1223:緊急納品
家に帰って、そういえばスマホを保管庫に入れっぱなしだったことを思い出して早速取り出す。しばらくするとスマホに反応。布団の山本からだった。
どうやら、在庫が底をつきかけているので緊急で納品出来ないか、とのこと。時間的にはまだ余裕があるな。これは緊急納品として急いで駆け付けたほうが良さそうだ。
電話をして、朝一と今からどちらかがいいか相談をしてからのほうがいいだろう。早速電話をかけると、朝一よりは今のほうがまだ明日の準備ができる分だけ有り難いらしい。リクエストにお応えして今から向かうことにした。量については前回と同じ、十五キログラムと六キログラム。どっちも売り上げが好調らしくかなりの量が必要とされているらしい。
社用車に羽根を積み込むと早速出発、夜のドライブとしゃれこむ。仕事終わりの人が多いからか、いつもよりも少し混んでいたので少し時間をかけて到着することになった。
「すいません、安村です」
「あぁ、お待ちしておりました。緊急で呼びつける形になってしまって申し訳ございません」
開口一番謝罪から入る山本店長。気にしなくてええんやで。
「いえ、こちらも足りなくなったらすぐに声をかけてほしいとは伝えてある現状ですから。早速品出しのほうお願いします」
従業員が一同並んで品物を取りに来る。およそ一キログラムずつに分けられた袋を一つずつ渡し、ダーククロウの羽根を渡し切ると、次はスノーオウルだと断ってから更に一キログラムずつを渡していく。
品出しが終わったところで店内に入り、何時もの商談スペースへ行くと、羊羹がなんと三個も用意されていた。夕食前で少しお腹が空いていたのでうれしい悲鳴が胃袋からぐぐぐっと伝わる。
「これは有り難い。家に帰って夕飯を食べる前に来たのでちょうどいい栄養補給になりますよ」
「それは何よりでしたね、何でしたらもう一切れご用意しますが」
「いえいえ、いつもより一切れ多めに用意していただいた分で充分ですよ」
早速羊羹を頂く。疲れた体と運転休めにちょうどいい甘さと確実なカロリーを補給し、脳も喜んでいるのか、脳髄液がじゅるっと音を立てたような感覚を覚える。
「緊急で……ということはそれほど売れ行きがいいということですか」
「今回は大口の契約が入りまして、その分の羽根の確保という形になります。これでなんとか乗り切れるという形でしょうかね。もしかしたらもう一回緊急でお願いする話になるかもしれませんが、安村様の在庫のほうはどのような在庫状況になっておりますか」
こっちの在庫を知っておいて、どこまで対応可能かを探ってきているらしい。ここはちょっと少な目に報告しておいて、期待をあまりかけさせない形のほうがいいだろうな。
「ダーククロウについてはもう一回分ぐらいは。スノーオウルについては、今回と同量の納品となる場合は三回分ほどは貯まっている計算になると思います。それ以上だと、ちょっと緊急で集めるか、待っていただく形になると思います」
本当はダーククロウは二回分、スノーオウルについては五回分の在庫があるが、在庫がある程度ないと俺自身の心が落ち着かないし、布団の打ち直しや俺自身の注文が入る場合の店舗の在庫量を考えなくてはいけないのでその為の予備として置かせてもらっている。
「なるほど、解りました。とりあえず大口注文のほうは今回の納品分でなんとかなりそうですので、他の探索者さんからの納品も考えればなんとか間に合う形にはなると思います。これで一安心できます」
とりあえず今回の納品で一山は越えられるようだ。こっちも手持ちとしてそれなりの量を確保しておかないといけないことはわかったし、これで探索者稼業にも身が入ろうというもの。
「ダーククロウに関しては毎日ちょっとずつ、スノーオウルに関しては一日にまとめて取りに行く形で在庫は溜めておきますので、また緊急で必要になったらいつでもかけてきてください。それまでに都合できる分だけの量は確保しておく予定ですので」
「助かります。本日は本当にありがとうございました」
何度もお礼を言われる。一回でいいのにとは思うが、反応を見るに本当にギリギリだったのだろうな、ということが伝わってくる。ありがとうは何回貰っても損はしないのでそのままうけとっておくことにしよう。
羊羹を片付けてヌルくて飲みやすいいい感じのお茶を頂いたところで、そろそろ店も閉店時間が近いだろうし早めに御暇することにする。
