158:巡る九層
表記ゆれをサイレント修正しておきました。
「ちょっと先行かれるのが悔しいですね」
「十層はさぞ狩りがいがあるだろうなぁ」
「もう少しうまく【水魔法】操れるようになったら挑みましょう、十層」
「ジャイアントアントを一撃で葬れるようになったら望みはあると思うよ」
文月さんはさらに気合を入れる。きっと【水魔法】マスターになるまでずっとこんな調子だろう。
「それにしても、一体この中心に何があるんだろう? 」
「前に蟻塚があるんじゃないかとか言ってませんでした? 」
「ありそうだな、とは言ったな。でも何故か体が行くことを拒絶しているような気がする」
「人間に忌避感を覚えさせる何かがある、と? 」
「例えば女王蟻が居て、人を寄せ付けないオーラみたいなものを漂わせているとか」
女王アリ……ジャイアントアントクイーン、かな?そのフェロモンには探索者を近寄らせない謎の臭いが発せられているとか。
「何もいないとしたら何があるんでしょう? 」
「何もいないとしたら……モンスターのセーフエリア? 」
「人が入れないエリア……それもまだ不思議ですね」
「不思議だなぁ。俺はダンジョン二十四の不思議にこの森マップの中央部を推薦しようと思う」
文月さんは槍をクルクル回して人差し指、三、二、を表示。手を挙げる。手近のワイルドボアをさっさと処理して会話に戻る。
「なんですかダンジョン二十四の不思議って」
「俺の中で説明がつかないダンジョンの不思議をそう呼んでいる。ちなみにあと十三個ぐらい開けてある」
「じゃぁまだ十一不思議じゃないですか」
「ダンジョン攻略が進んでいくうちに二十四ぐらい埋まってしまうと思うよ」
実際まだ九階層だ。各階層一つずつ不思議が増えていくとしても、二十四階層にたどり着くころには二十四個埋まってしまっている可能性はあるのだ。
「その内三十何個とかになっていくかもしれないがとりあえず二十四の不思議に入っていることは確かだ」
「さいですか」
親指、三、二。手を挙げられる。ジャイアントアントだ。
正面からぶった切る。何度も戦いを続けている間に、相手の頭の殻の柔らかい部分を見つけることが出来た。眉間のあたりだけ装甲が薄いのだ。そこに向かってグラディウスを水平に打ち付けると、ズブズブと入っていく。
そのまま左右に傷を広げ、両目に達するところで絶命したジャイアントアントは黒い粒子に還る。次のジャイアントアントはこちらに酸を吹きかける準備中だ。
左に飛びのいて回避しつつ接近する。相手が体勢を整えきる前に近づくと同じ手で二匹目も処理し終える。魔結晶と牙が落ちた。美味しいな。
戦闘態勢を解除して警戒態勢に戻る。森に近い分エンカウント率は高いはずだ。いつもより左右に気を配る。ここの距離で警戒しなければならないという事は、やはり森の中央は危険度はかなり上がるんだろうな。
木の上から襲われる事も考慮しなければならない。二人で挑むにはやはり無理があるか。中央突撃プランは考え直しだな。
「木の上からアリが襲ってきたらどうする?」
「【水魔法】で叩き落とせませんかね」
「襲ってくるだけならそれでいいけど、酸飛ばしてきたとき考えないといけないな」
文月さんは少し考える。そして解決策を出した。
「その時はシールド張って酸を水で吸わせればなんとかなるんじゃ」
「う~ん、森に挑むのは厳しいか」
「大人しく外側に出てきたモンスターを狩ることに集中しましょう」
文月さんは良いだろうが俺はちょっと困る。何か保管庫スキルで応用することは出来ないだろうか。例えば酸だけ保管庫に収納してしまうとか。今度試してみよう。
「また自分の肉体でなんとかすること考えてますね? 」
見抜かれている。だが大事なことだ。次で試してみよう。
「ジャイアントアントは倒しても酸についてのダメージは残るよな? だったら酸はモンスターの一部じゃないと考えられる。そうすれば収納で酸だけ保管庫に放り込むことは出来ないかなって」
「正面から受けないでくださいね。酸避けて横で通過する時に収納できるかどうかチャレンジするならまだ安全かもしれません」
なるほど、参考になる。次で試してみよう。
「まぁ、止めても無駄でしょうから怪我だけはしないでくださいね」
「一応ヒールポーションの在庫はあるし、ヒールポーションで治ることは確認済みだから多分なんとかなるよ」
親指、二、一。手を挙げられる。ちょうどいい具合に酸を出してくるようだ。さっそく試してみよう。
