133:小西ギルド、ギルマスがまじめに仕事してると珍しがられる
side:小西ダンジョンギルド
ギルドマスターである坂野は地図の更新作業をしていた。既存の地図と更新提出の地図とを見比べ、必要な部分を新たに書き込み、探索者のプライバシーが及ぶ範囲については削除し、新たな地図として完成させるためである。
他ギルドでは一般ギルド職員の仕事であるが、小西ダンジョンでは坂野自身が行う業務になっていた。他に担当する職員が居ないという事も理由の一つだが、地図の更新作業が出来るという事は既存の地図が及ぶ範囲外まで探索が出来る実力が備わっている、と判断する指標にもなるからだ。
各探索者のランクを決める権限を持つギルドマスターとして、小西ダンジョンの地図が更新されることは探索者の質を担保することにおいても、攻略が進んでいるという実情についても好ましい事だった。
小寺パーティーと呼ばれる四人組と、安村・文月の二人パーティー。それと初期の地図を描き記して提出した田中という個人探索者。その他に二パーティーほど七層へたどり着いているらしい。小西ダンジョンで活発に活動していると言える探索者としてのパーティーはこのぐらいである。
六層の地図が提出されなかったという事は、六層についてはこれ以外の情報は不要だと探索者側で判断されたのだろうと坂野は推測する。坂野自身が探索を経験したわけではないが、過去聞き取り調査を行った際の事を思い出す。あまり余計な情報を入れすぎるとかえって迷いやすくなるので、必要な目標物だけ記録して提出した、という田中の証言だ。
今回更新された主な部分の地図の綿密さから考えるに、おそらく地図更新のメインとなったのは小寺パーティーだろう。安村パーティーが二人で地図を描き加えながら行動するのはおそらく難易度の高い探索になるだろうという判断だ。
安村パーティーは小寺パーティーと内部で、おそらく七層で合流しその際に地図を更新させてもらい、共同戦果として提出した。おそらくそんな所だろうと坂野は考えている。
七層に新たに描き加えられたテントとポールについての供述に目をつける。わざわざ運び込んで目印を作った。つまりその目印が無いと七層は何もない荒野か、個人用のテントが張ってあるだけの何もない空間であったという事になる。
「わざわざ大きさまで書き加えてあるという事は、どちらかのパーティーが運び込んだという事か。何のために? 」
坂野は独り言を言いながら地図の更新を進める。確かに、目印として設置された色違いのポールとテントを経由することで七層を最短距離で移動することは可能になるだろう。その為だけに何十キログラムもする機材を持ち込んだのか。
実際のところは安村が「なんとなく見た目が寂しいから」という理由で持ち込まれたものだが、それを坂野に理解できるはずはなかった。
「しかし、九層までの提出がされたという事は、少なくとも二パーティーが九層の地図があっていることを確認したという事になる。つまり、安村パーティーも二人で九層に潜って確認するだけの実力はあるという事だな」
両パーティーをCランクに上げるにはまだ一定の基準には達していない。個人的な印象では、安村は個人としてスライムが大量にリポップした事件の主な解決者として、小西ダンジョンへそれなりの功績を残している。
小寺パーティーは以前より五層以降の素材を定期的に持ち帰るパーティーとしては一番の量を持ち帰っている。彼らが居なければ小西ダンジョンは売上ワースト上位に食い込んでいるだろう。その点の功績は大きい。
同時に、たった二人で九層までたどり着ける安村パーティーの強さにも目を見張る物がある。彼らが組んでダンジョンに潜り始めてまだ日が浅いはずだ。そんな強い探索者が今まで出てこなかったのか。ついでに、何故小西で活躍しているのか。不思議な点が多い。
坂野は端末から、安村パーティーと小寺パーティーの過去の査定物リストを参照する。ギルドに置かれている端末には査定支払いレシートの過去ログを参照する機能があり、いつどこで誰がどんなドロップ品を持ち帰ってきたのかを網羅している。
安村・文月の二人が九層のドロップ品を持ち帰ったのはつい先日が初めてだが、安村個人については清州で九層に潜った形跡があった。また、ドロップ品の量は一人当たりの計算としては小寺パーティーとほぼ同量、つまり個人単位で比較して二倍近くの量に達している。
つまりそれだけの戦闘回数をこなしながら探索しているという事実が浮かび上がってくる。当然、その前にスキルオーブをドロップした際の事もリストには記録されていた。
「ここまで運が良かったのか、それとも本物の腕をお持ちなのか……今後が課題ですね。この調子で探索を継続してくれるのならランクが上がるのもそう遠い話ではないはずです」
地図の更新作業を終えると、テストページを印刷する。六層は相変わらずの通り道といった感じだ。ほぼ更新は無い。二本目の木にダーククロウの群れが確認されがちという記述は採用する。
七層は新たにテントとポールが設置物として記載され、皆さん大体この辺にテント張ってますよ、という注意書きが書き加えられた。
八層は一本の木を挟んで向こう側に階段がある、木に止まっているダーククロウは少なめという記述を正規の物として記載しておく。探索者が利用する地図なので、この手の書き込みは有益のはずだ。
九層は完全に新規の地図だ。東西南北を断崖絶壁に囲まれ、外側に人が歩くために作られたような道、そして中央部を完全に覆いつくす森。どうやら森の中心部へは誰も探索へ行ってないらしく、空白の状態である。そして一辺の長さがおよそ徒歩何分という形で書き込まれている。
これなら九層の地図として申し分ないだろう。新しく九層の地図として更新するに満足な結果だ。十層については両パーティーとも降りた地点がどこなのかすら解らないらしく、山と壁と点のみである。
やはり十層には戦うに厳しい相手か、それとも量があるに違いない。聞き取りを行ってもいいかもしれないな。回答次第ではランクの上下に関わる。
「乗り物の一つでも持ち込めば、五層六層ぐらいなら地図を綺麗にできるのかなぁ」
坂野は一人呟く。しかし、自転車に乗りながらモンスターの相手をするというのは銀輪騎兵というかなんというか、なんだか見た目が大変なことになりそうだ。それに自転車を持ち込むにしても折りたたみ式の小さなものになるだろう。移動距離を稼ぐには少々頼りないのかもしれない。
「あぁ、こんな事だったら探索者になってからギルドマスターになるべきだった。私もダンジョンに潜りたくなってきたじゃないか」
いっその事、自動二輪車を無理やり持ち込んでワイルドボアを轢きながら移動するような強硬手段に出る方法はないものか。どうやって持ち込むかはこの際目をつぶって、完成された地図をこの目で見てみたいと強く望む坂野だった。
しかし、今の仕事はダンジョンのギルドマスターであり、この場にいることそのものも仕事である。仕事からは逃れられない。その点探索者は気軽に見えたのだろう。
薄くなりつつある頭を撫でながら、地図の掠れや滲み、書き忘れが無いことを確認すると、それぞれ十部ずつ程印刷し、新しく職員人数分のコーヒーを用意すると一階の地図売り場に新規地図として持っていく事にした。
スライムの査定が以前より楽になったとはいえドロップの増加は依然として続いたままである。坂野にできることは精神的に気遣ってやることぐらいしかなかった。
その頃一階では、ギルドマスターがまじめに仕事をしているのできっと何か事件が起こるはず、とギルド職員が軽口を漏らしているのは別の話である。
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