1208:寄り合い所まだ寂しく
ここから新章です。よろしくお願いします。
庭にダンジョンが出来て一週間が経った。今のところ周囲にはバレていない様子なのでそのまましばらく放置しておいて、問題が発生次第対処、リーンには最悪どこかに出入口を移してもらうことを伝えておいた。
「だいじょうぶなの。ダンジョンはいつでもでいりぐちをへんこうできるの。やすむらはほかのひとにはだまってるようだけどそれでいいの? 」
という、以前ミルコにも確認したがダンジョンの出入口の変更については間違いなく出来るということを二人のダンジョンマスターから確実な言質を取った。最悪の場合、ダンジョン庁の関連施設の何処かへ出入口を移してもらってダンジョン庁に直接取り次ぐようにしてもらうことで俺への負担を最低限に抑えることができるだろう。
俺はと言えば、一日に一回ぐらいのペースでリーンの様子を観察しておしゃべりをして、他のダンジョンマスターが来ていないかどうかを確認する作業をしている。ダンジョンマスターとはいえ小さな女の子をこんな狭い場所に放っておくのは個人的になんだか心配であるというが本音ではあるが、セノも俺とそう変わらないタイミングで話をしているようであり、せっかくなので保管庫の中のちゅ〇るとちょっとしたお菓子を置いていくことでセノへのお土産を置いておいた。
また、リーンの暇つぶしにペンとノートを置いておくことにした。リーンが何をどう描いているのかはサッパリだが、向こうの言葉や絵を描いていることは間違いないらしい。
これもその内解析して何らかの文化の体系としてまとめられていくんだろうな、という気がする。新しいノートを渡すタイミングで回収して色々見させてもらおう。ダンジョン庁に回収させて文字についてや絵について、色々と調査してもらうことになるだろう。そっちのほうでもダンジョン庁としては情報として握っておきたいだろうしな。
今日もいつもの朝食を食べて、朝食のおすそ分けをリーンに持っていく。庭に出てダンジョンの入り口から中に入り、自分の分とリーンの分をそれぞれ食事として出す。
「きょうもいただきますなの。ひびのかてをえられることをやすむらにかんしゃなの」
立派なお題目を唱えているのはともかく、食事を食事として楽しんでいてくれることは良い事だな。リーンにはお高いバターよりも甘いジャムのほうが嬉しいだろうと思って、イチゴとレモンとブルーベリーのジャムをある程度のローテーションでトーストに塗って渡している。どうやら喜んでくれているのでそれは安心だ。そういえばダンジョンマスターは虫歯になるのかな。リーンで試しておこう。食事の後に歯磨きをする様子もないのでそういう身体的なデバフ機能はオミットされているとも考えられるが、実態はどうなのか。
「ごちそうさまなの。きょうもおいしかったの」
ちゃんと感謝の言葉を伝えてくれるので、作った甲斐はあるというもの。作ったと言ってもそこまで手の込んだ料理を食わしてやっている訳ではないので感謝をだいぶ多めに貰っているという気はする。
ご飯を食べ終わったが早速食後のおやつのラムネを食べ始めた。ラムネも俺が与えたものだが、一日一袋という条件で渡している。餌付けはうまくいってるので、実際にこのダンジョンが寄り合い所として稼働し始めるのをまだ待つ段階である。今のところ、セノも含めて話し合っているが、現状でこちらへ来てくれたダンジョンマスターは居ない。
「考えるのも悪くないし新しいダンジョンというのも興味があると言ってくれたダンジョンマスターは何人かいたのでな。覚悟を決めたらその内来るのではないかの? それまではしばらくじっくり待つ時間も必要じゃろうて。そちらも今日明日でダンジョンの候補地を決められるほど素早く行動できるわけでもなかろう? まあ、適当にリーンの相手でもしながら、安村はゆっくりいつも通りのダンジョン通いで良いと思うぞ」
というのがセノの談。なので顔見せと進捗確認程度に朝食を一緒に取り、その後はお任せでその間に何かあったら報告をしてもらう、という形にしている。今のところ報告の上がるような事態は発生していないので平和なもんだ。しいて言うなら朝作るトーストと目玉焼きが一つ増えた程度のこと、というあたりか。
