173:おかえり地上
四層を二人で歩く。襲ってくるゴブリンたちは少し少なめだ。おそらく他のパーティーが活動しているのだろう。四層から三層へ続くメインストリートにゴブリンたちの姿は少ない。
ただ帰るだけの我々にとっては嬉しい話だ。いつもの四層狩りや七層へ向かう際はいくら来てくれても大歓迎だが、今日は色々あって疲れが取れきっていない。エンカウントは少ないほうが有り難い。
「敵が少ないとなんか張り合い無いですねえ」
「まぁ、そんな日もあるさ。まっすぐ家に帰してくれていると思おう」
真っ直ぐすたすたと歩いたおかげで三十分で三層への階段へ着いた。三層ではさらに少ないエンカウントを体験することになった。ここまでモンスターと出会う機会が少ないのは清州以来じゃないか? ついに小西ダンジョンにもスライム狙いじゃない普通の探索者が増えてきたのかと思うと少しうれしい。
「小西ダンジョンの赤字が黒字になる日は近いかもしれんね」
「私たちもそれに貢献できてます? 」
「週に二回ダンジョン税価格で十五万ぐらい納品できてるから、結構貢献できてるんじゃないかな」
「そう聞くと頑張った甲斐があるって感じがして良いですね」
話しながらも片手間で現れたゴブリンが瞬殺されて行く。俺は両手がふさがっているのでパチンコ玉で応戦するか、文月さんに任せっぱなしにするかだ。あんまり遠いところでパチンコ玉を当ててもドロップ品を拾いに行くのが面倒くさいというのも有るが、とにかく文月さんが活躍してくれている。
本人の能力アップの為にもそれでいいんじゃないかなぁと思い始めている。ゴブリン一匹とジャイアントアント一匹では明らかに後者のほうがスキルアップに関与する気はするが、継続は力なりだ。少しずつでも経験値みたいなものを貯めて行って欲しい。
また三十分で二層への階段へたどり着く。ステータスブーストを軽くかけながらなので速足なのも有るが、明らかに他のパーティーがグレイウルフとゴブリンを狩っているからだろうというのが聴覚から感じられる。
三パーティーぐらいいるのかな。通り道を綺麗にしてくれてありがとう。おかげですんなりと帰ることが出来るよ。
「混んでますねぇ。ゴブリン狩るパーティーも増えてきましたか」
「良い事じゃないの。そのまま是非七層へ来れるようになっていろいろ驚いてほしい」
「いたずら好きですねぇ。この後何か七層に仕掛けする予定でもあるんですか? 」
これ以上のいたずらか。何があるだろう。
「あ、今回達成できなかったミッションがある。七層を自転車で走り回って地図を作るって奴」
「それは面白そうですね。報告する時に自転車で回りましたって言ったらギルド職員さん驚くんじゃないですか?」
文月さんも乗り気だ。その内実施しよう。
「自転車が都合よく空いててくれればいいんだけどね」
「安村さん、アレとは別に自転車もう一台持ってますよね」
たしかに、バスの待ち時間を待つぐらいなら自転車で駅まで行く用のがある。
「あれだけ自転車が古いからなぁ。七層に置いてあるのは新品だし、本来ある自転車と違う自転車に乗ってたら保管庫の存在がバレやすくなる」
田中君には全く知らないとシラを切り通しているのだ。そんな中で見知らぬ自転車乗り回してたら犯人ですと名乗り出るようなものだ。
二層へ上がると綺麗なものだった。通り道にグレイウルフもスライムも居ない。おそらく狩りつくされているんだろう。
「スライム狩れなくて残念ですね」
「う~ん、残念。一層で帰り道に出会えたら狩るぐらいしかできそうにないな」
実際一層から二層までは探索者が結構いてグレイウルフを狩るついでにスライムもおそらくバニラバーで狩られているんだろう。残念ではあるが、人が増えることは基本的に良い事だ。このまま増え続けて欲しい。
「俺たちのメイン狩場は九層に移りつつあるからなぁ。潮干狩りおじさんも引退になっちゃうのかなぁ」
「いつになく弱気ですね。もっとこう、高速で移動しながらスライムを見つけ次第狩りつくすあの情熱は何処へ行ったんですか」
文月さんが呆れながら俺のスライム熱を語り始める。いつもとは逆である。
二層では結局スライム数匹にしか出会えなかった。ちゃんと潮干狩りした。バニラバーはまだまだ在庫はあるが、俺の大事なモチベーションアップアイテムだ。幾らドロップが確定するとはいえ、実入りも少ない。精神的に落ち着きを取り戻したいときでもない限りバニラバーという儀式をすることはないと思う。
さて、問題の一層だ。スライム大量のお出迎えが来ると嬉しいが勿論そんな訳はなく、探索者が目に見えてうろついている。みんなバニラバーを片手に、もう片方には熊手を構えている人もチラホラ見かけた。
「ねぇ、見た? 今の人熊手持ってたよ。仲間が増えたよ」
「やったね安村さん。これで潮干狩り仲間が増えましたね」
このまま潮干狩りおじさんが増えて行ったら俺も目立たなくなって一探索者として活動を出来るようになるんだろうか?
