1221:個人インタビュー・安村洋一
机を移動させて俺が座ったところで、目の前に大量に録音機器が置かれた。言った言わないを確認する為でも、ちゃんと取材してきたという証拠を取るためでも、そして確実に質問に答えたという証拠を残すためでもある。
机の上にはスマホを出し、時間計測をするためのストップウォッチ代わりに用意した。
「では、私も念のために録音させていただくことにします。会議室を使うショバ代と、ダンジョン庁でも私の知っている情報を把握するために一つお願いしたい、とのことでしたのでそれは構いませんか? 」
一同に確認するが、全員が納得してくれていた。ダンジョン庁は取材費出さない分だけ儲けたな。
「では、取材を始めさせてもらって構いませんか? 」
「はい、お願いします」
「まず確認のために……改めてお名前と年齢をお願いします」
「安村洋一、年齢は四十二になります、本日はよろしくおねがいします。あ、実際に記事や何かにする際は一応名前のほうは伏せていただけると助かります。余計なしがらみが増えると困りますので」
「解りました。今のはあくまで確認のためですのであしからず」
本人確認から入る、大事なことだ。挨拶は大事。周りのメディアもそこを伏せることについては納得してくれている様子だ。
「探索者になる前は何をやってらっしゃいましたか」
「工場で現場作業員として二十年勤めていました。解雇された後にハローワークで探索者という仕事もありますよ、というお薦めを受けたのでこちらに来たことになります」
もうずいぶん懐かしい話になるな。あの人事部長元気でやってるかな。今頃会社はちゃんと運転できているんだろうか。そう思うのは心の残業という現象らしいが、まあ今からどうにかできるわけでもない、気にする必要はないか。
「では、第二の人生のような形で現在探索者をされている、ということなのでしょうか」
「そうなります……かね。まあ、前とはあまり変わりのない生活スタイルを保っているという意味では延長上で生きているとは言えるんでしょうけど、たしかに探索者になって変わったことは色々ありますね。職場も少し遠くなりましたし」
「探索者の皆さんはダンジョンに一度入ると基本的にはずっと潜りっぱなしで活動してらっしゃいますけど、疲れたりはしないんですか? 」
「疲れですか……多分身体強化のおかげでそれほど問題になってないのだと思います。ダンジョンから出た瞬間疲れと体への重みも感じるようなことになることもありますし」
そういえば最近はあまり疲れを感じなくなってきたのも身体強化のおかげなのかな。だとすればダンジョン外でも通用するほどに身体強化が効いてる可能性もあるな。
「その身体強化ですが、安村さんはどなたから習ったのですか? ダンジョン探索者界隈では身体強化を発見したのが何処から始まっているのか、というのがいまだに不明になっているんですよ」
「残念ながらそれは言わない約束で教えてもらったので、お教えすることは出来ません。これは金額にかかわらず、ですね」
この間の時間は止めておくことにしよう。
「では、通訳をされたきっかけについて再確認ですが、安村さんは現在、ダンジョンマスターから安村さんの行動に関して監視……といういい方はよくありませんね。観察されている。言い方を変えれば、ライブ配信の配信者みたいな立場に置かれている、ということでよろしいですか? 」
「ライブ配信ですか、まあ近いと思いますね。ダンジョンマスター曰く、私の視界とほぼ同じ視点で物事を見る機能も備わっているらしいです。なのでライブ配信というよりは視点と聴覚の共有、と言った方が近い感想になると思います」
こっちの話を聞いて登場することもあるのだから視覚と聴覚は確実に配信されている。
「その繋がりを得たという根拠、というか理由について知っているならば教えていただきたい」
「あるタイミングでダンジョンマスターに教えてもらったんですよ。ほぼ最深層を攻略しているから話題になっている、と。それで、誰がつけ始めたのかは知りませんが、私の視覚聴覚に関してはダンジョンマスターが自分のダンジョンからでも見ることができるという話を聞きました」
素直に保管庫のスキルがあるせいですとぶっちゃけることは出来ないので、ここはミルコに責任をおっかぶせることにしよう。悪いなミルコ、でも世間的にここで公開するとマズイ情報であることは間違いないんだ。ダンジョン外のことでもあるしここは機密で話せないことなので要約という形にさせてもらおう。
