1246:ドライブデート?
熱くダンジョンについて語っていたら六十三層に到着してしまったので、一旦リヤカーを六十三層に置き、七十層へ向かう。ネアレスが言っていた車に乗ってみたい、という希望を叶えるためだ。
「楽しみです。セノさんが素晴らしい乗り物だと言っていたので」
ニコニコと笑顔を絶やさないネアレス。五分待って七十層へ到着。早速車を保管庫から取り出して、助手席にネアレスを乗せて、ちゃんとシートベルトを締めてもらう。シートベルトの締め方を教える際に少し胸に手が当たってしまったが、ネアレスは気にしていないようだし俺も表情を一切崩さず対応したのでラッキータッチだと思っておこう。
「じゃあ、出発しまーす。行先、七十一層側階段」
「れっつごーです」
スピードを上げて、がたついたり不必要な揺れの起きそうな場所を避けながら車を走らせる。
「確かにこれは速いですね。ちょっとうるさいですが馬車の揺れに比べたら極上の乗り物ですね。皆さんこんな乗り物を持っているんですか? 」
「そうだな、地方にもよるが小西ダンジョンの近くなら一家に一台ってぐらいはあるかな。俺は個人用とダンジョン探索用……ということになるかな、これで合計二台だ」
「これだけのスピードで走る乗り物……相当高いものなんじゃないですか? 」
「んー……これと同じ車なら、ダンジョンで一日俺が稼げば八十台ぐらいは買えるかな。実際は税金とか取られるから三十台ぐらいになっちゃうけど」
「なるほど、一般的なものなんですね。でも、風を感じないのは凄い密閉度ですね」
「風を感じるために屋根がないタイプもあるよ。冬は寒いし夏は暑いし、車の中のものは飛んでいくけどね」
軽く解説をしながら七十一層の階段までたどり着いたのでUターンして六十九層側の階段へ戻る。ネアレスは窓から流れる景色が楽しいようで、ほとんど何もない情景にもかかわらず、楽しんでいるようだ。心なしか、尻尾も先っぽがゆらゆらしているように見える。やはり無意識に振っているんだろうか。そのあたりは仕様なのか故意なのかまでは解らないな。まあよそ見運転で事故を起こさない程度に助手席には気を配っておこう。
往復五分ほどの短いドライブが終わり、ネアレスのシートベルトを外してやると二人車を降りる。
「興味深い体験をさせてもらいました、ありがとうございます」
深々と頭を下げられお礼を言われる。もしかしたら今後はダンジョンマスターを横に乗せてドライブをする、というのがこちらでの出迎えの儀式みたいなものになるかもしれないな。
「じゃあ、俺は六十三層に戻っていつもの作業に入るから」
「はい、長々とお邪魔しました。ダンジョンのほうは引き続き作っていきますので、取次のほうをよろしくお願いします。では」
ネアレスは転移していった。さて……なんだかんだドライブのために三十分ほど使ったが、午前中から飛ばしていけばこの金銭的遅れは取り戻せるかな。今頃はネアレス側もネアレスだけずるい! とか言われてそうな気もするがまあ外交官特権みたいなものだろう。いずれ他のダンジョンが踏破されて他のダンジョンマスターがここに来るようなことになったらまた出番はあるということを覚悟しておかないといけないかな。
車を保管庫に仕舞う前に助手席に軽いウォッシュをかけておく。次に芽生さんが乗った時に他の女の匂いがするとか知らない女の毛が……とか言われないためだ。もし残ってたら残ってたで、ネアレスが車に乗ってみたいというのでちょっと走らせてた、とちゃんと理由を説明すれば納得はしてくれる……はずだ。だが、綺麗にしておくという行為自体が不貞を疑われる原因になったりはすまいか、ともちょっと思ったが、助手席だけでなく全体を綺麗にしておけばいいのか。ウォッシュも強力な浄化ができるようになったんで試しに車全体に試してみた、とかそういう感じでいけばいいだろう。
というわけで車のドアを全て開けて、換気が良い状態でのウォッシュ。俺の目では見えない汚れや匂い、前の持ち主の残しものなんかが黒い粒子になって消えていく。やはりそれなりに前の持ち主の残り物というのはあったらしい。だがこのウォッシュにより、破損はともかくとしてにおいや汚れなんかは一通り綺麗になった気がする。
