1248:初お肉は回鍋肉で
涼しい。布団を出ても被ってても似たような感じ。これは秋来てるな……と感じる瞬間でもある。これが布団から出たくなくなったら冬の始まりだと認識して良いだろう。冬まではまだ少し時間があるはずだ。十月中旬、去年はかなり暑かったが今年は良い感じに涼しくなってくれて有り難い所である。
朝食を作って庭ダンジョンに入り、リーンと朝食を共にする。
「いただきますなの」
「いただきます」
ササっと朝食を食べ終わり、リーンから報告を受ける。
「きのうもなにもなかったの。きっときょうもなにもないの」
一行で報告は終えられてしまった。その報告があっただけでもちゃんと報連相をしているということにはなるので、毎日続々とダンジョンマスターが来ているのであろうと期待している真中長官には申し訳ないが、「二、三日は何もなさそうです」とその通りの報告をすることになった。
会食を終えて洗い物を終えると、今日の昼食づくりだ。作るものは決めてあるし朝っぱらから悩むことはない。炊飯器のスイッチを入れると、早速回鍋肉を作ろう。その前に少しばかり時間をかけてグリフォンの肉の調査だ。
真空パックを開けて肉の質感を確かめてみる。やはり獣肉のような感じではなく、どちらかと言うと鶏肉に近い印象を受ける。透明感があり鮮やかなピンク色をしているし、ほんのりと丸みを帯びている様はぶつ切りにしてこれ何の肉? と聞かれたら蛇か鶏と答えるところだろう。
試しに薄切りにして欠片を一枚だけ焼いてみることにする。ジワリと油がしみ出してきて、自分の油で自分を焼いているようなそんな感覚すら覚える。どうやら油は中々の量を内包しているようだ。
焼き終わり、齧る……うん、これは美味しい鶏肉だ。グリフォンの肉は鶏肉に近いらしいことがより分かりやすい形で見えるようになってきた。これなら鶏肉の回鍋肉として十分な性能を発揮してくれるだろう。
早速、グリフォン肉に火が通りやすいように適度な厚みに切り分けていく。残念ながら鶏皮にあたる部分がないので鶏油を取り出すことは難しいだろう。そのため、まずキャベツとピーマンをざく切りで用意してごま油でサッと炒めて、鍋からどけた後で鶏肉を焼きだす。焼きながら少しずつにじみ出てくる脂がまた美味しそうだ。おそらく地球上で初めて食べるグリフォンの肉。果たしてお味はどうなるのか楽しみである。
ただ、そんな肉をいきなり回鍋肉で使ってみてもいいのか? と問われそうになるが、まずは何で食べるのが美味いのかを探り当てる段階だ。実は本当に美味い鶏肉風味で真空滅菌パックのため、カンピロバクターの心配がないので鳥刺しにしても美味いのだろうとは想像がつくが、いくら大丈夫だからといっても鶏肉っぽいものを生で食べるのはちょっと勇気がいる。解っていても、勇気はいるのだ。
とりあえず生で試すのはしばらく止めておく方向性で行こう。あくまで調理した上で味をどうのこうの見るほうがいいだろう。やはり今日もグリフォンの肉の数を集めて、何かの機会で中華屋の爺さんに喰わせてみて品質と美味しい食べ方について話し合う機会を設けるべきだな。
さて、調理に戻ろう。しっかり火が通ったグリフォン肉に先ほど炒めておいたキャベツとピーマンを合わせて、酒を加えて少し蒸し焼きにした後、醤油砂糖に名古屋地方風合わせみそを合わせた調味料で味付け。良い感じに混ざって馴染んだら完成だ。どれ、味見をしておこうか。
肉はプリッとしていて非常に美味い。朝にシメて夕方に食べるぐらいのちょうどいい感じの上質な肉って感じがする。ただ、うますぎて口からビームを吐いたり地震を起こしたりするまでの美味さではない。流石に俺の腕ではここまでか……後、ちょっと辛みがあったほうがより美味しくなりそうかな。豆板醤ならあったはずだからちょっと加えておこう。あとオイスターソースもだな。これで馴染ませて……水分が程よくとんだところで再度味見。
よし、これでいいだろう。これより美味いのが食いたければ中華屋の爺さんの腕を借りることになるだろう。だが、鶏肉レシピはいくつもあるから一番美味くグリフォンを食べる方法を探り当てるためにも、今日の探索でしっかりとグリフォンを倒して……っと、ギルドにもサンプルを卸さないといけないんだよな。食べる分と渡す分、それぞれ確保してやらなきゃいけないのが探索者の辛いところだな。
炊飯器が炊飯し終わったところで今日の料理はシンプル過ぎる気もするが終了だ。サラダは、回鍋肉があるからなしでいこう。回鍋肉の量もしっかりあるし、空腹で動けないようなことは起きないだろう。
食器をそろえて保管庫の中身をチェック。箸と取り分けの皿とご飯と回鍋肉があれば今のところ大丈夫だろう。残りはいつも通りの品物がいくつか入っていることを確かめると、今日の昼食の分と途中休憩する分の水分さえあればいいな。
柄、ヨシ!