さて、今日も昼食を作ろう。今日の昼食は久しぶりのタンドリーボア肉だ。ボア肉の脂分がいい感じに全体に回り、食欲を増進させてくれるお手軽な揉んで焼くだけの簡単料理。それに加えて最近俺の中で流行のインドカレー屋さんの謎のドレッシング風味のドレッシングと、刻んだキャベツを絡めればそれで立派な肉付きのサラダの完成だ。手軽に食べれてお腹に溜まってヨシの俺のダンジョン料理の原点がここにある。
今日は芽生さんと二人で探索だ。いつも通り五十九層巡りでも良いのだが、最近ちょっと思うところがあるので今日は六十四層をひたすらグルグル回ろうと思う。なぜ六十四層なのかもその時にちゃんと芽生さんに説明しよう。
しかし、ダンジョンが家の真横にあるのにダンジョンに通えないという不思議な状況でもある。まあ、今からダンジョンを作ってもらったとしても三十八層まで出来ているか、それとも新式のダンジョンが何階層かまでが出来ている程度の深さのはずなので通ったところで旨味はないか。まあ仮に階層が出来ていたとしても、ダンジョンコアルームまで行くのが面倒なことを考えればそのままコアルームだけ存在してくれていた方が好都合だ。
ダンジョン内では通信が通るのでいざとなれば通訳として話をすぐに通すこともできる。いつ連絡が付くかは解らない所だが、ここはセノの外交努力にかかっている。どこまで納得させる形で連れてこれるかどうかはお前の頑張り次第だぞ。
食事が出来たところで恒例の安全確認だ。今日も忘れずに行こう。
柄、ヨシ!
圧切、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
スーツ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
飯の準備、ヨシ!
嗜好品、ヨシ!
車、ヨシ!
レーキ、ヨシ!
保管庫の中身……ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。さあ、家の最寄りではなくなってしまったダンジョンが俺を呼んでいる。今日も出来る限り稼いで帰ろう。
◇◆◇◆◇◆◇
いつも通り茂君を終わらせて六十三層へのボタンを押すと、早速芽生さんに尋ねられた。
「今日は五十九層じゃないんですか? 」
「実は先日、鬼ころし本店で手に入れた食べ物にこういうものがあった」
エンペラの加工品のパッケージを取り出す。賞味期限までは充分に時間があり、保管庫に入ってる時点でほぼ無限と言っていいものだろう。
「エンペラですか。取りに行くんですか? 」
「ダンジョン産食品としてエンペラがこのような形で流通しているということは、ギルドに納められたエンペラはいくつかの流通を得て、こうして俺の手元に帰ってきたことになる。それは解るな? 」
「あー……何となく言いたいことは解りました。我々がエンペラを進んで取りに行かないと、この商品の製造の流れが止まってしまう可能性がある、ということですね? 」
芽生さんも気づいたらしい。六十三層まで潜ってこれているのは確認しているだけでも俺達と高橋さん達だけ。高橋さん達もエンペラを進んで取ってこいという命令を受ける可能性は非常に低いので、エンペラの流通は俺達の腕にかかっていると言っていい。
「需要と供給のバランスを考えるに、需要はここにこうした形である。そして供給はと言うと、俺達が自主的に取りに行かないと途絶えてしまう。かといって、供給が少ないから値上げで対応できるのか? というとそういう問題ではない。つまり、値段を上げられないけど需要があるという微妙な商品であるわけだ、このエンペラは」
「そこを丁寧に埋めていくのも自由に潜れる探索者の使命ではないか、ということですね」
「そんな理由で、しばらくは六十四層でふらふらしようかなと思っているんだけどいいだろうか」
芽生さんに理由をきちんと説明すると、それならば、という感じではっきり許諾の意思を示してくれた。理解のある相棒で助かる。
「六十四層も全力で回ったことはまだなかったはずですから、全力を出せばそれなりにお金になる可能性は非常に高いですし、階層が深い分五十九層よりも実りは多いかもしれません。そのあたりに期待していきましょう。そういえば、お庭のダンジョンのほうは変化はありましたか。リーンちゃん以外に来訪者は出ましたか」