「では、すべてのダンジョンマスターは一方的に安村さんのことを知っている、ということになるんですかね? 」
「そうなるんじゃないかと思います。実は、新熊本第二ダンジョンのダンジョンマスターであるガンテツにも、彼が新しいダンジョンを作るまでの間に何度か顔合わせをしたことがあります」
厳密には全てではなく日本付近のダンジョン、という形になるんだが、全てと確実に言い張ってしまうとそうなると海外のダンジョンマスターとのつながりがあると邪推される可能性もある。世界かどうかは解らないがダンジョンマスターなら見れる、という範囲で大まかに語っておくほうがいいだろう。
「なるほど。では、その伝手でセノ氏にも出会った、という解釈でよろしいですか? 」
「そこは間違いなく。わざわざ会いに来てくれましたし、セノの側から会談の申し出をしてくれました。私はその会談を行うに関して、ダンジョン庁とダンジョンマスターの仲介をしていたことになります」
ここについては嘘偽りなく話を続ける。
「では、通訳をすると言い出したのは安村さんから、ということになるのですか? 」
「今回についてはそうなりますね。ダンジョンマスターのことについて広く知る必要があると考えたのと、ダンジョン庁としても今度はお忍びではなく正式に会談が行いたいということと、前回の会談の時とは違いダンジョンマスターの存在について世間一般に周知されていたことが大きいですね。日本としても、ダンジョンマスターとの友好がアピールできるかもしれないというダンジョン庁の意向もありました。ついでに、高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンに無線通信網が設置されるということもあり、その無線網が配備された段階で会談を行う、という形になりました」
「では、もし無線網が配備されていなかったらその時はどうなっていたと考えていますか」
「その時は多分、またここ小西ダンジョンで行う手はずになっていたと思いますよ。高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンで行ったのは無線網の存在と真中長官の身体の空いている時期を考えながら調整する必要があったと思いましたね」
無線網という力業こそあったものの、わりと無理やりやったような気がしてきたな。よく本番一発で成功したものだ。
「お話を聞いている限りだと、高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンのダンジョンマスターであるシレオーネ氏とは以前から交流があったわけではなかった、ということでしょうか」
「あれが初めての顔合わせでしたね。ただ、向こうが一方的にこちらのことを知っていたという形になります」
「なるほど。では、セノ氏とは会談が終わった今も連絡を続けている、という認識でよろしいでしょうか」
「そうですね、時々来てはメシをたかられてる、という感じでとらえていただいて結構だと思います」
少し笑いが起きるが、すぐに収まる。録音の邪魔をしてはいけないと思ったのだろう。
「今のところはやることはやったので少し静かにしつつ、新しいダンジョンについての構想を練っているのではないでしょうか」
「新しいダンジョン……それは前と同じ場所に建てるということになるんでしょうか。それとも別の候補地が既に予定されている、ということでしょうか」
「そこまでは解りませんが、これはあくまで憶測である、という前提で話しますが、同じところに建てても探索者が集まらないのは、昨年までダンジョン自体が発見されなかったことからしても皆さん承知の上だとは思います」
一同が首を縦に振る。そこの認識は共有してくれてるんだな。
「ならば、日本と交渉して国内に候補地や、せっかくならここにダンジョンを建ててくれれば大きく損失を被ることなくダンジョンの探索やギルドの運営に問題がない、という場所を見定めて、ダンジョン庁のほうからここはどうですかというかたちで場所を提供するほうが出来るだけ多くの人に対して利益を生み出させることができるようになるんじゃないかと考えています。そこから先は一探索者である私が口を出す領域ではないと考えています」
