1207:同居人? 増える
しばらく長官が無言になる。そりゃ、いきなりダンジョンが駅から五分の市街地に出来たらそういう反応になるよな、というのと共に、階層がゼロであるということが事態をよりややこしくしていた。そして何よりも探索者である俺の家の庭、ということで更にややこしさが増す。
「とりあえず、ビデオ通話にしてもらって、周辺の様子を見せてもらうことって出来るかな? 」
「はい、わかりました」
ビデオ通話に切り替えて、家の様子と周辺の家の屋根から見えるかどうか、それからダンジョンの入り口を映す。ひとしきりゆっくり見せた後で、画面を長官と対面にして話し始める。
「安村さん結構いい家に住んでるねえ」
「それはどうも」
再びカメラを外に向けてダンジョンに入り、ダンジョンコアルームの様子を映す。この辺りは事前情報で知っているだろうから長官は初めて目にする、ということはないだろう。真中長官はしばらく考えた後、うん、そうするしかないな、という表情でこちらに向けて話し始めた。
「解った。この件は君と私だけの秘密の案件ということにしてもらっていいかな。もし、新しいダンジョンマスターが現れるようなことがあったらその時に対応してもらうことにしよう。それまではダンジョンの存在は隠匿、ということでいいかな。多分それが一番平和で済むと思う」
「この件、芽生さんも見ているので三人の秘密、ということになりますがそれでいいですか? 」
芽生さんを映して手を振らせる。隅っこに映っているリーンもこっちに向けて両手を振り始めた。どうやら何かで見られている、ということは察せられるらしい。
「あぁ、その子がリーンちゃんかい。中々かわいいね。とりあえず安村さんには密命として、そのダンジョンの監督と、新しいダンジョンマスターが現れた際にその取次ぎをお願いすることになるけどいいかな? 」
「まあそのぐらいなら……毎朝顔を出して新しい人が来たかどうか確認するぐらいで済みそうですし、時間によっては直接ビデオ会談の形でお知らせすることにはなろうかと思います」
「そうだね、そのあたりが落としどころだろうね。とりあえず、ダンジョンは現状まだ庭に出来ていることに気が付かなかった、という辺りで保留されていたことにしよう。それなら多少のごまかしも利く。安村さんだって避難なりダンジョン改正法による土地の強制接収なんかで家を追われたくないだろうし、そうなった場合私の手にも余る話になってしまう。この件は秘密にしておきたい」
やはりそうなる可能性が高いか。だったら黙っておく以外こちらが取れる手段はないな。
「では、一応報告はしておいたけどまだ俺は気づいてない、ということで一つよろしくお願いします」
「うん、そういうことにしておいて。緊急にもかかわらず対応してくれてありがとう。じゃあね」
通話が切れた。どうやら巨大な爆弾を抱えることになってしまったらしい。
「やすむらどうしたの。なにかしんこくそうなの」
リーンは事の次第を理解しているのか、理解してないのか、それとも理解した上でそう問いかけているのかいまいちわからない所はある。だが、現実としてここにダンジョンは出来てしまったのだからダンジョンとして運用していくしかないのだろう。
「とりあえず……飯食うか」
「ごはんなの。リーンもたまにはごしょうばんにあずかりたいの」
「そうですねえ。家で作ってここまで持ってきて食べますかねえ」
「だな。パスタで良いだろうか」
「お任せします。でも味に注文が付けられるならカルボナーラがいいですね」
カルボナーラなら二人分の奴がある。ちょっと薄目ということで二人前半ぐらい茹でてしっかり水気をきってパスタソースを投入して追加でチーズを加えてやれば味が薄まることを少し抑えることもできるだろう。
「私、先に着替えてきます。危険がないと判断したのでもうスーツで居る必要もないでしょうから」
芽生さんが着替えている間に料理を済ませてしまおうかな。今日は野菜気はないが手軽に食べられてそれなりに腹持ちが良いということで、今日の夕食はお出かけのご飯ではなくパスタということになった。これからは庭に奇妙な同居人がしばらく滞在することになるのか。家でもダンジョン職場でもダンジョンということはいよいよ俺の人生もダンジョンに染まりつつある、と言ったところだろうか。
