1241:フカヒレの夜
三日ぶりの中華屋、そうそう変化があるわけでもなく……と思ったが、いつもとは違う香りが少し漂っている。なんだろう? 乾物をしっかり煮出したような複雑な香りだ。
「さっそくだが、まずはコースの説明だ。三品だす。それぞれ時間かけて考えた品だ、ちゃんと味わってくれよ? それと、今回の技術料は一万円だ。そこも先に承知しておいてもらおう」
「大丈夫、持ち合わせは充分にある。楽しみだなあ。俺フカヒレ初めてなんだよ」
「私も初めてです。なのでお爺さんのフカヒレ料理がこれからの味の基準になります。よろしくお願いします」
「それはまた、大層な役目を押し付けられちまったな。そっちの兄ちゃんは何にする? 」
同時に入った小寺さんへの注文は先に通すらしい。
「俺もフカヒレ食べたいなあ。俺の分はないかな? 」
「仕込みの時間が足りねえし、兄ちゃんにまで出しちまうと残りが小さくなっちまうんだが……どうするね? 」
こっちに振ってきた。バッグからフカヒレを取り出してみんなに見せる。
「では、先ほど採れたてピチピチのフカヒレをもう一つここでご進呈します。小寺さんからは好き放題むしり取っていいからせっかくだし手間のかからない奴が有ったら一品分けてあげてよ」
「なるほどな……二万だ、二万で喰わせてやる」
「じゃあ、二万だすわ。それだけでかいフカヒレならさぞ食い甲斐があるだろうし」
小寺さんにも半分おすそ分けという形になった。三日かかるとは言っていたが、フカヒレですぐにお出しできる料理なんてあるのかな?
「とりあえず、それとは別でチャーハンは出そう。まずチャーハン作ってから……いや、逆のほうがいいな。まずフカヒレ一品目だ。ちょいと待ってな」
奥に引っ込むと、小寺さんがこっちの机に来た。
「安村さんがこの時期に新しい食材を出してくるってことは、新しい階層に潜り始めたって認識で良いのかな? 」
「まあ、あまり大声で喋ってくれない前提でなら言うけど、そういうことになる」
「なるほど、で、今日がその食材の初お披露目ってことか。フカヒレであのサイズってことは結構なお値段するよね? 二万で喰わせてもらえるのはラッキーだな」
「普通なら一食三品で二万なんてそうそう出せる金額じゃないんだが、そこはまあ探索者だしってところか」
「日常的に潜ってると、使える所で金使わないと貯まるばっかりだからな。爺さんにも今日はそのおすそ分けと思って飯食いに来たんだけどいいタイミングだったよ」
小寺さんがおしぼりで顔を拭きながらテンションが高めなので、せっかくなのでウォッシュしておく。
「悪いね」
「気持ちいい服装、気持ちいい状態で喰った方がより美味いだろうしな」
「あ、じゃあ私もお願いします」
芽生さんにもウォッシュ。ついでに自分にもウォッシュ。ウォッシュをしたが、破れたスーツの袖はさすがに元には戻らなかった。
「さすがに服の修復はウォッシュでは無理ですか。ポーションかけても同じですかね」
「無駄に袖を濡らすだけになりそうだ。明日にでも早速相談しに行ってみるか」
無駄話に花を咲かせていると、爺さんが一品目を持ってくる。
「まずは一品目、フカヒレの刺身だ。今貰ったフカヒレは後の料理で割増しで使わせてもらうことにする。三品と言ったが四品に変わった。その分だ」
フカヒレの……刺身か。フカヒレにも刺身ってあるのか。
「フカヒレは細切りのスープなら飲んだことはあるが、さすがに俺も刺身は初めて食べるな。どれ……爺さんこれ味しないよ」
「そりゃそうだ。フカヒレの刺身はタレで喰うもんだ。そのまま食ってもスカスカで味がしないだろう? でも、そのスカスカの部分に美味いスープやタレを吸わせてやると、味わいや香りをどんどん吸い上げてグンとうまくなるんだ。とりあえずこのタレをつけて食ってみてくれ」
三人分の刺身が出て来る。そんなに大きくはないが、高級料理の刺身ともなればふぐ刺しをイメージするが、そこまでの量はさすがにあのフカヒレからは取れないのだろう。ともかく、まずは何もつけずに食べてみる。
……なんだろう、ダシの完全に出切ったするめというか、イカソーメンの味のない奴というか、コリコリとした感覚だけがひたすら口の中を支配する。これがこの後美味しく調理されて出てくるとなれば楽しみは山盛りだな。芽生さんのほうを見ると、どうやら俺と同じ感想らしく、首をかしげている。
やはりタレが大事なんだろうな。二枚目はタレをたっぷりとつけていただく。たれの旨味を瞬間で吸い取ったフカヒレが突然舌の上で踊りだす。