酸を左に避けながらギリギリの範囲で範囲収納を試みる。保管庫に酸が入った。酸百ミリリットルという情報がリストに表示される。これで遠距離攻撃は防げるか。酸を飛ばしてきたジャイアントアントは体勢を整える前に俺に黒い粒子に返された。魔結晶が落ちる。
「うまくいった。何とかなるみたい。保管庫を防御に使ったのは初めてだな。何事もやってみるもんだ」
「失敗した時のデメリットは考えておいてくださいね」
「正面から受けなければ大丈夫だと思う。問題はこれをどうやって取り出すか、だが」
「その辺にぽいっと投げちゃダメなんですか」
文月さんが最も楽な解決策を出してくれる。しかし、俺が考えていた事とは別だった。
「これ、武器にできないかな」
「なるほど、ジャイアントアントにしろワイルドボアにしろ、射出してぶつけてみるわけですか。やってみる価値はありそうですね」
「よし、次を探そう」
早速やってみたいことが増えた。さぁ次の目標は何処かな。やる気が上がった俺は意気揚々と次の目標を探し始める。
人差し指、二、一を出す。手を挙げられる。ワイルドボアに向かって酸を射出する。速度はいつもの速度だ。正面から酸をうけたワイルドボアは頭部が酸に侵されてちょっと見た目が語りづらい形状になっている。辛いだろう。サッサと止めを刺してあげよう。肉が落ちた。
「なるほど、防御で回収して攻撃に応用できる。また戦法が一つ増えたな」
「どんどん人間離れしてきますね。その内矢が飛んできても問題なく回収していきそうでいいですね」
「矢を打ち込んでくるモンスターが出てくるかどうか解んないけどね」
少なくとも、以前ゴブリンから棍棒奪って逃げた時には棍棒は保管庫に入らなかった。判断基準がよく解らないが、体の一部と判定される基準があるのだろう。
矢はどうなんだろう。モンスターの一部と認識されない可能性のほうが高そうだ。矢のダメージは残りそうだからな。遠距離攻撃手段は全部モンスターじゃないと考えるのは早計だが、今のところはそれで良さそうだ。
親指、三、一。手を挙げる。またジャイアントアント二匹だ。しかも二匹とも酸を発射する態勢だ。先に飛んできた酸を避けつつ収納すると、酸を出してきたジャイアントアントにそのままお返しする。
どうやらジャイアントアント自身にとっても酸はダメージになるらしく、その酸を受けて目が潰れたらしい。その場でグルグルと回りだした。
二匹目の酸を再び回避しながら収納すると、一匹目に止めを刺す。魔結晶が落ちた。回収すると二匹目に立ち向かう。二匹目は第二射の準備に入っていた。そのまま酸を射出させると、自分の前方の酸を収納する。
ダッシュでジャイアントアントに近寄ると一撃で首を落とし絶命させる。魔結晶を落とした。保管庫には予備の酸が百ミリリットル入っている。どうやら一発百ミリリットルが酸の射出量らしい。
とりあえず保管庫に放り込んでおいて、使うタイミングで使えるようにしよう。
「遠距離攻撃に対処できるようになったら、十層へ行くのにまたハードルが下がりましたね」
「ハードルは高いほど越えがいがあるけどな」
「さいですか。では次へ行きますか。数も増えて来たようですし、崖側に戻りませんか」
「そうするか。このまま緊張感のある狩りを続けるのも一興だが、安全策は取るに限る」
再び崖側の通路へ戻り、普段通りのモンスター密度を楽しむ。やはり同じテンポを刻んでいくのは大事だな。
人差し指、三、二、手を挙げる。狩る、ドロップを拾う。肉がどんどんたまっていく。現在肉は三十四個。一パック何グラムか解らないが、相当の重さになっていることに違いはない。これは大量だな。
親指、三、一、手を挙げられる。文月さんは酸が来ると感じたら【水魔法】で後続をけん制して目の前のジャイアントアントを槍の一発で頭蓋の殻をへこませ、そのまま体重をかけて脳ごと貫いている。
あっちのほうが人間離れしつつある気がする。ステータスブーストを常時使いながら【水魔法】を並行して使って、手早く倒していくとドロップをこちらへ回してくる。
どんどんドロップ品が溜まっていく。普通の探索者なら荷物が一杯でそろそろ帰る頃だろう。だがこちらのバッグには若干には程遠い余裕がある。拾えるものは拾ってしまって全て持ち帰るのだ。
そうすることで高額の報酬を得ることが出来、文月さんの俺への借金も減っていく。いいことづくめである。保管庫スキルをフルに扱ったら一体どれだけの大きさのものが入るのか、限界にはチャレンジしたことはない。いつかでかいコンテナが入るかどうかとか試してみたいものだ。
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