パスタを茹でて水きりをし、よくオリーブオイルで炒めた後でアルミパウチ入りの二人前のカルボナーラをかけながらよく混ぜると、パルメザンチーズを少し多めに混ぜ込んで味わいを深く、そして味が薄くなるのを誤魔化すために使う。何ともいい香りが立ち込め、お腹が空いていた事を思い出す。もう一品何か作ろうかな。同じパウチソースシリーズのトマトソースを使ってウルフ肉のトマト煮風味の奴を一品追加しておくか。パスタは冷めないように一皿に豪快に盛り付けた後、皿ごと保管庫で乾いたり水っぽくなるのを防いでもらっておこう。
その間にフライパンでトマトソースを軽く煮詰めながらウルフ肉を薄切りにしてトマトソースに投入。本来ならウルフ肉を塩コショウして焼き色が付いた後でトマトソースを入れる所だろうが、このウルフ肉が生でもいけることは散々証明されているし、トマトソース自体既に複雑な味付けをされている。多少生っぽいところが残ったとしてもそれもまたアクセントの一つとして色づけられるだろう。
しばらく煮込んで、トマトソースがそろそろ焦げ始めるかな? といったあたりでフライパンから皿に盛り付ける。これで二品。ちょっと手の込んだ手抜き料理が出来上がった。料理を早速ダンジョン内部へ運び込み、机と椅子を出すと食器を並べ始める。芽生さんが戻ってきたので食事開始だ。リーンには……箸が使えなさそうなのでフォークを渡した。
ついでにキッチンペーパーを襟もとに挟み込ませて、跳ね飛び防止用のエプロンの代わりにしてやる。
「そこまでおこさまあつかいしなくていいの。それなりにまなーはみにつけているはずなの」
ぶーたれているリーンを横目に、パスタとウルフ肉のトマトソース煮をとりわけてやると、フォークでパスタを絡め取り……そして盛大にキッチンペーパーの上に飛び跳ねさせていた。
「べつにふくがよごれてもウォッシュがつかえるからもんだいないの」
そう言いつつ、早速パスタを食べ始める。
「おいしいの」
どうやらお気に召す味だったらしい。メーカーの人ー、異世界人も美味しいって言ってますよーと教えてあげたいところだがそこは我慢だ。俺自身もこのカルボナーラはかなり好きな部類の味付けに入る。
「とりあえずここのことは外部には秘密、ってことになったんですよね」
「そうなる。ダンジョンが出来たこと自体に気づいていない、ということになった。最悪のケースとして、庭の手入れをサボってる間に庭にダンジョン出来てました、で通すことになった。だから国家機密レベルでここにダンジョンがあることは隠さないといけないな」
「周りの家が平屋建てで良かったですねえ。お隣さんから見えるような角度で映ってたら即発見即通報でしたよ」
「そもそも、俺自身いつからこのダンジョンが庭にあったかも知らないんだよな。リーンはいつの間にここにダンジョンを建てたんだ」
「えっとね、そっちのじかんできのうのよるなの。だからきょうのあさにはもうあったはずなの。きづかれなくてリーンはすこしさびしかったの」
昨日の夜か……ということは今日の朝、外を見やるタイミングで発見した可能性もあったってことか。これから来客には注意しないといけないな。芽生さんは良いとして、結衣さんは定期的に来るだろうし、その時に目にしてパニックを起こす可能性は高い。彼女にもよく言い聞かせておかないといけないな。
「とりあえず漏れそうな結衣さんにだけは伝えておかないといけないだろうな、家の住人として」
「そうですねえ。知らない間に来てダンジョンが出来てて通報した、なんて流れになると困りますから事前に丸め込む必要がありますねえ……このウルフ肉、肉の焼き加減がまだらなあたりが絶妙に美味しいですねえ」
適当に放り込んだのが逆に好みだったらしい。今日の料理もうまくやれたな。
「やすむら、りょうりじょうずなの。なかなかのやりてなの」
口の周りをトマトソースでべたべたにしながらリーンが褒めてくれた。美味しそうに食べるのは何よりだな。
