1383:七十三層リトライ
いつものぬくぬくとした布団から出たくない朝。目覚めはバッチリなのでまだ眠たくて動きたくないのとは別の理由で動きたくないが、エアコンが快調に動いているので布団から出てもそれほど寒くはない。よし、スパッと起きようスパッと。一度起き上がってしまえば後は流れでなんとかなる。
少し肌寒いリビングで食パンを焼いてキャベツをピーラーで削り、目玉焼きを焼く。トーストが出来上がったらバターを塗って朝食準備完了。さあ食べよう。
食べながら昨日の様子を見る。どうやらボスダッシュの結果は無事に終わっていたようで、眠らずに全力で走っていって休憩を取らずに十五層まで突破したパーティーが無事にリーンの姿をカメラにとらえていた。リーンと喋っているシーンも録画され、何を言ってるかわからないリーンの言葉が伝わってくる。
普段は翻訳を介しているが、向こうの言語だとこんな感じで喋っているんだな、というのが分かった。これを基にして何をしゃべっていたかを文字で書き起こしして、言語翻訳を試みようとする集団もいるらしい。
翻訳を介さずに音声を伝える機能があれば、同時翻訳をする言語がまた一つ増えるということにもなるが、新しい疑問がもう一つ増えた。例えば、リーンとミルコは同じ言葉を使っているのだろうか。実はそれぞれ方言みたいなものを利用していてそれを翻訳スキルで補っているからこそ同じように聞こえるだけで、実は全然別の言葉を使ってる、という可能性はないだろうか。
それだと彼らの努力も無駄ではないにしろ進捗がいまいち進まないことになりそうではあるな。まあ、他のダンジョンマスターの記録を取らなければそこも解らない所だろう。記録と言えば、ダンジョンマスター会談の記録があったか。アレを文字起こしして同一の発音をしている個所と日本語で書き起こした文章が一致してれば……ということになるか。
ふむ、これは言語学者の領分だろうな。俺があれこれして決まり文句を録音しに行って、それを流してお互いの交流に……となる可能性は低いか。食べながら早速脳がカロリーを使っている。昼まで持たせるにはトーストがもう一枚必要だな。ジャムを塗ってしっかりカロリーを取ることにしよう。
食事が終わるといつもの昼食づくり。今日は芽生さんも一緒なので昼飯も二人前。さて、何を作ろうかと適当に紙を一枚引っ張り出すと、ステーキという文字。ステーキか……単純に肉を焼くだけでは面白くないのでムニエルにでもアレンジしてみるとするか。
肉は当然グリフォン肉。一口大に切った後並べて塩胡椒を表裏にふり、ほんのり水分が抜けたところで小麦粉をしっかりまとわりつかせてから焼き始める。この小麦粉はダンジョン産だ。ダンジョン産の小麦粉の味わいがどのくらいの物なのかは研究してないのでわからないが、少なくとも不味いものではないだろう。
バターを溶かして弱火で良い感じにとろけたら肉を投入してバジルを一振りしてから中火に。表裏とも焼き目が付くまで焼いて完成、と。これで一品出来た。後はいつも通りにサラダが欲しいな。保管庫にとりあえず放り込んでおいたグリフォンムニエルを冷まさないようにしつつ、キャベツとレタスと適当にちぎって散らし、人参しりしりを作ると一皿に盛り付けてサラダも完成。
ご飯はそろそろ炊けるころかな。ご飯が炊ける前にそれぞれの皿にムニエルを移して彩りをよくした後に炊飯器から出来たよの声。
今後炊飯器は家に置いておくことにした。もし俺が居ない間に芽生さんなり結衣さんなりが家に来ていて勝手に飯を作って待っているという可能性を考えると、炊飯器は常設しておくほうが良いだろう。もしくは、持ち歩き用の小さい炊飯器を買うかだな。炊飯器……新しい小さいの、三合分ぐらい炊ける奴を用意するのも悪くないか。今度電気屋に寄ることがあったら相談してみよう。
炊飯器からご飯をタッパー容器に移してしゃもじだけは持ち歩くことにする。これもそのうちしゃもじを保管庫用と常設用に二つ用意しよう。
飯の準備が出来たので、スーツに着替えて出かける準備。入れるものは全部入れたな。
柄、ヨシ!
