1247:おでんはどこが一番美味いのか問題
残りの時間を消化して、六十三層へ戻ってきた。保管庫の中を覗き今日の成果を確認する。成果のほうは……うむ、充分だな。亀の甲羅もワニ革もエンペラも一日分としては充分な量を確保できている。金額的に考えると三億はさすがに届かないか。でもまあ二億後半ぐらいは行きそうな雰囲気である。ポーションが一本少なかったかな。もう一本出てくれてれば三億いっててもおかしくない量ではあるが、こればっかりは運だからな。今日のところは御縁がなかったということで次回に期待しよう。
リヤカーを取りにエレベーター周辺まで戻ると、他のリヤカーは撤収した後だったようで、俺のリヤカーだけがぽつんと残されていた。みんな帰るの早いな。自分のリヤカーをエレベーターに乗せて倍速モードで七層のボタンを押すと、エレベーターの中でいつもの仕分け。今日はワニ革が少し多めに出たような気がするな。ほんの数枚だが、わりと体積があるので見た目で違いが判る程度には数が多い。
仕分けを済ませて残り十分少々。クロスワードを解くにはちょっと短い時間か。大人しく雑誌でも読もう。探索・オブ・ザ・イヤーも月刊探索ライフも最新号は来週あたりに出るはずなので、もしかしたら俺への一言についても言及されてるかもしれないな。せっかくこっそりと取材を受けたのだから誌面に活かしてほしいところではある。
月刊探索ライフのほうは囲み取材の時に記者が来ており、しっかりとした取材内容を整えてから誌面を出したため、先月号、つまり現状の最新号にはしっかり記事として載せられていた。どの誌面も俺の姓名については伏せておいてくれたが、年齢はバッチリ出ていた。世間に俺の年齢がばれてしまったというのは……まあ気にすることじゃないか。大事なのは顔を隠すことと名前を出さない事、この二点だったからな。
そういえば探索・オブ・ザ・イヤーの記者は俺の名前を知ってたな、何処から名前を割り出したんだろう。記者の誰かから漏れた可能性はあるな。漏洩元を探すつもりはないが、俺への取材は金がかかる、という認識が広まってくれると色々と有り難い。金を払わずに物事の筋道が立てられたり、取材に応じると思うのは認識違いであるということをもっと広めていかないとな。
七層についたのでいつもの目隠しをしてから茂君。芽生さんが居ると目隠しの手間分一分ほど短くできるが、そこはダッシュ速度を上げていくことで対応。ワイルドボアも走って集めてまとめてボン、で綺麗にモンスターを掃除する。
さて、茂君を刈り取ると、早速範囲収納……と、珍しく通りがかりの探索者が居るので範囲収納を使わず手でかき集めてバッグ経由で羽根を収納していく。茂君の範囲狩りに驚いてはいたものの、ちゃんと羽根を回収しているのを見てそのまま通り過ぎていく。どうせ追い越すんだから呑気に歩いていてくれていても問題はないし、帰り道に湧くワイルドボアが一匹でも減ってくれるならそれはそれで好都合である。
拾い終わって、もう拾い忘れはないかな? とこっそり誰にも見られない内に範囲収納をかけて、拾い逃しがないことを確認。さあ、ダッシュで戻ろう。
途中でさっき通りがかったパーティーを追い越し、走りながらギリギリ湧いていたワイルドボアを雷撃でジュッと焼いて六層の仕事終了。七層のテントのところに戻る。
テントにいたずらはどうやらされてないらしい。しかし、エレベーターが出来てからというかこの時間帯には珍しい下行きのパーティーだったな。今夜は七層か十四層で夜を明かすのかな。少なくとも後輩が育っていくことに違いはないのでそこは嬉しく思っておくべきだろうな。
最近は朝も夕も茂君をしている間に六層を通過する探索者をほぼ見なくなった。多分行き道に出会うには早すぎるし、帰り道に出会うには遅すぎるんだろう。誰も見てない間に回収したい俺としては願ったりかなったりの話なのだが、あまりに人と会わないというのも少しだけ不安感が募る。今頃メインカスタマーが存在するであろう二十一層から二十八層にかけてはどんな感じになってるんだろう。気になった時にまたふらっと出かけてノートとペンが足りなかったら補充する作業を半日かけて続けていくのも悪くないな。
