150:【水魔法】を使ってみる 練習編
やがて発光が終わり、いつもの文月さんが戻ってくる。文月さんは手を開いたり閉じたりしたり、自分のあちこちを色々見まわしたり、その場でジャンプしたりしている。
「なんか変わりました? 」
「それこっちのセリフだよ。少なくとも外観には変化ないな」
うん、別にヒレが生えたりとか水かきが付いたりもしていない。いつもの文月さんだ。
「とりあえず、頭の中で水を作り出すイメージをしてみようか」
「水、ですか……」
すると、指先からタラタラと水が出始め、文月さんの服を濡らしていく。
「わっわっ、なんか出た」
言い方がちょっとエロイ。指先から出た水が文月さんの服を濡らし、薄っすらと透けさせている。
「とりあえず、濡れた服から水を取り除くイメージを浮かべてみて」
「乾燥させるわけですね。やってみましょう」
しばらくすると、服が透けていた部分が徐々に透けなくなっていく。上手くいったらしい。
「乾燥はイメージを掴めました。逆に加湿はできるんですかね」
「ちょいまち、タオル出すから濡らしてみて」
保管庫からタオルを取り出すと、広げて見せる。少し文月さんから離れる。
「これが的だと思って、水を出してみましょう」
「ほいほい。水をそこまで飛ばすイメージを作る? 違うな、水分を集める……」
暫くむむむむ……と考えると、イメージが湧いたのかこっちへ指を指す。すると、タオルが徐々に湿り気を帯びて行く。空気中の水分を集めたのかな。
「お、感覚を掴んできたな」
「なんかこれ、結構疲れるかも」
「慣れだ慣れ。家で暇なときに練習すれば水道代の節約になるんじゃないか? 」
「そんなもんなんですか」
「俺曰くそんなもん」
スキル体験者として素直な感想を口にしておく。
「じゃ、タオル乾かして。仕舞っとくから」
「おっけー」
乾燥には慣れたようだ。一分ほどして手渡されたタオルには、水分らしきものは残っていなかった。
「完璧。今日はゆっくり潜っていこうか。スキル使いながら」
「堂々と使っていいんですか? 隠しておいたほうが良いような気もするんですが」
「需要が高いがみんな知ってるスキルだしな。【水魔法】拾って使いましたヤッターでオメデトーで終わりじゃないか? 不用意にパーティーに誘われることはあるかもしれないが」
「その時はちゃんと守ってくださいよ? 」
既に余所のパーティーから引き抜きを打診されることを覚悟しているらしい。良い覚悟だ、一点あげよう。
「色仕掛け以外なら自信ある」
「そういえば……安村さん初めて会った時に比べて体引き締まってきましたね」
「だろ? もう少しで中年太りも完全解消できるかもしれん」
入ダン手続きで宿泊予定だと伝えて一層に入る。
「スライム相手に早速使っていいですか」
「使いすぎると眩暈起こすかもしれないからそれだけ注意してればいいと思うけど……多分心配ないんじゃないかな」
「なんで? 」
不思議そうな顔で尋ねられる。ちゃんと根拠はあるぞ。
「ここだとステータスブーストきくから。多分地上で使うのとダンジョンで使うのじゃ威力……みたいなものが変わってくると思うんだよね」
「なるほど、スキルにもその分ブーストが乗ってるんじゃないか、と? 」
「そんな感じ。お、ちょうど一匹来たぞ」
スライムが目の前を横切った。ちょうどいい的が出来たな。
「いいか、イメージするのはバスケットボールだ。そのバスケットボールに圧力をかけて、パチンコ玉ぐらいの大きさに水を縮めていく。そして、縮めた水をあのスライムに向けて発射する」
できるだけ具体的に、イメージしやすい形で伝えようと努力する。
スキルの使い方がイメージである程度具体性を持たせられる俺の体験談からして、出来るだけ頭に浮かびやすい単語と言葉で伝えようとしてみる。
「……こうかな? 」
シュッという音と共に水の束がスライムに向かって飛んでいく。水の束がスライムを貫いて反対側の地面を濡らす。核を貫いたのか、スライムは消滅した。後には何も残らなかった。
「おーできたよ! 」
「やったな。多分、元になる水の大きさと最終的に出す大きさの違いがそのまま水圧になって相手にぶつかる感じだ。徐々に訓練していってより手早く、より密度の高い攻撃が出来るようになれば」
「九層でも役に立つ! 」
やれることが増えた嬉しさからか、ガッツポーズをしている。まだスライムだから簡単には行かないと思うけどな。
一層を二層に向かって歩いていく。パーティー会議で多少出遅れた分、二層へ抜ける階段の通り道には少ししかスライムがリポップしていない。その僅かなスライムを【水魔法】の練習台として存分に活用していこうと思う。
