1215:ひとりきり六十四層
エレベーターが六十三層まで誰の干渉も受けずに下りてきた。おかげで読書が捗って仕方がなかった。誰も来ないというのもたまにはいいものだな。
リヤカーをエレベーター横に停めると、どうやらもう一つリヤカーがある。高橋さん達が六十四層以降に潜っている可能性はあるな。多分彼らのことだから六十五層以降まで潜り込み、醤油差しの確保に努めているのだろう。しかしこれ、本当に何の液体なんだろうな。醤油色だったら多分昼飯のお供にでもしてしまいそうだが、中身が半透明でうっすら向こう側が見えているのを考えると、何かのアンプルである可能性のほうが高い。そういえばこいつを提出して結構な日付が流れたが、検証結果まだかな。
ま、今日は六十五層に下りるつもりはない。あそこへ一人で行くのはさすがに勇気が必要だ。午前中は六十四層をゆっくり回って亀とワニ相手にあくせく働いてワニ革と甲羅とエンペラを集める作業に没頭しよう。特にエンペラだ。一個三千円というこの階層には似つかわしくない査定価格だが、実際のすっぽんのエンペラの価格を参考にすると、これでもチョイ高いぐらいの値段らしい。
ただ、すっぽんほど希少な生物というわけではなく、ほぼ無限に湧かせることができる所から考えるに、エンペラの役目は値段よりも供給を続けることに意味があるはずだ。鬼ころし本店で買ってきたエンペラの加工品を考えると、ダーククロウの羽根であり、スノーオウルの羽根であり、そしてロックタートルのエンペラ。この三種類をきっちり市場に開放していくのが俺のソロの時の仕事だと認識していこう。
階段を下りて六十四層。早速亀が二匹居るので全力雷撃と圧切でそれぞれ倒してまず一呼吸。戦闘一発目から全力で戦ったが、ここから威力調整をして、ソロの時の動き方とモンスターの集まり具合、そして自分の持久力との戦いだ。真剣に全力で戦いすぎてエネルギー切れを起こしてる間に襲われる、ということも考えていかなければいけない分だけソロのほうが頭の中がグルグルと回る。
まずは六十五層への階段へ向かういつものルートをたどっていくことにしようかな。歩き慣れたルートなら出てくるモンスターも解るし警戒の具合もしやすい。
すこし歩くと今度はスーアアリゲイター三匹が同時に来るが、全力雷撃の範囲攻撃で一蹴。うむ、雷魔法四重化もかなり体に馴染んだ。後は周回して体内魔素量を増やす方の特訓もしなきゃいけないな。【火魔法】はここではあまり効果がなさそうなので、魔法耐性が高めのロックタートルには特に効きづらいだろう。大人しく【雷魔法】だけで対処していこう。下手な欲はださんに限る。
ワニ、カメ、ワニ、ワニ、カメと順調に進んでいく。基本的にはスキルで対処し、スキルで仕留めきれなかった分は圧切で文字通り圧し切る。比較的柔らかいワニのほうはともかく、流石に亀のほうは圧し切るというわけにはいかないのでしっかり体重を乗せて一撃を加える。文字通り胴体を真っ二つにされたところからロックタートルは黒い粒子に還っていく。
ドロップはいつもの割合で出てくれるので、二時間ほど戦えばポーションも一本落ちてくれるだろう。六十五層までの階段まで往復して丁度そのぐらい。帰り道の湧き直し前のポイントがあるにせよ、そこまで大きく懐に響くようなことはないだろう。
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一時間ほど経って六十五層への階段に着いた。ここでようやく体が完全になじんできたところだ。ここの階層もソロで巡れるようになった。ほぼ最深部をソロで攻略できるようになったのは大きい。収入面でもドロップ面でも満足を得られるというのはメンタル的な意味で大事である。取りたいときに取れる素材を取りに行ける。満足な探索ライフが過ごせるということになった。
流石に六十五層へ向かうのは今日は止めておこう。行けるからといって素直に行って帰り道で苦労することがない様にするには、すぐに戻れる一階層分か、よほど楽に行ける数階層、つまりスノーオウルの羽根だな。これぐらいで留めておくのが吉だと思っている。