「食べ終わったら結衣さんに事情を説明して、来ても驚かないようにしてもらわないといけないな。後は基本的に俺以外は近づかないようにしないと」
「私も含めて進入禁止ですか? 」
「たとえば海外のダンジョンマスターがこっちに来てる時にバッタリ出会って、詳細を説明できるかと言えば微妙な所だろう? そういう意味でも、俺一人で背負い込むほうがまだ気楽でいられる」
パスタはあっという間に無くなってしまった。三人前を作っても良かったか。リーンが結構食べたからな、二品目をお出ししておいたのが功を奏したか。ウルフ肉のトマトソースだけをスプーンですくって食べながら、煮詰まり具合もちょうどいいなと自分で自分を褒めておこう。
食事も食べ終わり、リーンも満足したのかその場で横になり眠り始めた。自由だな。
「さて、リーンちゃん眠っちゃいましたね」
「まあ、顔合わせと報告とは終わったことだし、ちゃんと一仕事終えたってところだからな、大目に見ておこう。片付けして風呂に入ってこっちもゆっくりしようや」
「そうですね、連れて出せるわけでもないですし、せめて毛布ぐらいは持ってきてあげますか」
夏用のタオルケットがあったはずだな。押し入れから取り出すとウォッシュして綺麗にしたやつをリーンにかけてやると、より気持ちよさそうにしている。子供が出来るとこんな感じになるのだろうか。そう思うと自分の子孫が出来るのも悪くない、という気がしてきたな。
ダンジョンを出て家に入り、洗い物と風呂沸かしとゴミの片づけを済ませると部屋着にチェンジ。衣服はしっかりウォッシュをかけてタンスに入れ、明日は使わない予定なのできちんとさせておく。
風呂には芽生さんと二人で入った。お互いに洗いっこしながらキャッキャウフフして息子の興奮度を高めていく。
芽生さんも洗われている間まんざらではない様子でいろんなところをこちらへ押し付けてくる。いいぞ、もっとだ。
洗い終わって芽生さんが俺の背中にもたれるような格好で二人湯船に入る。ふと芽生さんが気分をぶち上げるようなことを言ってくれる。
「子供が出来たらあんな感じなんですかねえ」
「もっと大変だろうよ。あれでもリーンは見た目と仕草が子供なだけで頭の中身は大人と寸分たがわないはずだ。おもらしもしないし夜泣きもしないしおっぱいも吸わないだろうからな」
「でも、かわいいですよねえ」
「それは間違いないな」
「欲しい……ですか? 自分の子供」
芽生さんがこっちに体重をかけて来る。肩から抱くように全身を包み込んでやると、完全にこちらに体重をゆだね始めた。
「ちょっとだけ、欲しくなったかな。今からでも間に合うかな」
「こっちの準備にもよる、とだけ言っておきます」
「いいのか? 来年から国家公務員で働こうって身分なのにいきなり妊娠出産なんて。それに稼げなくなるししばらく子供の面倒を見なくちゃいけないってなったらキャリア形成に問題が出て来るぞ」
「キャリアは……ちょっとおしいですが、リーンちゃんを見てるとああいう子を育てる道もあるのかなあと」
なるほどな。たしかに……ありかもしれん。ただ、俺が今すぐ子作りに励んだとして子どもが育つ頃には六十歳を超えていることになる。歳の差カップルとはいえちょっと父親らしいところはない、むしろ孫が育つようなイメージにすらなるかもしれん。
「人生で一番若いのは今、か」
「そうですね。使い物にならなくなるまでに解決してもらわないといけません、そういうことは」
「じゃあ、確かめるか? まだまだ現役だぞこっちは」
「受けて立ちましょう」
風呂から上がるとウォッシュで体に付いた水分を取り除き、そのままベッドまでダッシュ、布団と枕を保管庫へ片付けるとそのまま二人でダイブする。
「おかしいな、ウォッシュで身体は綺麗にしたはずなのにまだ水分が付いてるぞ」
「それだけ期待してるってことですよ、子作りはもう少し先ですが、今のうちに練習をしておきましょう」
かなり燃えた。リーンありがとう。
ここでまた一区切りです、お疲れ様でした。
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後毎度の誤字修正、感謝しております。