1372:さよならは別れの言葉じゃなくて
今日も暖かい朝だが布団を出るとほんのりと寒い。流石に一月といったところだろう。このままぬくぬくとしていても社会的にも経済的にも問題はないのだが、自分の有り様としては問題がある。お外が寒いから今日のお仕事は休み、というわけにはいかないからな。大人しく布団から這い出て日常を謳歌しつつ仕事に出かける準備をしよう。
いつもの朝食を食べた後、昼食ルーレットの袋の中から紙一枚を引き出すと、サンドイッチと出た。ふむ、サンドイッチか……なら、今日の探索はスノーオウルをひたすら倒しに行くことにしよう。
そろそろ在庫が危なくなってくる……とはいえ数回分の在庫はあるわけだが、スノーオウルだけ欲しいと言われた時に果たして納品する分があるかと言われるとちょっと心許ない。稼ぎの金額としては非常に安い、普段の十分の一程度しか稼げないスノーオウルのひたすら直進行軍だが、それでも何もしないよりは金になる。そしてそれだけでも一般の人々から考えれば充分お高いだけの収入を得ることができる。
何気なく始まった布団の山本の取引だが、今では自分の収入を削ってでも通い続けるライフワークと化している。あの茂君がいなければ芽生さんに【水魔法】を渡して戦力強化につながらずに今ほど活躍してなかった可能性があるとしても、やはり茂君には相応のお礼をしなければならない所だ。【生活魔法】もくれたしな。
さて、サンドイッチの具だが何を作ろうかな。いつもならツナで一つ、サラダで一つ、それから生姜焼きで一つ……というところだが、たまには揚げ物をやろう。シンプルにウルフカツといくかな。
カツを揚げる準備のために油の温度を上げている間にサラダとツナマヨのサンドイッチを作り終え、ウルフ肉に味付けと衣付けを終わった状態にしておく。俺の手際も大分上達してきたな。ちょっとウルフカツが多めのサンドイッチになるが、まあいいだろう。
ざっくりキャベツも用意したところでじゅわーっとウルフカツを揚げていく。一回鍋から上げて温度を再度上げて、今度は高温でちゃんと二度揚げするカラカラといい音を上げながらカツが揚がっていく。揚げ物の上げるこの音がまた食欲をそそるんだよな。
揚げ終えたウルフカツにザクっと包丁を入れ、適度に食べやすいサイズに切り分けるとそれをキャベツとマヨネーズの上に乗せ、サンドイッチ用のパンで挟み、上から軽く押し潰して圧を均等に加える。これで昼の準備ヨシ。実質トースト三枚分とツナマヨとサラダとウルフカツのカロリー。これだけあれば一日持つだろう。
時間を気にするところではないので今日はさっさと出かけよう。待ち合わせもないしひたすらスノーオウルの羽根を集める作業の始まりだ。
柄、ヨシ!
圧切、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
スーツ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
籠手、ヨシ!
飯の準備、ヨシ!
嗜好品、ヨシ!
車、ヨシ!
