221:Cランク試験 5/11
十分ほど休憩を取った。バッグから水分を取りだして補給したり、カロリーバーを分け合ったりする。新浜さんは自前で色々持ってきており、試験担当者として袖の下に当たる行為を受けないという事だった。その辺はきちんと管理しているようだ。試験を任されるだけのことはあるな。
いや、もしかしてあえて不十分な状態で試験担当者となり、試験対象がどういう行動を取るかを判断する、という可能性もあるな。その場合はどう対応するのが正解なんだろう。思い切って聞いてみようか。
「今回の試験とはあまり関係なさそうなので聞いてみますが、あえて試験担当者が装備不足に見せかけた状態で試験に参加してその場合の対応を探る、と言った試験内容も有ったりするんでしょうか? 」
「今回の試験とは関係ないので答えますが、そういう課題を出す人も居るようです。極地での判断力を試すために試験担当者がわざと大事なものを忘れたとか、怪我をしたふりをする、等で他人を助ける意思があるかどうかを判断基準にしたりします。もちろん実力のほうも伴っていなくてはいけませんが」
「わざと怪我をしたふりをして他人を助けられるかどうかや、明らかにキャパオーバーな敵と相対した時に全員を庇って退却できるかどうかとかですか」
「安村さんたちに限って言えばキャパオーバーするにはちょっとこの辺では役に立たないかもしれませんね」
余裕そうに見えるらしい。実際余裕と言えば余裕なんだが、新浜さんに一切危害が行かないように敵を誘導したりするのは割と神経を使う。
休憩を終えて立ち上がる。若干の疲労はあるが、二、三時間ぐらい動くには問題ないだろう。
「さて、ここからが本番ですかね。そっちは大丈夫? 」
「大丈夫、休んで水分も取ってバッチリ……とまでは言わないけど問題は無いです」
「じゃあお二人さん、十層に向かいましょうか」
十層への階段を降りる。さてどんな敵が……いや違うな、どんな密度の敵が襲ってくるのやら。
階段を降りると十層も相変わらず森の地形だ。ここは小西の十層も同様だ。耳を澄ますと、確かに九層まで比べてモンスターの密度が濃いらしい。ただ、階段を下りて即戦闘、とならなかったのは幸運と思っておいて良いだろう。
事前の取り決め通り、森に向かって左方向に足を進める。ここから三十分、最悪連闘しっぱなしの状態になるかもしれないが、そこまでスタミナ不足という訳でもない。いつもの集中した狩りの状態を思い出し、かつ出来るだけ山側を歩く。
すると早速こっちのことを見つけたのか、モンスターが森側からそろそろと迷い出てくる。親指、五、二。出来るだけこっちに寄せ付けてから戦闘をしたいところだが、後ろから酸でも吐かれたら対応のしようがない。こっちから打って出てすぐに引っ込む。これで行こう。
ジャイアントアントの先頭一匹に雷撃一発。怯んでよたよた歩きして居る間に更に後ろにいたジャイアントアントが接近してくる。嬉しい構図だ。刺突一発に加えて雷撃による追撃。ワンコンボでジャイアントアントを処理すると瀕死のジャイアントアントに物理的に一撃を加えて倒す。ドロップ魔結晶二つ。
文月さんも同じような対応をしたようで、出来るだけ山側を歩くといった形での戦闘に固執したらしい。
「思ったより少ない……? 」
「そうだな、このぐらいなら問題ないな。リンクしてもう一グループくるなら別の話になるけどこれぐらいなら問題ないな」
「そうですね、今のは少なめの部類に入るかもしれません」
新浜さんが口を挟む。という事は慢心するなということだろう。
「なら、まだなんとかなるな。先へ進もう。階段だから少なくエンカウントした可能性もあるし、もしかしたら他の試験パーティーが通ったおかげでリポップが少ないという事も考えられる」
「警戒だけは厳に、ですね」
コンセンサスを取ったところで次へ進む。百歩から百五十歩歩くごとに一エンカウント、という感じだろうか。平均して四匹から五匹のジャイアントアントの塊が接近してくる。その度に出来るだけリンクしないよう引き付けてから攻撃。酸を吐いてくるケースもあったが、丁寧に回避する。ステータスブーストを使いっぱなしの戦闘なので若干の余裕はある。
【保管庫】スキルで酸を回収して投げ返す予定はないから、酸を収納してお返しするという戦法は使えない。いくら試験担当者だからと言って知られても良い情報には限度がある。【保管庫】スキルを使わなくても良いように、遠方へは【雷魔法】で出力を強めて一発で倒すように変更した。多分このほうが二発撃つより経済的だろうという判断だ。
一発の出力を体になじませれば今後複数匹が同時に来たときにも対応しやすくなる。極力一対一の局面を増やす事がパーティー人数の少ない俺達には大事。
