1255:五重化から先の罠
何とか熱い中きちんと食べきり、会計を済ませると急いで清州方面行の電車に乗る。後三十分早く連絡がきてくれていれば鬼ころしから歩いてそのまま清州ダンジョンへ来れたものを、もう少し鬼ころしで粘っていつも通り余計なものを買い込んでいた方が都合が良かったのか。
まあ、過ぎたことは仕方ないしその細かい時間でとりあえず飯を終えられたのは確か。帰りにもお腹空くだろうし、名古屋駅前でパンか何か買って帰っておやつにするか。急いで食ったので満腹感がいまいち脳まで達していない。夕食は出来るなら静かに胃袋に少しずつ詰め始め、満足するまで落ち着くのが俺の心情だが、待たせている相手がいる以上ゆっくり食事してる場合じゃないからな。
清州駅に到着するとやや小走りで清州ダンジョンへ到着した。ギルドの建物の中に入り、受付のカウンターで手続きを始める。確か三十七番だったな。
「本日三十七番会議室を使わせてもらうことになってる安村と申しますが、伝わっておりますでしょうか? 」
「少々お待ちください、確認してまいります」
受付担当が奥へ引っ込み、しばらくして他の人と共に戻ってきた。どうやらこっちの人が取引担当らしい。清州ぐらい大きなダンジョンだと取引専属の職員を雇えるぐらいの余裕があるらしい。もしくは、専属で用意しなければいけないほど取引が盛んであるか、だな。
「確認いたしました、安村様ですね。急ぎの中本日はありがとうございます」
聞いた感じ、取引相手はよほど焦っているらしいな。こっちも飯を早めに切り上げて火傷することになっただけはあり、丁寧に接してくれた。
「いやあ、夕食を急いで食べてきたので少々火傷をしましたが、ちょうど近くに居たのでむしろ都合は良かったですね」
「ふふっ、ご案内いたします。こちらへどうぞ」
清州ダンジョンのギルドの奥に通され、いくつもの部屋が建ち並ぶ場所へ入ってきた。小西ダンジョンには一つしかない、そして清州ダンジョンには複数ある会議室の一つに三十七番の札が掲げられていた。他に七十五番と二十三番が存在しているので、今は少なくとも三つのスキルオーブが出たらしいことは解る。いや、もしかしたら他所のダンジョンで出てここで取引、という可能性もあるか。最初の【火魔法】の取引がそうだったしな。
とにかく、今は少なくとも三つのスキルオーブの取引が行われている。これが多いとみるのか少ないとみるのかは難しいが、ここの会議室だけで億近くの商売が成り立っていることは確かだ。その一割をピンハネしているのがギルドなので、いい商売だとは思う。
三十七番会議室に入る。中では三人パーティーが待ってくれていた。
「お待たせしました。それでは取引を開始します。まず、探索者証の提示をお願いします」
それぞれが探索者証を見せる。彼らはCランクだった。Cランクならなおさら欲しいスキルではないだろうか。それとも緊急で金が必要な理由があったのだろうか。その辺はあまり詮索しないでおこう。高値とはいえ、確実に近くで手に入るケースは結構珍しいものだろうし、俺自身結構吹っ掛けたと思うのだ。その吹っ掛けた金額で折り合いを、しかも近場で請け負ってくれた彼らにはお礼以外の言葉はないだろう。
「確認できました。次に、それぞれでスキルオーブを持って、購入を希望されるスキルかどうかの確認をお願いします」
向こうの三人がそれぞれ「ノー」と言いながらスキルオーブを手放していく。最後に俺が確認する。いつもの音声さんの声が聞こえてくる。
「【雷魔法】を習得しますか? Y/N 残り千九百二十三」
「ノー」
たしかに雷魔法だ。確認はこれで終わり。最後に仲を取り持ってくれているスキル取引担当嬢が手に取って確認する。
「ノー。両者確認できたということで、振り込みの手続きに入ります」
振込先を指定し、こっちの銀行口座から六千万を振り込む。全額経費だ。これが今のところ今年一番の買い物かな。高い買い物になるが、スキルの購入は買い物以上の働きをしてくれることは今日の収入でもう解り切っていること。
「振り込みを……確認できました。それではお使いください」
