180:ど忘れもほどほどに
自動更新なので年末進行とかはないです。
さて、七層に着いたが自転車は無いな。おそらく誰かが使っている最中なんだろう。
あ、自転車で思い出した。距離計買うの忘れてた。これは今日帰ったら緊急で三台分用意しないとな。きちんとメモ帳に書いておこう。これで帰ってから忘れることもないはずだ。
しょうがないので歩いて自分のテントまで行く。歩くのは嫌いじゃなくなった。そりゃ本音を言えば自転車に乗ったほうが楽でいい。しかし、自分で作った縛りを自分で解くのは何かに負けたような気がするので今も大人しく自転車を使わず徒歩で歩く。中央に自転車有ったら一台拝借していく事にしよう。
シェルターまで来た。自転車は一台だけ停まっている。前回置いた長机の上には紙皿が綺麗に整列されている。どうやら他の探索者の書置きらしい。
「自転車は共用資材って事でいいんですよね? 田中」
「自転車ありがとうございます。パンク修理キットがあるとなお良いと思いますので今度持ってきます。ただできればオフロード仕様の自転車がよかったかも」
「求)自転車搬入方法 出)要相談」
「自転車もう一台欲しいです。俺が毎回徒歩にされます…… 大木」
「布団ごちそうさまでした。後洗濯してくれた人ありがとう。申し訳ないけどまた手が空いてる時によろしく」
「便利な机で捗ります」
他にもいくつかあるが、布団と自転車ネタが多くを占めている。ひとしきり見た後、紙皿を整列しなおす。ここで俺が紙皿を処分してしまうと足がつくかもしれないからな。そうか、オフロード車という選択肢があったか。もうちょっと熟慮すべきだったな。
自分のテントに着いたが、中で何かするわけではない。外出中の紙皿は外に出したままにしておこう。とりあえず昼飯の準備だ。いつものバーナーとスキレットを……バーナーの燃料の予備も買わないといけないな。メモ帳に書き足しておこう。
一人分なのでボア肉は二パック出せば十分過ぎるだろう。保管庫から生野菜を取り出すと塩胡椒を先に振り、ちゃっちゃと炒めて紙皿にラップを敷いてそこに乗せる。そして今日は秘密兵器にして条約違反である焼き肉のたれだ。こいつでボア肉を炒めてしまう事にする。
いつも通りボア肉を薄切りにすると、スキレットに乗せて上から焼き肉のたれをドボドボッとかけてそのまま焼き目が付くまで焼く。この時点で香りが美味しいと俺に伝えてくる。焼き目が付いたところで炒めた野菜の上にドン。二パック目も同じく焼いてドン。紙皿からとてもいい香りが漂ってくる。
後はスキレットの掃除も兼ねた、焼き肉のたれの活用方法、パックライスを焼き肉のたれで炒める。ご飯はパラパラになってしまうが、それはご飯粒を焼き肉のたれとボア肉の脂が一粒ずつ包み込んでくれているという証である。そしてそもそも焼き肉のたれ、美味くない訳がない。
多少のおこげが出来るまでパックライスを焼くと、満足してパックに戻す。ちょっと零しそうになったがまぁ良いだろう。本日の昼食はボア肉の焼肉風野菜炒めとたれご飯だ。いただきます。
そういえばボア肉を焼肉のたれで炒めたことはなかったな。ウルフ肉は焼肉のたれで食ったことがあったかな?あっちはカルビって感じだったような気がする。さて、ボア肉のほうはどうかな……
やはり焼肉のたれは調味料界の強者、肉に合わない訳はなく……美味い。しかし、たれを入れすぎたのか、肉の味が若干ぼけてしまった。やはり一緒に炒めるべきではなかったか? 噛み応えはウルフ肉のほうが上だが、この脂のほどよさはボア肉に軍配が上がる。
野菜はたれと脂のハーモニーでワシワシといける。二人分のつもりで持ってきたが、二人分とも食いきってしまいそうな勢いだ。そしてライスだが、うん、タレだねって感じ。あまり感想は浮かばない。急にスンッってなった感じだ。もっと香辛料やタレに頼らないバリエーションを増やそう。
野菜はワシワシ行けるが肉はチョコチョコ、ライスはその合間に胃袋に詰めていく。う~ん、悪くない、悪くはないんだがなんかこう、家で食ってるのとあまり大差ない感じがするというか。
BBQならもっと盛大に肉を焼くし、ここで焼肉のたれを使って調理をするのは違う感じがする。美味いには美味いんだがいまいち腹の置き所が決まらないというか、なんというか……残念な感じだ。
そして焼肉のたれの最大の問題点が食べ終わった後ここにきて浮上した。後片付けが面倒くさいのだ。
スキレットに直接たれをかけてしまったため、スキレットを水で洗ってキッチンペーパーで拭いても脂が取り切れない。これは失敗だ。ペーパーを水で湿らせてスキレットを熱し、ほどよく脂っぽさが取れるまで少し時間がかかってしまった。これも次回に活かそう。
