1260:鍛錬でやらかし
いつもの仕事終わりの時間に来て、階段を上がり六十三層に戻る。一息ついて水分補給。水分を補給したところで、道に流れている下水道……みたいなものに目が行く。こいつを雷魔法で蒸発させたらどうなるんだろう?
よし、思いついたところでちょっとやってみるか。自分の全スキルをフル稼働させるつもりで全力雷撃と火魔法の混合スキルを水の流れているところにぶち込み、一気に放出する。
雷のバチッという音と共に、一気に水路の水が蒸発していく。そのまま水伝いに雷魔法の効果が通電していったのか、水路沿いに渡って水蒸気みたいなものが吹き上げ始めた。
まだだ、まだ足りない。もっと出力を上げる。白雷を超えたより強い雷撃を。イメージして……イメージが足りないんだ。より強いイメージを作り上げる。
雷の虎、いや、豹やチーターでもいい。もっと早く、もっと強く。雷の龍……は一発芸のお題レベルでしかまだ考えたことはなかったな。外装だけじゃなく、芯の芯まで中身の詰まった雷撃を龍の形にして……龍撃とでも言うところか。今の俺の貧相なイメージの中で最も威力のありそうなものを放ち直す。
その瞬間、一気に周辺の水分が蒸発し、温度と湿度がはね上がる。この普段涼しい地下水路にもかかわらずこの蒸し暑さは何だ、と言われそうなぐらいの湿度だ。蒸発した熱気で温められたおかげで突然体内マップに移動でもしたかのような感覚に襲われる。
範囲技として扱えるかどうかはともかくとして、一つ強いイメージを作り上げることが出来た。後は……雷撃……雷様……雷神……雷神と言えばトールか。持ってる槌はトールハンマー……雷の槌か。雷切の発展版みたいなものか。最近雷切にも出番が無いからたまには使い方を思い出さないと鈍ってしまいそうだ。
早速圧切をしまい込んで久々の柄を取り出す。柄にエネルギーを集中させ、まずいつもの雷切を現出させる。その後で更にエネルギーをつぎ込んで、先端の形状を変化。ハンマーのような形にする。実際にハンマーである必要はないんだが、ハンマー型にしたほうがよりイメージしやすいからな。
試しにハンマーは出来た。しかし、先ほど蒸発させてしまったおかげで水路に水分はない……むぅ、困ったな。せっかく作ったハンマーなのに使い所がないというのは拳、いやハンマーの振り下ろしどころがないぞ。
六十四層に戻って水路にちょっと仕掛けてみるか? 帰りの倍速時間は自己鍛錬の時間だと割り切ってもう一回六十四層に戻り、水路のところまで行くと、雷の槌を水路に向かって振り下ろす。ハンマーの形に魔素で出来た水が瞬間消滅し、そしてハンマーにあたっているところの水からどんどんなくなっていくのがわかる。
これは見てても中々面白いな。流れる水をせき止めるではなく、加湿器のように蒸気が上がっていくさまを見ながらハンマーの形を維持。そのハンマーに触れる面からどんどん消えていくので、湿度と温度がどんどん上がり始める。これ、電気分解じゃなくて明らかに蒸発してるよな。雷の熱で……ということだろうか。
しばらくそのまま維持していると、索敵範囲に五人の姿が現れる。結衣さんたち帰ってきたのかな。
「なにやってるの、水遊び? 」
水面にトールハンマーっぽい何かをつけてどんどん加温加湿していく俺に対しての第一声。
「ちょっと自分の限界を知りたくて。どのぐらいまでこれを続ければもっと強くなれるか確かめたくなったんで手ごろな素材でちょっと実験。六十三層でやらかしたのでこっちなら大丈夫かな、と思って」
「やらかしたって……まあ、どうせ今から戻るから何やらかしたかは見せてもらうとして、そろそろ帰る時間じゃないの? 」
「もうちょっと。色々あって何となく頑張りたくてさ。強さのあるイメージを作りたいんだ」
「強さで水路の水蒸発させてるの? なんかもうちょっと違う方面で考えてみたほうが良さそうな気がするんだけど」
結衣さんは腕を組みながらこちらの作業を監視している。
「やっぱりそうかなあ……まあ、一日二日でどうにかなるものでもなし、今日のところは帰るか」
