1236:帰り道、みんなでとはいかず
二時間のダッシュの後、六十三層に戻る。汗をかいたのでウォッシュで綺麗に洗い流し、スーツにもウォッシュしていかにも今着替えてビシッと出てきましたという格好にする。二時間ダッシュの間に失われた水分も補給してきっちり……おおそうだ、忘れていた。六十三層のノートに書きこみをしておくんだった。
「六十九層 まず真東 次北東」
これで無事に七十層に到着することができるようになるだろう。参考にするかどうかはともかく、必要な情報としてきっちり残しておくのは大事だし、先達としての注意事項だ。もしかしたら十分なスキル構成を持ち合わせてなかった結果、六十九層で思わぬ大苦戦をする可能性だってある。怪我をさせずに済むならそれに越したことはないのだ。
さて、ちょっと休憩してから帰るか。移動時間が半分で済むようになったので、こうしてセーフエリアでゆっくりする機会は最近ほとんどない。テントに横になってボーっとするのも久しぶりな気がする。最近はセーフエリアではメシ、休憩、移動、以上! みたいなところがあったので貴重なリラックスタイムだ。
しばらくゆっくりしていると、人の話し声が聞こえてきた。どうやら新しいお客様がご到着されたらしい。結衣さん達、六十三層に到着か、もしくは高橋さん達が戻ってきたかどっちかだな。
テントから首をひょっこり出すと、こっちに手を振る結衣さんの姿。
「丁度良かった。エレベーターの仕様変更があったんで伝えたかったんだ」
「何とかいる間に到着出来たわね。ようやく追いついたという気分になってきたわ」
「お久しぶりです。エレベーターの仕様が変わった……というのは今日の朝聞いてた倍速モードのことですかね」
横田さんに事情を話すのが早そうなので結衣さんと横田さんに向けて説明を始める。
「とりあえずエレベーターはこっちだから……リヤカー、どうせ五十六層に取りに行くでしょ? 」
「そうですね、今回は持ってきてますから往復しますが、ついでに説明してもらえるなら説明してもらおうかなと思います」
スマホの予約送信を消すと、結衣さん達に説明するためにエレベーターのほうへまず誘導する。エレベーター前に到着し、横田さんは充分にリヤカーを置くスペースがあることを確認するとエレベーターに乗り込み始める。
「ボタン連打で、というのは誤動作が起きたり、キャンセルできなかったりするのが解り辛いと思ったので今日の朝ミルコに頼んで改造してもらったんだ。で、これが等速と倍速を切り替えるボタン。例えば等速の間に一階層分の燃料を入れると……」
「五十六層へ行けるようになりましたね」
「ここで倍速ボタンを押すと……消える。追加燃料が必要になる。前の三倍必要になってるんだ」
燃料をころころと入れ、ちょうど三階層分動くように燃料を調節する。
「青く点滅するようになりましたね。これで倍速モードですか」
「倍速等速を切り替えると、こんな感じで行ける階層がある程度設定できるようになってるよ」
ボタンを連打して切り替えができるよ、という説明をしておく。
「倍速で帰れるのは助かるわね。じゃあちょっと早速入れてもらった燃料を借りて五十六層まで行ってきます」
横田さんが燃料を無駄にしないように多村さんと二人でリヤカーを取りに行った。後は横田さんから皆に説明してもらえばいいだろう。
「今日もお疲れ様。もうあがりの時間よね? 」
「倍速で帰れるようになったんでいつもよりちょっと長めにセーフエリアでゆっくりしてる感じかな」
結衣さんがぐっとハグしてきたのでハグし返してお互いに何かの成分を補充する。人間一日二分ぐらいハグをすると幸福度が上がるらしいとかいうデータがあったな。幸福度は上昇しているということにしておこう。
ふと向こうを見ると、平田さんが村田さんとハグをしている。あっちも幸福度が上がっているのだろうか。効果のほどは謎である。
「さて……六十三層に到着したお祝いをしたいところだが俺もそろそろあがる時間なのでまた六十三層で会ったらその時に改めてって感じかな」
「昨日も会ったし、一昨日も会ったし、三日分の幸福でしばらくは生きていけそうな気がするわ」