とりあえず腹は満ちた。コーヒーを沸かしたら一杯飲んで、少し腹休憩を決めたら四層まで戻ろう。飯食ってる間に六層の茂君がリポップしてると良いな。
コーヒーを沸かしてのんびりしていると、田中君がやってきた。
「良い匂いがします。焼肉ですか? 」
また飯の催促に来た……訳ではないだろう。おそらく休憩中の暇つぶしと言ったところか。
「残念ながらもう全部胃の中でね。今はこの通り休憩中ですよ。コーヒー飲みます? 豆じゃないけど」
「あぁ、ありがとうございます。今日は一泊ですか? その割には文月さんが見当たりませんけど」
「今日は日帰りですよ。もうちょっとしたら戻ります」
「そうですか……そういえば自転車の犯人、結局解りませんでしたよ」
まだ探してたんかい。忘れてくれたほうがこっちも気が楽なのに。とりあえず知らない振りしておこう。もう一杯湯を沸かし始める。
「そうですか……でも机の所の感想見るあたり、そこそこ好感触みたいですね」
「みたいですね。なんかもう一台欲しいって意見がありましたが」
「置いた人が見たら増やすんじゃないですかね。それまでゆっくり待ちましょう」
どうすっかな。もう一台……いや、甘やかすわけにもいかないな。増やすのは無しにしよう。あくまで現有戦力でもって探索に当たっていただきたい。
「そういえば、せっかく自転車がある事ですし七層の地図、綺麗に完成させられそうですね。今度やってみようと思うんですが」
「それは面白そうですね。ぜひ参加させてください」
田中君は乗り気だ。どうやら今月のノルマは達成しているらしい。暇つぶしに参加してきそうだ。三人でやれば結果がでるのも早いに違いない。
「じゃぁ俺が自転車の距離計を買って、今度取り付けてみますよ。さすがにそれぐらいの改造なら誰も怒らないでしょうし」
「楽しみですね。僕も会社に納める今月のノルマは達成したんでこういうのに参加するのは何かワクワクします」
清州ダンジョンにも自転車有ったりするのかな……前行った時には見当たらなかったが。清州ダンジョンの商売人ならやりかねんな。先払いで一乗り百円とかで商売しててもおかしくない。さすがにママチャリを三台も持ち込める手段は無いと思うが。
「バラして持ち込んでこっちで組み立てるとか、自転車に詳しい人なら出来るでしょうけど」
「そのために十キログラム近くの荷物をこっそり七層まで下してくるわけですか」
しきりに感心している。俺の場合質量は考えなくていいので保管庫様様である。出来上がったコーヒーを田中君に渡す。どうも、と言いながら素直に受け取ってくれた。
「清州ダンジョンなら、キンキンに冷えたビールを売るために潜ってくる商売人も居ますからね。自転車貸し出しサービスというのは面白い商売かもしれません。ただあんまり儲からないかも」
「そうかもしれません。そこに百円投資するぐらいなら歩くのが探索者だと思います」
田中君は自分に言い聞かせるようにそう言うと、コーヒーを飲む。
「安村さんはこの後どうするんですか? 」
「四層へ向かってゴブリンを倒して、時間が来たらそのまま日帰り予定ですね」
「そうですか。テントはそのままで? 今回は建てっぱなしの様子でしたが」
さすが七層居住者、よく見ている。
「小西ぐらいしか一泊するところないですし、毎回建てて倒してをやるのも面倒なのでこのまま建てておく用として持ってきました」
「僕と同じですね。最初の頃は律義に毎回建てて倒してやってたんですけど、段々面倒くさくなっちゃって」
毎日のように潜ってればそうなるよな、やっぱり。
「そのうち文月さんも面倒くさがって、テントごと俺のテントに放り込むようになりますよきっと……さて、そろそろ行きますね、腹もこなれて来たようですし」
「そうですか、コーヒーごちそうさまでした。それではまた」
田中君はコーヒー代としてスライムの魔結晶を一つ置いていった。ゴチになります……そうか、ここでは通貨代わりに魔結晶でも通じるんだな。むしろそのほうが探索者らしいといえばらしいか。
俺もそろそろ七層から帰らないとな。羽根を補充してそれで終わりの一日になっちゃう。それでは今日の収入が少なすぎる。……計算してみたがまだ三万かそこらしか稼いでない。
現在午後一時。戻る時間が約三時間半。二時間ぐらいは四層で狩りが出来るかな? そこで収支を合わせていこう。予想外に七層に長居してしまった。急いで帰ろう。テントの中身を保管庫にしまい込むと出立だ。運のいい事にシェルターには自転車が置かれている。多分田中君が使った奴だろう、借りてくよ。
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