134:これからも
夕方に目が覚めた。少しまだ疲れが残ってる感じはするが、眠気はほとんどない。やはりダーククロウは有能だった。今度布団も作ろう。事前に買ってあった夕食を食べると、寝るのにいい時間になるまで調べ物の時間に当てるとする。
まず、十階層についてだ。どうやらダンジョン探索者の中では、十階層と九階層との境が「ファン層の壁」と呼ばれている部分らしい。十層を突破できるかどうかで本物の探索者と呼べるか否かが別れるらしい。
なお、ゴブリンを殴れるかどうかが最初の壁でこれが「初心者の壁」だそうだ。確かに人型に抵抗がある人は居るんだろうなぁ。俺は何ともなかった。ガキの頃はよくいたずらして殴って怒られるのが普通だったから、現代人には受け入れがたいんだろう。
次に羽毛布団の作り方をざっと見たが、素人が作れるものじゃない事が解った。なので綿布団の作り方でチャレンジしてみようと思う。つぶ綿で枕を作るようなイメージで布団カバーの中に適当に羽根を放り込んで完成で良いだろう。やっぱりなんか違うと感じたらバラしてギルドに売りに出せばいいや。綺麗になった羽根を納品する分には問題ないだろう。
試しにダーククロウ羽毛の掛け布団の値段を検索してみた。買えないほどじゃないが買ってそこまでの効果が得られる事に感動を覚えたいか、と感じるお値段だった。掛け布団一枚に三十万超えるような額はさすがに出す気はない。睡眠不足の人には覿面に効果があるだろうことはレビューや反響から察せられるのだが。
今の俺にはこのお手製の枕があれば十分だな。カビてきたり問題が発生したら新しいのを取りに行けばいいし。自作できる範囲では自作してなんとかしてしまおう。
後はスキルだ。どんなスキルが確認されているのか、スキルの効果について検証しているサイトを探す。日本語サイトでは限界があったので、翻訳ソフトを挟みつつ海外のサイトを巡る。やはり海外のサイトで検索したほうがより多くの検索結果が表示された。
例えば【火魔法】だが、自意識のイメージにより炎の矢のように飛ばしたり、炎の壁を生み出したり、プレミアムシガーに火を灯したり、色々やってみた系の動画が多くヒットする。また、使いすぎによる眩暈についても情報が得られた。考察を可能な限り翻訳して飲み込んだ結果、今の自分のステータスによってMPみたいなものの上限があり、それを超えて使おうとすると肉体に異常が発生するらしい。
つまり、今の俺の限界があの眩暈だったという事になる。無理をしようとは思っていないが、限界を知るという意味では大事な実験だったと思っている。
そして【保管庫】スキルについても該当しそうな複数の単語・外国語で検索してみたが、満足するような内容の結果にたどり着くことは出来なかった。やはり希少なスキルなのか、所持について緘口令が敷かれているのか。同じ疑問を持った人を見つけることは出来たが、推測の範囲を超えない内容だった。
そしてシールドのような技能が使えるスキルを検索した結果、複数のスキルがあるらしいことも解った。これは安心できる情報だ。たった一つのスキルの為にモンスター狩りを続けるよりも、候補がある中で探すほうがまだ見込みがある。それが解っただけでも情報収集した甲斐があった。
ステータスの有無についての議論は今も続いているらしく、使える人と使えない人のどこに差があるのかを絶賛検証中なのだそうだ。この辺は日本とあまり変わらない気がするな。しかしステータスを使えていると言える俺もイメージでしか相手に伝えられないあたり、検証するのは難しい事項なのだろう。
有体に言えば妄想力の激しい奴ほどステータスをうまく扱える可能性が高いという事だ。俺はもっとやれる、もっとできるという自己啓発力が高く、自分がイメージする通りの動きをトレースするように体の動きが付いてこなければいけない。
そして大きな情報が一つ。「日本のダンジョンでスライムのドロップを確定させる方法が解ったらしいぜ! 特定メーカーの特定商品を使うと出来るそうだ」と言う情報が拡散されていた。気合の入った探索者は、直接手に持って渡航し海外のダンジョンに持ち込み、食わせた結果海外のダンジョンでも効果があることが確認された。
すげーな海外の探索者、その行動力には驚かされる。ということは三勢食品は今後海外展開もしていける事になるのか。新規専用工場設立も視野に入れていけるんじゃないか。