しかし、浮気の証拠隠しをしているような気分にさせられるのは相手がネアレスだからなのか。ちょっと魔性の女みたいな雰囲気をしている彼女だが、その色気につられないように注意しないとな。短い付き合いになるだろうからとはいえ、ついうっかりがないように心をしっかり保っていこう。
気を取り直して車を保管庫に仕舞って六十三層へ移動、今日本来の仕事である六十四層でエンペラ集めをする活動に戻ることにしよう。
六十三層に上がって……リヤカーは三つ来ている。俺のと、多分結衣さん達のと、そして高橋さん達のだろう。ノートを確認すると「了解」とだけ記されていた。どうやらちゃんと通じたらしい。これで七十層メンバーがもう一パーティー増えることになる。
そういえば、現状最深層まで潜っている高橋さん達の立場はどうなっているんだろう? ちゃんと出世の対象になっているんだろうか。給与等級が上がることは悪い話ではないはずなので、もしかしたら独立機動部隊みたいな感じで四人一分隊として扱われているのかもしれないな。
ことダンジョンにおいては他のD部隊よりも頭一つ抜けているだろうことは考えられるのである意味では出世コースに乗った感はある。俺は自衛隊員ではないから彼らの出世の流れは解らないが、実力がある探索者としての自衛隊員をそのままのポジションで留め置くことは誰も幸せにならないだろうと考えられる。その分賞与とかでカバーされていると良いな。
さて、高橋さん達の七十層到着を願いつつ、いつもの仕事に戻るか。今日は朝から晩までしっかり全力ダッシュモードで戦い続けることにしよう。昼食もしっかり用意されていることだし、今日もエンペラを集める作業に邁進するのだ。
◇◆◇◆◇◆◇
午前中のダッシュを終えて昼食休憩。保管庫のスピード限界が上昇したことにより、ドライフルーツは四時間ほどで作れるようになったし、目の前に出てきたステーキもまだジワジワと音を上げている。こんな奥深くで家で作られたアツアツのステーキを二枚も食べられることに幸せを感じる。
ほんのり酸味があり、甘さがあり、そしてコクのあるステーキソースがボア肉を焦がし、いい香りが立ち込めている。早速齧り付き、そのまま噛み千切るように一枚肉を食い破る。今日はあらかじめ切らずにでかいままのステーキを用意したので、豪快に齧り付くタイプのワイルドな昼食だ。一枚ずつ米にワンクッションしながら食べるのではなく、口の中にステーキの食感と味わいが残っているうちに米を掻き込み、口の中で一緒に味わう。
サラダも忘れずに間に入れていく。今日はサラダを食べてから肉ではなく、肉の間にサラダって感じだ。サラダのほうが先になくなってしまったが、最後まで肉の感触を味わえることは幸せである。米は多めに炊いたので残ったら……コンビニおでんで雑炊風味にしていただくのも悪くないな。今日の帰りもおでんを買って帰ろうかな。
夕食の当たりをつけたところで昼食をすべて胃に納め切る。ふぅ、今日は手抜きの割に満足感がそこそこあったな。でかい一枚肉だったらさぞ噛み応えのあるものだっただろうが、ステーキを二枚というのも中々悪くない。ステーキレシピは久しぶりに引いたが、フカヒレのステーキもいずれは挑戦してみたいところではある。今度爺さんにコツでも教えてもらうことにするかな。
◇◆◇◆◇◆◇
昼食休みを挟んでまた六十四層をグルグルとめぐる。ここも慣れてきた、いずれ飽きるだろう。だが、今メインで楽に一番稼げるのはここ。結衣さん達の姿を午前中も午後も見かけなかったので、おそらくは六十二層側へ行っていると思われる。高橋さん達は今頃……六十七層あたりかな。高橋さん達も強行軍で奥まで進むということはしないだろうから、俺が午後の探索を終えて帰ってくるころにはリヤカーごと七十層へ移動しているころだろう。
ワニと亀を片手間で処理しつつ、走り込みを続ける。五重化した【雷魔法】でことごとく焼き尽くすことが可能になった今、この階層で近接戦闘を仕掛けることはほぼ無い。よほど近くに湧くか、もしくは曲がり角を曲がったすぐでモンスターが湧いていて仕方なく近接戦闘になることはあるものの、基本的にはスキルだけで倒している。【雷魔法】と範囲収納さえ使えれば後は走っているだけのこの地下水路、障害になるようなモンスターが出るわけでもなく。
