1206:帰ったら、衝撃
午後七時。時間ギリギリ一杯まで使って五十七層で高速周回を行った。流石にこれ以上長く居座ると帰りの時間に間に合わなくなる。芽生さんに声をかける。
「もうそんな時間ですか。時間が過ぎるのが早いですね」
よほど集中していたんだろう。普段よりも呆けているような感じで反応をくれる。
「もうそんな時間ですよ。そろそろ帰らないと一泊コースになるぞ」
「そういえばお腹も空いてきたような気がします。とっとと帰りますか」
ちょうど階段に近かったのでそのままのペースで階段を上りきり、五十六層に戻る。ここもそうだが、ダンジョン内では時計を見ないと時間が解らないからな。ついつい思ったより時間が過ぎている……ということはあるんだろう。
車を出していつも通り痕跡を消しながら帰り道を急ぐ。これは帰りの茂君はなしだな。その時間分遅れてギリギリアウトという可能性もある。時間には余裕を持って行動するのがモットーではあるし、今日はボス討伐パーティーの護衛という仕事もあった。いつもとペースが乱れたのは仕方がない所だな。
五十六層側の階段に到着し、いつも通り痕跡を消すとエレベーターに乗って一層まで直通ボタンをポチ。今日は寄り道はしない、真っ直ぐ帰る。地上に戻って午後八時過ぎぐらいだな。ちょっと査定カウンターは混んでるかもしれない。覚悟はしておこう。
荷物を仕分ける。今日は……しっかり稼げたな。いつもより一時間半ほど長く戦闘をしていたおかげか二人で三億という目標には届いているような気はする。リヤカーは満タンだ。ポーションがそっと乗せられているのを考えても、ポーションだけで二億二千万ぐらいの稼ぎにはなっているのでこいつが一本余分に出るかどうかで大きく変わったところだな。
流石に芽生さんもお腹が空いたのか言葉も少なく、疲れが出始めているのか下を向いている。口元にドライフルーツをそっと近づけてみると、反応して口に入れる。しばらくして元気が出たのか、上を向き始めた。
「ふぅ……何だったんでしょうね、このいつもより高い疲労感は」
「多分新しい武器を手に入れてテンションが上がってたんじゃないかな。気持ちはわかる」
「でも楽しかったですね。やっぱり新しいおもちゃが手に入ったらテンション上がるもんですね」
本人が楽しかったらしいし、疲れがとれたみたいなので問題ないことにしておこう。
「今日そっち行っていいですか? 明日午後講義なので午前中暇なんですよ」
「いいぞ。明日は俺も休みにする予定だし、午前中までイチャイチャして午後からは……納品にいくかな」
今日の予定は決まった。久しぶりに芽生さんのダンジョンを探索しに行こう。そう思うとちょっと興奮してきた。しばらくご無沙汰だったししっかり交流を深めようじゃないか。
お互いにちょっと無言の期間が出来たが一層までたどり着き、リヤカーを下ろす。いつもの「つぷん」とした感触を感じ終えた後からリヤカーがぐっと重くなる。流石に鎧の破片がそれなりの数乗ってるので重たさはあるんだろう。しっかりとその重さを感じつつも退ダン手続き。
「今日はごゆっくりでしたね」
「その分しっかり稼いできましたよ」
「はい、お疲れ様でした」
査定カウンターはそれなりに人が居た。リヤカーを持ったまま待っているパーティーが四つ。これは時間がかかりそうだ。芽生さんがウォッシュを要求してきたのでウォッシュをかけると、査定待ちの間に着替えに行っている。これは芽生さんのほうが先に帰ってきそうだな。
「お待たせしましたー次のかたー」
「あれ、今日は夕勤なんだ」
「そうなんですよー。お久しぶりですねー」
松川さんだったかな。この口調が時々癖になる。
「今日は二等分ですかー? ……と、二等分みたいですねー」
芽生さんが戻ってきたのを確認したらしい。ササっといつもの手早さで進めていく。早い早い。魔結晶をよいしょこらと重さを量っては確認し、順番にポーション、鎧の破片の個数と順番に確認して行き、五分ほどで査定は終わった。
本日のお賃金、一億五千三百六十九万六千六百円。三億稼ぐ、という目標は達成できていたらしい。さすがにいつもより一時間多く仕事した分だけのことはあったな。