「では、また納品しに来ますのでその時はよろしくお願いします」
「こちらこそ、お世話になります」
店長と別れの挨拶を済ませて車に戻る。さて、今からどうするか。真っ直ぐ帰って自分で飯を作るか、それとも食べていくか。
カルボナーラうどんを自分で作るにはちょっと時間がかかる。それを考えたらうどん屋へ寄って、本場のカルボナーラうどん……本場があるかどうかは解らないが、店の味を覚えて分解して組み立て直して自作して、次回より美味しいカルボナーラうどんを作れるようになる方が俺の料理にとっては好都合だな。
よし、食べに行こう。まだ店は開いているはずなのでそちらへ車を走らせる。ちょうど帰り道の通りがかりになるので休憩して食事をしていても社用車で仕事をしていることに変わりはないだろう。つまり、うどん屋へのガソリン消費も経費のうち、ということになる。さすがにうどん代は経費では落ちないが、芽生さんが居たら経費扱いに出来たかもな。
家から車では十分ぐらいという幹線道路沿いに位置するこのうどん屋、讃岐ではなく地元産の小麦を使った讃岐風うどん屋を自称している。季節のメニューをふんだんに取り入れてくれているおかげで、夏場にカレーうどんを食べられないという俺にとってのデメリットを内包しているものの、レギュラーメニューは一通り食べて味の確かさは確認している店である。
今の季節は秋野菜の天ぷらうどんがおすすめメニューらしいが、俺の今日の目的はカルボナーラ風かま玉うどんだ。温泉卵を放り込んで好みの味付けで特製醤油たれとかき混ぜることでカルボナーラの風味を出しているという一品だ。
注文でかま玉の大を注文すると、サイドメニューの中からコロッケと鶏の天ぷらをチョイス。どっちも百円で、コロッケだけは少しだけお値段高めの印象はあるが、コロッケを自分で一から作ることを考えたらまあ百円でも仕方ないかという所。お値段しめて合計税込み八百円なり。
サイドメニューではないが、揚げ玉とネギはかけ放題でありお茶も自由に飲める。揚げ玉をほどほどに入れるとネギをどっさり入れて、冷たいお茶をもらうと自由席へ陣取る。
早速テーブルの上にあるかけ醤油を垂らして、好みの量を探しつつつまみ食い。かま玉なだけでも美味しいが、ここに適量のかけ醤油を加えることでカルボナーラ風のうどんを楽しむことができる。味の決まったところで、スーツに跳ねないように注意しつつずるずるとすする。うむ、美味い。この卵の滑らかさと、かけ醤油と卵白の合わさったところがカルボナーラのような風味を生み出し、舌をとても喜ばせてくれる。
まるで生クリームでも……いや、卵白をかき混ぜているのだから実際非常に小さな部分では生クリームのような風味を醸し出しているのかもしれない。それがかけ醤油との風味の合成で良い感じにまとめられている。うましうまし。口休めにコロッケを半分齧る。ラードではなく植物油で揚げられているようなので、お肉屋さんのコロッケにはさすがに及ばないが、これも中々悪くない。
鶏の天ぷらも端っこではなく胸肉の良いところをチョイスされている。ここは胸肉かささみの天ぷらを利用しているらしく、綺麗に並べられていてお好きなほうをどうぞと選べる二種類が何ともにくらしい。
かま玉、コロッケ、かま玉、ネギだけ、かま玉、とり天、と交互に食べていくことで口の中を飽きさせないようにしながらぐいぐいとたべる。おいしい、オイシイ、美味しいの三重奏だ。
気が付けばかま玉うどんはなくなり、丼にへばりついているネギがもう食事は終わりだよ? と教えてくれている。最後のネギの一欠片まで綺麗に平らげるとごちそうさま。胃袋にはまだ若干の余裕がある。もう一杯とまではいかないものの、もう少し何か食べたいな……
もう一度順番待ちに並び、うどんを注文せずに今度はサイドメニューのおにぎりを選択。具は鮭、昆布、おかかと三種類あったので鮭を選択。ついでにサツマイモの天ぷらも頼む。追加で税込み二百六十円。
おにぎりを齧りつつ、サツマイモの天ぷらを食す。おにぎりはふんわり握りタイプで、口の中で自然にほどけていく。悪い言い方をすれば米の量が少ない。しかし、鮭の塩味具合はちょうどいい。サツマイモも余計な味付けをせずに揚げられているので素朴な味わいだ。これで明日までのカロリーは取り切れるな。
