148:【水魔法】を譲渡しよう 下準備編
朝だ。今日も気持ちいい。ありがとうダーククロウ。昨日は【水魔法】もくれて重ね重ねありがとう。おかげで今日の朝食も美味しくいただけそうだ。
昨日のうちに買っておいた総菜をトーストしたパンと目玉焼きではさんでまとめて口の中に放り込む。奥歯の奥で幸せを感じる。そしてジュワッという血糖値が上がる音を聞く。癖になってしまいそうだ。
食事が終わった後、念のため保管庫からスキルオーブを取り出してみる。オーブを拾ってから二十時間ほど経過している。
ちゃんと保管庫の能力が機能しているなら……残り時間は二千七百八十かそこら、もし保管庫の機能がオーブに対して無効だった場合、残りカウントは千六百ほどになっているはずだな。
「【水魔法】を習得しますか? Y/N 残り二千七百八十九」
よし。俺は思わずガッツポーズを決める。これで保管庫の能力がスキルオーブにも適用されるという事を確認できた。
いやまて、保管庫が機能していない場合のほうが俺には好都合だったのでは? もう時間が無いから覚えちゃってくださいと文月さんに無理やり渡して使わせることもできたような気がする。若干褒められたやり方ではないが。
どっちにせよ押し付け合いが発生した時に、保管庫に入れておくことでその場を一時収めることが出来る。残り七十日ぐらいの時間的猶予が持てる。
急いで決める事ではないからとりあえず話だけしておく……その路線で行くか。
当面そういう流れで行っても問題ないという風に俺の中で決めておこう。
いざとなった時にいきなり覚えるよりも練習・訓練してからのほうが熟練した行使が可能だ。ぶっつけ本番ですさまじい威力を披露するなんてのはお話の中だけで十分なのだ。
今日もニュースを見る。特に目立ったニュースは……無いな。しいて言えば一般社会ニュースに「ダンジョン景気か? スライム狩りに勤しむ探索者の増加」みたいな記事が載っていた。
スライムバニラバーと言う儀式のおかげで日曜探索者が増えたという感じのニュースだ。一週間ぐらい反応が遅いと感じる。
入店と同時にステーキが出てくるような環境に居るのが我々探索者だとすれば、席に座ってメニューをゆっくり眺めてそれから注文するのが一般人だ。
やはり最先端情報と一般紙面に出てくる情報には時差があるんだな。ネットニュースの、特に掲示板の足の速さに比べたら、今頃このニュースをみて動き出すような探索者では儲けにありつくことは出来ないだろう。情報格差を感じる。
さて、今日は小西で出来たら一泊コースだから九層に行くことになる。さっさと宿泊の準備をして出発だ。まずは食事。持ち運び用のアイスバッグにあらかじめザク切りしておいた野菜を入れる。
これで現地で料理をする時の時間短縮が出来る。キャベツ、ニンジン、レタス、カボチャなんかを入れておけばいいかな。後は保管庫にボア肉とウルフ肉がある。道中何も取れなかったら最悪それを足そう。
パックライスの常備もOKだ。これで食事に関してはある程度大丈夫だろう。調味料も完備している。塩胡椒にうま味調味料、カレー粉があれば大体の食事は食えるものになる。やはりスパイスは大事だ。
箸とフォークとナイフも四人分ほど持っていく。また忘れるかもしれないし、二回食事を取るかもしれないからな。準備をしておくに越したことはない。おっと、枕も忘れずに持っていこう。
万能熊手二つ、ヨシ!
マチェット、ヨシ!
グラディウス、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
防刃ツナギ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
新しい手袋、ヨシ!
トランシーバー、ヨシ!
食料水、色々種類あって、ヨシ!
保管庫の中身……ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。
後は忘れ物は無いかな? じゃぁ出かけよう。今日は色々と頭を使いそうだからな。
◇◆◇◆◇◆◇
小西ダンジョンへ来る探索者の数は相変わらず、スライム事件から少し増えた。やはり清州では人口キャパをカバーしきれないらしい。
ダンジョンに来る探索者が増えるという事は、その分だけダンジョンにとって売り上げが増える事になるので悪い事ではない。
しかし一探索者目線で言えば、狩場が被るだけ自分の利益が減るので勘弁願いたいというのが本音である。俺もそれに習う。
ただ、小西で七層以降に潜るパーティーというのは限られてくるので、七層より上で狩りをする人口が増えたとしても懐のうるおいは保たれる事になる。
このまま五層ぐらいまでなら増えても構わないかなーなんてことを考える余裕も出てくる。九層まで潜ればほぼ狩場を独占できると考えても良い。
考え事をしながら歩いてくると受付前で見慣れた姿を見つける。
「おはよう」
「おはよう。昨日なんかあった? 」
いきなり直球を投げつけられた気分だ。色々ありすぎたよ。
「色々あった。というかそれについて相談がある」
とりあえず、相談事があることは伝えておく。
「なんか深刻そうだけど、そんな大事な話? 」
「そうだな、大事っちゃ大事な話だ。今後に関わる」
「そんなに大事なの? 」
そんなに大事だ。なんせ今日の狩場が変更になるかもしれない。
「とりあえず人気のないところに移動するか」
場所を変えることを提案する。受付であれこれ話して解決する問題ではない。
「ダンジョンの中じゃだめ? 」
「ダメって事はないが、人が居ないところで話をしたいと思う」
「じゃぁ職員駐車場のほうへ行きましょう」
そういえば職員用の駐車場があったな。そっちへいくって手もあるか。早速場所を移す。小西ダンジョンの隅っこにちんまりと存在する、六台分だけの駐車場へ行く。保管庫から椅子を二つ出すと、とりあえず二人とも座る。さぁ、話し合いはここからだ。
「ここならだれも居ないね」
「よし、じゃぁ話すか」
「で、人払いしたって事は大事な話でしょ? なんかまたスキルが成長したとか? 」
惜しい、ニアピン賞だ。
「スキル、まではあってる」
「じゃあ……もしかして、出た? 」
当たりだ。俺はニヤリとする。文月さんも若干笑顔になる。
「やったじゃん。で、スキルはどうしたの? 使ってみた? 」
「問題はそこだ。これを見てほしい」
俺は保管庫からスキルオーブを取り出し文月さんに渡す。
「どれどれ……【水魔法】じゃん。これ探してた奴では? 」
文月さんのテンションが一気に上がる。尻尾があったらブンブン振ってそうだ。
「いくつかの候補の中の一つではある」
「何が出したの? 」
「ダーククロウ。六層に山ほど茂ってる木があるじゃん。あれをまとめて倒してまとめてドロップをまとめて収納したときに拾ってたらしい」
一旦オーブを返してもらい、保管庫に仕舞う。
「なんでダーククロウから【水魔法】なんだろう? 」
「さぁ。相変わらずドロップ基準は解らない」
「もしかして、烏の行水から来てるとか? 」
「同じことを考えたが、それなら【飛行】とかでも該当するな。いや、連想するものからスキルオーブが推察できるなら、スライムから【保管庫】が出たのがますます意味が解らない」
文月さんはそれもそうですねぇと言った表情だ。実際の所法則性はまだ見えない。検証対象がたったの三個では検証とは言えないだろう。スキルオーブ入手報告スレでも覗いておけばよかったかな。
「で、これどうするの? 売るの? また高額納税者への一歩を踏み出しちゃいますね」
「俺はこれを文月さんに使ってみてほしいと考えている」
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