195:もう何度目かは数えてない小西
朝だ。今日も気持ちいい。昨日は早く寝たおかげか、いつもより体調もすこぶる良いようだ。途中で起きたりトイレに行ったりもしなかったし、熟睡できたことは間違いない。ありがとうダーククロウさん。
今日の朝食はいつものトースト二枚と卵に加えて、昨日買っておいた総菜をプラス。朝から脂っ気が多い食事になるが、俺の胃はそこでもたれるほど弱ってはいない。トーストにはさんだりして満足した朝食を過ごすことができた。食後のコーヒーもきっちりいただく。
予定では今日か明日ぐらいで布団が出来上がるらしい。今最も楽しみにしているイベントがもう少しで現れる。タイミングが合えば、ダーククロウの羽根をさらに仕入れて布団を受け取るついでに羽根の値段交渉をしてみよう。そこそこの値段で買い取ってくれるかもしれない。
今日は文月さんと小西で一泊、朝帰りの予定だ。やましい意味ではない。体の不調は……うん、どこもなさそうだな。今日も元気に仕事が出来るようだ。
着替えて洗濯、身支度を済ませていつものツナギに袖を通す。今日は予備として置いてあるほうのツナギを着る。適度に両方着ておかないと着慣れてないせいで違和感を覚える事があるかもしれないからな。
ヘルメットを着用して手袋をはめて装備を整える。レンタルロッカーを借りる金が惜しい訳ではないが、一々着替えるのが面倒くさいというのが一つと、洗濯の手間が省けるのが一つ、そして何より家を出てから帰るまでがダンジョン探索だと気合が入るのが一つだ。
今更電車に乗って人目を気にする必要もないのでいつも通りの格好でダンジョンへ行き、そのままダンジョンへ潜り、ダンジョンから帰ってきてそのままの格好で家まで帰ってくる。
ビジネスマンがスーツを着る事が勝負服なら、俺の勝負服はこのツナギだ。別に恥ずかしがる必要はないし、探索者なら探索者と一目でわかるこの格好は逆に都合がいい。職質にあったこともないしな。
むしろデートに出かけるような服装の中から凶器じみたものが出てくるほうが困るだろう。ちゃんと合理的な理由も今考えた。
冷蔵庫からコーラや水を用意し、今日のお昼は何にしようか少し考える。せっかくレトルトを色々買ったのだから早速試食してみようと思う。なら野菜は少なめでも問題ないな。
良く冷やしてあるカット野菜を一つだけ保管庫に入れて、レトルトのパウチをあらかじめアツアツにしてから保管庫に放り込む。これで調理時間の時短になる。今日は米を温めるだけで良い。
万能熊手二つ、ヨシ!
マチェット、ヨシ!
グラディウス、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
防刃ツナギ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
忘れかけていたトランシーバー、ヨシ!
食料水、色々種類あって、ヨシ!
宿泊準備、ヨシ!
保管庫の中身……ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。全てを確認し終えた俺はいつもよりちょっと早めに家を出る。上手くいけば一本早いバスに乗れるか。どうせギルドの建物には用事があるし、早すぎても困ることは無いだろう。時間潰し用にと放り込んであるマンガを読んで待つことにしよう。
いつもより早い出立のおかげで電車にもバスにも時間的余裕がある。休日なので小西も探索者は多いだろうな。七層へ行けばいつものメンツと顔合わせできるかもしれない。
電車は混んでいない。通勤するサラリーマンが平日より少ないおかげもあり、その気になれば座る事も出来るぐらいの混雑具合だ。ほんの数十分の事なので立ったままでも何ら問題ない。吊革にもたれて今日の予定を頭の中で反芻する。
ギルドの建物に行って地図の注意点を更新する。清州ダンジョンで教わった通りの内容が小西ダンジョンでも適応される場合、モンスター数が多すぎるので危険と注釈を入れてもらわなければならない。現状解ってる九層、十層だけで良いだろう。
十一層以降はおそらく地図そのものが無いので更新のしようがない。小西ダンジョンにCランク探索者は居ないのかな。それとも一グループしかいないとか。狭い小西だけど、まだ出会ったことが無い七層探索者も居るんだよな。
全員と出会う事が目的ではないけれど、コミュニケーションを取れるなら取れるほうがお互いの、どっちかというと自分のだが、探索に有利な情報が得られるかもしれない。多分前に紙皿に書いてあった鈴木さんという人は同じく九層以降に潜れる探索者の一人なんだろう。
他にもまだ出会ったことのない人が居るはずだ。出会う必要性はあるか無いかで言えば微妙なところだが、お互い顔を知っていて損をすることは無いだろう。狩場が被って取り合いになる可能性を排除できる。
