1278:そういう日もある
今日も気持ちのいい朝だ。まだ気持ちがいいと思える辺り、冬はまだ近くまでは来ていないらしい。この気持ちよさを味わうのも今の内だ。冬になったらエアコンの暖房機能で喉がやられて朝一喉が渇いた、で始まる時期が来るのだ。早めに備えておいても良いんだよな。加湿器でも導入するか? でもそこまでの事態になるぐらいなら寝る前と起きた後に一杯の水を飲むことでなんとかなるんじゃないだろうか。
今日もトーストは二枚。二枚だ。ジャムをたらふくつけて目玉焼きとキャベツを添えて毎日の食事開始である。流石に朝からフカヒレ、というつもりはない。取るなら昼だな。さていただきます。
朝食を平らげた後、早速鍋料理の準備を開始する。鍋と言っても今日の鍋は汁気が多めの鍋ではなく、フカヒレを混ぜ込むことによってスープと具材の味を存分に吸い込んだ美味しい鍋が出来る予定である。予定なのでまだ本当に美味くなるかは未定だが、まあ、美味くなるだろうという予想はしている。今日は白湯スープと行こう。いきなりキムチチゲにフカヒレをぶち込むのはちょっと難易度が高い。まずは無難な所から進めていこうと思う。
炊飯器に米を三合分仕掛けて炊飯開始。そして白菜とキノコと人参、豆腐をそれぞれ切っていくが、メインの肉は何にするか悩む。豚にするか、鶏にするか、それとも一歩踏み出してグリフォンにするか。グリフォンとフカヒレを贅沢に使った七十層鍋、というのも悪くない話だ。ここは贅沢にグリフォンを使ってみることにしよう。
グリフォンの肉は一口大にしておいて、更に切れ込みを入れて熱や味が染み込みやすくしておく。後はそれぞれ適した大きさにしたところで、鍋に水を入れ火をかけ、鍋スープの素を投入。そこから煮えにくい具材から順番に入れていき、しばらくグツグツとさせ、味が染みたかな? という辺りで細切れフカヒレを投入。汁気と旨味を吸い込んだフカヒレ白湯鍋がもう少ししたら出来上がるはずだ。フカヒレ自身にはそう火を入れる必要はないので、火を落として余熱で煮えてもらう。
鍋の中は三人前ぐらいの容量になった。足りないよりは余るほうがいいのでまあ許容範囲だろう。足りなくてお腹が空いて途中で倒れるよりは、満腹で動けない時間が少しできるほうが探索効率としてはマシになるはずだ。
余熱で鍋を良い感じに煮えさせている間に仕事の準備をする。今日は芽生さんと午前は七十一層で二時間、午後は七十一層を往復二時間、七十二層を三時間巡って、グリフォンとひたすら戦ってあのなぞのポーションを拾いに行く作業がある。
今のところ、あれから数回グリフォン退治に向かってはいるがまだ二本目は落ちていない。三本溜まったらギルドに提出して効果のほどを確認してもらうということにしたため、このペースだと来月の頭ぐらいには三本揃うかもしれない、という予想が付いている。今日落ちるならもうちょっとだけ早くなるかな。
時間までぼんやりとテレビのニュースを見ながら余熱で鍋をかき混ぜ、汁を吸い始めたフカヒレに鍋の底のほうからスープを掬い出してかけてやり、旨味をしっかり吸い込んでもらう。もうちょっと寝かせてやったほうがいいかな。IHの余熱で程よく温めているため、こればっかりは保管庫で倍速時間を利用して吸わせるという風に出来ないのが難点だ。
時間が来て、テレビを消すと最後の一煮立ちをさせて保管庫にイン、食器もイン、炊きあがったご飯も炊飯器ごとイン。これで食事の準備は万端だ。
柄、ヨシ!
圧切、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
スーツ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
籠手、ヨシ!
飯の準備、ヨシ!
嗜好品、ヨシ!
車、ヨシ!
レーキ、ヨシ!
