121:いたずら開始 1
気持ちのいい朝だ。早めに寝たからか、体の調子もすこぶるいい。
昨日夕食の時に残しておいた総菜をトーストに挟み、目玉焼きを作っていつもの朝食を始める。うん、やっぱり朝はこれだな。全身をカロリーが駆け巡る気持ちよさを感じながら、落ち着いて食事をする。
注文したテントとポールは午前中に届くらしいので何時になるかまでは解らないが、それまではネットニュースを閲覧する時間にする。と、その前に潜る準備をするか。
昨日のうちに洗っておいたツナギを着ると予備のツナギを保管庫に入れる。こいつの出番は無いほうが嬉しいな。とはいえ、二泊三泊するようになったら出番は出てくるだろう。セーフエリアで洗濯が出来るわけでもないんだ。二日目までは我慢できるが三日連続同じ服というのは少々精神的にきつい。替えの下着や肌着も入れておくことにする。
持っていく食品をチェックする。カロリーバー・ゼリーは……そろそろ処理するか。出かける前に冷やしておこう。ミネラルウォーターは昨日のうちに三箱補充した。しばらくは大丈夫だ。後、向こうで唐突に食べたいと思った時用にトーストを一斤入れておこう。卵も入れておくかな、二個あればいいか。
グラディウスは綺麗に研いでもらったおかげでまだ新品同様だ。小盾のほうも問題あるまい。熊手はいつものポジションに陣取っている。ヘルメット、一応消臭スプレーかけておこう。
後は向こうで食事などをする物品は一通り保管庫の中にそろえてある。生野菜・コーラ・ミネラルウォーターの冷やすつもりの奴はまだ冷蔵庫の中。
後は商品が届くのを待つだけだな。
さて、ニュースを見よう。昨日のニュースの詳細を見る。スライムのドロップ素材の買い取りについて、スライムゼリーは大体二十円、魔結晶は六十円ぐらいになるだろうという発表がされた。対応は今日かららしい。
突然の価格改定に事情をよく解っていないアナウンサーとコメンテーターは、ダンジョン庁による初心者優遇制度の見切りをつけたのではないかという見解を述べていた。多分他局で現状のスライム騒ぎを理解しているのは現役の探索者と耳が早いコメンテーターぐらいの物だろう。
同じニュースを扱う他のサイトのコメントを見てみると、やはり事情を分かったうえで、ギルド側の査定負荷を下げるためと、そもそも実情にそぐわなかった価格を元に戻しただけなので混乱はそれほど大きなものにならない、むしろ今の状態のほうがよほど混乱している、というようなコメントを出していた。
計算する。ドロップ確定したとして、一匹八十円の価値。カロリーバー半分分け与えたとして三十円。分速一匹として時給千八百円か。それでも十分利益は出る範囲だな。
一層の探索者は減るかもしれないが、それでも居なくなることは無いだろう。
と、インターホンが鳴る。来たかな。玄関を開けると荷物のご登場のようだ。重そうな荷物を三つ抱えた配達員に受け取り証明を書いて渡す。一旦家の中に荷物を入れる。外装はゴミになるので今のうちに取り除いておこう。
……思ったより大きいな。これはメインになる一メートル超のポール以外を保管庫に入れて持ち歩くか、コッソリ全部保管庫に入れてしまって向こうで組み立てるかの二択になりそうだ。
どうするか……とりあえず、先にポールに差し込む傘の部分をDIYしてしまう事にする。と言ってもやることは至極簡単で、二枚の布をホチキスで貼り合わせた後傘の先端にかけるだけ。これをポールの上にダクトテープで巻きつけてポールを伸ばせばそれで目印の完成だ。
これを二つ、色違いで用意する。遠くからでも見やすい色を選択した。青やピンクだと、あの場所の風景には溶け込んでしまってかえって見づらくなるだろう。
後はこのポールだが……斜めにしてバッグに入れておけばそう目立つことも無く、邪魔にもならないかな。細々としたパーツは保管庫に入れてしまおう。メインポールとテントの布、この辺はちょっと重いが背中に背負っていればそれほど負担にはならないはずだ。代わりにバッグの中身は地図とカロリーバーと五百ペットの水だけにしておく。これにいつもの武装を足して……うん、結構重さあるな?
