207:安村はダンジョン羊の夢を見るか
文月さんと別れた後、中華屋へ向かう。店主の爺さんは店の前に水撒きをしていた。
「おはようございます。お元気ですか? 」
「おう兄ちゃん。こんな時間にここに来るという事は素材の納品だな? 」
「ええ、ウルフ肉とボア肉がそれなりにありまして、ちょっとお裾分けついでの売り付けに来ました」
「正直で良いな。どのくらいある」
バッグから両手いっぱいの肉を取り出すと、爺さんの目の色が変わった。
「また一杯取ってきたな。買い取るから店の中へ来てくれ。仕込みが終わってないから飯は出せんが、茶ぐらいは出せるぞ」
「有り難いお申し出ですが、この後予定が詰まってまして」
「そうか。数は……ウルフ肉が十四にボア肉が六だな。一万千四百円ってとこだな。兄ちゃんには安いもんかもしれないが」
「まぁ、飯はまた食いに来ますよ」
「オーク肉は無いのか? あれは一度手に入れて色々試してみたいんだが」
「その内持ってこられるようになるかもしれません。その時は一つ美味いのをお願いしますよ」
支払いを受けて財布がちょっと重くなる。振り込みで受け取った金額には遠く及ばないが、こういったチョコチョコとした収入も案外馬鹿にはならない。何よりここの中華は美味い。また良さそうなのを注文するとしよう。
駅へ向かうバスにはギリギリ間に合った。バスに乗るとたまたま文月さんと再び合流する。
「いくらになりました? 分け前を請求しますが」
「ほい、五千円。ボア肉も卸したからそれなりのお値段になったよ」
「小遣い稼ぎはほどほどにしてくださいね」
実際の所どうなんだろうな。税務署はそこまで把握してくるんだろうか。ダンジョン税きちんと払ってる分には課税が為されるだろうが個人間でちょっと融通してその分飯を食わせてもらう分にはあまり口を出してこないような印象があるが、数年分まとめて請求されるという事もあり得る。
一応中華屋に卸した金額はメモってはあるから、いざとなったらそれも雑収入として申告する必要が出てくるんだろうな。
いつもならうつらうつらと寝入りに入ろうとしているところだが、布団が俺を待っていると考えると眠っている場合ではない。駅で文月さんと別れると電車に乗り家に帰り急ぎたいところだが、電車は定刻運行だ。俺のわがままで飛ばしてもらうわけには行かない。いっその事タクシーでも使うべきだったか?
焦る気持ちを必死に落ち着かせ、窓の外を眺める。いつもより興奮しているせいか、流れていく風景もゆっくりに見え、線路沿いに布団を干してある家を見かけるたびにピクッと反応をしてしまう。
これは重症だな、と自覚する。落ち着いて眠るために良い布団を購入したはずなのに、その布団のせいで興奮しているようでは本末転倒ではないか。
落ち着け俺。このままではうっかりNAGOYA走りをしてでも布団を取りに行ってしまいそうだ。それは運転マナー的に宜しくない。今の内から落ち着いておかなければ。ひっひっふー。ひっひっふー。
電車が最寄り駅に着いて扉が開くと同時にあわただしく飛び出す。まずは腹ごしらえからだ。コンビニでサンドイッチを二種類ほど買ってから家に着く。
家に着いたらまずはシャワーを浴びて服を着替え、使ったタオルと一緒に洗濯。ごみ二人分を分別処理して保管庫の中にある冷えた水とコーラを再び冷やす。後は……まぁ後はなんとかなるか。食事にしよう。
一分ほどで胃袋にサンドイッチを詰め込み、眠くならない程度の満腹を覚えておく。そして保管庫の中のダーククロウの羽根を全部エコバッグに詰め込むと、スマホから布団屋に三十分ほどで到着する事と、少し商談があることを伝えて車に積み込み早速出かける事にする。