圧切、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
スーツ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
籠手、ヨシ!
飯の準備、ヨシ!
嗜好品、ヨシ!
車、ヨシ!
保管庫の中身……ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。今日は久々にムニエルなんかを作ってみたが、面倒くさくなったら生姜焼きに戻るんだろうな。あれのほうが焼くだけで済むので手間は少ない。価格改定までに精々グリフォン料理を色々研究して食べつくすまでとはいかなくとも常食できるだけのレシピを学び取ってみよう。基本は鶏肉で行けるはずだ。
◇◆◇◆◇◆◇
いつもの時間にダンジョンにたどり着くと、入ダン列の前で芽生さんが仁王立ちしていた。準備は万端という姿勢らしい。
「さあ、行きますか。今日もできるだけ稼ぎますよ」
「元気一杯やね。何かあった? 話きこか? 」
「車校に通ってると少しずつ神経がすり減らされるような感じがして。特に効果測定は……まあ合格ラインには達したんですけど、嫌みな質問が多くて」
気持ちはわかる。免許を取る時は俺もそうだった。
入ダン手続きをしてリヤカーを引き、茂君をざっくりと刈って七十層まで倍速で下りる。その間に精々免許センターの愚痴を聞かされることになった。しっかり聞き流して言いたい放題言わせてあげることもストレス解消の一部だ。精一杯誠意をもって聞き流そう。
「……聞いてます? 」
「もちろん聞いてるとも。それで、続きは」
「ですから、シミュレータも向こうからこっちは必ず見えてるはずなんですよね。それでも無理矢理突っ込んできて衝突判定になるのが納得できないんですよ、だから……」
ああ、シミュレータもやったなあ。完全に見えない位置に自転車かバイクが必ずいると思って運転しないと事故判定になるというあれ。罠だらけだったなあ。
「シミュレータを一発合格できるようになれば大概の局面では問題なく運転できると思ってやれば間違いなく受かるから、好きなだけ失敗すると良いよ。失敗できる失敗はやっておいて、本番や普段使いでやらかすことに比べれば安いもんだ」
「それはそうなんですけどねー……」
流石にダンジョンに教本は持ち込んでいないらしいが、もし持ち込んでいたらここで〇×設問でも繰り返して出来のほどを確認するところだっただろうが、流石の俺も車校の教本までは持ち合わせていないし、昔の物を引っ張り出してきても交通ルールやマナーも日々変わるものだから参考にはならないだろう。
話題が途切れたところで、聖蹟桜ヶ丘ダンジョンの様子を話し始める。最初にボス討伐したパーティーの配信があったことを話題にあげると、食い付いてきた。
「じゃあ、公式にリーンちゃんの姿が全世界に公開されちゃったことになるんですね」
「そうなるな。ダンジョンマスターがまだまだ一部の人の物だったってことを考えると、去年の会談に続いて日本で二例目のダンジョンマスター登場シーンということにもなる。そして、初回ボス討伐で何かしらおひねりがもらえることも公になった」
「そうなると、最深層のボス争奪戦が過熱しませんか? 出来上がったばかりのボスマップで誰が最初にボスを倒すか……今だとリッチかもしくはヒュージスライムあたりが該当モンスターになりそうですが、倒したご褒美に、ってことで話題にもあがっていくはずですよね」
「俺達にとっては今更だが、スキルオーブを確実に入手する数少ないチャンスでもあるからな。今頃各地のB+探索者が大急ぎで討伐に向かってるんじゃないかな」
タダじゃまだから放置していた可能性のあるヒュージスライムがもしまだ未討伐だった場合、討伐することで何かしらの報酬がダンジョンマスターから出るかもしれない。
それを考えると今一生懸命先へ向かっている探索者は一度足を止めて、ボス討伐のあれこれを準備していることになるだろう。みんなの足が止まればその分ダンジョンマスターには時間の余裕が出来て、深層を作る暇が出来るわけだ。