取引担当嬢の指示に従い、スキルオーブを再び手にする。また音声さんの声が聞こえてくる。手伝いにオーブが手渡されるたびに音声さんの仕事が増えるというのは、音声さんも大変だな。労わってやりたいところだ。
「【雷魔法】を習得しますか? Y/N 残り千九百二十一」
「イエス」
「あなたは既に【雷魔法】を習得しています。それでも習得しますか? Y/N」
「イエスだ」
スキルオーブが俺の中に沈み込んでいく。そして発光をはじめ……たと思ったらすぐに収まった。
ふむ……? いつもならもっと長く光ったあと光が収まるはずなのだが……いつもに比べて発光時間がやたら短かった。これはいったいどういう現象なのだろう。体のあちこちを見ても、股間だけ光ってるとかそういうわけでは無いようだ。
「あれ? ちゃんと使いましたよね? それに今イエスって二回言いましたよね? 」
どうやらスキル取引を見慣れているらしい取引担当嬢がいつもと違う反応をしていることに驚きを隠せないでいるらしい。イエスを二回言うってことは多重化しているということを少なくとも彼女自身は経験しているようだ。スキルオーブを取得するにも、多重化するにも慣れている俺ですら初めての現象だ。戸惑うのは仕方ない、というか俺自身も若干の戸惑いを隠せないでいる。
「間違いないですね。ちゃんと二回イエスと答えましたね。ということは原因は……なんでしょうね? 」
「初めてのケースに該当しますね。ですが、スキルオーブは間違いなく使用されたので取引は終了になりますが……よろしいですか? 」
もしかすると、五重化から先は複数スキルオーブを使わないと六重化に達するだけのスキルの強さが得られないとか、そもそもスキルオーブで覚えるスキルが五段階目までしかご用意されていないとか、そういう可能性もあるな。その場合は六千万ドブに捨てたことになるが、他の人が同じことを繰り返してドブに金を捨て続けるという可能性もある。これはちゃんとした実体験として記録しておくとともに、ダンジョンマスターに意見を聞いておかなければいけない所だろう。
システムを作ったのは彼らなら、彼らに聞くのが一番だ。明日の朝やる仕事がもう一つ増えたな。
「よろしいです。間違いなく使いましたし、スキルオーブは使用されました。間違いなく取引は成立した、ということです」
「仲介を務める当方としましては、どのような結果になったのであれ、取引は成立したスキルオーブは使用された。そこに間違いはありません」
「なら、問題なし、ということにしておいてください。いつもと発光が違った件については自力でちょっと調べてみようと思います」
「解りました。本日はお疲れ様でした」
取引担当嬢は納得をしないながらもスキルオーブが消えたことで取引は成立したことと、残った三人の振込先を聞き取る仕事があるのでそのまま部屋に残り、俺は一足先に会議場を出ることになった。
どうやら、五重化以降は一個では効果がない、もしくは一個分の効果が表れない。そのあたりをリーンに聞いてみて、返事があるかどうかは解らないが聞いてみようと思う。
とりあえず、清州ダンジョンを足早にあとにする。ここに居続けても何も情報は得られない。確実な情報源は家の庭だ。今日はもう遅いから明日朝食の時に聞きだすことにして、今は名古屋駅まで戻って駅ナカのパン屋で美味しそうなパンを見繕っておこう。たまには食パン以外の選択肢もあるんだよ、ということをリーンに教えて、そのついでにスキルについて答えてもらうことにしよう。
清州駅から名古屋駅に戻り、駅地下にあるパン屋でおやつと……明日の朝食用のパン、合計して二、三食分仕入れてしまおう。今できたてほやほやであるらしいカレーパンと、リーン向けの甘いプリンのようなカスタードクリームが乗ったパンとカリカリのメロンパン、そして惣菜系のパンとサンドイッチ、その他いろいろを見繕って会計。三千円ほど買い込むことになった。
ちょっと多すぎたかな? というぐらい買い込むほうが、もうちょっと食べたかったとなるよりはマシなはずだ。いくら店頭販売のパンとはいえ、一日二日保管庫で眠らせておくだけなら問題はなく食べきれるはずだからな。