結衣さんもしっかり燃料を充填できたようだ。そしてハグして会話してなんやらしてる間に横田さんがリヤカー付きで戻ってきた。背中の荷物をリヤカーに乗せて、色々と査定用に乗せ直している。ここまでの分、かなりの量になっただろう。多分あえて捨ててきたドロップ品もあっただろう。亀の甲羅部分とかそこそこ質量あるし、鎧の破片もそうだ。
「安村さんはいいですね……荷物であくせくしなくて」
「そこだけが助かるところかな。実際のところはこうやって大手を振って扱えるシーンが減ってきたからこれ以上後続が追いついてくるならばらしちゃうのも仕方ないと考えてるよ」
隣の俺専用のリヤカーにエコバッグに魔結晶を詰め込み、ポーションを並べ、亀の甲羅とエンペラとワニ革とを順番に乗せていく。ポーションは最後にふわっと乗せてワニ革のクッションに包ませるのがポイントだ。
「じゃ、俺は行くからまた今度」
「じゃーねー」
結衣さん達と別れ、燃料を倍速分入れて七層のボタンを押す。これで二十分ほどで七層まで到着できることになる。本来エレベーターで無為に過ごすところだった三十分ほどを大事なコミュニケーションの時間に使えたのは良いことだろう。
クロスワードを一問解いて、それからしばらくボーっとしていると七層に到着した。やはり倍速運転は早いな。いつものテントで目隠しをしてダッシュで茂君を狩って戻ってきて一層に向かって再びエレベーター。退ダン手続きをする。
「今日も稼ぎは順調ですか? 最近色々とお忙しいようですが」
受付嬢にも俺の周りで色々と起こっていることは確認されているらしい。
「おそらく一段落は付いたと思うのでこれからはいつも通り潜れると思いますよ」
「そうですか。本日もお疲れ様でした」
受付を終わり探索者証を受け取ると、査定カウンターで本日分の査定をしてもらう。いつもよりは……ポーション一本分少ないかもしれないな、という所か。
しばらく査定を待っていると、結衣さん達も追いかけて来たらしく、査定カウンターの後ろに並んでいた。こっちに手を振っている。
手を振り返すと、そのタイミングで査定が終わり今日のお賃金が出て来る。今日の金額、二億四百三十五万四百円。やはりポーション一本分少なかったらしい。
リヤカーを返しに行った後で支払いカウンターで振り込みを依頼する。結衣さん達を待ってから帰るのでもいいが、いつも通り冷たい水を飲んでリフレッシュ。そしてウォッシュ。全身を気持ちよくさせたところで上を見上げ、んっと伸びをする。今日も良く働いたな。
さて、夕食には中華屋へ行こうかな。フカヒレの提出しなかった分の一つを爺さんに渡して反応を見たいところ。早速向かうか。
「どこ行くの? まだバスには早いみたいだけど」
結衣さんに止められる。あっちも支払いが終わって解散の流れらしい。
「ちょっと中華屋に。面白いネタが手に入ったと報告に行こうかと思って。一緒に食べに行く? そのままお出しした品物が出てくる保証はないけど」
「そうね、今日は歩きとおしで夕食作るのもちょっと面倒だし、ついていこうかしら。ほかの皆はどうする? 」
相談の結果結衣さんと横田さんが付いてくることになった。平田さんはこの後彼女とデートらしい。綺麗な服装で行きたいらしいので、全身をウォッシュして清潔にしてあげると喜んで帰っていった。残りの二人は家庭持ちなので家で帰って食べるとのこと。
ギルドの建物を出てバス停には寄らずそのまま道沿いに歩いて中華屋に到着。暖簾をくぐるといつもの少し古くなった油のにおいと出来立ての料理の香り。今日もそこそこににぎわっているようで何よりだ。
「こんばんわー」
「おう兄ちゃん、しばらくぶりだな」
爺さんがいつも通り応対してくれる。今日も元気そうで何よりだ。
「前に仕入れたエンペラ、ようやく出切ったところだ。なかなか好評だったよ」
「それは何よりだが……今回はもっと面白いものを持って来たぞ」
「お、それは楽しみだな。それは俺向けの品物か? 」
「ある意味では爺さん向けだが、この店向けじゃないかもしれないな」
バッグからフカヒレを出し、爺さんに見せる。
「二日前にとれたてピチピチの新鮮な奴だ。とりあえず納めてやってくれ」
