1239:フカヒレの昼 2
七十一層の奇襲を難なく切り抜け、他にも索敵範囲内に居ないかどうか芽生さんがすぐさま確認。索敵範囲内には合計四つマーカーがあるらしい。近い順に倒していこう。
まずはサメ二匹。これは芽生さんと俺でお互いが一撃で葬ることが出来た。芽生さんも、合成魔法の出力の上げ方とスピードの乗せ方が解ってきたらしく、雷魔法ほどのスピードは出ないもののスキルとして充分すぎるほど実用レベルにまで高められたスピードを発揮し、サメを一撃で倒すことが出来ている。
「これを意識して毎回打つようにすればいずれ魔法矢のスキルも育ってきて問題なく倒せるようになるはずです」
「俺も合成魔法使ってみるかな。この状態で火と雷合成したらどうなるんだろう。今度サメが出たら試してみるか」
続いて、エイとサメが仲良く空中を戯れている場面に出くわしたので、エイを俺が、サメを芽生さんが担当。芽生さんがサメを一撃で葬ったのを見届けた後、こちらも雷と火の合成魔法を試す。雷のスピードに火を乗せて、そこに出来るだけの火力を上乗せするイメージで持って……撃ちこむ。
雷魔法よりもやや遅いが、それでも十分なスピードの乗った火魔法が雷を伴ってエイに突き刺さる。やはり過剰威力だったのか、そのままエイを貫いてスキルは奥まで突き抜けて行って、つい──と静かに消えていく。
エイのドロップ品が落ちてきたので空中でキャッチ。先日の六十九層と今日の午前中の戦いで確信したが、エイにレアドロップはない、ということが確認されつつある。エイヒレぐらい出してくれてもいいとは思ったが、それだとフカヒレともエンペラとも被るからこいつは何も出さないのだろう、ぐらいの気持ちにしておくか。すくなくともポーションは落としてくれるので、気軽に倒せて美味しいドロップをくれるモンスターだと認識しておこう。
魔結晶の大きさもエイもサメも同じ大きさだが、これ一つ入れるだけでおそらく一層まで直通で行けるぐらいの燃料密度は余裕であるはずだ。つまり、これをエレベーターに入れるのはもったいない。やはり、スノーオウル狩りに行くついでに集めてる魔結晶で燃料の細かい所の隙間を埋めつつ行くのがベストだろう。
今判断できる範囲では、スノーベアの魔結晶一つで一層から七十層まで通常動力で動くことが判明している。つまり、三つ入れれば倍速で動いてくれる。今後はスノーオウル狩りに行くときに倒したスノーベアの魔結晶は残していくことにしよう。その分その日働いた収入は減るが、他のところでカバーできればそれでいい。
周囲の索敵を終えたところで、ようやく周辺の様子をドローンで見渡す余裕が出来た。階段の周辺にはいくつかのクレーターがあり、それぞれ北、東、南に大、中、小と並んでいる。小クレーターの向こう側には少しばかりの岩場が見えている。どっちに進むにせよ、クレーターの向こう側まで行ってからまたドローンで目視確認かな。
と、ドローンを仕舞う前に北方向にエイでもサメでもない新しい影を見定めることが出来た。どうやら、七十一層からはモンスターは三種類になるらしい。
「芽生さん、新しいモンスターが北に居るよ」
「それは気になりますね、行ってみましょう。強さも測らないといけませんしもしかしたら美味しいモンスターかもしれません。でも、深く潜って新モンスターってことはおそらく強いんでしょうね」
「ダンジョンマスキプラ、みたいな感じになるのかな。変なスキルを持ってないとありがたいが」
流石にドローンの視界ではモンスターの形までしか見ることは出来ないし、近くまでドローンを飛ばせばモンスターに撃ち落とされてドローン二号が討ち死にするのは目に見えている。今は北に新モンスターが居たというその情報だけで十分だろう。
早速針路を北にとって、徐々に進む。北のモンスターまではそこそこ距離があるので道中にも浮いているサメやエイを相手にしながら普通の速度で進む。やはり、ここのモンスター密度は六十九層より高いらしい。五分に二回ぐらいのペースで二匹連れでモンスターが現れてくれる。お互いそれぞれのスキルを撃ちっぱなしにすれば終わるか終わらないかギリギリのところではある。