芽生さんもあのダンジョンが気になるらしい。ちなみに結衣さんには事前に話を通してあり、新浜パーティーではなく結衣さん個人にだけ知ってもらっておいている、という形にしてある。新浜パーティーがそろって我が家に来る可能性は非常に低いのでそのあたりの情報統制を敷くにしても、結衣さんが家にふらふらと遊びに来てダンジョン見つけて慌ててダンジョン庁や警察に連絡を入れないための予防措置だ。
結果的に結衣さんには納得をしてもらうことになった。「聞いたことは忘れることにするわ」とは本人の談。それで納得してくれるならそれで充分である。
「朝ご飯をリーンととるようにして、そのたびに何かあったか聞いたりはするようになった。今のところ来客なしだな。消費される卵とトーストが増えたぐらいかな、変化としては」
「まあ、昨日の今日で来られてどこにダンジョン作ればいいんだ、みたいな話にはさすがにならないでしょうから、一ヶ月ぐらいは待つことになるかもしれませんね。気長に待ちましょう」
「同じことをセノにも言われたよ。まあバレるまでは問題ないだろうし、バレたらダンジョンコアを破壊して次の日には何もなくなっている、という話になるから心配はないかな」
そういえば、一層すらないダンジョンコアルームを攻略してもAランク探索者になるんだろうか。実績的にはそういうことになるが、今回の場合特殊だ。箔付けにランクを取る、というのも一つの手だろうが、俺達の場合邪魔でしかないからな。ここは気にせずに長い目でみることにしよう。
六十三層に到着してリヤカーをエレベーター脇に置き、久しぶりにノートを確認すると、高橋さん達の書き込みを見つける。
「”六十八層”到着しました」
六十八層に強調が入れてあるあたり、六十九層に挑もうとしてダンジョンコアルームまでたどり着いた、ということを暗に示す言葉なのかな? と解釈しておいた。あえてそのまま書かないのはこの後到着する探索者が書きこみを見てどのような時期にどのようなことがダンジョンに起こっていたのか、ということを悟られないようにするため、という意味もあるのだろう。暗喩は時に雄弁に語る。
こっちもこっちで六十四層巡りを開始。とりあえず午前中ぐるりと一周して久しぶりの亀とワニの戦い方を思い出しつつ、新武器の切れ味や覚えたスキルがどのぐらい効果的なのかを確かめながら徐々にスピードを上げていくための暖機運転を始める。
「やっぱり新武器の切れ味は大したものですねえ。ワニが面白いように切れていきます」
スーアアリゲイターをスパスパと槍先でざく切りにしながら芽生さんのテンションは高い。中々に楽しそうなのでそのまま頑張ってもらおうと思うので止めるような動きをせず、弾かれてきたモンスターのとどめを刺すような動きに終始する。
そのままロックタートルの甲羅にも槍をえいやと突き刺す芽生さん。甲羅の貫通は無事に成功したが、次の動作に入る前に一旦槍を抜こうとしたが、ロックタートルが甲羅の中で暴れているらしく引き抜くことが出来ないので、しかたなく槍先からスキルを乱射して甲羅の中をズタズタに引き裂いてしまうことで結果的に前よりも素早く倒すことができるようにはなった。
甲羅の中がどうなってしまっていてモンスターの撃破判定が入ったのかはあまり想像したくない所だが、弾丸のホローポイントみたいなものなんだろうな、というところだろう。
ワニにせよ亀にせよどちらも問題なく相手が出来るのが解ったところで、徐々にペースを上げながら戦闘に入り込んでいく。六十四層は地下水路マップ最下層なだけあってモンスターの湧きも中々だ。ここはかなり稼げるようになったのではないか? ポーションが何本落ちるかでおおよその価格が決まってしまうのは仕方ないことではあるが、一時間に一本落ちれば御の字、と言ったところだろう。午前中は目いっぱい暖機運転に使い、真面目にスピード勝負を始めるのは午後から、ということになった。
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