1212:いろんなところでバレ
今日もそこそこ目覚めのいい朝。枕と布団はいつも通りに活躍してくれている。お礼を言うように枕の香りをしっかりと嗅ぎ取ると、少しお父さんの香りがするような気がする。そろそろスカルプシャンプーの出番が来る時期に来たのかもしれない。とりあえず枕カバーは洗っておくか。
芽生さんと結衣さんは自分用のシャンプーとリンスをちゃっかり我が家に置いているため、勝手に使うと私の匂いがする! とやっかみを言われるので俺も自分用のシャンプーを常備しているんだが、そろそろ商品の替え時かもしれない。
少し陰鬱になりながらもトーストを三枚焼き、目玉焼きを二つ。トーストの一枚にジャムを塗り、残りの二枚にはお高いバター。目玉焼きを二つに分けると、刻んだキャベツの上に乗せて全部保管庫に一旦仕舞った後、庭へ。
庭にあるダンジョンに入り、机と椅子を出して呼びかける。
「リーン、朝ご飯だぞー」
「やすむらなの、おはようございますなの」
どこからかリーンが現れ、椅子に座った。ここ最近のいつもの光景である。
「「いただきます」なの」
二人で食事をする。リーンは食事は必要ないということは解っているものの、毎日の確認としてちょうどいい節目なので毎朝一緒に食事をして、お客さんが来たとかセノが帰ってきたとか、そういう話を少しするようにしている。
家で食べる毎食顔を合わせるのは難しいだろうし、リーンにもリーンの仕事があるだろうとは思っているので毎朝の報告を聞くことにしている。
「そういえば、きのうセノがきたの」
セノが報告に来た、ということは何かしらの情報を掴んで帰ってきた可能性はあるな。
「おきゃくさまがそのうちとうちゃくするかもしれないの。そのおーたいをリーンがしなきゃいけないの」
「そうだな、せっかく来てくれるという相手だから大事にしないといけないな」
「そうなの。おしごとだからがんばるの」
ちゃんと仕事はしているようで何よりである。しかし、思ったより早すぎるな。もっとこう、説得に時間をかけてゆっくりやっていくようなイメージではあったんだが。
「その人……ダンジョンマスターが来たら是非紹介してくれ。こっちもこっちのお仕事をするように頑張るから」
「わかったの、そしてきょうもごはんありがとうなの」
食事を終えると頭を下げて、リーンは何処かへ去っていった。何かやることがあるのだろう、と納得しておこう。食事をすること自体に忌避感があるような感じではなかったので、俺が嫌われているとかそういうダメージを受けることはないな。
机を片付けて食器を綺麗にすると、昼食は何を作ろうかと思案し始める。今日は新しいレシピに挑戦したいところだな。手持ちの食材で作れても良いし、買い物に行くのでもいい。午前中は布団の山本にお邪魔していつもの納品をする予定なのでどっちにせよ出掛ける理由はある。
なんか急に麺類が食べたくなってきたな。かといって手持ちに麺は乾麺のパスタとそうめんぐらいしかない。レシピ的には寂しいところ。ここは買い物に行くのを見越して買い物へ行った先で見つけた食べ物を参考にしていこう。
布団の山本に行く時間まで家の掃除をして暇をつぶす。多重化した生活魔法の能力によって、こびりついた汚れや古いシミなんかも抜けるようになった。これはもう家じゅう生活魔法で掃除が出来て、雑巾も掃除機も要らないんじゃないか。
一つ掃除が便利になったところで良い時間。布団の山本に連絡をしていつも通りの量を持っていくと連絡。すると、スノーオウルの羽根の量を増やせないかと打診があった。どうやらスノーオウルの消費量が増えてきているらしい。余分に二キログラム追加して持っていくことで合意したので社用車にダーククロウの羽根十五キログラムとスノーオウルの羽根六キログラムを積み込み、いざ布団の山本へ。