「これは……美味いな! 」
「美味しいですねえ。さっきのコリコリが嘘みたいです」
「そうだろ? そのタレを作って寝かせるのに一晩かかったからな。ゆっくり味わっていてくれ。その間に次を作るからよ」
爺さんはまた奥へ引っ込んでいった。フカヒレのコリコリの感触を楽しみつつ、タレをしっかりとつけて味わう。さっきの店に入ってきた時の香りが一部これに含まれているような気がする。このタレのために爺さんの時間を使ってしまったのなら、一万円でもまだ安い気がしてきた。それが何と後三品も出てくるという。次が楽しみでならない。
コリコリしていると、次の一品が運ばれてきた。次はスープらしい。それぞれ一皿ずつ、フカヒレを分割したものが深い黄色のスープに浮かんでやってきた。
「姿煮って奴だ。本来なら一枚丸ごとドサッと乗せたほうがインパクトがあるんだが、二人分なので二人で半分ずつって感じにした。大きさはまあ、俺の店基準ってことで勘弁してくれや。ちゃんとした中華の店に行けばこれのもっと大きい奴が豪勢に運ばれてくるはずだ」
これがフカヒレの姿煮かあ……実物を見るのは初めてだ。まずはスープから頂こう。
深い味わいが解る。このスープを作るために色んなものをぶち込んで煮込んで、濾して、手間暇がかかっているなというのが解る。この一皿のためだけにどれだけのものを用意してくれたのだろう。とてもありがたいという気持ちで既に胸がつっかかり始めている。
ちゃんと身も食べよう。食感は刺身に比べてとても柔らかで、口の中でぷりぷりしていてトロトロにほどけていく。このゼラチン質みたいなものに熱が加わってこのトロトロの食感を出しているんだろうな。舌が美味い、そして鼻も美味い。スープの香りが鼻を通り抜けて二重に美味しい。
「……」
芽生さんが無言で食して表情で美味しさを表現している。
「安村さんがそんな準備してるのを知ってたら俺も食えたのかあ。ちょっと残念だな」
一人オアズケを喰っている小寺さんの元へ、チャーハンが運ばれてきた。
「ちょっとだけ、姿煮からフカヒレを頂いてチャーハンに仕込んでおいた。刺身だけで二万円取るのは狡いからな。これでも食って満足してくれや」
「やった、いただきます! 」
小寺さんが早速チャーハンをかきこみ始めた。
「あれは後でそっちにも出すからな。三品目は……そろそろ蒸しあがるかな」
三品目は蒸し料理らしい。何が出てくるんだろう。肉まんとか餃子とか、小籠包とか……どうやら合わせる具材が大事らしいからな。小籠包にしろ餃子にしろ肉まんにしろ、どんな具材と一緒に合わさってきてくれるのか。もうよだれが出そうだ。
しばらくして、爺さんが四つの小籠包を出してきた。
「出来立てアツアツだからやけどには注意してくれ。フカヒレ入り小籠包、肉はオーク肉を贅沢に使用してみた。旨味を吸って美味しくなってる……はずだ。味見をしてねえから実際のほどは解らんが、満足してくれればそれでいい」
本当に出来たてホヤホヤの小籠包が出てきた。熱すぎて食えないんじゃないかともおもうが、まずは汁をこぼさないように、レンゲの上で小さな穴をあけてそこから出て来る蒸気と熱い水分を味わう。
うむ、これはいいものだ。オーク肉の油もさることながら、溶けだしたであろうフカヒレのゼラチン質が汁を吸いこんで、思ったほど汁の量はない。しかし、味わいは確か。オーク肉の甘い油を全力で味わうことができる。そして、そのまま思い切ってかじりつく。
熱っ、美味っ、じゅるっ。このゼラチン質に完全に閉じ込められてフカヒレに吸い取られた香りが更に味わいを増す。もうずっとこれだけを食べて生活していきたいと思えるうまさだ。これが毎日一万円で喰えるなら週三で通える。きっと、さっきの姿煮のスープの一部もこの小籠包にぶち込んであるのだろう。ほのかだが、姿煮と同じ香りがする。
芽生さんは……熱さに負けたらしく、勢いよく水を飲んでは負けじとチャレンジしている。頑張れ。俺は味わい切ったぞ。
「熱いですけど、美味しいです。これはコラーゲンがコラーゲンしてお肌が若返りそうです」
それ以上若返りを求めるのか。二十過ぎたら女子高生の肌のツヤが羨ましくなるとかそういうのだろうか。まあ、このゼラチン感たっぷりのフカヒレメニューならお肌の色つやも若返っても不思議はない。ワイバーン肉と合わせたら更に若返るかもしれないな。ワイバーン肉の角煮を作ってその角煮の汁を使ってフカヒレをしっかり煮こむ……料理としてはアリかもしれんな。今度自宅でこっそりチャレンジしてみるか。在庫はある。