念のためバーナー・スキレット・まな板・食器をバッグに出しておく。もし他のパーティーと鉢合わせした時に自然に使えるようにだ。
これは、テントの分だけでも保管庫に入れておこう。それで重さが半分ぐらいになってくれた。これで誤魔化しはきくな。準備はこれでよし。
「荷物届いた。重いけど今から出る」文月さんに連絡入れる。
「ついたら連絡頂戴」返事来た。
さぁいつもより重い荷物を背負ってのダンジョントライだ。これも経験と思っていこう。冷蔵庫から冷えた食品たちを取り出すと、飲み物をアイスバッグに詰めて保管庫に入れる。後念のため二人分以上の食器を持ち出して行こう。
◇◆◇◆◇◆◇
小西ダンジョンに着いた。道中人に見られたりはしたが、多分不審がられたりはしていないと思う。小西ダンジョンで宿泊の準備をするというのは珍しいだろうが、今後は増えていってほしいものだ。
「着いた」連絡を入れる。 すると、ギルドの建物から野生の文月さんが飛び出してきた。
「すごい荷物」
「これでも三分の二ぐらいは保管庫に入れてある」
「大丈夫? さすがにその量はバレない? 」
「多分大丈夫。それより、そっちも結構な荷物だけど」
「一応色々持ってきた。泊まりになるかと思って」
そういう文月さんも結構な荷物である。
「準備万端だな。細々としたもの持って来た? 」
「こまごまとしたものとは? 」
「紙製の食器とか調味料とか食料そのものとか」
「一応……足りなかったら貸してください」
「使いそうなものは念のため二人分持ってきてよかったかな」
準備は何事も怠るべからず、経験で足りないと感じたものは用意しておくべき。清州七層でのキャンプはちゃんと役に立ってるようだ。
「荷物、一部持ちましょうか」
「そうしてくれると正直助かる。とりあえず自分の分のテントだけでも運んでくれると怪しさが減って有り難い」
「そのぐらいなら大丈夫だと思う」
「あと、向こうで立て放置する用のシェルターの屋根もお願い」
シェルター部分は重さも嵩もある。保管庫に入れてあったがバッグから取り出してバッグに入れてもらう。
「よっと。このぐらいなら大丈夫です」
「じゃぁイクゾー」
入ダン手続きにいくと、明らかな荷物の多さに「宿泊ですか? 」と聞かれる。
二人ともそのつもりだと伝えて入ダンする。
既に中に入っている人によって駆除されているのか、一層はここ最近掃除が行き届いている。入った瞬間スライムがぽよぽよと床を這っているような、俺が初めてダンジョンに潜った時のような姿は確認できていない。
もしかしたらまだ、昨日のニュースが行き届いてないのかもしれないな。どちらにせよ今の目標は七層に達する事なのでそれを優先しよう。文月さんと二人、二層の階段へ急ぐ。
「スライム居ませんね」
「今日から新価格になってるはずだが、それでも美味しいのかそれともニュースが伝わってないのか」
「ニュースってなんかあったんですか?」
文月さんはニュースを見てないようだ。解説を挟みながら進む。
「ざっくり言うとスライムの査定価格が七割になる」
「それってバニラバーの儲けが減るって事ですよね」
「個数で数えるのをやめたらしい。今後スライム素材も重さで量って査定することになる」
重さで数えるようになった分スライムの実入りは減るけどね、と注釈も忘れずに言う。
「安村さんの言ったとおりになりましたね」
「これで俺もスライムと対話する時間が取れるといいんだが」
「まだスライム狩りは続けるつもりなんですね」
「儀式……みたいな」
「ですか。まぁ止めるつもりはないですけど」
二十分ほどで二層の階段へ着く。
「大丈夫? 荷物の重さで疲れてない? 」
「まだ大丈夫ですね。四層手前の階段ぐらいまでは一気に行けそうです」
「じゃぁそこで一服しよう」
二層の階段を降り、そのまま進む。いつもより荷物が重いことを自覚してはいるが、確かに足取りは軽くない。四層手前の階段で休憩しないと六層で路頭に迷う可能性もあるからな。休憩は取るべきところでしっかりとろう。