芽生さんにレシートを渡してリヤカーを返してくると、いつも通り支払いカウンターで振り込みを依頼。そして休憩室でバスのダイヤを確認しつつ、何時もの冷たい水でリフレッシュそして自分にウォッシュ。
「今日もしっかり働いたな」
「そうですねえ。一日三億稼げるパーティーは他にはそうそう居ないでしょう」
居たとしても、探索者の上のほうから十本の指に入ることは間違いないのではないか。さて、バスのダイヤも近い。家に帰ったら何か飯を作らないとな。芽生さんにリクエストでもお手軽パスタでも何でもいい。今日はしっかり働いたのでちゃんと腹に溜まるものが欲しいところ。
バス待ちの間にコンビニに入って軽く摘まめるものを見繕うと、バス停でバス待ちをしながら買い食い。この大人になってからの買い食いがまた楽しいのだ。
芽生さんが焼きいも、俺がスナックチキンを食べながらバスが来るまでの数分の間の空腹を満たす。
「お夕飯はどうしますか? 何か作りますか、それとも食べに行きますか? 」
「そうだな、外食も悪くないな。どこか行きたいところある? 」
「そうですね、バスがもう来ますから中華屋さんへ行くのはナシとして、どこかファミレスにでも行くのはありですね。ジャンクな奴を食べてお腹を満たしたいところです」
「ジャンクと言えば、ここ数日非常にジャンクな食事を味わっていた。またやりたいと思う」
芽生さんに、色んなハンバーガーチェーンのハンバーガーを保管庫に詰めておいて食べ比べをしたという話をざっくりとする。
「そんなバカなことをよくやってましたね。体調は大丈夫だったんですか? 」
「体調は大丈夫だが、料理をしなかった分だけ時間が空いてむしろシンプルに探索が出来たような気がする。またやりたい」
「太りますよ? 」
「まあ、今後はちゃんとカロリーバランスを考えて食事はとるし、そもそもダンジョン通いを始めてから引き締まってるぐらいなんだ、数日ハンバーガー巡りしたぐらいじゃそうそう太ったりはしないって」
「それならいいんですけどね。せっかく引き締めた腹筋が元に戻るのはもったいないですよ」
話をしながらバスに乗り、そのまま最近の様子や大学での一幕なんかを聞きながら駅へ到着。そのまま俺の家方面への電車に乗る。
電車を降りて家までの間に保管庫をチェックして、アレの数が潤沢にないことを確認して、再度コンビニへ。コンビニで補充して、ついでにお菓子も買って会計を済ませる。さあ、今夜は頑張るぞ。
家に着いて着替えたところでリビングを見ると、芽生さんが何かを見つけて固まっている。Gでも出たかな?
「どうしたの、何か見てはいけないものを見てしまったような形で凍り付いて」
「洋一さん、庭の、あれ、あれですよね? 」
庭? 庭がどうしたんだろう。最近は庭木もいじってないし変化があるようなものは……なんだあれは。
庭には二羽鶏が居た、ではなく、庭に立派な建造物が出来上がっていた。建造物というよりは異質な空間、出入口のようなものがお隣さんとの外壁に沿う形で出来上がっていた。
「これ、ダンジョンじゃね? 」
言ってはならないようなセリフをふと吐き出す。言ってしまったら終わりのような一言だが、出来てしまっている以上言うしかない。
「ですよね……何でこんな所にダンジョンが。というより誰のダンジョンなんでしょう? 」
「該当するのはセノとリーンだが、セノにはお使いを頼んでる最中だからダンジョンを作るという可能性は低い。だとするとリーンが作った可能性が高いな」
リーンがなぜここに建てたのかを問い詰めないといけない所だが、同時にダンジョンが発生したとダンジョン庁に通報する義務がある。さて、どうしたもんかな。ダンジョンを高速で踏破してなかったことにする、という手段も今なら取れる。どうするかな。
「とりあえず、入って見ませんか」
「そうだな、もう一度スーツに着替えて来る。夕飯は中を確認してからだな」
先ほどまで袖を通していたスーツに着替え、芽生さんにも念のため着替えてもらっておく。槍は保管庫で預かっていたものを渡し、いざダンジョンへ入る。
いつもの「つぷん」という感触と共に目の前に現れたのは、一層のごつごつとした岩のマップではなく、いきなりのダンジョンコアルームだった。
「一層すらないのか。だとすると……何のために作ったんだろうこれ」