そのモンスターが見え始める地点にたどり着くまでにエイ八匹サメ十二匹を倒し、フカヒレを四つ、ポーションを一個手に入れている。午前中もポーションを一つ拾っているので、少なく見積もっても五千万円分の収入は得られているな。
エイやサメの魔結晶の価格についてははっきりとしたところまではまだわかっていないので、後で査定カウンターで査定してもらうときにこれ一個でいくらなんですかね? と聞いてみることにしよう。基準価格がわかれば、モンスター一匹当たりの予想収入を考える参考になる。
そして、件のモンスターが目視できるところまでやってきた。そのモンスターは巨大な猫のような下半身と鷲や鷹を思わせる上半身、そして翼を持って宙に浮いていた。
「あれは、俗にいうグリフォンという奴ではないだろうか」
「ファンタジーですねえ。あ、でも宇宙に居るってことはSFでもありますからSFファンタジーの領域に足を突っ込んだことになりませんか」
「さて、あの爪は痛そうだから出来るだけ捕まらないようにしないと……と、来るな」
グリフォン……この際スペースグリフォンでこいつもいいな。略称グリフォン、仮称スペースグリフォンはこちらに気づくとエイより素早い急降下速度でこちらに向かってくる。とっさに反射的に雷撃を撃ちこむが、一発では効果がなかったらしく、そのスピードをあまり落とさないまま俺に向かって爪を振りかぶってきた。
圧切で爪を支えて、出来ればそのまま斬りおとしたいところだったが、受け止める形でお互いの体重を押し付け合う形になった。このグリフォン、かなりの自重を持っている上に爪は圧切と同等レベルに硬いか、もしかしたら向こうのほうが硬いぐらいかもしれない。肉弾戦はまず無理だろう。ただでさえ対空戦闘という人間には分が悪い戦いなのだ、せめて地上に下ろしてからじっくりとかかっていきたいところだな。
体重の押し付け合いで五分と考えたか、グリフォンは一旦空へと舞い戻る。ホバリングの速度はエイほどなめらかではないらしいので、スキルを当てるのはエイほど難しくはないだろう。
「雷撃一発でスタンしなかったところを見るとある程度の魔法耐性は持ち合わせているらしい。結構厄介だな」
「とりあえず連射してみます。当てて落とせばこっちにまだ勝ち目は出てくるはずです」
芽生さんが空中をゆっくりと飛ぶグリフォンにスキルを何発か当てる。翼にうまく当たったその地点がはじけ飛び、グリフォンは体勢を崩す。弱点は翼か? とりあえず部位破損を狙ってみよう。
翼を狙い撃ちにするように雷魔法を複数回飛ばす。一発では効果がなかったものの、二発目で翼を片方根元から焼き切る形で切断、グリフォンは地表へ何とかバランスを保った形で着地した。
すると、そのままグリフォンは獅子の身体を充分に発揮するようにかなりの速力でこちらへ向かってくる。こいつ手間かかるな、本当にこの階層に出してもいいようなモンスターか? 実はもっと先だったりしないか? 等と考える暇はある程度の速さなので、まだ速過ぎて追いつけない、というほどではない。
グリフォンの前足による爪の攻撃を圧切で受け止め、そのまま体重移動で横にのけると、胴体胸部分に圧切で斬り込みを加える。それがかなりのダメージだったのか、いったん離れようとする。
離れるスキに合計四発目の雷撃。全力で撃ったのが効いたのか、そこでスタンし、横たわるグリフォン。今がチャンスと踏み込んで一気に芽生さんと同時に止めを刺しに行くが、向こうも大人しくやられるわけではないという感じで前足を前後にバタバタさせ、こっちの接近を阻止、そして……
「あ、やられた! 」
スーツの袖を持っていかれた。高級スーツ初めての破損である。高かったのに……こいつはもはや許してはおけぬ、成敗してくれる。
もう一度雷撃を加えて完全に沈黙した後でグリフォンに最後のトドメと心臓がありそうなあたりに圧切を深々と突き刺す。流石に爪以外の部分は問題なく攻撃が通るようで、グリフォンは黒い粒子に還っていった。
「まさか被弾するとはな」
「三百万がパーですね。中から当て布でもして誤魔化しますか? 」
「これは名誉の負傷ということでこのままにしておこう。次に出会ったら最初から全力雷撃で倒れるまで翼を折って焼き切ってくれる」