さて、家に帰るか。なんだかんだでいつも家に帰る時間より少し遅くなったが、夕食は済ませた後なので、おやつのカレーパンを食べたらいつも通り風呂に入って、それから少し調べものをしよう。
俺と同じく金に物を言わせて五重化しているような人物がいる場合、どのように対策したか、どうすれば六重化できるのか、もしくは諦めなければいけないのか。それらを調べるにはこのスマホでは少々画面の広さと扱いについてはやり辛い。家に帰ってパソコンを使って、海外サイトからも情報を収集しておくべきだと考える。
しかし、六千万使ってあの結果、というのはもしあのパーティーがおしゃべりだった場合噂が広まることになるな。もしかしたら多重化には限界があるのかもしれない、と。その噂が広がった場合、スキルオーブの相場にどのような影響があるのかは気になるところ。
安くなるのか、それともより複数が必要になるからとさらに過熱化するケースだって考えられる。これはどっちに転ぶかは解らないな。そもそもどっちにせよ特殊ケースなのでダンジョン庁には報告を入れておかないといけないか。結論が出てから連絡を入れるか、それとも今のうちに第一報を入れておくべきか。うーん……
◇◆◇◆◇◆◇
悩んでいる間に乗り過ごしそうになったので急いで電車を降り、家路へ就く。結果は出なかったので、明日リーンに聞いてみてそれからでも遅くはないな。途中のコンビニで念のため、新刊チェック。探索・オブ・ザ・イヤーと月刊探索ライフの新号は……まだないか。雑誌以外に興味を持てなかったのでそのまま帰り、家に到着して着替えるとウォッシュ。これで綺麗な俺になったしスーツも綺麗になった。ついでに新しく買った籠手にもウォッシュをしておき、新品臭さを消しておくことにする。
これからは籠手も朝のチェック項目に入れておく事にしよう。こいつの出番は七十一層以降でしかおそらく出番はないが、常につけ続けていることで身体にも馴染んでいくだろうし、馴染んだ装備は取り回しがきく。体の動きや普段の動きに制限がつかないようにするのはとても大事なこと。明後日から毎日装着して体に慣らしていこう。
夕食は済ませたが少し胃袋に隙間がある気がするので、早速出来立てのまま持ち運んできたカレーパンをかじる。サイコロステーキの入った、これ一つで四百円するだけのことはある。中々に腹持ちも良さそうで、衣のサクサク感も相まって肉を喰ってるって感じにさせてくれる中々のカレーパンだ。また名古屋に寄った時はこれが有ったら買いに行くぐらいのポテンシャルはあるな。
風呂に入ってさっさと洗い終えてざぶんと自分を風呂に沈めると、しっかり温まってから出て来る。ここから眠気が来るまでは調べものの時間だ。外国語翻訳機能を使いながらサイトを閲覧し始めた。
すると、どうやら五重化で止まっている人は他にもいるようだ。海外のほうが日本に比べて交通事情なんかの問題でスキルオーブの取引は頻繁ではなく、そもそも五重化しているような探索者はその国では名前もメインにしているダンジョンも知られているような有名人であることは多い様子。
海外のダンジョンニュース系サイトにも一つ、スキルはレベル五までしかないのか? という話題でピンポイントでそれに追及する記事が有ったので翻訳しながら読んでみる。
それによると、リチャード=ガイガー氏(四十四歳)が【火魔法】の多重化を行った際、五段階目でスキルオーブの発光が止まり途中でキャンセルされたような現象に陥ったという。原因もシステムも不明だが、スキルオーブによるスキルのレベルアップは五段階までは確実に行われるが、その先はどうなっているのか、まだ検証中だという。ガイガー氏はとりあえずご当地価格で四千万円ほどの資産を失ったことになるが、またダンジョンへ潜って稼いで【火魔法】を何処かで入手し、また試してみることにする模様とのこと。
海外にも俺と同じ段階までスキルを鍛え上げた存在が居る、ということを知れただけでも面白い話も知れた。とりあえず五重化までは問題なく行える。これは日本の掲示板でも知られているんだろうか。ちょっと調べて聞いてみるか。
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