ちょっと行ってくるね」
「俺はお茶飲んで待ってるよ。ゆっくり選んでおいで」
あ~お茶が美味い。そうだ、分け前の分ちゃんと別にしておかないとな。七万二千円だから二万千六百円か。ちょうど財布に細かいのがあってよかった。
十分ほどの説明と枕カバーの選択、素材の加工状況などをざっと説明してもらって満足する物が作ってもらえそうなのか、笑顔で帰ってきた。
「二日で出来るそうです。楽しみで眠れませんね」
「快眠のために眠れない夜を過ごすのか……不思議な話だな」
「まあその間は作ってもらった枕がありますからね。これが更に極上の眠りに変わるならその間多少眠れなくても目をつぶれます」
どうやらこの担当の人、店長らしい。山本と書かれた名刺を差し出してきた。そういえば前回は貰ってなかったか。
「本日はお取引ありがとうございました。また御贔屓にどうぞ。何かございましたら、名刺の連絡先へ直接頂いても構いませんので」
「またお世話になると思いますのでその時はよろしくお願いします」
「はい、はい、ありがとうございました」
その後、駅近くまで文月さんを送り届けるとさらに車を走らせ、若干遠回りになったが中華屋へ着いた。
「爺さん居る? 」
「おう兄ちゃん。こんな時間に珍しいな、どうした? 」
「実はこんなものが手に入ったんだが……興味ある? 」
オーク肉のパックを見せる。
「これは……まさかオーク肉か。兄ちゃんオークも狩れるようになったのか」
「また食べに来るからさ、その時はよろしく頼むわ」
「ちょっと待ってろ、今金持ってくるから。家でオーク肉を扱えるようになるってなら腕が鳴るってもんだ」
暫くすると万札数枚握りしめて爺さんが戻ってきた。
「一パック六千円でいいか?六パックあるから三万六千円用意した。とりあえず飯代は当日別で貰うって事で、これは家で引き取らせてもらう。研究もしたいしな」
「解ったよ、それでお願いする。楽しみにしてるわ」
三万六千円受け取った。肉の取引としては今まででは一番でかい取引だな。 値段相応の物を食わせてくれるという確信がある。楽しみにしておこう。
さて、漸く家に帰れるな。昼食は……レトルトで良いだろう。ボア肉のレトルトがあったはずだ、それを食って、その後テント干したり洗濯したり風呂入ったりゴミ片づけたり色々して、それから極上の布団で寝よう。
起きたらいい時間かもしれないし、そのまま朝まで寝続けるかもしれないが、自然に任せてアラームは鳴らさずに今日の疲れをゆっくりと取ろう。
その後はまた、気が向いたらダンジョンへ行って潮干狩るかな。
第三章完結です。ここらでキリが良いと言えばいいのですが、だらだらと話はまだ続く予定です。一日お休みをもらって、その後またつづきがはじまります。もうちょっとだけお付き合いください。





