1360:まったり
大浴場で一時間ほど長湯。たっぷりと熱い湯を堪能したところで、風呂から上がり浴衣に着替え直す。お夕飯まではまだまだ時間があるが、別にここに卓球台があるわけでもないので芽生さんと浴衣で卓球対決ができるわけではない。しいて言うならお宿の雰囲気を楽しむぐらいだろうか。
適当に客室以外の部分をゆっくりと歩いていく。庭には温泉だけでなく普通の池もあり、鯉とカモが泳いでいた。これも地元食材に入るんだろうか。まさかな。
施設を見回ってみたが、本当に温泉に浸かってゆっくりするための旅館、という感じだ。安宿によくあるような十分百円でファミコンが色々楽しめたり、古い筐体があったり、卓球台があったりもしない。そういう楽しみはあまりないので時間が余ってると手持ち無沙汰になりそうなところだが、このゆったりした空間が時間を早く進めてくれる気がする。
のんびりしながら部屋に戻ると、芽生さんは既に帰ってきていてお茶を飲んでくつろいでいた。
「しかしあれだな、ダンジョン帰りとは言え、こうゆっくりしてるのが凄くもったいなく感じるのは職業病という奴かな。普段稼いでるおかげでこの時間が取れるとはいえ、落ち着かないな」
「完全にワーカーホリックですねえ。どうせ明日には帰って、その気になれば明後日からまた稼ぎに行けるんですし、今はダンジョンのことを忘れてボーっとしましょう。それが我々にとっては一番贅沢な時間のはずです」
「贅沢か……確かにそうだな。時間いくら稼げるところで稼がずにじっくり風呂に入ってゆったりと部屋で過ごす。確かに贅沢だ」
こういうゆっくりした時間をとるのも、ダンジョン探索を始めてからはなかった気がする。いや、一度だけあったか。Cランク試験を突破してそれからしばらく何もしない時間があった。あれからだから……一年半ぐらいずっと走り続けてきたことになる。それだけの間ゆっくりしてなかったことになるのか。そりゃ強くもなるし深く潜れるようにもなるよな。
「さて、食事までは後どのぐらい時間があるのかな」
「後三十分ぐらいにしてあります。食事は持ってきてくれる手はずになってますので、洋一さんはその間精々怠惰に過ごしてください。普段の見えない疲れを完全に抜くためでもありますし、昨日までしっかり探索した分の疲れがたまっているはずですからね。洋一さんの身体のメンテナンスをするのも私のお仕事です」
「そう言われると大人しくしてるしかないな。夕飯までのんびりするか。自分で作らなくてもいいコンビニやスーパー以外の飯、なんてのも中々悪くないし、旅館の良さからしてかなり料理のほうも力が入ってそうだ」
「お食事は部屋のグレードで変わるらしいですが、色々出るはずです。それまでお腹を空かせて待っていてくださいね」
お茶でもしばいていようとも思ったが、その分すらもったいない気がしてきた。何気なくネットに接続し、ここの評判を眺めてみる。星四つ以上を獲得しているので充分に評価されているお宿というのは確かなようだ。食事は……部屋のグレードが解らないので調べようがないが、地元食材をふんだんに使った夕食と朝食が楽しめるらしい。
昼食も地元グルメだったし、今日明日は熊本づくしの食事ということになりそうだ。熊本と言えば馬肉だが、ちゃんと夕飯に出てくるんだろうか。ダンジョン産との味比べもしてみたいし、これだけの金がかかってる旅館なのだからさぞいいところが出てくるに違いない。
さすがに地元のスレッドを見るのはやめておこう。スレッドを見て色々目にするのでは普段の仕事と変わらなくなってしまう。代わりにニュースで何かダンジョン情報がないか検索してみることにする。
どうやら、俺が熊本に行ってる間に新しいダンジョンが生まれた、という話はまだ出てきてないようだ。残りの二人はいつ頃開始されるのか、ちょっと楽しみではあるが同時にやきもきもする。ダンジョン庁の手を煩わせることに違いはない。
連続で次々に発見されるのと、ある程度間を開けて発生してくれた方が手が空いた職員が次々にそちらへ飛んでいけるのでまとめて同時にダンジョンが解放されるよりも負荷は分散しているので楽なのかもしれないな。
「世は押しなべて……とまではいかないが、今のところ旅行中に何か問題が発生しているという感じはないな。まあ、何かあったらレインで連絡が飛んでくるだろうからそれがないということは順調に回ってるんだろう。俺の手に余る問題であり続けてくれる間は連絡も来ないだろうし、のんびりできるってことかな」