保管庫の中身……ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。そう言えば昨日ミルコはお菓子を要求してこなかったな。ミントタブレットも要求されなかったってことは、祭壇経由で皆に大事に扱われているらしい。こっちは一回分納品が浮いて大助かりだな。
◇◆◇◆◇◆◇
いつもより一本早いバスに乗り、ダンジョンへ現着。早速ダンジョンへ入ろうとすると、見慣れた人影があったので声をかけておく。
「田中君、あけましておめでとう」
「あ、安村さん。あけましておめでとうございます」
田中君は今日も元気そう。新年から探索とはやることがない……いや、その発言は俺にもっとダメージが来る。控えておこう。
「今年もよろしくお願いします……と言っても同じ階層で潜ることはなさそうなんですけどね」
「田中君は相変わらずなのかな。二十九層とか三十層辺りで出来る範囲で探索してるってイメージだけど」
「そうですね。今お世話になってるパーティーが今度エルダートレントに挑むってことなので、それに同道することになってます。上手くいけば僕もB+ランクになれるかもしれません」
「おお、それは頑張ってほしいところだな。何か決め手はあるの? 」
「決め手、とまでは行きませんが、僕も【雷魔法】を覚える機会に恵まれましたので、安村さんほどの威力はないでしょうがお手伝いは出来ると思います。これからどんどん鍛えて、二重化も三重化もして強くなっていきたいというのが今年の抱負ですかね」
「それは同じ雷魔法使いとして応援しないとな。ただ無理はしないでね」
「はい、頑張ります」
「田中さん、行きますよー」
どうやらパーティーメンバーらしい人から声がかかる。彼らが田中君の今のパーティーメンバーか。彼のことをよろしく頼むよ。
「それじゃお先に行ってきます」
田中君はパーティーに合流していった。あの人は? とか、あれが安村さんかあ……とちょっと聞こえたので、田中君と俺はそこそこ仲がいい、ということは伝わったらしい。伝わったからと言って何か手伝いをするわけでもなければ攻略に付き合うわけでもないが、田中君の立場はちょっとだけ上がったかもしれないな。
さて、俺も並んで入ダン手続き。
「二日続けてご苦労様です」
「今日はあんまり稼がないほうで行きます。ご安全に」
「はい、行ってらっしゃい、ご安全に」
いつもの受付嬢と言葉を交わすと、リヤカーを引いてまずは七層。いつも通り茂君を刈りこむとそのまま三十五層へポチ。十数分の旅だが悪くない時間ではある。が、クロスワードをするにもちょっと中途半端な時間。何をしてようかなと考えていると、誰かが転移してきた。
「あけましておめでとうございます、というのが正しい挨拶だとミルコに聞きました。あってますでしょうか」
ネアレスだった。ネアレスは確かニュータウンのダンジョンを担当していたはずだ。年始のあいさつに来たということは、目途が立ったということだろうか。
「あけましておめでとう。まだあってるよ。もう七日ばかりしたらあけましておめでとうじゃなくて普通のあいさつでいいからな」
「そうでしたか、では来た目的を。ニュータウンのダンジョンも温泉のダンジョンもほぼ準備はできたところです。いつでも……というところまではまだきてませんが、近いうちに出現させようと思います」
それは新年早々忙しいことになりそうだな。ダンジョン庁も今は他の三つのダンジョンだけでも大変だろうに、更に二つ増えることになることを知ってるのは真中長官含め若干名だけという現状、出来れば一週間か二週間ぐらいずらしてさしあげると良いかもしれないな。
「出来れば二週間ぐらい予定より遅らせてあげるといいかもしれないな。今は先に出来た三ダンジョンのほうで手一杯だろうから、そっちが落ち着き次第こっちも……というほうがこっちの行政システムに無理がかからなくていいと思うぞ」
「そうですか、ユミルにもそう伝えておきますね。今日は一応お別れをいうつもりで来たんですけど」
ダンジョンが立ったら気軽に遊びに来ることも叶わなくなるからな。そしてみんな、俺がこのダンジョンから滅多なことでは動かないことを承知している。
「ダンジョンの振り分けが終わった時点でまあお別れみたいなものだったんだけどな。わざわざ言いに来てくれてありがとう」
「いえいえ、それに素敵なおじさまに最後にもう一度会いたかったのもありますから」
「それは結衣さんと芽生さんに自慢できるな。ダンジョンマスターからも好意を寄せられたと」
「ふふっ、それじゃあ、連絡は済みましたので後は出来上がりをお待ちくださいね」