既にその形で動いている、とは明言しない。というかできない。これは俺と真中長官と、それと他の省庁でそれ関係で動いてくれているという話らしい官僚たちとの内輪だけのネタであるし、実際どこまで進んでいるかは俺にも把握できていないので中途半端なことは言えない。
「なるほど。次の話題に移ります。現在安村さんはほぼ国内最奥部まで探索が可能となっているとお聞きしていますが、現在何層まで下りることが出来ていますか? 」
ダンジョン探索者としての話題に移ったようだ。正直こっちの話題のほうがピリピリしなくて済むし、余計な話題を提供せずに済んでいるのでありがたい。
「六十五層ですね。ダンジョンの出来方から考えると、おそらく六十八層までは小西ダンジョンは出来ているのだと思います」
「出来方から、というのは? 」
「ダンジョンは最低でも三十八層までは建てた段階で作られているらしいのですが、その先は四層ごとに更新されていくようなのです。なので、六十五層が出来ていることを確認できている以上、六十八層まで出来上がっている可能性が高いという一種の予想です」
「なるほど、ごく一部の例外の事例を除いてダンジョンは全て同じ仕組みで作られているからそこから逆算してそうなっている、ということですか」
納得はしてくれたらしい。実際は六十八層まで潜り込んでダンジョンコアルームまでたどり着いては居るんだが、それについては現状色んなしがらみがあるためにまだそこまではたどり着いては居ない、ということになっている。
「他の質問に移っても? 」
「はい、何でも聞いてください。時間とお金と機密の許す範囲でお答えしますよ」
◇◆◇◆◇◆◇
「ダンジョンに潜る際に気を付けていることは何ですか」
「そうですね、行き帰りがある、ということが最優先ですかね。気合入れて深く潜った結果、一番深い層で荷物がいっぱいになって帰りの分まで持ち運べない、といったような事態は避けないといけませんし、水も食料も生理的な荷物もありますから、その分のペース配分をきちんと管理することが二番目に大事ですかね」
「では、一番目は? 」
「もちろん、無事に帰ってくることですよ。でなければこうして取材をうけることもできませんからね」
「なるほど、その辺は皆さん共通なんですね」
さすがに、ペースや荷物度外視で動き回って次のセーフエリアで休めればそれでいいだろう、と甘い見通しで無理矢理踏破するようなパーティーはそう居ないと思う。いたとしてもそれなりに浅い階層ならばまあ解る、ぐらいか。
「この辺りで、他に質問の有る記者さんが居なければちょうど一時間になるので切りよく終わりにしようとは思いますが……? 」
「では最後に一つ。あなたのダンジョンでの目標はなんですか」
ダンジョンでの目標か……目標? そんなものを俺は持ち合わせていたかな? うーん、特にないんだよな。現状でさえほぼ惰性でクリアしていってしまっているし、
「そうですね……今は一番深くまで潜ることが目標ですかね。できたら、そのダンジョンが小西ダンジョンであってくれたらうれしいと考えています。もしかしたら他のダンジョンで既にもっと深くまで作られていて、小西ダンジョンは案外浅い……今の段階で言う浅い場所に終わりがあるかもしれませんが、それを見届けたい、というところでしょうか」
ミルコにはもっと働いてもらわないとな。その分の燃料は充分に送り続けているはずなので、それに見合うだけの働きを期待しようと思う。
「なるほど、ありがとうございました。貴重な時間を頂きありがとうございました」
「その分の支払いは受け取ることになっておりますので。振り込みはこちらのほうへお願いします。後は……代表者の方が居たら連絡先を頂いておきたいのですが」
「あ、では私が代表して」
代表だと名乗る記者さんから名刺と連絡先を受け取った。振り込みがあり次第領収書をそちらへ送付することにしよう。
作者からのお願い
皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。
続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。
後毎度の誤字修正、感謝しております。





