199:そのころ三勢食品では 3
何かまだフワフワしている。
side:三勢食品
「五千万ユーロ!?」
藤原工場長の驚きが響く。周りの従業員も何事かと藤原のほうを見るが、藤原は気にするな、というジェスチャーを送る。
「レシピと製造工程、ラインに使われている機材から一式の情報でそんなオファーがあったということですか」
藤原の電話相手は三勢食品の社長である。とりあえず社に帰ってから詳しい話を詰めるという事で一旦電話を切った。これはえらい騒ぎどころではないな、と藤原は考えている。
いまのところまだ会社は順調に回っている。しかしこれを半年、一年先まで続けるとなると何処かで破綻せざるを得ない事は藤原自身も従業員たちも解っていた。
どこかで事業を委託しOEM生産として他社にレシピを公開してみんなで儲けよう、という風にならないかという話題は営業会議でも度々話題になっていた。しかし、これをいくらで売りつけるのか、レシピだけで良いのか、製造工程や製造している機械そのものは良いのか、等詰めなければならない話は山ほどあった。
似たようなレシピなら他社製品のカロリーバーでも同じ効果は出るはずである。だが、実際の所他社製品のバニラ風味では効果が無く、この三勢食品のこのラインでこのレシピで作らないとスライムはドロップを確定してくれない。そこまでは名も無き有志による勝手な検証により判明している。
藤原自身もネットのスレッドを欠かさず見て同様の情報を探している始末である。一体この製造ラインのどこにスライムの好みを判断させる基準があるかはまだ特定できていない。最悪の場合、この土地でこのラインでこのレシピで作らなければいけない、という所まで突き詰めなければいけない。
藤原はここにきて、この話題性の大きさが自分の想像をはるかに超えていた事に気が付くのである。ほぼ日本全国のダンジョンのスライムでこの現象が真であることを確定されている。そしてわざわざ個人輸入を通してカロリーバーバニラ風味を入手して、海外のダンジョンで検証した結果確定させることに成功していたのである。
何でも検証したい輩は何処の国にも居るんだなと藤原は思ったが、それと同時に事の重大さにも気が付くべきだったのだ。
日本にダンジョンがいくつあるかまでは解らないが、全世界が顧客という事になればただでさえ供給が追い付かない現状において取引相手が人口比でおよそ六十倍になるという事を示していた。
つまり、自社ですべてのオファーを賄うためには製造ラインを多少増やしても焼け石に水という事になる。どう考えても無理ぽ。と諦めかけていた。
そこに来て会社に舞い込んだのは、ある海外大手食品メーカーによるレシピ・製造ライン・製造ラインに使われている機材・製造工程の一括購入というオファーだった。海外からのオファーという所にも驚いたが、同時にその金額の高さにも目を見張るものがあった。
こちらは手持ちの情報を可能な限り提供するだけで五千万ユーロの支払いを受けることが出来るという話だ。渡りに船とはこの事だ。それだけあれば従業員に特別ボーナスをマシマシマシで払う事も出来るし給料を上げての従業員募集も出来る。それにラインも増やせる。何なら土地を買って新しい専用の工場を建てる事すらできる。
金の使い道はともかく、急ぎ情報をまとめる必要があった。ライン設置時の図面を持ち出し、ラインを設計・設置した企業に連絡をつけ、図面と使用されているパーツについても細かくデータを送ってほしいと連絡をする。
それから製造レシピの見直しをし、マニュアルとして漏れている個所が無いか、現状の製造手段と製造マニュアルについて差異が無いかの確認を行う。
念のため包装についても包装の委託会社に連絡を取り、材質やその配合まで出来る範囲で情報を集める事に努めた。原料メーカーには、もしかしたら原料の製造工程を開示してもらう可能性があるが、それが可能かどうかについての問い合わせをしておいた。
社長が社に帰還し、早速営業兼経営者会議が始まる。
「藤原工場長には先に伝えたが、カロリーバーの製造について海外大手食品メーカーからの打診があった。ぜひウチでも御社の製造しているバニラバーをコピーさせてもらえないかということだ」