保管庫の中身……ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。さあ、今日も七十二層でグリフォンと戯れて爪とお肉を集める旅に出よう。フカヒレはどうせついでに溜まる。出来ればそろそろフカヒレについては査定結果が出てきて欲しいものではあるが……まあ、仕方ない面もある。大人しく保管庫に溜めこんでいこう。
◇◆◇◆◇◆◇
いつもの時間、いつものギルド、いつもの場所で待ち合わせ。芽生さんは着替えて槍もしっかりと石突を地面におろし、いつでも潜る準備は万全ですという格好で待っていてくれた。
「お待たせ。さあいこうか」
「今日もしっかり稼いで行きましょう。行きも帰りもいつも通りで」
ちゃんとダーククロウは刈らせてくれるらしい。それに甘えていつもより早めに動いて精々七十一層で午前中に動ける時間を多めに設定させてもらうか。
入ダン手続きをしてリヤカーをしっかりと引き、エレベーターでまずは等速で七層まで行き、いつものダーククロウ電気網漁を終わらせる。と、ここで気づく。そういえば今日は緒方パーティーに会わなかったな。やはり初日は俺が来るのを待ってたってことになるのか。芽生さんとは顔合わせしてないわけだが、そこはよかったんだろうか。まあ、俺の陰でひっそりと活動している分には問題はないだろうし、何処かで出会ったらまたその時挨拶するだろう程度に考えていればいいな。
七層に戻って今度は倍速で七十層へ。エレベーターの中で、昨日緒方パーティーと出会ったことを話す。
「わざわざAランク探索者が来るって事は、ロックオンされてると考えて間違いないでしょうね。本当にただ深くまで潜りたいだけなら清州や大梅田でも良いわけですし」
「一番底までくるつもりなのかもしれないな。いつの話になるかは解らんが……結構大変そうではある。ほぼ一年ぐらい活動をしてなかったっていうし、その間に入手できたであろうスキルオーブや身体強化のレベルを考えると、ここまで追いついてくるのは確実に結衣さん達のほうが先だろうね」
「それは間違いないでしょうねー。今年中っていう目標を達成できるかどうかはともかく、頑張って追いついてきたら何かご褒美を一杯上げると良いですよ。二、三日二人でいちゃつくとかダンジョンデートとか」
芽生さんは余裕をぶっこいている。もう自分が正妻ポジ、ということを認識しているのか、それともそうやって俺に振っておいて、自分の貴重さを際立たせているとか。
「昨日一人で潜ってて思ったんだが、やっぱり芽生さんが居ないと何となく気持ちが盛り上がらないな、とは思ってたところだ。一人で潜るのも金を稼ぐという意味では問題はないが、何かこう、寂しさが残る」
「それは嬉しい告白ですね。もっと頼ってくれていいんですよ? 」
芽生さんがうりうりと肘を体に押し付けて来る。あ、そこ丁度こってるところで気持ちいい。
「あと四ヶ月で一旦契約解除になるわけだが、その後もダンジョン庁の指示が許す限りは一緒にいてくれるとありがたいと思ってる。その先も含めて」
「お、なんですか、これは指輪をもらわなくちゃいけない場面ですか。給料三ヶ月分の」
「うーん、そこまではっきり決める必要はないとは思うんだが、実質的にそういうことになってしまう……のか? 」
「私はいつでも準備はできてますからねえ、両親への顔合わせも終わってますし。結衣さんとは今の関係を持っててもらっても構いませんよ。洋一さんが自然体でいてくれるのが一番ですから」
この際両方に子供が出来て認知さえちゃんとして居ればいい、みたいなところはあるんだろうけど、それは社会的にどうなんだろう。いや、そもそも女の子二人侍らしてる時点でそんなことは気にしても仕方がないか。ただ、体面としてどちらがちゃんとした奥さんなのか、というのは決めておく必要があるのだろうな。
「奥さん公認の不倫相手、という奴か。今度色々と調べてみよう」
「私は結衣さん以上に人数を増やさなければそれで許すので、結衣さんとは好きにしていてくれて構いませんよ。むしろ仲良さをお互いアピールし合うことで三人の仲の良さをきっちり周りに見せつけることもできますし……そもそも小西ダンジョンに足しげく通ってる人ならみんな知ってることですからねえ。小西ダンジョンを離れて他の場所でも同じように活動するって事になると噂はどんどん広まっていきますけど、今ここでこうしている分にはそれほど問題にはならないはずです」
なるほど、小西ダンジョンだからこその付き合いの仕方ができる、ということか。とりあえず今のところはそういうことにしておこうかな。
