200:ゆっくりとした休憩
二百話まで続けることが出来ました。皆さんの応援のおかげです。
心の底から御礼申し上げます。
おはようございます、安村です。現在午後四時半。スッキリ眠りから覚める。疲れた感じはほとんどない。今日も体調は良さそうだ。眠る前に保管庫に放り込んでおいたお湯で濡らしたタオルで早速顔を洗い、体を軽く拭く。寝汗もそうかいてないし良い感じだな。
テントから外に出て、隣のテントを揺さぶる。中で反応があった。起きたようだ。
「タオルください、出来れば濡らしてある奴」
「そう来ると思って温かいタオルを用意しておいた」
「ありがとうございましゅ……」
テントに腕だけ突っ込んでタオルを渡す。しばらく時間がかかるだろうからその間に柔軟運動と軽く胃に詰めておく。今日はブルーベリー風味だ。体をギシギシ言わせながら、関節もポキポキ鳴らしていく。
「お、安村さん今から狩りですか」
通りがかった田中君が声をかけていく。
「今仮眠終わったところ。田中君は? 」
「僕は今帰ってきたところです。今日も中々の成果でした」
「それは何よりだ」
文月さんの支度が終わるまでまだ若干の余裕がある。シェルターの紙皿に何か変化がないか見てみよう。シェルターの長机では色々と意見交換がされていた。俺も一筆したためておこう。
「九層から十二層の森中央、モンスターが多すぎて危険なので行かないようにとのこと 安村」
これで良いだろう。他の意見を見てみる。上のほうの紙皿ほど新しいはずだ。
「ボア肉千二百で良ければ引き取ります 田中」
「十層地図半分ぐらいまで埋めました。御用があればコピーします 小寺」
「自転車四台目ください、お願いします 大木」
大木君……苦労してるんだな……
布団が返ってきている。という事はこの三時間の間に誰かが使って返したって事か。別に犯人捜しはしないが、一応文月さんに確認を取ってから返そう。
俺もなんか一筆書いておくかな。何も書き込みが無いと犯人は俺だ、と言っているようなものじゃないか。悩んだ末に「布団ありがとうございました。お礼に洗濯して乾かしておきます 安村」と書置きし、布団をテントまで運ぶ。布団を持ってくると丁度文月さんと顔があった。
「おはよう、洗う? これ」
「おはようございます。そうですね、今洗ったほうが良さそうですね。帰ってきたときまた誰かが使ってそうですし」
「じゃぁこれ。洗剤と……テントの中にたらいを用意する」
一旦テントに戻り隠れてからたらいを引っ張り出す。一応人の目をごまかすことは大事だ。
「そんじゃ早速……洗った後の水、どうしましょう? 」
「洗濯分とすすぎ分か。誰のテントも立ってないあたりにぶちまけて自然蒸発に任せるか、乾燥させるかだけど乾燥させるのは手間そうだね」
「ぶっちゃけるだけにしますか。さすがに七層で洗濯始める人は私ぐらいしかいなさそうですし」
そういいつつもたらいに水を張り、粉洗剤を受け取ると布団の中身をぶちまけ始める。たらいに水を張ると、文月さんが自分の足で揉み洗いを始めた。乙女の足で踏まれて洗濯された布団か。それはそれで価値があるものになりそうだな。
「こんなところで洗剤洗いしてるなんて、水が勿体なくないですか? 」
目ざとく見つけた田中君が意見具申に参った。まぁ、普通そういう反応するよな。
「大丈夫です、私【水魔法】に目覚めたので気合の続く限り水は出せます」
「文月さんスキル持ってたんですね。いつ手に入れたんですか」
「数日前に六層で拾ったんだよ。それで文月さんに使ってもらった」
拾った詳しい経緯は俺しか知らないはずだから補足説明に向かう。
「良かったんですか? 【水魔法】スキルってかなり高いですよあれ」
「まぁ、使ったおかげでこの通り気持ちいい布団が味わえるし洗濯も出来るし、何より水が不足しても多少は困らなくなったし」
「安村さんは自分で使おうとは思わなかったと? 」
「四十のオッサンとうら若き乙女、将来を見越してスキルを覚えるならどっちに覚えさせたい? 年齢的な意味を含めて」
彼女のほうが少なくとも俺より二十年は余分に探索者をやる時間的余裕がある。そこまで考えてのことだと田中君に説明する。
「なるほど、そこまで考えていたんですか……納得です。あ、ということは前に書置きしてあった洗濯しておきましたって書き文字は」
「あぁ、あれも俺達。あの時は洗剤までは持ち合わせてなかったから水洗いしただけだったけど、今回は洗剤も持ってきたので」
「その為だけに洗剤持ってきたんですか……」
その為だけに持ってきたんですよ、本当に。