「そうですねえ。新熊本第二ダンジョンにいる間も連絡はなかったですし、安心してもいいんじゃないですかねえ」
「こうやって寝ながらボーっとニュースを眺めるのも悪くないな、という気になってきた」
試しにテレビもつけてみるが、やはり地元ローカルな情報で埋め尽くされており、この後の日程がほぼ決まっている俺達としては有意義な情報はあまり得ることはできなかった。でも時間つぶしにはなるし、次の旅行もこっちへ来ることになったら次はここへ行こう、というぐらいの情報は手に入るかもしれないな。
テレビとネットを交互に見つつ、周りが暗くなってきたところで夕食の時間。食事が言う通りに運ばれてきたので、怠惰のまま食事が並べられていくのをただ眺めるだけになった。
◇◆◇◆◇◆◇
夕食は豪華の一言で済ませてしまいたいぐらいに色々な食品のオンパレードだった。茶碗蒸し有り、新鮮なエビあり、アワビあり、馬刺しあり、刺身あり、そしてお米も地元の物なのか、艶のある光った炊き立ての米が出てきた。中でもアワビは焼きながらバターを乗せて食べる踊り食いである。
熱から逃げるようにウネウネと動き続けるアワビのいやらしい動きを観察しながら、共にアルコール度数低めの地ビールで乾杯しながら一つ一つ味を楽しんでいく。
芽生さんは食べ始める前にきっちり写真に収め切り、豪華な食事を楽しんでいるぞ! という風景をきちんとスマホに収めて行っている。その間俺もお預けを喰らっているんだが、五分ほどで満足するまで写真を撮り終えたのか、ではいただきますと早速食べ始めた。さあ俺も食べよう。
それぞれの食事だけでなく、魅せる配膳というものを意識されていて、違い棚のようなものに陳列された季節の野菜が風流を感じさせる。こういう見た目やサービスに今まで触れてこなかったのもあるが、なんか高級宿に泊まっているということをいやにでも感じさせられる。
こういうのを楽しむのも贅沢の一つ、ということなんだろうな。貧乏性がまだまだ抜けきらない俺にとっては眩しく見えてしまうが、胃袋に入ればみな同じ食材。目をしっかり楽しませてもらったということで、きちんと最後まで楽しませてもらおう。
エビ、甘くて美味い。アワビ、しっかりバターの風味が生かされていてコリコリしてて美味い。馬刺し……これはダンジョン産と味を比べるのはなかなか難しいが、タレを含めて考えるとこっちのほうが美味いな。刺身も新鮮なものがご用意されていて地元の醤油でできているのか、これも中々美味い。
どれもこれも美味しい。小さいトウモロコシみたいなあれもしっかり味が付いているし、人参と芋の煮物もしっかり味染みしてるし、……もう何でも美味しいな。
食べるにつれてまた新しいものが運ばれてくる。鋤で焼く文字通り鋤焼きで、地元和牛を頂く。これも風情があって楽しい。楽しみながら食事をする、というのも中々に贅沢。しっかりと焼き目をつけてから頂く和牛の甘さと赤みの多さによるバランスも良い。昼に食べたあか牛と同じかもしれないな。でもこっちのほうがサシがよく入っている気がする。
そして腹もかなり満ちてきたところで焼き魚と揚げ物が運ばれてきた。まだ来るのか。そろそろ満腹が近いんだが、このぐらいなら……と頑張って食べる。お出ししてくれるものを断るのも忍びないしな。この後はしばらく動けなさそうだ。
最後にデザートのパフェが運ばれてきて終了の様子。食後のデザートの割に量が多い。普通にその辺で六百円ぐらいで売ってそうな量のパフェが運ばれてきて流石にかなり胃袋に来ている。
「いやー、美味しかったですね。つい夢中で食べてしまいましたよ」
芽生さんがここに来てようやく口を開く。それだけ食べるのに熱中していたということだろう。本人が楽しみにしていたのだから変な相槌や言葉を入れずに食べるのを見守っていたが、満足してくれたなら何よりだ。そこに俺が同伴して更に楽しめるならもう言うことはない。
「ちょっと食べ過ぎたかも。朝のカレーは消化しきってるとはいえ、胃をしっかりと運動させているという気分だけでも……ああ、ちょっとゆっくりしてから移動しよう。このままだと胃が破裂しそうだ」
「私もです。食べられるときに出来るだけ食べれるような身体にはしてますが、さすがの私もお腹いっぱいですねえ」
そのままちょいちょいとお茶を胃に入れつつ、落ち着いてきたところでごろんと横になる。