ドロップ品は魔結晶と爪と肉。全部一気にくれるわけではなさそうなので、おそらくたまたまなんだろう。肉はワイバーンと同じで大きいほうのタイプらしい。
「爪はともかくとして肉ですか。鶏肉なんですかね? それともウルフやボアみたいに動物肉なんですかね? 」
「うーん、見た目は鶏むね肉っぽく見えるがどうなんだろうね。一つだけ持ち帰って試しに食べてみるのも悪くないが、せめて今日一日ぐらいは大暴れして他にグリフォンが湧いていたら八つ当たりしに行きたい」
予想外の財布へのダメージで俺のやる気も少し失われるかと思ったが、逆に殺る気が出てきた。こうなったら三千世界のグリフォンを討伐し、肉を喰らい尽くしてスーツの供養とするのだ。
「これだけ強いとさぞ経験値も美味しいでしょうねえ。身体強化の糧としても悪くないんじゃないですか、グリフォンをとことん退治していくのも」
「破れたスーツは元には戻らないからな。その分だけ稼いで帰らないと俺の気が済まない」
「やる気は充分みたいですし、このまま七十一層を探索して地図を作っていきましょう。モンスターもそこそこ多いですし、ポーションも落ちれば損害分のお金は返ってきますよ」
そのままクレーターを横断する形で反対側まで来た。周囲索敵をして危険がないのを確認した上でもう一度ドローンを飛ばす。クレーターの更に東側に何やら岩石地帯があるのが見えるが、大きさからして階段ではないだろう。それ以外には……見当たるものはないな。いつもの広さの基準ならドローンが見えてる範囲はおよそ一キロメートルぐらいになるので、クレーターの北側周囲一キロメートルには東以外に何もないことになる。これはクレーター沿いに東へ向かってみるのがいいかな。
「このまま東へクレーター沿いに回ろう。そっちのほうにも……モンスターは居るし、グリフォンらしき姿も確認できた。グリフォンは殺す、慈悲はない」
「では、洋一さんのスーツ代を稼ぐべく頑張りましょうかねえ」
そのままクレーターの端っこを歩く。真北へ進んできたおかげで道中のモンスターには事欠かなく、次のグリフォンまでにまたエイとサメを倒しながらドロップを拾って、七十層への階段を中心に見ると北から北東方向へそのまま円運動をするように進んでいく。
そして、再びグリフォンの前に現れた。今度はまだ相手の反応射程外にいる。
「全力で……今の持てる限りの力を使った全力で……」
「うわあ、積年の恨みって感じだわあ」
グリフォンがこちらに向いた瞬間、こちらも全力中の全力を込めて雷撃を行う。グリフォンは素早くこちらに近寄ってきたが、俺の全力雷撃に翼をやられてそのまま急降下して近くまで滑るように落ちてきた。ここでもう一度全力雷撃。両方の翼を雷の熱に焼き切られてただの鳥頭の猫に成り下がる。
どうやら雷撃がかなり効いてるのか、今回は前足をじたばたさせる余裕もないらしい。その間に前足をひょいと飛び越える形でグリフォンの上に乗ると、圧切を確実に心臓がありそうな部分に突きさし、そのまま切り広げる形で大きな切れ込みを入れてついでに前足の片方ごと刎ね飛ばす。それが致命傷になったらしくグリフォンは黒い粒子に還っていった。
「耐久力のほうはそうでもないみたいだな。もっとボロボロになるまで戦い続けるのかと思ったが、魔法耐性がちょっとあってでかくて前足が鋭いだけの翼を持った猫だな」
「それだけ属性てんこ盛りならちょっとした猫、で済みそうにない気がしますが。で、少しは気が晴れましたか? 」
「いや、まだだな。目に映ったグリフォンを倒し尽くすまでは、いやせめて今日一日分の出会ったグリフォンをことごとく消し飛ばすまでは俺は満足できない」
一張羅……いや三着あるけど、作るのに時間と手間暇とお金がかかっているスーツをこんな前足でスッと簡単に切り刻まれてはなはだ迷惑である。迷惑なモンスターは早めに駆除しておかないと、他の犠牲者が出る前に何とかしてやらないといけない、服の恨みは怖いのだ。
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後毎度の誤字修正、感謝しております。