なので今日は六十四層と六十五層の間を行き来してひたすらこの階層に慣れきることにしよう。戻りの道はまだ湧きなおしていないモンスターが居ない場所をたどりつつ戻る。モンスターが居ないのでその分歩きの時間が早くなる。
結果往復で一時間四十分ほどで六十四層の階段に戻ってくることが出来た。さて、六十三層に上がって飯でも食べるか。六十三層に戻ってきたが、相変わらず俺はぼっち。誰もいない。階段の最短距離を往復する間に高橋さん達に出会わなかったことを考えると、携帯食料の調理時間のかからないビスケットやそれに類するものを持ち込んで、行軍しながら食事をしているか、もしくは何処かの小部屋で監視しつつ順番に食べる、という感じか。
こっちのパーティーで同じことをやってもいいが、落ち着かないしその際はダンジョンコアルームを使ったり、完全に安全だと言える区域を探して探索していたかな。三十層辺りでもスライムしか湧かない場所で交代で休んだりもしたな。しいて言えばそのぐらいか。安全に行動するならモンスターが来ない場所……あぁ、五十七層の例の回廊もこれの内か。なら頻繁に利用はしてるな、問題なしっと。
早速、机と椅子を出して昼食のソース多めのボロネーゼと謎ドレッシングサラダを出す。野菜から食べると体にいいらしいからな。ドレッシングサラダから食べ始めよう。
うむ、人参ベースのこの謎のドレッシングが不思議と野菜に合う。野菜といってもトマトとキャベツときゅうり一本分ぐらいのものだが、それでもこのドレッシングをかけるだけでそれらが一つの謎にまとまり、謎な美味しさが謎に食欲をさらに刺激する。このドレッシングは……まだまだ賞味期限まで時間がある。常温保存でも良いらしいし保管庫に入れておけば使い切るまで持ちそうだ。これからもちょくちょくお世話になるから使っていこう。
そして、主食のボロネーゼパスタだ。ただでさえ肉感の強いボロネーゼソースを一人半前のパスタに二人前かけただけあって、ソースの主張が強い。そういう主張は嫌いじゃないぞ。この肉っ気の多さとほんのりした酸味、チョイとチーズを足してみても面白いかもしれないと思える次への冒険心なんかもうかがえる。
今度チーズソースも業務用のを探して保管庫に入れておくか。こういう時に一味サッと足せて、しかも再加熱の必要がないのはかなり大事かもしれん。
メモにチーズソース購入予定と書き加えると、満足してボロネーゼの城壁を破り切った俺は本丸へとなだれ込む。ここからはソースを多めに絡めてパスタを味わい尽くす。今日も満足な昼食を取れたことに誰かに感謝しておこう。
感謝ついでにミルコ用のお菓子とコーラとミントタブレットをそろえるとパンパンと二拍。しばらくして消えゆくお菓子たち。供えたお菓子はあらかじめ味をチェックしておいて、辛すぎて文句が来るとかそういうことがないようにしてあるので、もしかしたら辛めのスナックが味わいたいならそういう注文を後日請け負うことにしよう。
さ、午後の食事も済ませたところで昼休みである。クロスワードを一問解いて、月刊探索ライフを流し読みするとお腹もこなれてきた。午後の部開始だ。
午後からも午前に引き続き、六十五層への階段へ向かう。目的は稼ぐことよりも確実に進めるパターンを確立したことを確認することだ。一つずつ順番に戦っていって、どのような戦闘パターンに入るかというところから考え、相手との距離に対して適切なスキルか近接戦闘を使ってモンスターを倒していく。
今のところ、同時に二グループと戦闘にならなければ問題なく戦えるが、亀三匹の場合はちょっとてこずることが解っている。ワニ三匹なら問題ないんだが、亀三匹は後ろからウォーターボルトともウォーターボールとも形容できる水魔法で応戦してくるので、それをいかに黙らせて行けるかが勝負の分かれ目になる。
亀三匹が出て来る場所は限られているので、よしここからが力の入れ所、と気合を入れて戦えるのは割といい所ではある。その点はヨシとしておく。
六十五層への階段に再びたどり着いた。今から高速化作業を開始する。徐々にペースを上げて行ってあちこちうろうろしながら探索を開始しよう。どうせほかに探索者も居ないはずだし、何処をどううろつこうと問題はないはずだ。六十四層は階段を探し当てるまでに散々うろうろし続けたおかげで地図はほぼ埋めてある。
