135:ハロワ
第三章開始です。十二時、十八時にもう一話ずつ上げます。よろしくおねがいします。
朝だ。最近目覚めが徐々に悪くなってきている気がする。加齢による睡眠力の減少なのか、ダーククロウの枕の効果に慣れてきてしまったのか、それとも枕の中身の羽根の眠りを誘う香りが弱くなっているのか。
そろそろ新しい枕を作り始めるべきかもしれないな。二週間ぐらいはもったか。手造りにしては結構効果があった気がする。また五層か六層で羽根を集めなければ。羽根集めだけなら六層のほうがベターだろうか。
今日も朝食はトーストが二枚と目玉焼き、そして少量の野菜だ。毎日これだが、毎日これじゃないといけない訳ではない。前日の残りがあればそれを足すし、賞味期限の近い食品があればそれを混ぜ込む事も有る。
毎日同じ食事をとることで同じ体調を整えることが出来る気がする。その気分を大事にしている。朝から気分が良いほうが、一日いい事があるような気がする。
ここ数日程、ダンジョン攻略も同じ日程を繰り返している。文月さんの都合に合わせてだが、朝一講義が無い時は七層で仮眠をとって九層でひたすら狩り、朝一で帰還する。そうじゃない日は三層から四層を行ったり来たりして、ゴブリンソードとポーションで財布を満たす。
そして気が向いたら一層へ行ってスライムを潮干狩りする。当然ゴブリンを独り占めしたほうが儲かるには儲かるんだが、精神的な安らぎを求めるなら一層でスライムを相手に語らいながらプチプチと核を潰していくのも忘れない。仮眠をとって三層四層で二時間ぐらい狩りをした後、一層へ上ってスライムを狩るのがいつもの流れになっている。
テントは七層に立てっぱなしになっている。毎回テントを片付けるのも面倒になってきたので、書置きを残して「査定してもらってきます」「八層に居ます」等、紙皿に書いてテントに貼り付けておく言葉にもバリエーションが増え始めた。
小寺パーティーと一緒に九層を巡る事も有る。今のところ【保管庫】スキルはまだバレてないはずだ。尤も徐々に気づかれている気がしないでもないが、その辺はまだごまかしている。バッグの中身は小寺パーティーと行動する時は出来るだけ荷物を最小限にして行動するようにしている。
ペットボトルの水とカロリーバーでカロリーと水分を補充しつつ、二時間位狩りをした後一度荷物を置きに行く。そんな感じである。
この繰り返しで飽きはしないか? とも思われるかもしれないがこちとら元々ライン工だ、同じ作業をひたすら繰り返すことは慣れている。一言で言ってしまえば行動のパターン化が出来てくれているという事になる。
パターン通りにモンスターも湧いてくれればそれがモアベターだが、さすがにそこまでこちらの都合に合わせてくれるわけではなく、日によって十五パーセントぐらいの収入のブレは生じる。
しかし、一日潜って八~十二万円ぐらいの幅で収入を得られているのでそこに心配はしてはいない。
ちなみに今日は完全なオフの日だ。失業手当の認定日に当たるため、ハローワークに出かけなければならない。毎日の収入を考えたら微々たる金額だと言えるが、貰えるものは貰っておこうというスタイルは崩さない。
しかし、今まで働いていた月給を三日かそこらで稼いでしまえている現状を考えるに、この制度もそろそろ手が加えられて下方修正されるんじゃないだろうか。少額にせよ、税金のかからないお金が手に入るのは嬉しい事なんだが。
◇◆◇◆◇◆◇
ハローワークに来るのも久しぶりだな。神崎さんだっけ、探索者を奨めてくれた人は元気だろうか。久しぶりのハローワークの入り口をくぐると、認定日なので来たことを告げる。担当してくれたのは俺に探索者を薦めた神崎さんだった。
「ご無沙汰してますね、安村さん。探索者稼業のほうはどうですか」
「順調……と言っても良いと思います。お陰様でそこそこ稼げています。もう少し続けてみようと思います」
「解りました。では継続で失業者扱いになりますので、失業者認定のほうは通しておきます」
探索者として活動しているのに失業者……微妙な気分だ。
「ちなみにいくらぐらい稼いでますか? 参考までに聞きたいのですが」
「あんまり言いたくないんですが……この一月で七百万ぐらいですかね、税込みで」
「……制度上、失業者認定を通すことは出来るんですが、想定以上に稼いでらっしゃいますね。失業手当は要らないのでは? 」
「まぁ、失業者手当は所得に入らないらしいので、税金のかからない金は貰っておいて損はないかと思いまして」
神崎さんはきちんと手続きを進めてくれるらしい。これで不労所得はさらに増した。実際は働いているようなものだが、失業手当をもらうという不思議状態になっている。今後の法整備の方針によってはこれも解消されて行くんだろう。
「後数回、こちらに来ていただくことになると思います。来られなかった場合失業手当は停止されますので、忘れずに来てくださいね」
「解りました。覚えておきます」
「では、また二十八日後にお越しください」
「はい、ではまた」