「ふぅ、ここまで一杯食べたのは久しぶりかもしれません。洋一さん宅でしゃぶしゃぶパーティーをやった以来かもしれません」
「流石の俺も腹いっぱいだ。しばらくゆっくりして、胃が落ち着いてから風呂に入ろうかな」
「そうですねえ。今お風呂に入ったら気持ち悪くなるかもしれません。少しゆっくりしましょう」
芽生さんとベッドに腰かけて肩を並べる。芽生さんのお腹を見ると、少しポッコリしている。思わず触ってたしかめる。
「何か月? 」
「十五分ぐらい前」
ノってくれた芽生さんを可愛いと思って抱きしめようとするが、お互いに強く抱きしめると先ほどの食事が返ってきそうなので肩を抱く程度にとどめる。
「このまま寝たいぐらいだが寝込むと腹部が圧迫されて出そう」
「おなじくです。この姿勢を維持しましょう、頑張って」
◇◆◇◆◇◆◇
そのままの姿勢で十五分ほど頑張り、ちょっとずつ胃が楽になってきたのを感じる。そろそろ動けるかな。
「さて、お待ちかねの内風呂に入るか。もう一回全身は洗ってるし、掛け湯だけしてゆっくり浸かろうかな」
「私もそろそろ動けそうですし入りますかね……念のため確認なんですけど、他の場所から見えたりする角度はありそうですか? 」
「角度もないし、【索敵】かけても周囲には居ないから問題ないと思うぞ」
「そうですか、ならゆっくりできますね」
芽生さんも浴衣を脱ぎ裸になり、掛け湯をしてお湯にゆっくり肩まで浸かる。湯は少し濁っているので残念ながら芽生さんの全身を湯越しに見ることは不可能だったが、俺も風呂に入ったところでつつつつ……とにじり寄ってきて、肩を寄せ合って湯に浸かることにする。この距離なら胸ぐらいなら見えるな。流石に下までは……うん、無理だな。
「こうやって、足を伸ばしながら肩を並べて温泉に入る。一度やりたかったんですよ」
「そっか。うちのお風呂では縦にならないと一緒に入れないからな。気分はどう? 」
「最高ですねえ。ここに住みたくなってきましたよ。あれ、でも頑張って稼いでれば年間で貸し切ることも不可能ではない? 」
「不可能ではないがちょっとダンジョンから遠すぎるから稼ぎに行くには向かないな。もっと近場で似たような温泉を探すか、風呂の広い部屋に引っ越すしかあるまい」
「引っ越すと言えば、例のマンション抽選に参加するんですよね? 」
ダンジョンのことは忘れようと言っていたのは芽生さんのほうだったはずだが、気が付くとダンジョンの話になっているのは仕方ないことか。
「うん、セカンドハウスにどっちがなるかは解らないが、参加して購入するつもり。最悪事務所としてある程度経費に出来そうだし」
「家事按分の割合によると思います。まあ、多くても半分でしょうね。三割ぐらいで留めておくのが税務署の目にも止まらなくて良いんだろうとは思いますねえ。あ、そういえば例の打たせ湯、やってくださいよ。きっとこの温度なら気持ちいいですよ」
芽生さんがお湯をチャプチャプさせてこっちへ引っ掛けて来る。プールではないので冷たいとかはないから良いんだが、はしゃぐところではない気がする。リクエストにお答えして……というかこのために来たようなものだから、早速保管庫にお湯を溜めて保管庫の出口を頭の上に設定して、そのままお湯を出して芽生さんの肩を叩くように風呂の湯を出し始める。
芽生さんはじっくりと肩のあたりを騒ぎながら打たせ湯に浸りきっている。お湯が一旦切れたのでもう一度吸い上げて、更に打たせ湯を追加させつつ話の続きをする。
「まあ、どちらにせよ来年の展望次第だな。細かくチェック入れて説明会が始まった段階で予約入れて、確実に参加できるようにしないといけないな」
「あー気持ちいい……私はどうしましょうかね。今のところから引っ越してマンション買ったとしても、四月からの異動とか研修なんかでせっかくのマイルームを堪能できないかもしれません」
「その時は俺の部屋のほうに来ればいいだろ。抽選当たったらだけどな」
「そうしますかねえ。そろそろ部屋の荷物とかも片付けに入らないといけない時期ですか」
芽生さんが引っ越して東京へ行くのか、小西ダンジョンに据え置かれるかはまだわからないが、とりあえず今のところからは引っ越したいということは伝わった。俺に出来ること……一つぐらいしかないな。
「それなら一緒に暮らすか」
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