さて、さっきのサンドイッチを昼食と考えて夕食は何にするか。とりあえず商談を終えてから考えるか。それまでは焦る気持ちを無理やり押さえつけ、制限速度を超えないギリギリの速度を出しながら一目散に店へ急ぐ。カーナビに住所を登録しておいたので迷う事は無い。ナビに従う。
悶々としながら運転していたおかげで道中退屈することは無く、無事に布団屋にたどり着いた。スマホから到着したことを店に告げる。
店の出入り口を入ると早速、担当してくれた人が出向いてくれた。
「お待ちしておりました安村様。早速布団のほうをご覧いただけますか? 」
なんだかVIP待遇のようで恥ずかしい。とりあえず店の工房に通される。工房に通されると、そこには一枚の布団が広げられていた。これが俺の注文した世界で一枚俺の為だけの布団か。なんか輝いて見えるな。
別にキンキラキンの布団カバーを選んだわけではない。が、俺の為だけの布団という存在そのものが輝いて見えていることに間違いはない。
「いかがでしょう、カバーのほうにこだわりを持たれているわけではない、ということで落ち着いた雰囲気のカバーをこちらで付けさせていただきましたが」
布団に触ってみる。もこもこしている。羽根がそのまま当たっていた七層の布団とは違う感触。柔らかく包み込んでくれるような触感が俺の手を包み込む。このフカフカ感。やっぱ羽毛布団といえばこれだな。そして大きさに比べて軽い。
芯を取り除いてよく乾燥させてあるからか、片手でも楽々と持ち上げられる。
「良いですね、こういうのを求めていたんですよ」
「それはよろしゅうございました。こちらも初めての作業でしたので色々試行錯誤をしながらの製作になりましたが、可能な限り触感と寝心地を提供できるように仕上げたつもりです」
「ありがとうございます。枕のほうはどうなりましたか」
「枕はこちらになります。予想よりも材料のほうが余りましたので、枕のほうは密度の高いものを作ることが出来ました。肌触りのほうをご確認ください」
枕はフカフカだ。おそらく結構な量の羽毛が詰められているんだろう。自分が作った枕とは感触も違う。羽根の芯の硬い感触も無い。これがプロの業か。
「よく眠れそうですね。自作の物とは大違いですよ」
「お値段の分きっちり仕事をさせていただきました。出来栄えのほうはこちらでよろしいでしょうか」
「えぇ、後は使ってみての感想次第ですが」
「当店のレインがありますので、よろしければそちらにでもお送りいただけますと今後の励みになりますので是非お願いします」
店のレインがあるらしい。あまり使わないから知らんかった。とりあえず登録して感想だけでも送っておこう。よいしょ。
「ところで……商談があると伺いましたが、もしかして羽根の件でございますか? 」
「えぇ、実はこちらでまとまった数を手に入れたので、直接卸させてもらう事が可能かどうかを聞こうと思いまして」
「それはそれは……ひとまず布団と枕の受け渡しを終わらせましょう。その後でゆっくり相談のほうをさせていただきたいと思います。商品をお包みしますので」
布団と枕の梱包作業の間にお茶を出してもらったので一服させてもらう。はー、これでやりたいことが一段落付いたな。さて、いくらぐらいで買い取りをしてくれるのか。ギルドは少なくとも百グラム千五百円で何処かへ流しているという話だ。
そこから更に仲介の手を渡って、更に仲介料を取られて行くのだから……末端価格はどのくらいになるのかちょっと想像つかないな。そもそも仲介の段階で加工がされているのかされていないのか。その辺まで込みの値段のはずだ。ギルドが卸してる値段はともかく、そこまで手の内を公開している訳では無さそうだ。
その辺どうなってるんだろうなぁ。とりあえず向こうの提示してくる金額次第だな。千五百円を切ることは無さそうだがさて。今後も取引相手としても成立していくのか。洗浄してから持ってきたほうが良かったのか?