翻って現在の日本の状況である。たった一日しか経っていないが、スライムの査定価格が下がった問題については賛否あるものの、そもそも高く買い取ってたんだから勘弁してよ、というのがギルド側の言い分の要約である。
探索者側も大筋では納得するものの、約束されていた皮算用が減額されて落ち込む者、バニラバー転売に走って失敗する者、成功して短期間で売り上げを上げた者、あまりの査定個数の多さに悲鳴を上げた者、いろんな人が居た。最後はダンジョン職員だが。
とりあえずドロップ確定者の特定にはまだ至っていないようで、内心ほっとしている。これでまた小西で騒ぎか! と言われようものならあらぬ誤解を次から次へと生んで困る所だからだ。
俺個人の意見としては、スライムを潮干狩りする絶好のタイミングに気づきを得た。七層に一旦宿泊した後でわざわざ一層まで上がって一人で階層を貸し切るという豪勢なプランの選択が可能になったのだ。たとえどれだけバニラバースライムという宗教行為に加担する人が居たとしても、七層まで降りてわざわざ一泊して戻ってくるという面倒くさい行程に楽しみを覚える人物は俺ぐらいだろう。
つまり、泊りがけで行けば何の問題も無い。なんなら俺のテントは立てたままにしておいても良い。七層は治安が良いが、取られて困る物は置かないようにしておけばいい。
テントとバーナーとスキレット。それと一応水。それ以外は保管庫に放り込んで気楽な一人スライム潮干狩りが出来るという事に俺は感動していた。狭いながらも楽しい我がダンジョンだ、今後は気楽に利用していこう。
ヒールポーションが欲しい時は三層・四層へ籠ればいいし、文月さんが来るときは九層で特訓兼功績稼ぎ。本来の探索者としてのお仕事はこっちがメインだ。できればこの道中でスキルを拾いたい。そして目標はCランク認定を受ける事。基準はハッキリしていないからギルド部外秘なんだろうが、新浜さんの言うとおりに九層のドロップ回収を欠かさずに行う事を念頭に置いていこうと思う。
潮干狩りはやる、文月さんがいるときは九層でひたすら戦う。宿泊制度の裏を突く。
ざっくり今後の方針をまとめるとこんな感じになった。七層を積極的に活用していこうというものだ。自宅にいる時間がさらに減るような気がするが、元々前職の時には自宅は朝食と夜食を摂って寝るだけの場所だったので、調べものや気持ちのいい枕があるだけ前より重要度は増した気がする。やはりスマホよりPCのほうが圧倒的に調べ物は楽だな。
あ、あと風呂だ。風呂は大事だ。さすがに七層でシャワー浴びるような贅沢は出来ない。精々体を拭いて下着を着替えて、ツナギを代わりの物にして、ぐらいしかできることは無い。風呂に浸かってゆっくり物事を組み立てていくのも今の俺には必要な事柄になっている。
ん? ダーククロウの羽根を集めて敷き布団にしてしまうのはどうだろうか。あそこなら湿気もホコリも無いから綺麗なまま利用することが出来るし、ダンジョン内には自分の体に付着している分以外の雑菌も少ない。布団カバーを持ち込んでダーククロウの羽根をこれでもかと詰め込み、ふかふかの敷き布団の上で休憩する。
なんなら七層にいる誰かに貸し出してみて感触を試してもらうのも面白い。まずはそれをやってみるか。布団を作るかどうかはその後考えても良い。あぁ、この間の六層七層間のダーククロウ潮干狩りをまたどこかでやってみたいものだなぁ。
六層七層間で意図的にトレインを起こすのはマナー違反だけれど、それをやってモンスターが七層のセーフエリアに入り込めないことを証明する手段にもできる。その後はお楽しみの時間だ。好きなだけ潮干がろう。
まだまだ七層より上でもやれることはある。そう思うともう俺の心はダンジョンへ行きたくてたまらなかった。さすがに今から小西ダンジョンへ向かっても閉場時間には間に合わない。この後俺が出来ることは清州に行くか眠るかだが、昨夜の疲れがまだ残っている感覚がある。これを取り去ってから行動だな。
あぁ、楽しみだなぁ。次は明日行こうか、それとも明後日行こうか。俺には選択の自由がいくらでもある。まずは今日の自由としてもう一回眠る自由を選択する。明日のことは明日考えるか。それも一つの自由だ。
そして目覚めてダンジョンに行く気が出たら、また潮干狩りをしよう。
ここで一応第二部終了です。
二日ほど開けてまた投稿再開しますのでよろしくお願いします。





