206:羽毛布団と昇進試験
ちょっと表記ゆれを過去にさかのぼって直しました。気づく人は気づく、その程度のものですが。
ユニークアクセス二百六十万+ありがとうございます。
点滅を繰り返しながらの一時間の実験が終わり、より体に【雷魔法】がなじんできた感じがする。その間に結構な稼ぎも手に入ったし、今日はいつもより美味しく査定を受ける事ができるかもしれんな。三層に向かいつつ道中のゴブリンを黒焦げにしながら文月さんと歩く。
「今日も一杯頑張ったな。スキルも出たし、スキルも覚えたし、スキルも扱えるようになったし」
「これで後は電気代がごまかせるようになれば暖房冷房使い放題冷蔵庫開けっ放しにし放題ですね」
「そこまで便利では……いやあるのかもしれない? でもそこまで使いこなすことも必要……いや場合によってはモバイルバッテリーと化すおじさんもありなのかもしれない」
「バッテリーになってもどうせネットつながらないですし、ちょっとした暇つぶしが増えるだけですね。」
ネットはなぁ……今絶賛研究開発中でそのうち七層からでもネットが使えるようになったりするのだろうか。それはそれで楽になるし夢があるな。
「ネットかぁ……各階層に無線端末と階層と階層を繋ぐための有線部分を設置して……結構面倒そうだな」
「まず、スライムに溶かされないための設備を開発するところから、ですよね? 」
「多分そんな感じかなぁ……お、ゴブリンソードだ。これで十五本目だ」
「なんだかんだで結構集めましたね。いつ使う気ですか」
「十層か、その先か。もしかしたら使った後回収できなくなるかもしれないし、予備は多いに越したことは無い」
今のところ予備の予備の予備ぐらいまでは確保できている。この辺でゴブリンソード集めは一旦取り止めても良いかもしれないな。かといってその分三層で狩るという感じではない。三層は人が多いのでどうしても狩り効率が落ちる。四層でモンスターを必死に探すストレスが少ないのも、ソードゴブリン様のおかげでもあるのだ。
その点でもソードゴブリンには感謝している。剣をくれればもっと感謝する。やっぱりゴブリンソードは引き続き集めていく事にしよう。集まったゴブリンソードの数だけ儲けと犠牲がそこにあるのだ。その内俺が探索者を辞めたらそれらを奉納して墓を建立しよう。
「ゴブリン供養か……」
「また訳の解らないことを考えている事だけはわかりました」
文月さんが呆れながらゴブリンを容赦なく槍でシバキ倒していく。出会って二秒でぶんなぐって倒しきってる君も相当なもんだと思うよ。
お互いそこには触れずにそのまま三層へ上がる。開場一時間前。誰も踏み入らない時間が長かった分、一杯湧いているだろう。開場と同時にダンジョンへ入ってきて朝一の戦果を味わおうとする人たちには申し訳ないが、二層への通り道の分だけは我々でいただく。
「朝一の湧き具合を味わえるのは七層で一泊した探索者の特権なんだな、これが」
「安村さんならわざわざ泊まって中で仮眠して、帰り道と言いつつ一層でひたすらスライム狩りした経験もありそうな気がします」
「無いことは無いよ? あれはいい時間だった。人生でも百本の指に入るぐらいゆっくりとしていて、とてもリラックスした時間だった」
心の落ち着きが欲しい時はスライム狩りに限る。朝一でダンジョン出て査定に出すときに「何の為に一泊してきたんですか? 」と苦情じみたものを言われたが。
横道から次から次へとゴブリンとグレイウルフが湧き出してくる。誰も居ない早朝の三層は美味しい。スライムにかまけている暇はちょっとない。何にせよ狩り放題時間はまだまだある。今のうちに中華屋に卸すウルフ肉と出来れば換金用のヒールポーションを増やしておきたいところだ。
「これは朝一来る人に申し訳がなくなってくるな」
「通り抜ければまたリポップするでしょうしいいんじゃないですか、別に」
「それはそうなんだが、ちょっと今日は多い」
苦戦するわけではなく単純に量が多いだけなので、その分だけドロップも増える。ヒールポーションをサクッと二本手に入れたところで三層を歩き終わった。ウルフ肉も八個ほど手に入ったのでこれは中華屋に持っていこう。
二層に上がったところで開場まで残り三十分。二層もこのペースで湧いてくるなら一層に上がった時点で開場時間になる所だっただろうが、そこまで多いという訳ではなかった。さっきの三層は二分歩けばゴブリンに当たるぐらいの頻度だったが、
二層は三分に一度ぐらいのペースだった。二十匹ぐらいは倒せるだろう。そうなると肉は四つぐらい手に入るかな。先に皮算用しておけば後でそれより少なくてもまぁそのぐらいにはなるか、で済む。