到着して玄関を開けると、丁度来る時間だろうと思っていたのか店長自らお出迎えをしてくれた。早速納品タイム。社用車からまずはダーククロウの羽根から順番に渡し、渡し終えたらここからがスノーオウルですと断った上でまた順番に渡す。やはりセダンタイプに比べて物が積める分社用車はいいな。
納品が終わり検品の間に今回は羊羹が二個最初から出てきた。ほどほどに温い緑茶も今は心地よい。
「そういえば会談、アーカイブで見ましたよ。ご活躍されていたようで」
どうやら一発で声バレしていたようだ。
「どうも、そういうことになってしまいまして。今後身を隠すのにどうやって行こうか悩んでいる最中ですよ」
「それだけお稼ぎになっていらっしゃるなら、稼ぎに対して取材費はいくら取りますけどどうします? みたいな形で逆に売り込んでみてはいかがですか。うんざりされて取材に来ないかもしれませんよ」
「それは良い手ですね。是非使わせてもらいましょう」
既に一回は使ったが、今後もそれで行こう。今のところあれ以来取材依頼に来る雑誌やメディアの記者は居ない。また今後現れるであろうイベントに対してどう立ち向かっていくべきか。やはり平等に同じ手を使っていくのがいいだろうな。
「……はい、わかった。じゃあいつも通りタンクに入れておいてね。お待たせしました。今回の検品もいつも通り、という形で。お値段はこちらになります」
二百九十四万円。その内二百四十万が六キログラムのスノーオウルの羽根の価格、五十四万円がダーククロウの羽根の価格だ。今回は普段よりスノーオウルの納品が多かったのでそれなりの価格になっている。
「スノーオウルの羽根が不足しがちだと感じましたが、割合が増えてきたのでしょうか」
生産者としては気になるところ、そこをしっかり聞いておかねばな。
「肉体労働の方が少し増えた感じですね。しっかり動いても翌朝気持ちよく起きられるような感じの枕や布団はないか、という相談が増えてきておりますので、お値段はしますがと念押しした形でですが、徐々に広がっている気配はあります。もしかしたら探索者の方なのかもしれませんが、たしかにお客様は増えております。スノーオウルの羽根入り布団のほうも中々割合にこだわるお客様がいらっしゃいまして。睡眠時間が短くなってもそれだけの効果があるならば、とご購入を決意されるお客様が居まして」
「なるほど、人気になりつつある、と」
「枕のほうはもっと顕著ですね。スノーオウルだけの枕をくれというダイレクトなお客様もいらっしゃいましたが、健康上の理由でお勧めできないとお断りした上で、半々ぐらいのものを購入いただいておりますのが現状でして。そのおかげでこちらの予想よりもスノーオウルの羽根の出荷が増えているのは確かです」
なるほど。スノーオウルの枕は顕著に効果が出るからな。布団にしないまでも、枕の状態でもあれだけの効果があるならば購入を希望してその分長く働いて収入を得られるならば……と考える人も多いだろう。
「スノーオウルの羽根の持ち込みのほうはどうですか、納品してくれる探索者のほうは増えてはいますか」
「そっちのほうはまだまだこちらの宣伝不足といったところでしょうか。ちらほらとは見えるんですが、安村様ほど大きなロットで入荷していただいてる探索者さんは今のところはいませんね」
俺の場合はダンジョンからの搬出も特殊だからな。品質を維持した上で、となるとさらに難しくなるだろう。
「では、今後はスノーオウルのほうも納品をそれなりの数していく方がいいという形でよろしいですか」
「はい、安村様の場合事前にお電話を頂くことがほとんどですので、その時に確認してお伝えするように努力はいたしますので、今後ともよろしくお願いします」
羊羹を頂きお茶を飲んで、落ち着いたところで店を出る。今日も店長は店を出てお見送りをしてくれた。予定より納品量が増えたので懐も温かい。ちょっといい店へ行って昼飯を調達するか作ることにしよう。