「安村様、布団と枕の梱包が終わりました。お車までお運びいたします」
「ありがとうございます。車のほうに商談に使いたいものもありますのでお願いします」
駐車場まで来てもらう。車の後ろドアを開け、枕と布団を入れてもらうと、エコバッグにたっぷり詰まったダーククロウの羽根を見てもらう。
「曲がりなどがあるかもしれませんので品質についてはあまり詳しく言えることはありませんが、およそ五キログラムほどあります」
「こんなに……品質を確認しますので少々お待ちください」
乱暴に扱ったりはしてないはずなので取れたてほやほやのダーククロウの羽根になると思う。ここから洗浄・ゴミ取り・加工なんかをするはずだが、ゴミはダンジョン産の羽根では付着する可能性は低いだろう。それに加えて保管庫での保管だ。
ゴミが付着していたらゴミとして別カウントされているので、ここにある五キログラム分の羽根は純粋に羽根が五キログラムあると判断してよいだろう。
「お待たせしました。品質もようございます。ゴミの付着や加水も無く、採りたてといった状態でございました。職人とも少々話したところ、ギルド経由で回ってくるものよりも扱いがしやすいかもしれない、との事です。良い状態でこちらまで持ってきていただきありがとうございます」
「一応商品ですから取り扱いには気を使って持ってきたつもりでしたが、満足されたなら何よりです」
「で、価格のほうでございますが……まとめて十二万円でいかがでございましょう? 」
五キログラムで十二万円。百グラムに直すと二千四百円か。実際に高級羽毛布団として使えるのが四割だと言っていた気がするので二キログラム、布団二枚分で六万円か。そこに職人の腕ともろもろ経費を考えると……妥当な線か。
「解りました。取引成立という事でお願いします。値段が値段ですしこういった取引は素人なものですから、必要な物がありましたら教えて頂きたいのですが」
その後、商取引上最低限必要な物や何やらを一通り聞いて、必要な物も売り分けてもらった。ここにはしばらくお世話になりそうだな。印鑑持ち歩いててよかった。
「本日はお取引誠にありがとうございました。また素材がまとまった頃にお電話くださればこちらとしては全力で対応させていただきます」
「いえ、こちらこそ良い値段での買い取り助かりました。他にも色々教えて頂きありがとうございます」
お互いに礼を言い合いながら店を後にする。結構時間がかかったな、夕飯はコンビニで良いか。それよりも一大イベントが俺を待っている。道中コンビニで朝食のあてを込みで適当に買い物をして家に急いで帰る。
ササっと夕食を済ませてしまうと早速シャワーを浴びてパジャマに着替え洗濯物を片付け、干してあったテントとエアマットを保管庫に詰め込む。今着ていたものの洗濯が終われば二重の意味で夢の時間が始まる。
敷き布団はいつものものだが掛け布団はダーククロウの羽根をさらに加工して出来たものだ。詳細までを聞いた訳ではないから詳しくは解らないが、職人の手による確かな一品であることは間違いないだろう。これから毎晩ここで寝るのだ。
枕をセットし布団をいつでも被る準備は出来ている。あとは洗濯が終われば夢の世界へ行くだけでいい。まだ寝るには早い時間ではあるが、極上の睡眠を味わうにはじっくりと寝かせる時間が必要だろう。どれほどの快眠をもたらせてくれるのか。起きた後俺はどうなってしまうのか。結果を知るものはあまり居ないだろう。
洗濯機から音がする。急いで洗濯物を干すと、もう準備はOKのはずだ、念のため明日の朝食に必要な物だけを確認すると早速布団に入る。柔らかな感触が俺を包んでくれる。枕も、布団もだ。そして体にまとわりつくようにそっと添い寝をしてくれる。香りだ、香りがする。
枕と布団全体から発したその香りは鼻腔をくすぐり体の芯に抜けるような、とてもいい香りだ。その香りを味わっているうちにすっと瞼が自然に下りる。目の瞼だけではなく、まるで頭が目そのものになったようだった。そして頭を覆うように脳の瞼が閉じられていく。
これがダーククロウの真の力なのか。日々コソコソと打ち続け、丁寧に保管しておいたいろんな努力の結晶がこれか。この感覚は初めてだ。いやもしかしたらこの世に生まれ落ちた時に味わっていたのかもしれない。俺はこれからもう一度生まれ直すのだろうか。俺……は……
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