172:年取ると疲労がたまる
アラームが鳴った。おはようございます、安村です。五時間眠って現在午前九時。最近では一番遅い目覚めだ。もうダンジョンは開場してる時間である。
いつもと違って凄い寝汗をかいている。よっぽど疲れていたのだろうか。ツナギを脱いで裸になると全身くまなく水タオルで汗を拭く。多少すっきりした。ぜいたくを言えば温かいタオルで拭きたいが、今日はもう帰るだけだ、そこまでする必要はないだろう。
身支度を済ませるとバーナーをテントの外に出し、テントの中の片づけを始める。エアマットを萎ませるとエコバッグを取り出し、保管庫の中身を取り出してはエコバッグに詰めていく。
いつもと同じエコバッグ四つを使って満タンになった。背中のバッグの中身はワイルドボアの革とポーションで埋もれている。エコバッグをそのまま保管庫に収納し、テントの中身を片付ける。前回忘れていた収納テクだ。今回は使わせてもらおう。
テントを出ると、文月さんはもう出て来ていた。今日は早いな。
「おはよう。今日もいい天気だな」
「ここはいつでもいい天気ですが。その調子だと持ち直したみたいで安心しました」
「世話をかけたねぇ」
「おじさんそれは言わない約束ですよ」
どうやらいつも通りらしい。とりあえず二杯分の湯を沸かす。湯が沸く間にう~んと伸びをし、柔軟運動を始める。プチプチプチ……という音と共に全身がほぐれていくのを感じる。
「なんかすごい汗かいた跡ありますけど大丈夫です? 」
「あ~……後帰るだけだし、着替えるのもういいかなって。とりあえず水分は今からとる。コーヒー飲む? 」
「貰います。ただ、汗かいた分は別で水分取ってくださいね……ふむ、熱は無いみたいですね」
文月さんが俺の額に手を当てて確認する。
「それは何よりだ。こんな所で体調を崩しても治す見込みが……あぁ、キュアポーション飲めばいけるか」
「そこで二万円使うのはちょっと躊躇いますね」
湯が沸いたので二杯のコーヒーを作り、それとは別でカロリーバー二本とコーラを一本一気に飲む。本当はちょっとずつ飲むほうが水分としては吸収されやすいのだが、とにかく喉が渇いていた。水分を補給する時にコーヒーは良くないのは解っているし、ゆっくり少しずつ水分を取ったほうが良いのは解っている。だが今はのど越し優先だ。
……ふぅ、これで家に帰るまでの分は持つな。水分は道中でも補給できるし、今動く分のカロリーは十分摂取できたはずだ。文月さんのテント一式をまとめて受け取ると、自分のテント以外の物を全て仕舞う。
「外出中 安村」とテントに貼り付けておく。これでいいだろう。とられる物はテントそのもの以外にないし、もしテントがなくなっても小さいテントは保管庫に入っている。
「さぁ、帰りますか。まっすぐ帰って、体調を考慮して、寝る! 」
「……やっぱり体調悪いんじゃないですか? いつもならスライム潮干狩ってから帰るって言ってる気がします」
まるで人がスライムばっかり狩ってるような言い草である。事実だ。
「もちろん余裕があれば狩る。でも今日は出遅れスタートだから一層に着くころにはもう探索者で埋まってるんじゃないかな」
「そうですね、今午前九時半ですから真っ直ぐ戻れば昼ぐらいになりますね」
そうか、昼か。なら昼飯食ってから解散でもいいな。
「昼食ってから解散する? その場合いつもの中華屋になるけど」
「バスの時間によりますねー。そのまますんなり帰れるなら帰ります」
とりあえずシェルターに寄ってみる。自転車有るかな。自転車はどうやら一台も無い。机にある書置きの紙皿を見る。
「自転車どこから湧いたんですか。情報求む 田中」
「自転車使わせてもらいます」
「自転車もう一台欲しい」
「布団どこ行きましたか」
いろいろ意見が集まっている。とりあえず読んだ後、そのまま放置しておく。下手に返信してバレると厄介だ。
自転車が無いので仕方なく歩いていく。便利を覚えると歩いていくのもなんだか億劫になってくる。そこだけはあまりよくないかもしれないな。
六層への階段まで二十分。自転車なら五分でたどり着ける。六層側の駐輪場には一台停められていた。誰かが帰り道に使ったらしい。
六層へ上がり、いつもの爆走ゾーンへ向かう。先に行った探索者との時間差があまりなかったのか、爆走しているワイルドボアは少なめだ。これは楽に帰れるな。
こっちに向かってくるワイルドボアは六匹ほどだ。落ち着いていつものパターンにはめ込む。また肉が出た。帰り道にもいくつかドロップ品を背負って生活費の足しにしよう。
葉が茂ってない三本目の木を経由して二本目の木まで来る。相変わらずの繁りっぷりだ。今日は放置しておくことにする。今無理に狙って外して、一斉に襲い掛かられることを考えると危うきに近寄らずに行くほうが安全策だ。