「こいつはでかいな! 料理のし甲斐があるが……とりあえず今日の注文何にするね。流石にこいつは今日貰って今日中に調理してお出しするってもんじゃないな」
さすがにフカヒレバシッと渡して今すぐうまいものを頼む、みたいなことは考えていないので後日また来ることにする。
「そうだな……三日あればいいかな? 」
「それだけあれば充分だな。その時は……ん、何時もの嬢ちゃんじゃないな。まあいい、何時もの嬢ちゃんと一緒に来るんだろ? 」
「そのつもりではいる。確認を取るから日付に関しては後で相談しよう。とりあえず日替わりちょうだい」
「あ、私たちも日替わりで」
三人テーブル席に座り、それぞれの水とおしぼりは俺が用意する。本来は爺さんが運んでくるんだが、もう注文を通してしまったため自分で取りに行った。
「なんかもう通い慣れた常連って感じね」
「そこまで足しげく通ってはいないけど、まあ肉のやり取りしたり色々でお世話にはなってるかな」
「フカヒレ、何処から出したか怪しまれませんか」
「今日ギルマスに提出した残り、って事にしとけばアリバイは取れるから問題ないさ」
雑談の間に芽生さんの予定を調べて芽生さんにメール。
「三日後夕食中華屋でフカヒレ試食と行きたいんだけどいいかな? 」
「いいよ、楽しみ」
しばらくして三人分の日替わりがまとめて運ばれてくる。
「三日後でお願いできるかな。勿論飯代は別でも払う」
「あんな立派なフカヒレが取れるならもっと高級店にもってくべきだな。良い値段で引き取ってくれると思うぜ」
「それはギルドの流通に任せることにするかな。俺は個人的に爺さんの腕でどんな味で返ってくるかが楽しみだから持ってきてるようなところはある。もし大量に必要で卸しが必要ってなら、頑張って取ってくるからまた正式にって形でやらせてもらうことになるけど」
「そこまでは考えてねえな。あくまで俺の腕試しだろ? その挑戦受けて立つさ」
「仲いいのね。よっぽど馬が合うのかしら」
「かもしれませんね。さて、いただきます」
横田さんがマイペースに食事を始めたので結衣さんもそれに従って食べだす。俺も冷めないうちに食べるとするか。
「とりあえず三日後だな。楽しみに待っててくれよ。といっても俺の腕の限りだからな、本当にうまいものが食いたいならちゃんといい店に行くんだぞ」
「わかってるよ。おれは日々のちょっとした食事に色が付けばそれだけでも充分楽しみとして行ける主義なんだ」
「初めて聞いたわ」
今日の日替わりはチャーハンと餃子、唐揚げ。いつも頼む定番セットの日替わり版だ。味は前と変わらず俺好みのいい味をしている。
「俺が誘ったんだし俺が持つよ」
「ごちそうになります」
「経費で落ちるしね」
これも経費の飲み食いに当たるか。なら、ちょっと探索の話をしておいたほうがいいな。
「とりあえずしばらくはソロでは六十四層、芽生さんとなら七十層周辺……六十九層で戦うか七十一層で戦うかまでは解らないし、もしかしたら六十八層まで戻って探索するかもしれないけどそんな感じかな」
「こっちは六十二層と六十四層でスキルオーブ集めかな。まだまだ戦力とするには絶対数が不足してますからね。買い付けのほうも積極的に行っていくつもりです」
「スキルオーブ待ちの人だけ一人地上に残って、残りは潜る、みたいな変則的な働き方も導入しつつあるのよ。地上に居ればそれだけチャンスも増えるしね」
なるほどなあ。パーティーメンバーがしっかり居ればそういうやり方もありか。芽生さんも俺が知らない内にスキルを覚えてたりするんだろうか。俺に比べれば地上に出てる時間は今は確実に長い。大学の講義を受けつつスキルオーブの取引に出かけている可能性だってある。三日会わない間に大成しているかもしれないことも頭に入れておこう。
食事も終わり、結衣さん達は車で、俺はバスで帰る。三日後、フカヒレ、楽しみだな。
作者からのお願い
皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。
続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。
後毎度の誤字修正、感謝しております。