二層のグレイウルフも駆除されつつあるようだ。一向に側道からも現れてこない。何人ぐらい入りこんでいるのかな。
「二層までは真っ直ぐ戦闘無しで行けるかな。三層はどうなるか解らないけど」
「何か知らない間に変なスキル身に付けてたりしません? 」
何故そんなことまで解るんだ?という顔をしている。
「聴覚をブーストしてる。戦闘音が仄かに聞こえてくるから戦ってる人が居るのが解る」
「なるほど、そういう使い方をしてましたか」
そういえば試したことはないが味覚は何処までブーストできるのか。
「味覚ブースト……これってトリビアになりませんか」
「香辛料で無理やり消した臭いとかまできっちり味わえそうですね」
「やっぱりそうなるのかな……七層着いたら試してみよう」
「その前に六層をこのフル装備で突破するという難関があるんですが」
どうやら文月さんは重さというか嵩というか、荷物の多さに若干不安があるようだ。
「六層なぁ……人が居てくれると突破が容易になるけど、その後の行動考えると居てくれないほうが良いというか」
「判断が分かれるところですね。いっその事、今日はテントだけ立てて残りは後日に残しておくとかどうですか」
「それも考えたんだけど、出来る事ならまとめてやってしまいたいからさ」
「まぁ、何でもいいですけど」
二層でも結局モンスターには出会わなかった。三層への階段を降りる。三層には……多分二人ぐらいいるかな。
「誰かいます? 」
「戦闘音が三つ聞こえる。三パーティーは居るって事かな。そのうち一つは多分行き先に居る」
「じゃぁ、楽できますね」
文月さんはほっとしている。俺もほっとしている。
「そうだな。まぁ出会ったところでゴブリン相手に今更手間取ることもないけど」
「私はちょっと不安かも。さすがに荷物が多いです」
「いつでも下ろせるようにして戦えばなんとかなるよきっと」
「そうだといいんですけど」
三層を歩く。やはり進路上には何も居ない。前を進んでいるパーティーが居るようだ。その後ろをついていくのでリポップしてなくても何の不思議もない。
「ここまで楽が出来ると四層以降がかえって不安になるな」
「本番は四層からですからね」
「本番は四層から、勝負は六層。さてこの荷物でどこまで戦えるか。ここは一つの試練だな」
気を引き締め直す。
「試練ですか」
「今後、七層以降に潜って戦う場合、帰り道は大量のドロップを持って帰る事になる」
「保管庫使えばその心配はないですけど」
確かにその通り、その通りなんだが。
「使えない状況は常に考えないとな。うっかり一緒に帰りましょうってパーティーが居たとして、断るのも妙な話だろう? 」
「そうですね。ダンジョン深く潜って空荷で帰るのも変ですし」
「それに、連泊する際はその分の荷物も当然多くなるわけで」
「なるほど。私が思ってる以上に慎重なことは伝わりました。今こうして重たい荷物を背負ってるのも、それの保険って事ですか」
納得してくれたようだ。理解が早い相棒は助かる。
「これでも重さは半分以下になってるのよ。テントとポールで全部で四十キロぐらいあるし」
「これ本当に必要なんでしょうか」
「必要かどうかは今後誰かが決めるさ。なんかこう、七層まで来た!という証拠みたいなものになればいいなって」
と、ゴブリンが二匹出てきた。こちらを見かけたらしい。
「戦闘準備、行ける?」
「一匹ぐらいならそのままでも」
サクッと倒すつもりだったが、背中の重さの違和感のおかげで体がいつもより鈍い。ダメージを受けるような事こそなかったが、何時もよりほんの少しだけ手間取ってしまった。
「やっぱり荷物が多いと動きづらいな。苦労しそうな気がする」
「それも大事な経験じゃなかったんですか? 」
「そうだな、何事も経験だな」
しかし、邪魔なポールだ。誰だよこんなもの持ち込もうと言い出したのは。
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