一層に戻り退ダン手続きからの査定カウンター。今日も六層で手に入れたワイルドボアの革を査定に出す。毎回ではなくとも定期的に納品していかないと貯まりすぎて不思議がられることがあるからな。毎日出せるものは出来るだけ毎日出すように心がけるか。
査定は順調に進み、今日のお賃金、二億五千三百三十万四千六百四十円を手にする。やはりポーション一個分少なかったか。いつもより細かい数字まで出ているのはワイルドボアの革のおかげだ。ほんの小遣いとしては優秀なドロップ品なんだけどな。これがワイルドボアの革の分だけ小遣いにして支払いにしてもらう、という手もあったが今のところそれはしないでおく。
振り込みを済ませるといつもの冷たい水を飲んでクーリング。冷却材としてはそろそろ冷たすぎる時期になってきた。そろそろ水と熱湯半分ずつにして、ぬるい湯として頂くようになる時期でもある。季節の移り変わりは早い、気が付くとあっという間に寒くなってしまう昨今だ、冷たさを楽しめる間に精々楽しんでしまおう。
保管庫からスマホを取り出して見ると、レインが一件入っている。坂野ギルマスからだ、いつ送ってきたのだろうと時間を見ると昼頃のようだ。
「これを見ているころは私はもう自宅に帰っていると思う。緊急ではないのだけれど例のフカヒレをもう少し研究して値段を決めたいという商社が居たため、追加でいくつか欲しい。机の上に並べておいてくれればそれでいいのでよろしく。あと、机の上のものはできるだけいじらないでね」
なるほど、フカヒレの追加注文か。現在時刻は午後七時前。ギルマスは聞くまでもなくもう帰ってしまっているだろう。メモに一枚「ご注文のフカヒレ二十個になります」と書き記すと破り、ギルマスの部屋にこっそり侵入しフカヒレを二十個並べると破ったノートの破片を上に挟み込むように乗せておいた。
「ご注文の品二十個お届け完了しました。なお、後日また新しく持ち込みたい商品がありますのでその時はよろしくお願いします」
レインを送り返しておいた。これで良いだろう。グリフォンの肉と爪は次に芽生さんと潜る予定が明日あるので、いくらか数をそろえてこれもギルマスに渡して値段を見てもらうことにしよう。そういえばグリフォンはまだ撮影もしてなかったな。それも含めて提出する必要があるだろうな。
グリフォンとの戦闘、果たして形になるものか、それとも撮影ができるようなものになるかも含めて可能性は解らないが、遠目から見てこんなモンスターが居てこういう倒し方をしました、という報告にはなるのでその辺は撮影を済ませて実際に動画を見てもらって判断してもらうことにしよう。
しかし、圧切に負けないだけの硬さを持つグリフォンの爪、どういう風に使われるんだろう。俄然興味が湧いてきたな。新しい武器の素材になるのか、それとも切削工具の先端部分に取り付けてより滑らかで確実な加工ができるようなものになるのか。いずれにせよ今のところ希少商品には違いない。取りに行けるのは俺達と、多分高橋さん達だけになる。結衣さん達が追いつくにはまだ時間がかかるだろうから、かなりの値段が付いてもおかしくはないな。
ドロップ品で高価格が付いているものは現状だとダンジョニウムインゴットの十万円が最上位となる。醤油差しとグリフォンの爪にどれだけの価値が見いだされるかまでは解らないが、レアものには違いないのでそれなりの値段が付くだろう。
醤油差しのほうは医学的に価値がありそうなものだとして手持ちの全部を供出してしまったぐらいだ。研究にある程度目途が付いて何らかの医薬品や化学薬品として効果を発揮してくれるのだろう。結果と査定が可能になってから充分な報酬を遡って請求するとしよう。医薬品の新規開発には金がかかるものだと聞いたことがあるし、もしもあの醤油差しが代替の利かない貴重な物質であった場合、価値は跳ね上がるだろうな。楽しみである。
バスと電車で自宅周辺まで真っ直ぐ帰り、途中のコンビニでおでんを買いあさる。そういえば今日はミルコにお菓子を渡すのを忘れていたな。後、ネアレスは食品では釣れないようなので何かしら用意するほうがいいのだろうが……何がいいんだろう? 本人に直接聞くのもアレだし、それとなく今度会った際に探りを入れてみるか。