目の前でバニラバーをあげている探索者が居る。バニラバーを溶かしきる前に核を潰すのが正しい手順だが、核を取り切れなかったらしい。倒した後には何も残らなかった。
「あぁ、まただよ畜生」
どうやら何度か失敗しているようだ。ちょうど彼の後ろにスライムが居る。ここは手本を見せるべきか。荷物をいったん文月さんに預け、探索者に声をかける。
「こうやるんですよ。見てて」
バニラバーを取り出すと半分スライムに分け与える。スライムが溶かしてる間に核を見定め、そのまま一気に熊手を振り下ろす。プツッという音と共に核が転がり出てくる。それを踏みつぶし、パンッという音と共にスライムは黒い粒子に還る。
「溶かしてる間は核が動きにくいから、その瞬間を見定めるのが大事。後、もう少し目の細かい熊手を使うと良いよ」
自分の熊手を見せる。彼の熊手は少し目が粗く、核をすり抜けてしまう事があるようだ。
「どうも勉強になります。ありがとうございました。いろいろやってみます」
探索者は礼を言い、再び次のスライムを探しに行った。
「さすが、熟練者はポイントを良く押さえておいでで」
文月さんが茶化す。
「出来る事ならドロップはたくさん持って帰ってほしいからね。でないと公開した意味が無い」
そのまま道中のスライムを偶に狩ってはドロップを拾い、一層はゆっくりと進んだ。四十分ほどかけて一層を出口に向かって進んでいく。
「すっかり道も覚えちゃいましたね」
「まぁ、何十回も通ってれば自然にね」
ダンジョンを出て両手が悲鳴を上げ始めると、帰ってきたなという感じがする。退ダン手続きを取り、受付嬢と二、三言葉を交わす。
「昨夜はごゆっくりでしたね」
「まぁ途中参加みたいなところがありましたから」
「何にせよ、無事に帰ってきてよかったです。戦利品もたっぷりですね」
「査定が楽しみです。それじゃ」
ギルドの建物に入るとそのまま査定カウンターへ向かう。
「お、今日も大漁ですねー」
「えぇ、一つ査定のほう頑張ってください」
「今日も九層がメインでしたかー。この時間帯は暇なので手早くやっちゃいますねー」
この査定嬢は喋りはゆっくりだが手は確かだ。魔結晶を量り、スライムゼリーを量り、ボア肉とウルフ肉のパックの数をササっと数えるとパソコンに数を打ち込んでいく。キュアポーションとヒールポーションの数をきちんと記録すると、ボア革を一枚ずつ広げて数を確認する。
十分ほどで査定が終わった。さすがの速さだ。パーティー二分割で良いですか? と聞かれるのでその通りでお願いしますと伝える。
出てきたレシートの金額を確認する。一人あたり三十五万九千五百五円なり。過去一ではないがそれに迫る額だった。結構密度の高い戦闘をしていたからか。頑張った分としては十分すぎる報酬だろう。
ギルド建物内に置かれている無料の冷水を飲んでいる文月さんにレシートの片方を渡す。
「おー。今回も一杯稼ぎましたね」
「今月の収支が三百万に届きそうな勢いだ。税金やらなんやらで半分引かれるとしても百五十万は自由に使えるんじゃないかな」
「まぁ、そのぐらいなら問題ないと思いますよ。大事なのは納税する時に手元に資金があるかどうかですから」
さすが専門家の卵。勉強になる。無職期間が終わったら個人事業主になるわけだから、もっと細かいところに足を突っ込むことになるはずだ。その時は全力で頼ろう。
二人共支払いカウンターで振り込みを選択。ギルドを出るとまずバス乗り場へ向かう。バスの次の時間は……五分後か。
「五分後にバスくるから、昼飯は無しにして駅で解散だな」
「そうですね、一時間待つよりも今は早く帰ったほうが、多分安村さん疲れてるでしょうし」
「ん~……そうだな、テントとエアマットと服洗ったらまず寝ようかな」
やがてバスが来る、珍しく時間通りに。バスに乗り込むとようやく一休みできる気持ちになった。バスの揺れが心地よい。今ならまた寝てしまっても不思議ではない。そのくらい、いつもと比べて疲れた感覚が体を襲っている。疲れ……
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