よっこらせと腰を上げて水路から離れる。水路から離れたらすぐにわかる温度と湿度の低下。そういえば、蒸発した水の一部は水素と酸素に電気分解しているのだろうか。火魔法で火をつけて大爆発したらそうなるのだろうが、流石に試してみる気にはならんな。うまく魔素を吸った水分が蒸発してくれているだけだと願っておこう。
結衣さん達と六十三層に戻り、まだ蒸し暑さの残るセーフエリアに帰ってきた。
「なるほど、やらかしたってのはこの暑さのことね。これは確かにやらかしかもしれないわ」
「セーフエリアだから安全だと思ってやってしまった。反省はしている」
結衣さんの肩に手を置いて頭を下げて反省。結衣さんからはトスッと手刀を落とされたが、ヘルメット越しなので痛くはない。が、やらかしたことに違いはないので俺はしょんぼりだ。
「これ、いつまでこの状態になるのかしらね。さすがに長居はしないとはいえちょっと気になるわ」
「普通の階層なら徐々に戻っていくんだろうけど、セーフエリアだとどうなるんだろう? 数日放っておいて治らない場合、最悪ミルコに頭を下げるしかないかな」
「しょうがないね、安村は。たまにこういうことをやらかしてくれるんだから」
ミルコが転移してきて状況を確認し始めに来た。どうやら暇つぶしにこちらを見ていたらしい。
「うん、まあこのぐらいならササっと直せるからまあよしかな。以後は気を付けてね。この手のいたずらをやるならセーフエリア以外にしてほしいかな。他のエリアならスライムが自動的に修復作業を開始してくれるから良いけど、セーフエリアはその機能が働かないようになってるから僕が一々手直ししに来る必要があるんだよね」
まくし立てて暗に何してくれとんじゃお前と青い稲妻のように俺を責める。炎が体を焼き尽くすようにジトッとした目線でこっちを見つめられる。げっちゅ。
「すまん」
「まあ、安村のやることだからね。見てて飽きないからいいけど、他の人に迷惑をかけるようないたずらはちょっと控えてほしいかな」
机を出して、ミルコへのお詫びの品物シリーズを出す。ミルコは横目でそれを見るとシュッと受け取って、それから何やら作業を始めた。しばらくすると気温が下がり始め、蒸し暑さも落ち着いてくる。どうやら階層内空調みたいなものを動かしたらしい。どこからどうやって空気の循環をさせたのかは解らないが、エアコンを動かしたような感じになっている。ついでに水路の水も補充され、徐々にチョロチョロと流れ出し始めた。これもしばらくしたら元通りになるんだろうな。
「後は一時間ぐらいほおっておけば元に戻ると思うよ。じゃあ、次は充分気を付けてね」
「ご迷惑をおかけしました」
ミルコに丁寧に謝る。ミルコはしょうがないなあという表情をしながら早速貢物のコーラを開けて飲み始める。一仕事終わった後のコーラだからより美味しいんだろうな。
「じゃ、また面白いものが見せられるようになったら見れたらそれで貸しはなしということで。またね」
ミルコは最後に念入りに注意をしていくと転移していった。
「とりあえず許されたらしい」
「そうみたいね。まあ、TPOをわきまえろってことだけは伝わったと思うけど」
次はちゃんとモンスターの居る階層でやろう。それならいいと言ってくれていたし、俺が強くなろうと努力しようとしてその結果やらかしたというのは伝わったようだ。もっと強いスキルでモンスターを屠っていくようになるならそれでよし、ということだろう。
さて……今日はこの階層にとどまり続けるのは居心地が悪い。用事もないしさっさと撤収していつもの茂君を経由して帰ることにしよう。
倍速でエレベーターを起動して七層へ。その間、どんなイメージでスキルを組み立てていけばと考えている間に七層に到着。考え事をしていると時間が過ぎ去るのが早くて助かる。早速いつものテントで隠して六層をダッシュで駆け巡る。帰り道も茂君は無事に湧いていてくれたので無事に回収してエレベーターまで戻る。
一層まで等速エレベーターで移動した後退ダン手続きと査定を受ける。査定カウンターは珍しく混んでいたので並んで査定時間までしばし待つ。待ってる間にいつものぬるま湯をもらいに行こうかなあ……でもリヤカーだけ置いて代わりに並ばせておくのは行儀が悪いな。大人しく時間を待つことにしよう。また、強い雷魔法のイメージを頭の中で作り上げていく。