できるだけ儲けて帰りたい。それは相手も自分も同じだと思う。その為に無駄な時間を使って場所の取り合いを主張するよりも、見知った顔同士で住み分けが出来るほうが効率はいい。その為にもお互い顔を知り合っているほうが、特に狭い小西ダンジョンでは有用だと思う。
考え事を続けながら電車を降り、バスを待とうとしたらもう来ていた。行き先を確認して急いで乗り込む。うかうかしてたら逃してしまう所だったか。その場合は自転車で追いかけるだけなので変わりはないが、まだ定期が残っている。どっちにしろ出費は同じなので、余計な体力を使わない分バスに乗ったほうがお得だ。
バスに揺られて後何回ダンジョンへ通えばCランクになれるのかを考えたが、昇進基準が不明瞭な以上考えても無駄だな、と悟る。時間経過が必要ならばどう活動しようとも短縮のしようがないからだ。
Dランクになってから三か月以上の活動及びダンジョン税換算で百万円分の査定を行った場合にCランクの昇進試験を受けることが出来る。とかそんな判断基準だったら如何ともしがたいからである。
だが少なくともCランクである新浜さんは期間については言及しなかったな。つまり一定期間の間に何々する、というような基準は存在しないと考えていい。存在するならあの時コッソリ教えてくれてたはずだ。
という事はもう一つの助言の「出来るだけ下層のドロップ品を多く持ち帰る」という事だけを律義にこなしていくのが今取れる最短ルートだという事になる。
仮に近日中にCランク探索者になったとして、はたして十層を踏破することが出来るか、というのが次の壁になる。オーク肉への関門はいくつかあるな。一つ一つこなしていこう。十層を巡れるようになる前にCランクになるか、Cランクになってから十層に挑むか。
【小西ダンジョン前】のバス停に着いたのでバスを降りる。思えばこのバス停もダンジョンが出来てから変わった新しい停留所になるんだな。前からあった物をここに移築したのか、わざわざここに新しくバス停を作ったのかは解らない。が、少なくとも目の前で下ろしてくれることに有り難さを覚える。
早速ダンジョンに着いたわけだが時間は午前八時五十分。開場まではまだ時間がある。ギルドの建物開いてないかな~と中を覗くと、ドアは開いていたようだ。とりあえず中に入って誰かを探す。
いつも受付を担当している人が開場の準備をしていた。この人は今からが忙しいだろうからパスだな。迂闊に話しかけて開場が遅くなっても困る。
支払いカウンターに行ってみると、支払いの準備のためか、貨幣と紙幣をそろえて準備している光景が目に入った。ここならいいかな。
「今ちょっといいですか? 安村ですけど」
「おはようございます。今お帰りですか? 」
「いえ、先日提出した地図の件で早めに訂正したほうが良いと思う場所がありまして」
「……うん、ちょっと早いですけど良いですよ、何階層ですか? 」
「まだ地図化されてないと思う階層も含めてなんですが、九層から十二層にかけてですね」
支払い嬢は地図を探しに行く。しばらくして九層と十層の地図を持ってきた。
「この地図のどのあたりになりますか? 」
「九層も十層も同じなんですが、森の中央部に『モンスター多い非常に危険』と書き加えてもらっておいていいですか」
「いいですけど、どこからその情報を? もしかしてそこまで潜られたんですか? 」
確認のために踏破したのかどうかの確認をされる。
「いえ、先日清州ダンジョンに潜りまして、その時に中央部についての情報を仕入れたんです。小西ダンジョンも同じ形状のマップですから、おそらくそうだろうと思いまして。実際森の縁に入るだけで襲ってくるモンスターの数は増加しますから」
「なるほど、今のところ危険としておくほうが探索者には安全だということですか」
「そういう感じです。実は清州ダンジョンだけ危険で小西ダンジョンではそうでない、と後日更新される可能性もないとは言い切れませんが、解らない段階で無理な探索をして怪我人や死者が出るよりはいいと思いまして」
「そういう理屈でしたら解りました。ギルマスと相談して即時更新するようにしておきますね」
「よろしくおねがいします」
伝えられる分は伝えたぞ。後はギルドがどうするかだが、俺の言を信用してくれるだろうと信じることにする。
やるべきことをやり終えると、建物から出る。さて後は文月さんだが……まだ来てないな。とりあえず連絡は無い。俺が早く来すぎただけか。保管庫に放り込んである雑誌でも読んでいよう。
そういえばこの雑誌もそろそろ新しい号が出るころだ。どっかで見かけたらまた買わないといけないな。ひそかな愛読書としても、探索のお供としても暇つぶしとしても有用だろう。
作者からのお願い
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続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。





