175:布団屋談義
朝だ。今日も気持ちよく起きれた。昨日はなんだかんだで十時間を軽く超えた睡眠をとったことになる。それでも心地よい睡眠をし続けることが出来たのはひとえにダーククロウの羽根のおかげだ。ありがとうダーククロウ。
毎日の祈りの儀式を終えた俺はご機嫌な朝食を作り始める。トースト二枚を焼いて、目玉焼きを焼いて、冷蔵庫の中の野菜を軽く刻んで完成だ。よし、今日もちゃんとできているぞ。
食欲はちゃんとある。味は……いつも通りだ。味気ないがカロリーは取れているし、栄養バランスも悪くないと思う。悪いと感じたらまた何か違うものを昼食か夕食で取ろう。
今日はオフだ、この間調べた布団屋へ行く。より良い眠りを目指すためにダーククロウの羽根で布団が作れないかどうか相談しに行くのだ。
現物はある。現物を見ながら商談が出来ないか。ダメだったらこの羽根は枕の詰め替え用として順次使いまわしていこう。ダーククロウに捨てる羽根無しだ。
しかし、布団屋が開く時間になるまでは暇になるのだ。掃除して洗濯してネット見て、だらだらしよう。しかし、掃除と言ってもこの間大掃除をしたばかりでそうそう埃が溜まる物でもな……あるな。よく見ればほんの二、三日の間でも溜まってしまっている。
……
掃除というのは一度始めると細かいところまで気になってしまうものらしい。窓の付着物に気が付いてしまったことが問題だった。つい家じゅうの窓という窓をフキフキしていたらそれだけでいい時間になってしまった。そのかわり窓は太陽の光を跳ね返してキラキラと輝いている。頑張ったぜ、俺。
掃除に一生懸命になっている間に布団屋の開く時間になっていたらしい。よっぽど集中していたんだな。車を出して布団屋に出かける事にする。
◇◆◇◆◇◆◇
布団屋は自動車で三十分ぐらいのところにあった。看板に「オーダーメイド承ります 布団の山本」と大きく描かれている。何処から何処までをオーダーしてくれるのかが気になる。そこが一番大事なところだ。
布団の山本の入り口をくぐる。目の前にドンと、「オーダーメイド布団受付中。素材色々選べます」というポップが目に入る。左には高級そうな羽毛布団が飾られている。お値段は六桁円だ。希少なマザーグースを九十五パーセント使ったとかいう見るからにふかふかの掛け布団だ。
しかし、ぎりぎり六桁円だ。ダーククロウの羽根で作る羽毛布団はこれを超えるお値段らしい。一体この羽根にどういう加工をされるのだろう。
「いらっしゃいませ。布団をお探しですか? それとも枕ですか? それとも他の御用でしょうか」
店員が声をかけてくる。店内には俺しかいないので、間違いなく俺に対しての言葉だろう。
「布団を探してるというか、布団を作ってもらうというか、相談に乗っていただけたら良いなぁと思っていまして」
「当店では様々な素材をお客様ご自身で選んでいただくことが可能です。金額からでも素材からでもどのような視点からでも大丈夫です」
品質には自信があるのだろう。他の店員もこちらに向かって笑顔を振りまいている。
「例えばですが……モンスター素材とかでも? 」
店員の顔が一瞬ゆがむ。なにか引っかかるものがあったらしい。
「ダーククロウの羽根……ですか。時々問い合わせを頂くのですが、当店ではダーククロウの羽根を取り扱っていないのですよ」
取り扱っていないのか。ちょっと残念だ。
「それは……仕入れの問題で? 」
「ダーククロウの羽根自体は出回ってはいるのですが、布団を一枚作るにはそれなりの数が必要になりますし、より良い羽毛布団を作るにはそれなりの加工が必要になります。加工自体には問題は無いのですが……」
加工には問題が無いという事か。という事はやはり素材が手に入らないという事か。
「つまり、素材が無いと? 」
「そういう事になります。仕入れるには取引上の都合で数を確保できませんので、現状で作れるのは枕ぐらいしかできない事になるのですが……」
切り出すならここか。
「ちょっと、駐車場まで来てもらっていいですか」
「それは構いませんが、何事でしょう? 」
「見て頂きたいものがあります」
駐車場の俺の車へ案内する。店員さんは何事かと思って付いてきているようだ。車のドアを開けると、エコバッグの中身を見せる。
「これで、どれだけの材料が取ることが出来ますか」
「この量は!? ……探索者の方でしたか。にしてもこれは多いですね」
店員は一瞬目を見開いて驚くが、すぐに気づいたらしい。冷静な口調に戻る。
「現状で四キログラムほどあります。こいつを加工した場合、どのくらいの材料を採取することが出来ますか」
「そうですね、まず羽毛のような形で使用するために加工してから乾燥させることになりますから……えっと、これを中に運び込んでも? 」
「構いません、そのために持ってきましたから」
店員は喜び勇んでダーククロウの羽根の詰まったバッグを手にすると店に駆け込んでいく。どうやら店内に加工をする職人が居るようだ。
後をついていく。店員はすべての羽根を奥へ持ち込むと早速相談を始めているようだ。時間がかかると考えられたのか、お茶が出てきた。有り難くいただいておく。
十五分ほどして店員さんは戻ってきた。どうやらどのくらいの量の素材が取れるか計算して戻ってきたようだ。
「お待たせして申し訳ありません。加工する職人と調整した結果、当店では二パターンの布団を作ることが出来ます」
「内訳を聞いても? 」
どうやら作れないことは無いらしい。