文月さんもそれは何となく解っているようで、同時に来そうなモンスターには片方にぶつけてタイミングを遅らせて確実に潰していく戦法に終始している。これならまだ数が来ても行けるな。
しかし、ここは飽きなくていい。ちょっと頭は使うが、戦闘が連続して起こってくれるのはほぼ歩くだけだったこれまでの行程に比べて脳が興奮するというか、気分がブチ上がる感じだ。どんどん戦闘ペースも早くなっていく。
徐々にモンスターの数も一匹ずつだが増えてきている。おそらくこの先に探索者は居ないんだろう。六匹編成が通常営業みたいな形になっている。一対三の状況を如何にして一対一を三回行うという所へ持ち込むかに戦闘の楽さが関わってくる。
最悪後二十回ほどの戦闘を行う可能性がある。ドロップ品も増えるだろう。魔結晶だけはバッグの中でコッソリ保管庫に仕舞っているものの、背中の重さがだんだん負担になってくることも考えないとな。
そんな事を考えている間にも順番にジャイアントアントとワイルドボアが森から這い出して来る。ワイルドボアは問題ないがジャイアントアントのほうはしっかり警戒していかないと視界外から酸でも飛ばされると厄介だ。
親指、六、三。一匹は酸の準備を始めていたので雷撃でまず仕留める。残りの二匹は肉弾戦だ。頭に一発雷撃とグラディウスの攻撃。これで落ちるならまだまだ楽だ。これ以上頭数が増えない内にエンカウントを一旦終わらせる。ドロップ品は可能な限り回収するが、もしかしたら拾い忘れが出るかもしれないな。
「もっと余裕がなくなると思いましたが、そうでもなくてよかったですね」
ちょっと会話を挟む余裕はあるらしい。やっぱり小西の十層があれだけきついのは人が少ないせいだったか。
しょっぱな十匹以上来た時は焦った。階段前であの密度ならその奥はどれだけモンスターがひしめきあっていたんだろう。アレをまとめて退治できて先に進める小寺パーティーはさすがだと思う。
人差し指、五、五。 親指、四、一。今度は二パーティー分が同時に襲撃してくるらしい。ワイルドボアは全部任された後ジャイアントアント一匹をこちらで処理する。ワイルドボアを一発で落とす手段は【雷魔法】で充分だ。そのドロップを拾った後でジャイアントアントに向かう。そのぐらいの時間的タイミングはあった。
ジャイアントアントも処理した後、キュアポーションが出た。これで二本目かな。数の多さゆえか、ボウズにはなら無さそうだ。
「キュアポーション二本目ですか。これで今日の費用分ぐらいにはなりますね」
「魔結晶だけでも十分な量は出てるから大丈夫」
新浜さんは後ろでニコニコしている。どうやら戦力的に問題ないと判断されているらしかった。若干手をブラブラしているあたり、本当は暇を持て余しているような気がしないでもないが。
親指、六、三。今度は五十歩も歩かない内に次のグループと出会った。最後方二匹は共に酸を打つ構えだ。真っ先に雷撃で二匹を蒸発させると、残りの二匹をそれぞれ分担する。眩暈が来る様子はない。まだまだいけるぜ。ドロップは魔結晶四つ。
崖側に寄るようジェスチャーしてから前に進む。まだきつくはないが消耗は抑えたい。
「時間的にはそろそろのはずだが……」
階段を見まわして探す。地図と見比べ、自分たちのいる位置を再確認。すると妖気レーダーに反応して髪の毛がピンと立ったりはしないが、エンカウントの気配がする。気が付くと足元にワイルドボアが四匹迫ってきていた。
急いで雷を纏うとそのままワイルドボアと接触、蒸発。肉を二つ手に入れる。またバッグが重くなったな。ドロップを拾って前に進むと、少し草の少ない場所に出た。ここはもしかして……と崖を見ると、階段が目に入る。よし、十層を突破したぞ。
文月さんと階段を確認し合うと、拳を突き合わせて十層突破を祝う。
「本番第一試験はとりあえず突破かな。とりあえず休憩だ」
「何とかなりましたね。帰りも同じぐらいだとありがたいんですが」
バッグから水を取り出して水分を取り、カロリーバーでカロリーを取る。文月さんにも渡し、ここまでで消耗した分を少しでも回復させておく。
「やっぱりスキルの使用って結構お腹空くんですか? 」
「そうですね。胃にキュッとくる感じがありますから、カロリーを消費してスキルを使用しているイメージは当たらずとも遠からずだと思っています」
新浜さんはスキル持ちではない、ということかな。ステータスブーストのイメージはあるから、お腹が空く、で大体通じるものだと思っていく。
ともかくここまでは順調。帰りも同じ道を通れるんだからドロップに期待は出来る。現在時刻は午後六時。試験開始から八時間。ようやく試験会場にご到着だ。ここから初めて出会うオークにどれだけ攻撃が通用するのか。そしてオーク肉をどれだけ持って帰れるのか。勝負の時間だ。
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