なにより、俺の保管庫には大量のダーククロウの羽根がある。これ以上詰め込んでもまだまだ入るだろうが、あまり詰め込まれていても邪魔になるかもしれないし、なんならダーククロウの羽根だけで保管庫が一杯になってしまう可能性だってある。
俺自身、保管庫の上限を把握してないのだから無理やり詰め込むのはダンジョンの中よりダンジョンの外のほうが安全だろう。
「いいんですか? ダーククロウ処理しなくて」
「たまにはいいんじゃないかな。まっすぐ帰ることを優先しよう」
「ちなみに今保管庫にはどのくらいダーククロウの羽根があるんですか? 」
「四キログラムぐらい。多分取り出したら大変なことになる」
実際四キログラムも羽毛を出したら俺が埋もれきってしまうだろう。それは避けたい。これは布団屋に持っていくまで仕舞いっぱなしにしておこう。塩漬けという奴だ。
「それで布団を作るんですか」
「あてはあるからダンジョン出たら一度訪問してみようかと思っている」
「大分お高い買い物になりそうですね」
二本目の木の警戒範囲の外側を歩くと、一本目の木が見えてくる。ワイルドボアは三匹ぐらいしかリポップしていない。これは先行して帰っている探索者が居るな。
「行きは良い良い帰りは怖いというが、今日の帰りは楽が出来そうだ」
「たまにはそんな日があっても良いですね」
文月さんが槍をクルクル回しながら前方のワイルドボアを処理していく。六層も手慣れたもんだ。もうお互い一人で通過できるエリアになった。後れは取らないという自信に満ち溢れても良いだろう。
一本目の木には十羽ほどのダーククロウが止まっていた。十羽ぐらいなら大丈夫だろう。周りを確認するとすべてのダーククロウをロックオン。バードショット弾を使って全部撃ち落とす。
「放っておくのではなかったんですか」
「一応体調確認って事で。問題は無さそう。無事に帰ることが出来そうだ」
ドロップを拾うと階段へ向かう。階段への道にワイルドボアの姿は見えなかった。多分これ、五層に着いたら前の探索者に追いついてしまうな。
戦闘中はお互い邪魔をしないのが探索者のローカルルールだ。助けを求められない限りは戦闘には関与しない。よっぽど危機的な状況に追い詰められてない限りは手を出さない。
非情なように見えるかもしれないが、お互い稼ぎに来ているんだから横から手を出してドロップ権を主張し合うようにならないようにできた探索者の無言の合意の上での行為だ。
五層への階段についた。六層を素早く通り抜けることが出来たのでまぁ良いかと思っている。さて五層で前のパーティーに追いつくことが出来るか。
五層へ上ると、ちょうどそこで休憩していた探索者と出会う。お互い会釈して、そのまま通り過ぎる。ここからはこっちが先頭だ。休憩中の探索者には楽をしてもらおう。
五層はいつも通りワイルドボアが三匹か四匹その辺でうろうろしている。こちらを視認すると突進してくるのはいつもと変わらない。ステータスブーストを使って冷静に対処する。また肉が落ちた。今回は肉の比率が結構高いか?
三本の木のダーククロウは無視していく。後ろに探索者が居るのもあれだが、あまり見られてうれしい狩り方でもない。
と、思ったら文月さんが【水魔法】で全部叩き落していた。こっちはスキルを全力で使って戦いたいみたいだ。元気だなぁ。ドロップは俺が拾っていく。
一応確認するが、オーブのドロップは無かった。またくれると良いな。結局三本とも文月さんが【水魔法】でどんどんダーククロウを処理していく。おかげで保管庫の中のダーククロウの羽根が増えていく。
「羽根、ギルドに卸そうか? 」
「んー、布団作りたいんでしょ? 私も一度ちゃんと作られた布団というものを味わってみたいところでして、その辺は安村さんに一任しようかなと」
枕がよほど気に入ったのか、より高みを目指した快眠を体験したいようだ。これは難題だな。いざ布団屋に行ってみてそのままでは使えないと言われたらどうしよう。
その時はその時か、やるだけやってみよう。もしかしたら羽根を店側で加工して布団を作ってくれるかもしれないし。さすがに経費で落ちることは無いだろうが、趣味の一品としては現状最高価格の品になるだろうな。なんせ俺の装備一式よりも高い布団になる。
ワイルドボアとダーククロウを交互に倒しつつ、四層への階段へたどり着く。ここからは安全だ。文月さん一人でも十分対応できる範囲だし、エコバッグを両手に持って俺が歩いていくいつものスタイルで進む事にする。
「じゃ、荷物は持つから先ぶれはよろしく」
「任されました」
四層を真っ直ぐ三層へ歩きぬける。両手にエコバッグ、背中に革とポーション。ダンジョン内なのでそれほど重さは感じないが、ダンジョンを出ると一気に背中と両手の重さが増す。
もうちょっとその辺気をきかせてくれても良いんじゃないですかねぇ。
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