最後にはチャーハンがこちらにも振る舞われた。
「最後は突発だったからあんまり汁気を吸わせきれなかったけどな。お出しされた以上は使い切るのがマナーだからな」
所々白い斑点みたいになっているフカヒレが見えている。きっと汁を吸いこみ切れなかったんだろうな。しかし、アワビ、貝紐、シイタケなんかがふんだんに使われている、贅沢なチャーハンだ。多分ふかひれスープを作るために使った残りの材料で拵えたものなんだろう。旨味を出し切って、それでもまだ保持し続ける美味しさがチャーハンの中である程度調和して、そしてコリコリとしたフカヒレの食感が何とも言えず口の中を楽しませてくれる。
「うーん、満足です。これだけ味わわせてもらって一万円は安すぎる気がしてきました」
芽生さんは満足顔。俺も満腹ではないが、中華料理の奥深さを堪能させてもらった気分になっている。
「やー、美味そうでいいなそっちは。俺もその内食えるようになるんかな」
「まだ値段付いてない原料だからな。これがいくらで取引されるようになるかは……まだ解らんが、原材料の質としては爺さん的にどう感じたんだろう? 」
「原料としてか? 最上級のフカヒレだと思うぞ。なにせ無加工でそのまんまお出しされてきた新鮮そのもののフカヒレだからな。仕入れようと思ったら……今の現金はたいても買えるかどうか怪しいぐらいだ」
相当モノがいいらしい。これは値段にも期待が高まるな。エンペラも大事だがフカヒレも今後は大事になってくるだろう。
「じゃ、俺は先に出るわ。お二人さん、今日は御馳走様」
小寺さんは飯を終えると早々と帰っていった。俺と芽生さんはまだ余韻に浸っている。
「ダンジョンに潜ってなかったらこんな美味いメシにありつくこともなかったんだよな」
「そもそも洋一さんと出会わなかったら私もまだCランクぐらいでうろうろしていたかもしれません」
隣同士の椅子、お互いに向き合う。
「芽生さん、今後ともよろしくね」
「洋一さんこそ、少なくとも三月末まではよろしくお願いします」
「そういえばそういう契約だったな。隣に居るのが当たり前だからすっかり忘れてたよ」
思い返す、探索の日々。忘れられない芽生さん最初のサービスショットである、ちゃんと名前を付けて保存されている下着姿。
「とりあえず……三月までにどこまで潜れるようになるんだろうな」
「ミルコ君次第ですかねえ。それまでは精々稼いで家族にも楽をさせましょう。お父さんも私の稼ぎを知って日々仕事したくないってぼやいてるらしいですし」
「それはそれで問題だな。でも家族を楽にさせるのは悪い話ではないし、お父さんも悪い方向に転ばないなら、肩ひじ張って仕事を無理に頑張らなくても良いという意味では力を抜かせることもできるかもしれないな」
またフカヒレ食べたいな。今度はちゃんとした店で食べるか。そういえばグリフォンの肉もあるんだ。こいつはどう料理してやろうか……ダンジョンの楽しみはまだまだ尽きないな。
「また面白い食材があったら持ってこい。何かしら作ってやる」
「じゃあ、近々また来ることになるかな? もう一つ肉ネタがあるんだ、今日は出さないでおくけど」
「そいつは楽しみだ。是非たっぷり楽しませてもらうことにしよう」
爺さんに金を払って店を出る。
「今日渡さなくてよかったんですか? 」
「明日また来いって言われそうだからな。また今度、もうちょっと数が溜まってギルドにも品物を渡して、その上で余った分を爺さんに試してもらうか、もしくは俺が何かに加工して見せるかだな」
丁度バスの時間なのでバスに乗って帰る。腹が膨れて心も満たされて舌も鼻もたっぷりと味わった。しばらくは贅沢は……いや、グリフォンの肉は是非とも料理として加工してみたい。その為にはまた芽生さんと七十一層に潜っていかないといけないしな。その為には色々まだやることがある。服も修繕しなけりゃいけないし、修繕できなきゃ買いなおしだ。その辺の注文をして、ついでに布団の山本にも納品して……やることがそれなりにある。明日は休みといいつつ休みにはならなさそうだ。
探索者はなんだかんだ忙しいが、悪い忙しさではない。今はこの忙しさを楽しもう。
ここまででまた一区切りです。ここまでありがとうございました。
作者からのお願い
皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。
続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。
後毎度の誤字修正、感謝しております。