この際、埋めきってない地図を埋めるという作業に没頭するのも悪くないな。ペースを上げつつ、地図の空白部分を埋めて行って六十四層を完全にする作業。うん、悪くない。今日はそういう方向性で行こう。迷ったら最悪水路を探して水路沿いに歩いていけば見覚えのある地形に出てくるはずなのでそこから逆算して階段までたどり着くことができるだろう。
そうと決めたらまずは階段周りの空白部分から埋めていくべきだな。しっかり頑張っていこう。やることはいつもと同じ、ちょっと巡る場所を変えただけだ。もしかしたら新しいいいルートを見つけることにもなるかもしれない。
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地図の空白部分がかなり減ってきた。お腹も減ってきた。一人で相手をし続けると結構カロリーを使うらしい。バニラバーを二本ほど胃袋に詰めて水分も補給。久しぶりに探索途中でお腹が空くという事態に遭遇したな。もしかして、日々もうちょっとカロリーを取ったほうがいいのかな。一人半分のパスタをしっかり胃袋に納めたはずなんだがそれでも足りなくなることもあるということが解ったので、次はもうちょっとしっかりしたカロリーを取るようにしていこう。
今日はこのぐらいで探索を終えておくかな、という気分になってきた。いつもよりいくらか早いが、その気分に逆らって無理に探索を続けるのはよろしくない。いつもより一時間ほど早いが撤収するとしよう。
ここは……どこだ? とはならなかったので、水路沿いに戦闘をしつつ階段まで戻る。階段への道筋さえ見つけてしまえば後は地図に従って進むのみだ。少しずつ記憶に残る道なりのオブジェクトを目にしながら、六十五層への階段へ進む本通りに合流することが出来た。後は逆に六十三層に向かうだけだな。
しばらくあちこち回っていたおかげで道筋にはモンスターがきっちりと湧きなおしており、たしかな収入を俺の手元に運んできてくれている。
六十三層への階段についたらここで今日の探索終了。階段を上って一息入れる。現在時刻は五時半。普段より三十分早くおあがりだ。今日は試運転、次回来る時はもっと素早く巡れるようになっているはずなので、今日の収入がいまいちだったとしても次はちゃんと稼げることだろう。
エレベーターで七層へ戻っている間に戦利品の仕分け。今日は種類が一、二、三、四、五種類か。ワニ革、カメの甲羅、エンペラ、魔結晶、ポーション。ポーションは四本出たのでこれで二億チョイの稼ぎ。残りは魔結晶がほとんどで、ワニ革とカメの甲羅はおまけ、エンペラはもはや趣味の領域だが、このエンペラを取りにやってきたのだ。数はそこそこ取れたので満足感はある。
荷物を仕分けし終わると、暇な時間を過ごすことになるが、その間に軽く休憩を挟むことにしよう。見えない疲れを取るように自分にウォッシュをかけた後、アラームを七層到着時刻ちょっと前位に合わせて瞑想するではないが軽く目をつむる。
頭に流れ込んでくるのは今日の反省点だ。明日はもっと素早く倒して素早く行動して……というのを実践していくことにしよう。明日は芽生さんも来るし六十四層を全力で回ることが出来そうだ。全力で回った六十四層の美味しさをぜひとも味わっていきたいところ。他の階層よりも稼げるならばここも中々の狩場になるに違いない。
しかし今日の反省点はアレだな、カロリーはちゃんととってても一人行動と二人行動では一人のほうが消耗が激しいことがよく解った。今後はちゃんと考えてから行動に移すことにしよう。一人の時はしっかり食べる。一人でも二人でも同じだけの運動量と戦闘量が発生するなら、一人で戦う分だけ消耗するのは当たり前のことじゃないか。それを念頭に入れなかったのが悪かった。炭水化物だけではなく、バランスよく栄養を補給していかないといずれどこかでエネルギー不足を起こすことになる。今日を底として考えて、もうちょっとお肉をつける感じで身体の調子を整えていこう。
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