無事手続きは済んだ。さて、今からどうしようかな。とりあえず近くの喫茶店にでも寄ってゆっくりコーヒーを楽しむことにしようかな。それともガッツリ系の飯を食べに行って英気を養うか。自由って良いな。
自由を満喫する、と言っても割と決まったパターンで同じ店で同じ注文をすることが多い気がする。これも、一種の癖なんだろうか。となれば、今日ぐらいはいつもと違ったパターンを取ってみるのも良いだろう。
ハローワークの帰りに英国風のカフェを模した喫茶店を見つけた。ここにしよう。若干古めかしい建物の表面には蔦が這わせてある。店の外観は若干暗い雰囲気を醸し出している。こういう店は美味しいコーヒーを出してくれるような気がする。ここにしよう。早速店に入る。
ほの暗い店内は静かだ。喫茶店、ってかんじの喫茶店だ。これは期待できるかもしれない。こういう店を利用するのも悪くないな。
カウンター席に通され、とりあえずアイスコーヒーとサンドイッチを注文する。俺のほかには客が三、四人ほどしかいない。静かな空間だ。そこに心地の良いジャズっぽい何かが流れる。
とても落ち着いた雰囲気の店内では、コーヒー片手に課題らしきものをやっている者やゆっくり本を読んでいる者と客層は様々だ。
人それぞれ様々な行動をしているが、お互いがお互いを認識することは無く、それぞれがやりたいようにくつろいでいる印象がある。俺が逆に異分子みたいに感じるのは、普段行きなれないからだろう。
注文していた商品が届いた。サンドイッチはちゃんとキュウリを細切れにしてはさんである本格派だ。アイスコーヒーも酸味が抑えられていて丁度良い飲み物となっている。
コーヒーは酸味の強いほうがお高く美味しいという印象があるが、俺個人として酸味が弱いほうが好きである。ホットコーヒーだと酸味が強いものが多いが、アイスコーヒーだとそういうものは少ない。体感だが。
俺も本でも読んでみようかという気にさせてくれるこの空間は気に入った。今後も利用する機会があったら是非来よう。また俺の生活に選択肢が増えた。良い事だ。
満足した俺はまた適当に近所をぶらつき始める。もしかしたらまた新しい発見をするかもしれない。行ったことのない店や精神的に安定をもたらせてくれる店、ガッツリ飯を食って胃袋を満足させてくれる飯屋、少なくとも前職で働いていた時には気にすることはなかった事柄である。
探索者として仕事を始めたが、今まで視界に入ってもなんとも思わなかったところに目が行くようになったのは、それだけこの仕事が自分の視野を広げる事につながっているのかもしれないな。
退職した当初、何回も履歴書を出してはお祈りをされていた時にはそんな余裕も無かったし、前職に至っては毎日職場と家の往復だけで疲れていた。ダンジョン探索で日々力を使っているせいか、力を抜いたときに目に映るものが変わってきているのだろうか。
駅近くの商店街をブラブラとしながら色々目にしていると、化粧品店が目に入った。そういえばスライムゼリーは化粧品の原料に使われるんだったな。
どれどれ……スライムゼリーの使用により、よりきめの細かい自然に近い肌に近づけることが出来る等の謳い文句で並んでいる化粧水がいくつかある。男性用のは……あるな、値段もお手ごろだし最近肌に潤いが無くなってきている気がする。試しに一本買ってみるか。
普段化粧水なんぞ使わないので効果のほどがどれほど変わるのかは解らないが、自分の労働の価値を試してみるとしますか。
◇◆◇◆◇◆◇
それからもダラダラと商店街を歩き通し、適当な時間になったら家に戻った。午後四時。微妙な時間だ。今から潜って七層で仮眠して夜間狩りとしゃれこもうかな。ダーククロウの羽根を集めるにも、人通りがほぼ無しと言える時間のほうが集めやすく、荷物にしやすい。
よし、そうするか。ダンジョン行きを決めるとすぐさまシャワーを浴びてツナギに着替える。何時もの装備セットをバッグに、それから冷えたコーラと水とカロリーゼリーを保管庫に入れておく。今日は中でガッツリ食べる気分じゃない。簡単なもので済ませよう。
今日の目標はダーククロウの羽根の補充とヒールポーションの調達だ。ワイルドボアの肉はさらについでということにしておこう。
一応相棒に「小西で夜間狩り」と連絡をしておく。
「ごゆっくり」と連絡が返ってきた。
さぁ、小西ダンジョンへ行くぞ。
万能熊手二つ、ヨシ!
マチェット、ヨシ!
グラディウス、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
防刃ツナギ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
トランシーバー、ヨシ!
食料水、色々種類あって、ヨシ!
布団カバー、ヨシ!
宿泊セット、ヨシ!
保管庫の中身……ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。準備は出来た。さぁ出発だ。
あ、その前に化粧水塗っていこう。
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