圧切、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
スーツ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
飯の準備、ヨシ!
嗜好品、ヨシ!
車、ヨシ!
レーキ、ヨシ!
保管庫の中身……ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。さあ、今日の探索のメインは昼食だ。アレを美味しいと言ってもらえるなら今日の探索はもう大体務まったと考えることができる。今日も張り切って……張り切って料理はしたので肩の力を抜いていくか。
◇◆◇◆◇◆◇
ギルドで芽生さんと合流。いつも通りの挨拶をしてからの入ダン手続き、茂君、そして倍速で七十層行き。
「今日のお昼はどうしますか? 七十二層の階段を見つけてから七十層に戻って取る感じですかねえ? 」
「それが一番楽が出来るかなとは思ってる。階段さえ見つけてしまえば、というところ。北と東は軽くだが見回ったので、残りの南の未確認地域に階段がなかったらもう一回東を探索してみることにしよう。ドローンで把握できる範囲に次の目標物があればいいんだけど」
「今までで一番面倒くさいマップかもしれませんねえ。十九層辺りのオブジェクト祭りのほうがまだ見どころはありました」
「懐かしいな。あの時は岩を目標に進んでいったら一発で通ったんだったな。今回は……岩ばかりを追いかけるわけにもいかないだろうから南のクレーターを越えていった先の岩のところまで行って、そこからドローンで確かめて目的のものが有るかどうかを探すのが第一、それでだめだったら階段まで戻って、東をもう一回探すことになるかな」
描き込んだ地図を広げながらこの辺はもう通った道だということを示す鉛筆で描きこんだ部分を示しつつ、大体この辺がまだ視線が通っていない……というところを薄く描き込んでいく。
「西側の何もない場所は最後の最後ってことですか。何も見当たるものがない所に階段を置きに行くことはないだろうという予測もかねてってことになりますが」
「まだ一回しか通ったことはないんだ、一回二回でそうそう簡単に攻略されてしまったらせっかく頑張って作ってくれたミルコにも申し訳がたたないしな。攻略したから次作れ、というよりも今はまず階層に慣れることのほうを優先しようと思う。勿論階段は探すが午前中は南へ行って階段らしきオブジェクトがないかどうかを確認する。近場からゆっくりぐるっと巡るのは悪くないと思うんだが」
「そうですねえ。午前中南は良いと思います。多分往復一時間ぐらいで目的の場所にはたどり着けるでしょうから、それを基準にして行って戻って……南にそのまま階段があった場合は? 」
「その時は早めに撤収して早めのご飯かな。その後はもう一度階段方面へ行って、七十二層の様子をチェックする。後、グリフォンとの戦闘動画も取りたいしな。これだけ厳しい相手が出てきましたよ、という証拠にはなるし、そのグリフォンから爪と肉が落ちてこれが成果物ですからよろしくお願いします、と見せる必要も出て来る。仕事はそれなりにあるから、純粋に七十二層に潜っていられる時間はそう長くないかもしれない」
ろくろをぐるんぐるん回しながら芽生さんに説明する。
「まとめましょう。七十二層への階段を探すのが一つ。グリフォンの撮影をするのが一つ、七十二層のモンスター分布を調べるのが一つ。この三つであってますか」
「大まかにはそうだな。サメとエイに関してはもう情報はギルドに提出してあるし、今頃ギルマスは予想より多いフカヒレの供給を各地に回して味や値段について色々と吟味させるための手はずを整えているはずだ。値段のほうがいくらになるかまではわからんが、エンペラより安いってことはないだろうからその点は信頼できる。解らんのはこっちだな」