プシュップシュッとスライムが出てくるたびに文月さんがイメージを作って狙って当てて、失敗したら俺が潮干狩る。そんなテンポで進んでいくため、何時もより歩みは遅い。だが、この慣れとイメージングの速さが戦力に直結してくるため、必要な練習だ。
「だいぶ慣れてきましたね」
「個人的にはこの三倍ぐらいの速さで打ち出せるようになればいいかなと思ってる」
「中々厳しいことをおっしゃる」
「襲ってこない相手での練習だからなぁ。二層に入ったら違う判断が必要だって解ってくると思うよ」
スライムを相手にイメージを固めているのか、文月さんの表情は真剣そのものだ。
「次は打ち出す形を変えてみるか。剣筋をイメージできる? こう、俺が振った先みたいな軌道を描く感じで」
シュッシュッと剣を二、三回素振りして剣先の残す残像を見せる。
「この形にして射出してみる」
「なるほど、やってみる」
スライムに向けてイメージを書き起こしているのか、さっきより時間がかかっている。少しすると、腕を振ってその腕の軌道に沿って水流が発射される。
スライムの核を狙うことは出来なかったが、スライムが真っ二つにされる。うん、出来てるな。
「ウォーターカッターっぽくない? 」
「っぽい。ウォーターカッターと名付けたら、ウォーターカッターとイメージするだけで今のを出せるようになればいいと思う」
要は発動までのイメージの高速化だ。早ければ早いほどいい。
「なるほど。そういう理由で今の形にしたんですか」
「それもあるが、スライム以外のモンスターだと水の束出すよりもこっちのほうがより致命傷を与えやすそうじゃん」
「言われてみたらそうですね」
「二層に入ったらグレイウルフで同じイメージを練習してみよう。多分うまくいく」
一層に居る間にざっと五十回ぐらいは【水魔法】を使い続けてきたが、電池切れの兆候は見られない。おそらく自然回復で間に合っているんだろう。MP的なアレが。
使用回数で判断されてるのか、水を動かした量で判断されているかは多分使ってる本人にしかわからないやつだな。後で休憩する時に聞いてみるか。
「しかし、燃費が良いのか悪いのかよく解りませんねこのスキル」
「何か頭がふらつくとか体調に不調をきたしたらすぐに言うんだぞ」
「いえ、今のところは何とも。ただ単にまだ自分の限界にたどり着いてないだけなんだと思いますが、頭の中にイメージできる水の量がなかなか難しいですね」
「自宅の風呂一杯分とか、洗面器一杯分とかは? 」
ぱっと思い付く水の量なんてそんなもんだろう。それより少ないならコップ一杯の水とかでもいい。ただ現実の話、コップ一杯の水はいくら圧縮してもコップ一杯にしかならない。
水は液体なので圧力をかけてもほとんど嵩が減ることは無い。なのであくまでイメージだ。空気を圧縮するイメージで水を圧縮する。空気が減るイメージを持てればその分水に圧力がかかる……という事だ。
おそらく【水魔法】の応用力はこの辺にかかってくるのだろう。
「イメージか……」
「どうしました急に」
「試しにやってみるか、水の壁作り」
「水の壁……ですか。維持が大変そうですね」
おそらく、俺の言っていることを理解したらしい文月さんがしんどそうな声を上げる。
「一層に居る間にやるのが安全だからな」
「まぁ何でもいいですけど……厚みはどのくらいにします? 」
「一センチぐらいでいいんじゃないかな。大きさは……俺と同じぐらいの縦横幅で」
「ふむふむ……どこに出します? 」
「俺の真上以外ならどこでも」
すると指先から水が出始め、やがて壁になっていく。一分ほどかけて、厚さ一センチほどの水の壁が出来上がった。広さは俺が水になった感じの形だ。試しにつついてみる。
「すごい、ふしぎ! ゆびでさわってもくずれない! 」
「安村さんなんか子供みたいになってますよ」
「維持するのきつい? 」
「常に頭の中に形を置いてれば大丈夫みたいな感じですかね。何なら形を変えれますよ」
「じゃぁ、小西のギルマスで」
「難易度が跳ね上がった! 」
その瞬間集中が切れたのか、水の壁は崩れて足元に水が広がる。ちょっと跳ねて冷たかった。
「ふーむ……シールド系は脳の燃費があまり宜しくないようだな」
「さすがにちょっと出しっぱなしは疲れますね。後、これと同時に攻撃するというのも割と難しいかも」
「さらにステータスブースト重ねがけで」
「多分脳が沸騰すると思います」
頭が疲れたらしいので、二層に降りる前に休憩することにした。こんなゆったりとした狩りをするのは久しぶりかもしれないな。
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