しばらく考えているうちに俺の番が来た。甲羅、ワニ革、魔結晶、ポーションと順番に渡して、五分経って査定結果が返ってくる。やはり六十四層は複数種類のドロップがある分だけ時間がかかるな。
本日のお賃金、二億三千九百三十二万八千円。ポーションが思ってたより一本多く出たのでかなり美味しいお賃金になった。
リヤカーを返しに行って振り込みを依頼。そして休憩室に戻っていつもの冷たい水と熱湯を良い感じに混ぜてぬるま湯を作ると、ぬるま湯を飲む。良い感じの温さ加減のおかげで、さっきの六十三層での蒸し暑さを思い出してしまった。
さて、一息ついたところで夕食は……夕食も鶏肉というのは避けたいが気分的にたんぱく質を取りたい。出来るだけ脂質を取らずにたんぱく質を取るなら鶏肉……ということになってしまうので、昼も夜も鶏肉か。グリフォン肉を鶏肉と言い張ってしまうなら今日は鶏肉三昧だな。バスまでまだ時間あるしコンビニでサラダチキンと何かを見繕ってしまうか。
ダンジョン横のコンビニでコーラとお菓子を補充すると、早速夕食の物色開始だ。まず、たんぱく質のサラダチキンの……いやまて、ここで何味にするかでこの後の選択も変わってくるんじゃないか? だとすると先にサラダチキンを選ぶのは悪手だ。先にメインの食材を決めて、その食材に合わせるようにサラダチキンを決めることにしよう。
そういえば、パン屋のパンではないが菓子パンを買ってリーンに食べさせてみる、というのも選択肢の一つだな。パン屋の焼き立てには及ばないが多くの人に支持されていて、大量生産品ではあるもののそれなりに美味しく食べられるという点ではリーンがそれをどう評価するのか気になってきた。ちょっとパンも買っていくか。
ミートクロワッサンパンと……後は中にクリームが入っているタイプのメロンパンだな。それから、俺が好きな板チョコ入りのパン。それとリーンが絶賛していたカレーパンも入れておこう。お土産はこんなところだろう。
さて、結局メインだが、カレーということになった。カレーに合うサラダチキンは……今日はガーリックペッパーにしておくか。後は……切ってあるサラダと、ビタミンCドリンクで栄養バランスは大丈夫かな。
雑誌は……まだだな。明後日ぐらいにまたチェックだな。会計をしてバス待ちの列に並ぶ。バスが来るまであと十分ほど。充分暗くなった中、目の前で街灯がピカッと光りだす。どうやら点くか点かないかのギリギリのラインの明るさだったらしい。こう、オンオフでうまく出力できれば雷魔法も便利に使えるんだろうが、あんな感じでより出力の高いイメージを考える。
やはり雷魔法なんだから同じ属性を使ってる探索者の感想スレみたいなものがあればいいんだが、おそらく出力としてはこっちのほうが上になるだろうし、参考になるかどうかはちょっと怪しい。やはり明日もダンジョンで色々試してみるのが大事だろうな。
六十四層で巡るのも大事だが、実際の出力を推し量るには六十九層でチェックしてみるほうがいいだろう。明日は潜ってみるか、ソロで六十九層。もし無理だと考え始めたらその時には撤退して六十四層に河岸を変えることにしよう。
バスが来て、乗り込む。雷……蛍光灯……あれも放電現象だったな。そういえば蛍光灯がもうすぐ作られなくなるらしい。水銀を使用しているからだとかそういう理由らしいが、家に蛍光灯の器具は残ってたかな。メインの電灯は全てLEDに換えてあるはずだが、洗面台の電灯なんかはもしかしたら蛍光灯かもしれない。その内確認して、LEDに変更しなければならなくなったタイミングでまた何か考えていくことにしよう。
電車に乗り換え、電車も電気で動くんだな……ということを考え始める。俺も電圧電流や周波数なんかをコントロールできるようになれば、一人で電車を動かせたりするのだろうか。そこまでの出力を地上で求めるのは難しいだろうな。電気……電撃……雷撃……あ、しまった乗り過ごした。
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