全て胃に納めてようやく満足。さあ、帰るか。帰ったら着替えて洗濯して風呂入れて……やることはそれなりにある。後は布団のシーツも朝の内に変えておけばよかったか。まあまとめて洗濯しておこう。
車を走らせ自宅に着くと、バタバタと自分の家事を済ませ、一息ついたところで風呂が入るまでの時間ニュースを見る。すると、探索者に関するニュースが出てきた。
難病指定された子供の患者の元に、ダンジョン産と思しきポーションが匿名で届けられた。「健太君がこれで元気になれますように」という一文だけが残されていたらしい。どうやらその患者は健太君と言うらしいな。
ダンジョン庁から職員が出向いてポーションであることが確認された後で健太君が摂取、無事に難病が回復に向かったとのこと。また、健太君は両親もおらず特別養護施設に預けられているため、このポーションは寄付として扱われ、贈与税などの税金面で心配することもないらしい。よかったな健太君。
健太君自身の発言として、自分も大きくなったら探索者になって同じような病気で苦しんでいる人にポーションを届ける仕事をしたいと探索者になることについて前向きに考えているらしい。
いい話だな。こういうほっこりした話ばかりがニュースになればいいのに。と思うと共に、今の自分でも同じようなことができるんだということに気づく。そういう方向性で社会貢献という方法もあるんだな。そして寄付した分として寄付控除をもらって所得控除として減らすこともできるということか。うーん……難病指定者を集めてポーションで治療していく施設の運用、みたいなものがあればちょいと噛みさせてもらうのも世間体を気にするならば十分にあり得る方向性として考えておくか。
ただ、俺自身としてそういう寄付や贈与に関してはやりたいやつがやればいいという考えが根底にある。去年までは逆に寄付を受け取りたかったぐらいの生活をしていた身なのだ。それがちょっと金持ちになったからと言って逆に振りまいて自分も周りも貧乏になったり、その行為自体を他にもやってくれこっちにもよこしてくれと、善意丸出しの悪意に晒されることだってある。そう考えたら俺自身が動き回るよりもそういう行為が得意な人に進んでやってもらうほうが有り難いといえばそうなるな。
さて、風呂が沸いたし入るとするか。今日も一日よく働いたなあと最近買ったスカルプシャンプーで頭を爽やかにした後、全身をスポンジにつけたボディソープで泡だらけにしてその上からナイロンのタオルでごしごしと洗い、体についているであろう垢を綺麗に落としていく。最初は痛かったが慣れるとこれも皮膚マッサージのような感じで中々気持ちいいし、何より綺麗にしたという満足感が出る。
髭も剃り、全身のメンテナンスは……後はムダ毛の処理ぐらいか。最近の若い子は全身脱毛が当たり前だと聞くが、その辺皆はどう考えているんだろう。俺もつるつるのおはだにムダ毛がないほうがいいんだろうか。よく考えたり相談してから行動に移すことにしよう。いざ永久脱毛してしまってから何か違うといわれても取り返しは付かないんだ。
考えないことにしよう、と湯船につかると、早速何処からか抜けたであろう毛が湯の上に浮かんでいる。縮れているので脇か股間だろう。お前もどこかから流れついてきたんだな。そのまま排水溝へ流さず、ネットで受け止めて後でゴミ箱にそっと捨ててやろう。
毛の話は……髪の毛は大丈夫だろうか。日常的にヘルメットをかぶっているので蒸されて早めに抜け落ち始めるかもしれない。だが、両親とも抜け始めると感じる前に亡くなってしまったので俺にはその遺伝子が受け継がれているかどうかは解らない。一説には母方の父の遺伝によるものだといわれているが、今更確かめる手段はない。精々早めに来ることが無いように祈ることにしよう。もしくは、始まったら気合を入れて剃り落とすぐらいの覚悟が必要だな。
風呂から出て脱衣所の鏡で頭頂部をチェック。まだ来ていないことに安心を覚えつつ、明日朝起きたら枕元に大量の毛のプレゼントが届いていたりしないよな。今のところその心配はないので今日も震えず眠れるか。
作者からのお願い
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続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。
後毎度の誤字修正、感謝しております。