近所のスーパーではなく、普段あまり近寄らない形式のちょっとお高いスーパーへ寄った。すると、俺の胃袋に直撃する皿うどんの安売りの広告が目を引いた。昼食は皿うどんにするか。早速それを一品籠に入れると、隣に嫌でも見えるように置いてある皿うどん用のスープと、食品サンプル例のように並べられている具材セットを参考に食品を買っていく。
お菓子もここは輸入品が多く、ちょっと味が解らないものは二個買って、味見用とお供え用で一つずつにする。
卵もここはお高い。滅多に買いに来ないんだし、お高いのにチャレンジするかと卵六個入り千円のいつものよりさらにお高い奴に一つチャレンジしてみる。これでTKGを作ったらどれほどの味わいになるのかというのも気になるし、明日の目玉焼きはお高いぞ、と自分にご褒美をあげるつもりで購入。
パンはまだ余裕があるので今回はパスだな。キャベツはいつものより二百円ほど高いが、きっとその分甘いだろう。いろいろ買って会計を済ませて家に帰る。
さぁ、皿うどんを作ろう。餡だけ作っておいて後でアッツアツのをかければいいから早速餡と具材づくりに取り掛かる。
一口サイズのキャベツと薄切りのタマネギ、短冊切りにした人参とかまぼこ。エビはちゃんと殻をむいて、イカは表面に切れ込みを入れておく。豚肉を一口サイズにカットすると、ごま油で色が変わるまで炒める。その後で先に用意した具材を適当に煮えにくそうなものから入れ始める。全部に火が通ったところで水で溶いた餡を回し入れ、とろみがつくまでしばらく待つ。
とろみがついたらちんちこちんにして、そのまま皿うどんの上に乗せる。さあ昼飯が出来た。早速食べよう。
熱っ、うまっ、トロッ。そしてまだ完全にトロみのあるたれがかかり切ってない所の麺がまた美味しい。全体的に餡がかかって柔らかくなった麺もいいが、湿り気を帯び始めているといった感じの中途半端なあたりの麺もまたうまい。一人分と思って作ったが結構ボリューミーな食事になりつつあるな。
しっかり炒めた豚肉からごま油が香る所もポイントだ。別に中華料理でもないのに中華って感じが押し寄せて来る。具材の火入れ具合もそこそこうまく出来ている。ただ、流石にこれはダンジョンでは作りにくい食事ではある。たまにはこういうのもいいな、という例にはなった。夕食はもっと別のものを作ろう。
◇◆◇◆◇◆◇
午後からは掲示板の監視という名の流し目でのいろんなスレの確認作業をすることになったが……まずいな、世間的に俺のことがバレ始めている。そりゃ山本店長だって気づくぐらいなのだから他の小西ダンジョンのメンツにはもう通訳が俺だということは割れている。いや、しいて言うなら割れているけどそっとしておいてくれている、というほうが正解に近いのだろう。ありがとうみんな。ありがとうアットホームな職場。
しかし、小西ダンジョンスレはともかくとして他のスレでは俺という情報が割と垂れ流されている。まあ過去ログを見ればこれまでどんなことをやってきたかは残っているのでその分の情報が漏れてしまうことは仕方がないことでもあり、どんどん俺の個人情報が流出していく。
その内俺という秘密の探索者のヴェールがはがれ始め、国内でも有数に稼いでいることやダンジョンマスターとの仲、さらに言えば家の場所もバレて庭のダンジョンもバレる、というところまで行ってしまうと非常にまずいことになる。しばらくダンジョンへ通うにしても良く行動について考えながら動く必要がありそうだ。
まあ、考えても他人の行動を制御することなんて無理な話だ、自宅に押しかけてきて無理やり取材に応じさせるようなことになるまではじっとしていよう。その内会談のことも忘れて日々の探索についての話題になるはずだ、それまでは目立たないように行動するように心がけよう。
さて、夕食は何を作ろうか。時間はたっぷりあるので月刊探索ライフを開いて料理ページを見て、そのままダンジョン料理、家料理に応用できそうなものを探す作業に没頭することにした。他に何か面白い料理はないかな……
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