「芽生さんが四月からどういう運用でダンジョン庁に使い倒されるかによって変わるかもしれないな。しばらく官用ダンジョンで実力を試されることだってあるだろうし、そうなると今のうちにちゃんと荷物を背負って探索するような形式の訓練もしておかないとまずいんじゃないか? 」
「考えてはいますよ? そろそろ洋一さんから独り立ちもしなきゃいけないかもしれないとは。でも背中の重さを気にせずに自由に活動できるのが癖になってしまってますからねえ。今度別の場所で……たとえば六十八層なんかの荷物が軽いところで訓練しようとか提案を持ち込もうと思っているところでした」
ちゃんと考えてはいたらしい。今日いきなり、というのはあまりよくないので明日以降からかな。徐々に重くなる荷物を抱えながら探索をする、というのにも俺も慣れる必要があるかもしれん。念のため自分自身でも荷物を抱えて動けるように練習しておこうかな。
なんやかんや話しているうちに七十層にたどり着き、早速車を出して七十一層側に向かう。車で三分、乗り降りで一分。そしてその間を歩いたら二十分から二十五分かかる。つまり実質二十分の得。帰りも含めてその四十分でいくら稼げるかを考えたら、一回乗っただけで元が取れる程度には稼がせてもらっている。ありがとう社用車、今度ガソリン入れに行こうな。
「さて、いつも通り昼まで肩慣らし、昼からは七十二層を三時間歩いてグリフォン探し。謎のポーションを後二本手に入れるまでは頑張るぞ」
「おー」
気合充分で七十一層に下り、その場にいるサメを空中で撃破、ドロップ品を範囲収納でキャッチ。今日は問題なく出来た。朝から良い調子である。
そのまま円運動をするように階段の周りを一定距離でぐるっと回って、モンスターの多そうな方面へ行っては倒し、フカヒレを存分に回収していく。
「そういえばフカヒレどのぐらい溜まりましたか」
「今のところ九百ぐらいになったかな。ソロで六十九層に潜ってるとどんどんたまっていくのが問題だな。また査定がかけられるようになったら二人でエレベーターで下から出し入れするふりをしなきゃいけなくなるな」
「今回は重さ的にはそう多くないんですし、積み上げられるだけ積み上げて毎回ちょっとずつ査定にかけていくってのでもいいんじゃないですかねえ? 」
「それも一つの手だな。考えておこう」
一回二百ずつ余分に査定にかけるとして……うん、普段ソロで潜るペースも考えると六百ぐらいは俺が個人で集めた量になるのか。芽生さんには悪いが、ソロで潜った時もある程度は自主回収させてもらうことにしよう。
それはそれとして今日もいつもの道沿いに進むので、大体次に出会うモンスターというのも見当がついてきた。どうやらこの階層、固定リポップが結構多めらしい。これだけ広い階層なのだからうかつにランダムリポップを増やし過ぎるとリソース管理が大変になるからなのか、それとも急ぎで作ったからかは解らないが、ここには必ず出る、と言ったケースが他の階層に比べて多い。まだはっきりとは調べていないが、七十二層についても同じ可能性は高い。
六十九層ではまだランダムリポップのほうが多かったような気がするな。六十九層は余裕をもって作ったからとかそういう可能性はあるな。もっとダンジョンのことを知ろう。そして俺だけが知ってる美味しく頂けるマップの走りかたみたいなものを持っていれば、毎日きっちり稼いで帰ることも不可能ではあるまい。
「さて、昼まで二時間はあるし、その間にたっぷり準備運動をして、出来ればポーションが出るように祈りながら行くとするか」
「物欲センサー入りまくりですね。ちなみにお昼は何ですか? 」
「お昼は白湯鍋だ。コラーゲン豊富でしかも肉はグリフォンだ。美味しいかどうかは……個人の主観によります」
「鍋ですか、涼しいここにはちょうどいいですねえ。楽しみです」
芽生さんはお昼の鍋に気合が入ったのか、いつもより元気よくスキルをぶっ放してはサメやエイを撃墜していた。どうやらリーンからもらった土魔法を多めに練り込むことで、ウォーターカッターの切れ味を増すことに成功しているらしい。やっぱり研磨剤が優秀だとよく切れる、ということなんだろうか。
後は【水魔法】も多重化してしばらく経つところもあり、スキルを使いこなしている感が中々に出ている。芽生さんもその気になれば六十九層を一人で歩き回ることもできるんじゃないだろうか。流石にグリフォンの相手は……芽生さんならなんとかなるかもしれないな。上手く首筋にスキルを当てることが出来れば後はズタズタに切り裂くことができるんだし、対グリフォンで考えた時は芽生さんの複合スキルのほうがダメージを期待できるのは確か。
ただし、相手が機敏に動いているときを除く、という注意書きが付くことになるが。
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