おでんは思った品が大体残ってくれていたのでそのまま全部一個ずつ買い、お菓子はまだ在庫があるのでそのまま何も買わずにサラダチキンの黒胡椒たっぷりの奴を選んだ。
家に帰ると荷物を片付けて着替えてから早速おでん雑炊の準備に入る。手順は簡単、つゆだくにしてもらったおでんにサラダチキンをちぎって細かくしたものを入れ込み、一煮立ちしたところで残り物のご飯を投入。良い感じにでろんとしてきたところで味見。ちょっと薄かったので市販の麺つゆを足して旨味と塩味をさらに強めてもう一煮立ち。全体に味が回りご飯が柔らかくなったところで完成だ。器に移していただきます。
味染み大根が更に味染みになっている。追加した麺つゆもおでんの元の味と喧嘩せず、相乗効果で更に旨味を出してくれている。心もお腹も温まる一品料理がここに出来上がった。
サラダチキンの黒胡椒がアクセントになり食が進む。卵もしっかり温まっており、中まで味染みになってくれているのでなおさらいい。こんにゃくも汁をたっぷりと吸いこんでくれているので単品でも充分な美味しさを演出してくれている。そして何より、この餅巾着がすこぶる美味い。揚げの甘い味付けがおでん全体に絡みつき、中の餅も甘く仕上がっている。この餅巾着がおでんの鍋に入っているかどうかでかなり味わいに深みが出て来るな。後はウィンナーがあれば完璧だったんだろうが、残念ながら今日は売り切れか、品を入れていないようで見かけることはなかった。
ちくわもおでんの中では味わいを深くしてくれる大事な品だ。そして、それらの美味しさを全て吸い込んで汁をほとんどなくしてくれた米が何よりも美味い。最後にご飯を食すことで、この美味しいご飯を育ててくれて来た仲間たちを胃袋に入れ続け、そして最後に育て上げられた米を味わうことで確かな満足と胃袋へ温かさを届けてくれる。
最後の一粒まで鍋に残ったご飯を食べきると、流石に満腹になった。汁気を吸うので普通にご飯を食べるよりも腹が膨れるもんだな。もう一品欲しくなったら何か肉を焼こうと思っていたが、その必要もないらしい。昼食のステーキで思ったより米を消費しなかったのが響いたってところかな。
満腹になったところで風呂を入れ始め、その間に食器洗いと乾燥を生活魔法でパパッとやってしまう。生活魔法の多重化により油分も汚れとして認識されはじめ、指でこすってもぱっと見でも解らないぐらい綺麗になってくれた。食洗器すら必要なくなったのかもしれないが、もっと脂っこいものを調理した時に試してみるべきだな。何なら朝のステーキを焼いたフライパンで試してみるべきだったか。ま、明日以降への課題として残しておこう。
風呂が沸いたので入りながら、明日のことを考える。明日は七十一層の続きだ。明日で階段をみつけられたらいいな、という感じである。七十一層でもグリフォンが出てきたのだから、七十二層では更にグリフォンの密度は高くなるだろう。グリフォンの絶対安全攻略法を見つけるのが明日の課題だな。
芽生さんみたいに切り裂いていく系列のスキルがあればいいのだが、残念ながら火魔法も雷魔法もそういう用途には向いていないか、俺のイメージセンスが悪くてうまくいっていない。やはり風魔法か水魔法、土魔法あたりのスキルと組み合わせていくのがベストであり、そういう意味では芽生さんとコンビで俺が一発目でグリフォンの動きをある程度制限した後芽生さんがトドメのスプラッシュハンマーをぶつけて首から斬り落とす、という流れが一番良いのだろうな。一人で潜って……なんてことを考える必要はないので今のところ気が楽だ。
風呂を出てホカホカのいい感じの内に眠気が訪れ始めた。こういう時は素直に明日のためにしっかり寝ることにしよう。明日の昼食は……回鍋肉か。今回は試しにグリフォンの肉を使ってみるとするか。「グリフォンの肉、回鍋肉」とメモをキッチンに貼り付けておくと、布団に入ってお休みをする。
明日で七十二層への階段を見つけて、それから……
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