「そのたらいももしかしてその為に? 」
「うん、重かったよ」
「安村さんは探索者ですよね? 別に七層の管理人とかではないですよね? 何の為にそこまで七層に物資持ってくるんですか? 」
念押しをされている。確かに言われてみればシェルター建てたり長机置いたりたらい置いたり洗剤用意したり、ここの管理人みたいなことをしているな。俺は別に七層を便利に使えればそれでいいんだが。
「まぁ、俺が気にしてないからいいよ。便利に使えて困ることは無いだろうし、俺も半分趣味みたいな気持ちでやってるから」
「じゃあ、自転車も安村さんが? 」
「そっちは本当に知らないんだ。俺がここに運んできた荷物はシェルター・ポール・机・それからそこにあるたらいぐらいのもん。後は他の探索者がコッソリ持ち込んだか、もしくはダンジョンが用意したかじゃないかな」
「ダンジョンが用意……ですか? 」
「肉のドロップをわざわざ無菌真空パックにしてしてくれてるんだ、自転車の二台や三台入手は可能なんじゃなかろうか」
怪しい事は全部ダンジョンのせいにしてしまおう。そうすることでダンジョンという存在の不可思議さがより強調されて面白……ゴホン、謎が深まってくるはずだ。
うら若き乙女のほうは洗剤での洗濯が終わったのか水を変えてすすぎを始めた。
「そういうもんなんですかね……」
「そうじゃないと説明のつけようがないからね」
「ダンジョンって不思議ですねぇ……」
「そうだねぇ……時間あるからコーヒー淹れるけど飲む? 」
「いただきます」
うら若き乙女がすすぎをしている横で湯を沸かし始める。湯が沸き終わるとコーヒーを淹れて田中君と二人、洗濯光景を眺める。ここは小西ダンジョン七層である。もう一度言う、ここは小西ダンジョン七層である。
「平和ですね」
「そうだな」
ここまでゆっくり七層の時間が流れたことが有ったろうか。
「そこの男二人! ちょっと手伝え! 」
ついにうら若き乙女……もういいか、文月さんから怒号が飛ぶ。
「何手伝えばいい? 」
「すすぎが終わった羽根から手でつかんで軽く振って水分切って。そしたら乾燥かけるから」
「了解。田中君コーヒー代分ぐらいはいいよね? 」
「解りました、お手伝いします。快適な眠りの為でもありますし」
たらいから出た文月さんが自分の足に軽く乾燥をかけてスルッと靴下をはく。便利だな、乾燥。両手に持って水を切ったダーククロウの羽根を次々に乾燥させていく。熱を帯びて乾燥させるわけではないので、ひたすらに手に冷たい感覚がする。多分気化熱だろう。適度に乾燥したところで同じく乾燥された布団カバーに詰めていく。
田中君と二人、ひたすら乾燥して詰め込む作業に没頭する。文月さんが乾燥に集中できているのでものの十分ぐらいで終わった。これでまた綺麗な布団に戻った。なんだかんだで三十分ぐらい時間を費やしたな。
「さて、洗濯も終わったし……私もコーヒーください」
まとめて二杯分のコーヒーを沸かすと文月さんに渡し、俺ももう一杯飲む。一仕事終えた後のコーヒーは美味しい。
「早めに仮眠を切り上げた分結局洗濯に使ってしまいましたね」
「まぁ良いんじゃない、焦る必要もなさそうだし」
「そうですね。出来る限りの綺麗さは大事ですからね」
そういいつつ、文月さんは俺のテントの中に布団を突っ込んでいる。帰ってきた後使う気満々らしい。まぁ、洗濯者特権って奴かな。黙っておくことにしよう。
「それじゃぁ僕は一旦地上に戻りますのでこれで」
「ご安全に~」
田中君はこれから納品に向かうらしい。こっちもコーヒーを飲み終わったら九層へ出かけるとするか。時刻は午後五時。出かけるには良い時間だ、早速行動に移そう。
テント周りを片付けると外出中の札を外に出しておく。これで九層に行く準備は万端だ。身支度を整えた文月さんを確認すると早速七層を出発する。自転車は……ちょうど二台ある。一台は田中君が六層側へ乗って行ったんだろう。使わせてもらおう。
自転車が有るとやはり移動が楽だな。十五分は時間を短縮できる。その分十五分長く狩りが出来る。十五分長く狩りが出来るという事はざっくり見積もって三十匹は余分に狩りが出来る。ざっくり計算して三万円分余分に儲けが出せるという事だ。二万円の自転車で運が良ければ往復分で六万円分の儲けが出せる。投資のし甲斐があったな。
いつも自転車に乗れないらしい大木君には悪いがもうしばらく我慢してもらう事にしよう。
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