グリフォンの肉を取り出して見せる。中々の重さのあるグリフォンの肉がピンク色で刺しにしても美味いんだぞ、と視覚で攻撃を試みて来るが、その攻撃をひらりとかわし、再び保管庫に仕舞った。
「今日の昼食にも使ってみたんだが、いまいち俺の料理の腕が悪いのか、これは最高の肉だ! って印象をあまりつかめなかった。中華屋の爺さんの腕をまた借りることになるかもしれん。その為にはグリフォンを手軽に美味しく倒すための手段を構築しないといけないんだが、今のところ片翼を雷撃で壊して地面に落としたところで芽生さんがスプラッシュハンマーで首から切断するのが一番危険が少ないやり方だと思うけどどうだろう? 」
「複数回やってみることは出来るんですし、まずは試していきましょう。お互い一発ずつのスキル使用で仕事が終わるなら安いものです」
「いずれは一発で落とせるようになりたいものだが、この辺りからさすがに厳しさが増してきたって感じがするな。しばらくはこの宇宙マップで訓練をして身体強化を上げつつ、何かしらスキルの補充を行いたいところだ。何と言っても七十層では電波が通じるからな。ふいに電話がかかってきても対応できることになる。探索しながら電話が来たら撤収してそのままスキル取引に……なんてのも難しい話じゃない」
「それはいいことですねえ。私も【魔法矢】を望んだとはいえ、【水魔法】も一段階上げたいところですからそこはありがたいです」
芽生さんは【水魔法】が欲しいらしい。【水魔法】がもう一つ手に入るならグリフォンへのトドメの一撃もより確実なものになるだろうし、戦力アップとして期待大だ。
「そういえば、グリフォンに破られたスーツ、どうなりましたか。やはり補修は難しかったですか? 」
「いんや、結構すんなりと直してもらった。ほらここ、よく見ないと解らない程度に修復されている」
芽生さんに向けて、破られた袖の部分を見せてみる。俺も遠目からでは解らないぐらいの補修だ。元々ダークスーツに近い色合いだったからか、よく観察しないと解らない程度にまで綺麗にされている。
「どれどれ……これはよく観察しないと解らないぐらいですね。袖の破られ方も運が良かったってことでしょうか」
「そうかも。普段の身のこなしが大事だということがよく解る話だな。もうちょっと鈍かったら上のほうまで切り刻まれて新品買った方が早いとまで言われていたかもしれん」
あれこれ相談をしているうちに七十層に到着。やはり倍速エレベーターの威力は大きいな。その分長く探索できるし食事休みもゆっくり取れて帰りも多少遅くなっても問題が無くなる。そしてその間にいくら稼げるかを考えたら五倍取られても良いぐらいだったのだが、よく三倍で抑えてくれたな、とミルコを褒める所である。
早速車を出して乗り込む。すると助手席に座った芽生さんが違いを感じ取る。
「なんか車の掃除とかしました? 前と香りが違います。もっとこう、他人が使い倒したようなにおいがほんのり残っていたのが無くなってますね」
「せっかく生活魔法を多重化したんで、車全体にウォッシュをかけてみた。流石に車の外の汚れまでは落ちなかったけど、生活臭みたいなものはほとんどなくなったと思うんだけど、どう? 」
「なんか不思議な感じですね。新品の車の臭いもしませんし、でも新品のような感触がします。お得ですね。タバコのにおいとかが充満してても同じように綺麗にできるんでしょうか」
タバコのにおいは一回付くと取れないからな。それも取れるようなら、全国の中古屋で車の内部掃除屋として重宝されるかもしれん。その為に一億出すかどうかはさておき、ネアレスとドライブしてたと言う痕跡はほぼなくなったとみていいだろう。きっと抜け毛もゴミとして黒い粒子に変わってくれたに違いない。
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