実際のところは一つ少なかったが、魔結晶がその分出たので良しとする。一層にそのままノータイムで上がると、そろそろ開場時間という所。そろそろ人に出会うかもしれないからと、保管庫からドロップ品を詰め込んだエコバッグを取り出して、人とすれ違う準備は万端だ。
ダンジョンの反対側からは今にもモンスターを狩らんとする探索者の熱気が押し寄せてくるような気がする。が、気にせず道中のスライムで心を癒しながらゆっくりとダンジョン出入口に近づく。
スライム相手に【雷魔法】でビビッと雷撃を流してみる。割と弱い段階でスライムははじけ飛んだ。ダーククロウもこのぐらいの雷撃がお好みのようだ。この感覚を覚えておこう。
「そういえば、スライムを水で覆うとどうなるんだ? 窒息するのかな? 」
「試してみましょうか。よいしょ」
その場に偶々いたスライムが水で覆われる。が、スライムは特に何ともないようだ。なんで足が地面につかないんだろう? ぐらいに思っている……いや、そもそもスライムに足は無いぞ。
そのまましばらく放っておいたがスライムは平然としていた。どうやらスライムは呼吸をしていないらしい。
「スライムは呼吸しない。一つ覚えた」
「実験は終わりですね、さぁ帰りますよ」
やがて自分たちと入れ替わりに奥へと進む探索者とすれ違いながらの行動になっていく。時々不思議そうにしながらこっちの顔を見てくる人が居るが、一泊して朝帰り、という感覚が無いのだろう。気にしない人は清州に通いなれてるかもしくはこっちの顔を知っている人である可能性が高い。
その後はスライムと出会わずにまっすぐダンジョン出入口まで来てしまった。道中のスライムは開場と同時に入り始めた探索者に狩られつくしてしまったのだろう。一晩かけて一杯増えたのにね。
ダンジョンを出ていつもの指先への負担が俺を襲う。今日はまだ耐えれるな。退ダン手続きをして査定カウンターに向かう。両手にずっしりと感じる重さから今日の戦果の具合が伝わってくる。
「今日は朝帰りなんですねー。お疲れ様ですー」
「えぇ、そちらこそ朝からお疲れ様です」
「いえー、閉場ギリギリに大量に持ってこられることに比べたら今は暇時間ですのでー」
てきぱきと種類ごとに分けて渡しながら、査定を待つ。十分ほど待った後「等分ですよね? 」と確認をされた後、金額が提示される。三十六万千九百五十七円。逆算すると今日の儲けは税込みで八十万四千三百五十円ということになる。今まででは一番多かったな。
もし【雷魔法】を査定にかけていたらそこにプラスして千八百万ほどの収入になっていただろう。その場合Cランクを通り越して暫く仕事をしなくて済んだような気がしないでもないが、それはそれとしておもちゃが増えたので良しとする。
文月さんにレシートを渡し、換金へ行く。いつも通り振り込みでお願いした。当面大金を持ち歩く予定は無い。スマホを確認すると、留守電が入っていることに気づく。これはもしかして……とおもい留守電の内容を確認する。
「お世話になっております、布団の山本でございます。安村様の発注されました枕と掛け布団についてですが、こちらでの加工が完了しましたので店舗のほうへ取りに来ていただければ幸いと存じ上げます。何かご連絡がある場合はこちらの番号のほうへかけて頂けますようお願い致します。従業員一同お待ち申し上げております」
よし! 布団と枕が来た! 思わずガッツポーズを取る。今日の疲れも吹っ飛んだ。帰ったら早速受け取りに向かおう。
「どうしたんですかこんなところで勝ち誇った顔をして。もしかして布団が出来上がったとかですか」
「ついに……俺による俺の俺のためだけのマイ布団と枕が手に入った……後は取りに行くだけだ」
「おめでとうございます。あ、枕はその内貸してください。実力のほどを見たくはありますので」
文月さんは枕には興味ありそうだった。持ち歩くからその内貸しても良いかもしれない。
「まずは帰って早速引き取りに行こうかな。付いてくる? 欲しくなるかもしれないよ? 」
「欲しくなりそうなので止めときます。新品の布団に早くダイブしたい安村さんが透けて見えるので」
さて、早速受け取るために帰って車出すか。とっとと帰……
「あ、まだ居ましたね。良かったです。お伝えしたいことがありまして」
支払い嬢が後を追いかけてくる。はて、何かミスでもあっただろうか。
「ギルマスが呼んでますのでお二人ともちょっと来てもらっていいですか」
「ギルマスが? 解りました。いつもどおり二階でいいんですよね? 」
「えぇ、お願いします。出来るだけ早くお伝えするように言われてますので」