そういうと、こっちに近づきほっぺたにキスをしてから去っていった。ネアレス……しっかりマーキングしていきやがったな。芽生さんか結衣さんがいなければ色々と危ないところだった。
そういえば、ダンジョンマスターと我々人類の間に子供は作れるのだろうか? という命題に答えることはできるんだろうか。俺が是非、と言い出すつもりはないが世の中にはいろんな好事家がいる。好みのダンジョンマスターを見つけて通って迫って、ダンジョンの中で円満な家庭を築く、という人生の生き方を決める奴も出てくるんだろうか。
そもそも、ダンジョンマスターとの間に出来た子供はダンジョンの外へ出ることができるんだろうか。色々疑問はあるが、それはさておき今日の仕事だな。キスされたところを軽く触りつつ、三十五層に到着するまで少しニヤニヤしていることにした。
三十五層に到着してからはいつもの流れ、三十八層まで下りてそこで昼食をとって、軽く胃に詰めながら移動しつつ順番にスノーオウルを呼びつけて全て雷撃で処理。少し早めに移動すればもうちょっと多く集められるかな。移動速度を早歩きにして更に高速化。より的確に、より無駄がなく移動していく。
このペースなら良い感じで集められそうだな。ふと後ろを見ると、俺の後を着いてくるパーティーの一団が目に入った。念のために少し戻って注意をしておく。
「こっちに着いてきても階段はないよ? 」
「そうなんですか? 」
「俺はスノーオウルの羽根集めに来てるだけだから。真っ直ぐ階段まで帰って、西に十本、北に十四本行けば階段までたどり着けるよ」
「そうでしたか、ありがとうございます」
彼らは来た道を戻り始めた。どうやら俺について来れば階段までたどり着けると思っていたらしい。かわいそうに。ここまで着いてきた時間が少し無駄になっただろう。もしかしたら三十八層は初めてだったのかもしれないし、事前情報無しでここまで来てしまったんだろうな。
まあ、ここが迷いやすいのは仕方がないこと。大事なのは今何本目まで来ているか、ということだ。ちなみに俺は数えてない。彼らが何本戻れば階段まで戻れるかは解らないし、その間に湧きなおしているであろうスノーオウルに絡まれるのは仕方がないことだろう。
それはそれとして、いつものテンポで素早くスノーオウルの羽根を回収していく。
バツっと軽く木に雷撃を落としてサッと飛び去ってくるスノーオウルをもう一度バツっと焼いて、今度は確実に倒す。これの繰り返しだ。
バツッ、サッ、バツッ。バツッ、サッ、バツッ。
バツッ、サッ、バツッ。アイテムを回収しながら次の木へ。今日は一日ひたすらこの繰り返しだ。
大体五時ぐらいまでだから後四時間か。それが終わったらいつも通り三十五層に戻って荷物整理と茂君の回収、そして査定して終わりだ。
◇◆◇◆◇◆◇
いつも通り定時に帰ってきて茂君も回収して査定。およそ八キログラムのスノーオウルの羽根と二キログラムのダーククロウの羽根、そして魔結晶とポーションの売却額として四千八百五十九万二千円の収入を得た。
このうち七割が税金と考えると世知辛いが、残りの三割は自分の物なのでこの後豪遊するでもいいし大人しく家に帰ってお弁当を一気に二つ食べるでもいい。使う金が存分にあるということを忘れたい気持ちでいっぱいだ。なんか投資話とか降って湧いたりしないかな。
面白い投資話か……やるならダンジョン関連の投資で、あまり懐が痛まない範囲の投資話。ざっくり一億ぐらいの投資話は何かないものか。でも怪しい投資に手を出して持ち逃げとかされても困るからな。何か投資になる話のネタになるドロップ品が必要になってくるか。しいて言うなら体内マップの医薬品ぐらいだが……他に何かないだろうかな。
しかし、今日は久しぶりのスノーオウル狩りだった。明日は芽生さんと潜って、その次の日はお休み。芽生さんと潜る日の翌日は出来るだけ休みを取るようにしている。そのぐらいのペースで潜ったり潜らなかったりする方がどうやら体調にもいいらしい。
帰りのバスに乗り、座って帰ってからのことを考える。さて、今日は晩御飯は何にしようかな。保管庫の中のリストを眺めながら何の弁当にするかを考え始める。今日は何を食べようかな。
特に思いつかないから足の早そうな奴から順番に選んでいくか。生ものを使った弁当を探してそこから食べていこう。家に着いて弁当を開けるのが楽しみだ。確かカニの身の茹でたやつといくらを合わせた弁当があったはずだ。それにしようかな。こっちなら食べた満足度も高いだろう。
三月に入る前にまたデパ地下へ行って弁当を買いあさる行事をやって、今度はみんなで七十層で食べる、というのも悪くない。色々また選ばずにかたっぱしから買い込む。よし、それでいこう。
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