「まず、掛け布団に使う羽根ですが、そのまま羽根を丸ごと使う方法があります。ただ乾燥工程を入れて羽根の水分を抜くだけで布団を作ってしまう方法です。これはあまりお勧めしません。羽根の芯が混じるため質感が多少落ちてしまいます。この場合水分を抜いた後の素材の量は三キログラムほどになると思われます。この量でしたら掛け布団なら冬用で二枚、春秋用でしたら三枚おつくりすることが出来ます」
今俺が適当に作っていた敷き布団をきちんとした方法で布団として織り込む、というイメージで良いのかな。
「次に羽根の中から布団の材料として適する部分を取った後乾燥させ、その後の素材を使う方法です。それですとおよそ四十パーセントほどの素材が取れる事になります。その後で掛け布団を作るとなりますと、ほぼすべてを使って冬用の布団を作るか、春秋用の布団を作って残った素材はこちらで買い取りさせていただくかお持ち帰りになられる事になります」
後者だと千六百グラムは材料として使えるわけか。結構減るな。
「一つ質問ですが、春秋用の布団を一枚作って、残りを枕にすることは出来ますか? 」
せっかく布団を作るなら枕もちゃんとした作りで欲しいところだ。セットで作ってもらう事にしてもいい。
「それは十分可能です。お客様がそれをお望みなら全力で対応させていただきます」
「では、適する部分を取ったうえで乾燥させて春秋用の掛け布団を一枚、それと枕を一つ作っていただくことは可能という事でよろしいでしょうか」
「えぇ、そうなさいますか? なら今から見積もりをさせていただくことになりますが」
是非作りたいという意思が伝わってくる。材料持ち込みなんだからそれなりに値引きはしてくれるはずだ。
「では、そのようにしていただいてもよろしいですか? 予算は……まぁ金額を聞き次第になりますが」
「解りました。特急で見積もりをさせていただきますのでしばしお待ちください」
店員は奥に引っ込むと電卓とにらめっこしながら職人と打ち合わせしている。お茶のお代わりが来た。上客としてみなされたらしい。予算としては三十万を予定していたが、それに比べて安くは済みそうである。
暫くして見積もりが終わったのか、店員さんがこちらへにじり寄ってくる。
「見積もりはこういう内訳になっています。素材を持ち込まれた、ということでそれなりの割引価格になっていますが」
十二万。枕と掛け布団で十二万。最近では一番高い買い物じゃないかな。しかし、それだけの効果は期待できそうだ。
「ダーククロウの羽毛布団って、ネットで見た限りですと相場は倍以上してましたよね」
「そこは素材を持ち込んでいただいたという事と、こちらに経験を積ませていただくお礼という事で。あ、布団のカバーをもっといいものに変えればもうちょっとお値段は張りますが」
「う~ん、カバーのことは考えてませんでしたね。とりあえず一番安いもので良いと考えてました」
カバーまで豪勢にしたら俺は二度と布団から出られないような気がする。ここはお安いプランを選択しようと思う。それにあまり分厚いカバーだと香りが遮られてしまう気がする。
「カバーは……お手ごろの物で良いです。布団から出られなくなりそうで」
「ダーククロウの羽根はそれほどの物なんですか? 」
「自作で適当に枕を作ってみたんですけどね。翌日から明らかに睡眠の質が上がりましたよ」
「それはそれは……私も自分用を欲しくなってきましたね」
どうやら睡眠に少し悩んでいるらしい様子だ。
「今後の事ですが、また素材が溜まったらこちらに卸すというのはどうでしょう? 」
「それは有り難いですね。素材入荷を待っていると布団一枚作るのに半年に一度ぐらいのペースになりそうですから」
「そこまで素材が出回ってないんですか? 」
納得できる話でもある。わざわざ大量に繁っている木を攻撃して回収する芸当は【水魔法】や【火魔法】を鍛え上げるか、俺みたいに投射してまとめて落とすぐらいしか大量に羽根を獲得する手段は無いだろう。
「ダーククロウの羽根は人気素材でしてね。布団以外にもクッションに加工したり人間をダメにするソファーみたいなものを作ったり。布団業界だけが消費先という訳ではないんですよね」
「じゃあ、また集まったら持ってきますよ。その時はそれなりの値段で買い取りをお願いできれば」
「これは太客を手に入れましたかね? とりあえず布団と枕は購入という事でよろしいですか? 」
これは俺が初めて個人間取引をする相手として見つけられたんじゃないのか? いや、最初は中華屋の爺さんか。太客扱いしてくれるという事は、ダーククロウを狩るにも気合が入るというものだ。
「製作には時間がかかりますので……そうですね、四日ぐらい見込んでいてください。それまでには終えることが出来ると思います」
「期待しています。支払いはカードで良いですか? 」
「えぇ、承ります。仕上がり次第ご連絡差し上げるという事でよろしいですか? 」
あー、ダンジョン潜ってると通信機器使えないからな。その間に電話がかかってくるとアウトだ。
「ダンジョンに潜ってる事も有りますので、留守電入れておいてもらえると助かります」
「かしこまりました。では、仕上がりのほうをお待ちください。良い一品に仕上げて見せますので」
「期待しています。材料の余った部分はそちらでご自由にお使いください」
「そうさせていただきます。では、次のご来店をお待ち申し上げています」
良い商談が出来たと思う。予想より少しだけ金額がかかったが、十二万の布団と枕。それだけでなんかもうよく眠れそうだ。期待を胸に秘めて布団屋を後にする。今日やるべきことは大体終わったな。さてこの後どうするか。
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