何だろうね? と文月さんと顔を見合わせる。とりあえず冷水器から冷たい水を一杯貰ってから、その足で二階にある応接室に向かう。応接室には誰も居なかった。おそらくギルマスルームのほうだろう。ノックを三回し、ギルマスが居るかどうか確かめる。
「はい、ギルマスは居ますよー。どちら様? 」
「あの、安村です。お呼びとのことですが」
「おー、早かったね。入って入って。お茶もお茶菓子も出ないけど大事な用事があるんだ」
ギルマスに促され部屋に入る。ギルマスはいつも通りお茶を片手に書類を見ている。お茶あるじゃん。
「呼んだのは他でもない。Cランクへの昇進試験を受ける気はあるかね? 」
いきなり本題に入り始めた。ついにCランクになることが出来るのか。
「再確認ですが、Dランクの時みたいに突然今日から……みたいなのじゃないんですね」
「一応Cランクからは行動できる範囲が広がるからね。その分負傷する可能性も高くなる。現時点でそれだけの実力があるかどうかの適性を見る必要があるんだ。その為の試験だよ」
「なるほど。試験を受ける必要があるのは解りました。これはパーティーとして受ける物なんですか? それとも個人で受ける物なんですか? 」
一番大事なところを聞き取っておく。文月さんと二人でCランクに同時になるのか、どちらかが落ちてしまってランクに差が出来てしまうのか心配が増えることになる。
「そこはパーティー単位で受ける事が出来る。おそらく君たちのことだからまとめてCランク試験を受けるほうが効率が良いと思ってね。いや二人ともいてくれてよかったよ」
文月さんはほっとしている。俺も一安心する。このままパーティーとして活動するつもりではあるので、まとめて試験を受けてまとめて落ちるかまとめて受かるかの二択になるほうが楽でいい。
「それで、試験っていつやるんですか? お互いの時間の都合もありますし」
「基本的に木曜日と土曜日にやることになっているよ。会場は清州ダンジョンだね。試験内容についてはその時の状況によって変わるので私から教えることは不可能だ。だけど、君らなら多分大丈夫じゃないかな。今日も九層にしっかり潜っていたんだろう? その実力があれば十分突破できると考えている」
ということは最短で木曜日に行う事になるのか。
「文月さん、木曜日は空いてる? こっちは年中休日みたいなものだからそっちの都合に合わせるけど」
「ええと今度の木曜日は……大丈夫ですね。受けるなら早いほうが良いでしょうし、木曜日で決めようと思うのですが」
「じゃぁ二人とも木曜日に受けるという事で良いかな? 問題ないなら清州ダンジョンのほうへ昇進試験を受ける旨を連絡しておくよ」
「お手数かけます。では木曜日に清州ダンジョンへ……何時ぐらいに向かえばいいんでしょう? 」
清州ダンジョンは二十四時間営業なので何時から始まるかは大事だ。深夜になるかもしれないし早朝になるかもしれない。さすがに電車が動いてる間の試験開始だとは思うが、変な時刻を指定される事も有る。
「大体午前十時ごろから始まると思っていい。早めに着いちゃっても、道中で時間を潰すこともできるはずだから心配しなくていいよ」
「解りました。木曜日、覚えておきます。では失礼します……あ、持ち込むのに必須な物とかありますか? 」
「そうだねぇ、ダンジョンに潜る事にはなるだろうから、探索する準備だけは整えておくべきだね。後は……どんな試験内容になるかは解らないから、前日はしっかり休んでおくと良いよ」
この後も取り留めも無い話をいくつかした後、ギルマスルームを後にする。
やった、オーク肉への道が開かれた。これで十一層以降にも潜ることが出来る。しかし油断は禁物だ、これからはより一層注意しながらの探索が必要になってくるだろう。
とりあえず今日は解散しておく。俺は中華屋による用事があるのでギルドで文月さんとはお別れだ。
「どうします?火曜日は丸っと空くことになりますが私は講義で出られないのです」
「文月さんのテントとエアマットを回収しに行くから潜るよ。もしかしたら布団の魔力に逆らえずに丸一日睡眠に費やすかもしれないし」
「モーニングコールかけたほうが良いですか? 女子大生のモーニングコールなんて贅沢ですよ、贅沢」
「いや、そのまま寝かせておいて欲しいかな。もしかしたら二度と起きられないかもしれないけど、その時は水曜日にでも連絡くれたらきっとメイビー起きると思う。その時は水曜日に回収してくる」
「それが安村さんの最後の言葉だった。彼は二度と布団から出る事は無かったのである」
「変なナレーション入れないでくれるかな」
さぁ、特注のダーククロウ布団が何処までの実力を見せてくれるのか楽しみである。
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