「まあ、先行B+が倒して回ってるのが実際の所だろうけど、過疎のダンジョン……つまり前の小西ダンジョンみたいな雰囲気を残しているような場所なら可能性はあるかもね、程度の話だから大手ダンジョンでボスがまだ討伐されていないというケースはそうないはずなんだがなあ」
「それでも全ダンジョンで討伐されたという情報もないことですし、挑戦するには悪くない相手とは言えるでしょうね。攻撃手段も……そういえば攻撃されましたっけ? 」
「される前に一方的に虐殺した気がする。小さくなったスライムが一斉に飛びついてきて装備を溶かし始めるならまた別の話だったろうが、それすらなかったからな。そういう意味でもヒュージスライムは情報が不足してるな。どっかの誰かが情報まとめてネットに上げてるだろうからそれを参照するのが一番早いだろうな」
七十層に着いたので、いつも通りリヤカーを置いて車で七十一層までお出かけ。車を収納して七十一層に下り、最初のサメを一撃で倒すとそのまま階段まで進んでいく。今日もここの往復だけがほぼ収入という形になるだろう。しっかりここで戦って稼いで行かないとな。
モンスターのほうへよそ見をしつつ、しっかり射程内のモンスターは呼び寄せて倒して収入として計上していく。今はまだ解らない金額のポーションよりも値段がハッキリしてるキュアポーションが欲しい、そんな心境だ。その心境をくみ取ってくれたのか、七十二層までにポーションを一つくれた。後は七十二層でもう一本落ちるかどうかだな。
「そういえば、布団屋さんへの挨拶は行きましたか」
「行った、ついでに去年一年分の取引金額をまとめた書類も貰った。明日税理士さんの所へ行って一通りの確定申告書類をまとめる予定」
「手が早いですね。感心感心」
芽生さんがヘルメットを撫でて来る。今はモンスターがいないのでいいが、一応戦闘警戒中だからな、今。
「芽生さんは確定申告どうするの、時間が空いた時に? 」
「そうなりますね。今はネットで確定申告すれば時期より前に申請が出来ますのでそれを使ってやろうかと思っています」
「じゃあ俺も明日中にそれをやることになるんかな」
「多分そうなると思うんで、マイナンバーカードとスマホと決済用の……マイナンバーに電子決済機能付いてます? 」
「その手の奴は全部つけてあるはず。確か今年が期限とか言ってたような気がするし、その内更新もしなきゃいけないのかな」
「その更新もネットで出来るんで便利ですよ。ちょっと証明写真が立派じゃなくなりますけど」
ふむ、また一つ賢くなったな。別に二月まで待たなくてもいいわけか。書類は一通りそろっているんだし、明日纏めてやってしまうってことでいいのかな。明日書類を忘れないようにだけしないといけないが、まあ保管庫に一通り入ってるし、いざとなったら車に出入りして車の中に忘れてました、と保管庫から取り出す方法で誤魔化していくことにしよう。
七十二層にたどり着き、そこからクレーターを無視して直接七十三層への階段へ向かう。道中はクレーターの間を縫うように進むよりも心持ちモンスターが多め。一割か二割ぐらいかな。それでも一匹当たりで計算すると随分な価格の違いになるので、出来るだけ多く倒していきたいし、出来るだけポーションも落としたい。
この往復でしか収入がない今としては死活問題でもあるし、ソロで潜らない芽生さんにとってはなおさら今年の収入が危ぶまれることだろう。金にうるさい芽生さんのことだから三月までにポーションの価格が決まらなかったときはどうしてくれるんじゃいオラァンとでも言いたそうなところではある。
七十二層の最後のグリフォン二匹を難なく倒し、周辺のモンスターを綺麗に片付けたところでご飯タイムだ。今日のご飯はグリフォン肉のムニエルとサラダ、そしてご飯。それなりのこじゃれた料理店でランチ千五百円……といったところだろう。
しかし使っている肉が未査定肉なのでワイバーンと同額だとしても元値は五万円かかっている。その値段の違いを判るかどうかは芽生さんの舌次第だが、お茶碗にご飯を盛り付けて渡すと早速食べ始めた。そしてグッと掲げる親指。どうやらお気に召したようだ。
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