「いらっしゃいなの。あなたはいちばんめにきたおきゃくさまですなの」
早速リーンが顔を出してきた。
「色々と聞きたいことはあるが……なぜいきなりダンジョンを? 」
「セノにたのまれたの。どこかにいそぎでだんじょんをつくって、そこでダンジョンマスターとのつなぎをもつためのダンジョンなの。だから、たんさくできるかいそうをつくるひつようはなかったの。これからいろんなダンジョンマスターがこのへんにあつまってきてダンジョンをつくるそうだんをするはずなの。そのそうだんをするためのくうかんとしてよういしたの」
ダンジョンマスター寄り合い所、と言ったところだろうか。確かに誰かのダンジョンに集合してそこを借り切って……例えばガンテツの時のように四十二層を盛大に使い倒して実験をする、なんてことは今後のことを考えるとやり辛い。それを考えた上で、とはいえよりによって我が家の庭か。これは、どう報告したらいいものなんだろうな。
「やすむらがむずかしそうなかおしてるの。リーン、よけいなことした? 」
「これ、どうします? ダンジョン庁にどう報告すればいいんですかねえ? 」
リーンが可愛い顔で首をかしげながら問いかけて来るが、その一部のお兄さんたちには受けそうな仕草が余計に腹立つ。つまりこれ、セノの差し金だな。芽生さんは報告するべきはするべきだがどう報告するのが適切なのか、というので判断を保留にしているようだ。
「とりあえずダンジョンが出来たことはわかった。作った理由もわかった。作った場所については……まあ、変な所に作られるよりはよほどましなこともわかった。問題は……」
スマホを取り出し電波を確認してみる。電波は通っていた。つまり、通信が可能なダンジョンということになる。これは長官直通案件だな。ダンジョンがあることを公表せずにそのまま置いておくか、あると公表した上で周辺住人にはモンスターがあふれ出たりすることはないですからただちに問題がないということを伝えなくてはいけないな。
「とりあえず伝えるだけ伝えておくか……最悪、土地ごと没収されて俺も小西ダンジョンの近くに住み始める……いや、それだとここにダンジョンを作った理由そのものが失せてしまうからそれはナシだな」
真中長官に直電する。今日は遅くまで仕事をしているから出ないかもしれないな……と考えながら通話するが、真中長官につながった。
「もしもし、お疲れ様。何か緊急案件かな? 」
「一大事、と言ったほうがいいかもしれません。庭にダンジョンが出来ました。公表するかどうかはさておき、長官の耳には入れておいたほうがいいと思いまして」
「庭に……庭ってことは安村さんの家にダンジョンが出来た、ということでいいのかな? 」
「今そのダンジョンの中から電話をかけてるところです。ダンジョンの階層はゼロ。いきなりダンジョンコアルームです」
真中長官の表情を想像するが、向こうもおそらく混乱しているのだろうな。
「ダンジョンマスターは誰かね? いきなりダンジョンコアルームに接続されたということはもう会うことが出来たんだろう? 」
「以前から言ってるリーンですね。どうやらお留守番役として配置された様子です」
「ふむ……とりあえずそのダンジョン、外から見える形にはなってるかい? 」
ダンジョンから出て周りを見る。周辺住民からは塀を越えて覗かれない限り見えることはない。お隣さんからは……かろうじて見えるって感じだろうな。
「無理すれば見えるって感じですかね。なので黙ってれば隠し続けることもできたんでしょうが、ダンジョンを作られた理由を聞いた範囲で既にこれは長官案件だなと思いましてすぐに連絡させてもらったんですが」
「ダンジョンを作った理由を何だと言っていたのかね? それによってはまた安村さん専用の隠し事が一つ増えることになるよ」
「今後、海外からダンジョンマスターを呼び寄せるための待機室、だと言ってました。なのでダンジョンが出来たからと言って大騒ぎするのも問題ですし、潰してもまた別の場所か、同じ場所に出来るのが目に見えているのでこれはもう長官に相談するしかないな、と思いまして」
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後毎度の誤字修正、感謝しております。