「それは願ったりかなったりでもあるのですが、製造レシピだけですか? いやこの際、どこまでを製造レシピと考えるかによりますが」
営業部長から確認がとられる。営業としてはどこまでをレシピと考えてレシピ販売という形にするのか、という事を今も協議中であった。
「向こうさん曰く、どこまでが製造レシピとして判断するかは我々には不可能なので、製造手段、製造レシピ、扱っている食品の細かい仕様、製造ラインを形作っている機械そのもの、とにかくカロリーバーに関わる全部についての情報を開示してほしいとのことだ」
「それは……当社だけで決めきるのは少々難しい事のような気がしますが」
「解っている。藤原工場長に先に伝えたのはその辺の関わりもあってなんだ。藤原工場長、どうかな」
「製造レシピと製造ラインについては当社内に情報がありましたのでそれをまとめておきました。また、製造マニュアルに関してですが、マニュアルと実際の製造方法に差異が無いかのチェックも済ませておきました。包装メーカーと原料メーカーには既に一報を打ってありますので返事が来次第ということになりますが」
「他に出来る事はあるかね? 主に社内で」
「そうですね、この際ですからそのお金が入り次第ライン増設の検討作業をしたほうが良いでしょう。それと従業員のベースアップに伴う支出の概算と特別ボーナスの支給、ぐらいじゃないでしょうか。社長はそのまま打診を受ける方向で調整を進めて頂けると助かります、いろんな意味で」
「そうだよねぇ。さすがにみんな疲れてるからまた落ち着いて生産する日々に徐々に戻ってもいいよねぇ」
それについては営業も工場長自身も、そして社長も思っていた。そろそろお休み欲しいと。
「ちなみになんですが、その全ての条項を満たして契約してあちら側で生産された製品がダンジョンに対して効力を発揮しなかった場合はどうなるんでしょう? 」
藤原は一番気にしていたことを発言する。そこが一番大事な所なのだ。出来るだけ全部コピーして製造したけどやっぱダメでしたーお金返してねーではこちらも困るのだ。
「そこは、結果については問わないという約束を交わすことになっている。あくまでこちらで伝えられる全力を相手に通知する。その上で効力があるかどうかまでは保証できないと先に通達したのだが、あちらさん曰くそれでもチャレンジするだけの価値が含まれている、だそうだよ」
「しかし五千万ユーロですか。外資は太っ腹ですな。国内でOEMを打診してきたメーカーは桁がもう二つ少なかったというのに」
はっはっは……と会議中に笑い声が漏れる。
「しかし、やることは大体つかめました。工場長の仕事をこれ以上抱えさせることも無いでしょう。営業で出来る範囲でですが、原料メーカー・包装メーカー等対外業務についてはこちらで調べ、報告させていただきます」
営業部長が暗に俺達にも仕事をくれとねだっている。営業も直接配達の仕事はあるが、朝から晩まで駆けずっている訳ではなく、フル回転している製造部に対して少し思う所があったのだろう。時々シフト調整に製造ラインに入ったりはしているが、自分たちの食い扶持を稼いでくれているのは間違いなく製造部の努力の結晶であり、助力が出来る部分があればという所だった。
「では、この件は全力で対応するという事でよろしいかな。と言っても調べ物がずいぶん増えた形になるが」
「いずれやらなきゃいけない議題です。やれるうちにやってしまいましょう。従業員に無理がたたって製造に不具合が出てからの動きでは逆に安く買いたたかれかねない。それに連絡を取る相手にとっても、飯の種が増える話にもなるはずだと噂を撒いておけば双方にとって利益がある話ですから」
営業部長と藤原でどこの取引相手を担当するかの仕事の振り分けが始まり、社長は会議室に残り一人呟く。
「こんな大変な騒ぎを引き起こした本人が居たらまず一発殴ってやらないといけないな。その後でうまい飯をおごってやらないと」
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