他の探索者では真似できないスピードとドロップ品回収能力、そしてドロップ品の質量、体積を無に出来る【保管庫】のおかげでこれだけ稼いでいられるのは間違いない所ではある。そう言う意味では【保管庫】なしでの探索となれば今からやれと言われてもかなり難しいところまで慣れてしまった自分の身体にちょっとくやしいビクンビクン的なものは確かにある。
いつ頃になったら【保管庫】を公に使えるようにしてしまうようにするのか。実は稼ぎの多さの理由は特殊スキルにありました、と発表してしまえば今後はいろんなところで警戒される可能性だってある。
たとえば、見てない間に【保管庫】のスキルを使って万引きされないだろうかとか、品物がなくなったのであなたこっそり保管庫に入れたでしょとかそういう類のものだ。そういうしがらみから逃れるためにもできるだけ隠しておきたいところなんだが、おそらく世の中はそんなに優しいものでは出来ていないだろう。
やはり、まだしばらくの間は保管庫スキルの公表は控える必要がありそうだ。なぜ俺にダンジョンマスターから見えるマーカーが付いているのか? という点については深いところまで潜っているから、という理由で表向きの説明はしてあるが、それは二次的なものである。もし俺が最深層探索者でなかった場合はこの前提が覆されるのだから、真面目に探索者やっててよかったなと思う所である。
さて……考え事を宇宙の遥か彼方に飛ばしながら作業をするのもこの階層では当たり前に出来てきている。この調子なら今日のお仕事終わり時間もすぐだろうな。本当、単純作業を体に馴染ませて頭だけを虚空に飛ばすことができる体質で良かった。もし一秒一秒を考えながら動作するような脳みそをしていたら、きっとこの作業も苦行だとしてかなり受け入れがたいことになっていただろう。
単純作業を二十年間こなしてきて、だんだん身体が慣れるとともに思考を飛ばし、遊びに行かせながら動作と目線はしっかりと探索に向ける。この作業感を手に入れられるのはある種の才能だとも言える。俺は才能がある男の子で良かったなと思う所である。
時計を見る。午後四時。午後の作業を始めて三時間、という所か。後二時間は回るから、もうちょっとだな。さて、夕食はおでんと相場を決めたので、後はコンビニにちゃんとおでんが売れ残ってくれているのか、残ってくれているとして、そのおでんがしっかり味染みになっているかどうかが気になるな。
もしかしたら入れたてほやほやでまだ温まってもいないようなおでんを購入する可能性だってあるわけだ。どうせ雑炊にするから一旦煮炊きするので構わないというところではあるが、事前に味染みであるかどうかは結構大事な論点だ。大根もホロホロで箸で簡単に割れるぐらいに柔らかくなっていてほしいし、卵も味染みでいてほしい。こんにゃくは……まあ家で煮こむ間に味が染みるだろう。あとはちくわと厚揚げと餅巾着の中で一つは残っていてほしいな。
今夜の食事ががぜん楽しみになってきた。そこにレンチンしてほぐしたプレーンサラダチキンも入れてしまえばたんぱく質もたっぷり入ったかなり美味しいメシになるんではないか。プレーンじゃなくても胡椒のしっかり聞いたスパイス的な奴でも良い。おでん汁が上手い具合に全体を整えてくれると助かる。さあ、四時間後ぐらいが楽しみだな。それまではこの流れ作業に身を任せながら精々腹を空かせていくことにしよう。
そういえば、今日は一日身体強化を十全に効かせて戦っているけど前みたいな空腹感や眩暈には襲われていない。あれかな、体内魔素を補給する意味でも、ボア肉をたっぷり食べたからその分補充された、という認識で良いんだろうか。この辺りはまだまだ色々と調べることもある。ネアレス曰く限界ギリギリまで使ってるという話だが、また身体強化がレベルアップした時に何かが変わるんだろうか。その時まで精々こき使ってやるか。
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